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第九章 追う者と追われる者 (埋葬)


 迷路のように入り組んだ階段を上っていくとリンは立ち止まる。立ち止まった先にあるドアの向こう、ここが部屋のようだった。ゆっくりとドアを開け部屋に入っていくリンについて、私も部屋の中に入る。中はベッドが二つ置かれた簡素な部屋だった。つぎはぎだらけで作られた宿は、入り組んだ形で部屋数を増やしたかわりに、部屋自体の大きさは小さくなってしまっているのだろう。

 開いている窓からは街の姿を綺麗に眺めることができた。それはつまり宿が高い場所まで積み上げられているという証拠でもある。


「兄妹という設定でしたので……すいません、同室になっています」

 申し訳なさそうにリンは言う。


「かまわないよ。リンが嫌でなければ私は気にしないよ」

「私は……嫌なんて、はい、ではこのままで」

 そう言ってリンは少し頬を赤らめる。


「ところで街の様子はどうかな?」

 窓際のベッドに腰掛けると、話題を自然と本題に変えてみた。


「数日前から他の“影”と探ってはいますが、とくにドゥーブル卿の事件について噂以上の騒ぎにはなっていないようです。街の警備自体も普段と変わらない様子です」

「……やはりそうか」

 一人になったとはいえ、簡単に検問を抜けることができた点からも、イーダストの街で騒動になっていないことは容易に想像ができた。


「おそらく……ですが」

「なんだ?」

「ドゥーブル卿の事件よりも、この街の人々にとっては教会の再建の方が重要なニュースなのかもしれません」

 そう言ってリンは窓から外を眺める。その視線の先には火災によって燃え崩れてしまったかつての教会の残骸の山が見えていた。

 私も一度だけ見たことがあった。とても優雅で大きな教会。どんな形のあるものも……いつかは壊れてなくなってしまう。無限ではなく有限なもの……だからこそ人は再建を望み、縋りつく対象としてしまうのだろう。


 コンコン

「ちょっといいかい」

 ノックをする音が聞こえた後、ドアの隙間から部屋の中を覗くようにマーズさんが顔を出す。


「どうしました?」

「あんたらを訪ねて下に客が来てるんだけど……」

 客と言う言葉に思わず身構えてしまう。私達がここにいることを知っていて、わざわざ客として尋ねてくる相手に心辺りはなかった。となると……罠で、追手の可能性もある。


「どんな方ですか?」

「それが怪我人なのさ。早く医者に行けって言うんだけど……あんたらに会わせてくれって煩くてね」

「……分かりました。すぐ行きます」

 罠の可能性もあったが、怪我人という言葉が嫌に引っかかった。


 マーズさんの後を追って迷宮の階段を下り、受付まで戻ってくると、横のソファーに体を預けた男性の姿があった。他に人はいない。一人のようだった。


「守衛さん」

 男性を見て、慌てたようにリンが駆け寄る。

 守衛さん……その言葉で私も思い出した。顔中に傷や火傷があって判別しにくくはなっているが、リレイドの学院で守衛をしていた男性である。つまり……ドゥーブル卿の“影”の一人でもあった。


「どうされたんですか? 酷い怪我を……」

 守衛の男性の服には血がにじみ出て、黒くなった血は傷の深さを物語っているようだった。


「ちょっと……ドジってな」

「早く、医者を……」

「それはいい。もう無駄だから」

 そう言ってリンの腕を握って引き留める。まるで自分の命を測る砂時計の残りを、悟っているのかのように。


「無駄なんて……」

「リン、ちょっといいかな」

 リンの横から守衛の男性の前に座りこみ、男性にだけ聞こえる声で尋ねた。


「ドゥーブル卿は無事ですか?」

「分からない……我々が駆け付け……逃がしはしました。でも……逃げ切れたか……すでに“影”は全員殺され……私で……ぐふぉ」

 そこまで言って咳こむと、守衛の男性の唇に血がつたって流れていく。


「私で最後……」

「誰がいったいこんなことを?」

「……教会のタブーだ」

「タブー?」

 横から顔を近づけ聞いていたリンが聞き返す。彼女にはまだ話していなかったかもしれない、教会のタブーといわれる存在のことを。


「タブー……は、一人ですべてを壊す。人間の域を超越している……この目で見て初めて確信できた、こんなことを同じ枢機卿である貴方にお願いするべきことではないと……分かってはいますが……」

「なんだ?」

「もし……もし、アルベルト様がご無事であれば……お力をお貸しくだ……さい。お願い……しま…………」

 そこまで言うと、守衛の男性は力なく目を閉じた。


「守衛さん」

 リンが男性の首に指を当てた後、静かに目を閉じ、首を振った。


「最後の願いか……破るわけにも……断るわけにもいかないな」

 私に何ができるかは分からない……それでも目の前男性が最後の力を振り絞ってまで守りたかったものを、守る手伝いくらいはしてあげなければいけないだろう。


「あんた達……その人の知り合いだったのかい?」

「えぇ、リレイドで少しお世話になりました……」

「……そうかい」

「マーズさん、一つお願いがあるのですが?」

「なんだい?」

「私達は旅をしている身なので、この街に長くは滞在できないでしょう。申し訳ありませんが、このお金で彼を弔ってもらえませんか」

 胸元の小袋から金貨を3枚取り出すと、マーズさんに手渡した。


「こんなにも……貴族並みの葬式でもするきかい?」

「お世話になった方なので……」

「……分かったよ。それでこの人に家族は?」

「分かりません。それに調べることもできないと思います。私たちも何も知らないんです。会ったことがあるだけで……本当の名前も何も……」

 おそらくリレイドの学院に問い合わせても、表面上のことしか分からないだろう。誰かの“影”になるということは、そういうことなのだ。過去を捨て、今を捨て、未来を捨てる。


 死んだ時にやっと捨てた世界から解放される。それが“影”なのだ。

 目の前の男性の死で、私は自らの“影”へ負わせている辛い現実を、改めて突き付けられているようであった。


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