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第九章 追う者と追われる者 (凶報)


 ヨンの家を出た私達は、イーダストの街を目指す為に、クライストの町に一度戻ってきていた。クライストの町では人々が慌てたように行き来を繰り返し、少し異様な雰囲気を漂わせていた。


「どうしたんでしょうか?」

「さぁ? ただ、あまりいいニュースではなさそうだ」

 慌てている人々の顔には喜びというよりも、哀しみや動揺が溢れているように思えたからだ。


「号外だよ。号外」

 小道から新聞の束を抱えた少年が飛び出してくる。茶色のハンチグ帽と目の下のそばかすが特徴的な男の子だった。

 号外という言葉にまるで待っていたかのように人々は、我先にと殺到する。いつのまにか群れる人波で少年の姿が見えなくなるほどだ。


「少年、私も一つ貰ってもいいかな?」

 殺到した人波が晴れるのを待ってから、私も少年に声をかける。もみくちゃにされた少年の額は少し汗ばんでいて、服の襟も曲がってしまっていた。


「うん。銅貨1枚だよ」

 ポケットから銅貨を一枚取り出すと、少年の手に置く。それを確認すると持っていた束の中から一枚、新聞を引き抜いて渡してくれた。


「まいどあり」

 そう言い残すと、少年は次の通りへ向かって行った。


「号外ですか……なんでしょう」

 横から覗くようにしてリンは言う。

 見出しを見て驚かされる。そこに大きく『エビナス教会 枢機卿 アルベルト・ラス・ドゥーブル卿が殺された!? 犯人は誰?』と、書かれていた。


「……セシル……様」

「リン、ここではジーニアスだ」

「あ、申し訳ありません」

 ドゥーブル卿の死がショックだったのか、驚きから思わずリンは呼び名を忘れて間違えてしまう。


「とにかくこの記事が本当なのか……続きを読んでみよう」

 表通りから一本奥に入った場所にある公園のベンチに私達は腰掛け、号外の続きに目を通した。


『今朝、リレイドにある丘の上の学院で教員が一名行方不明になったとの連絡が警備隊にもたらされた。捜査にあたった警備隊の調べでは行方不明になった教員の氏名はアラド・コナーであるが調べてみると、この名前が偽名であったことが分かった。実はこのアラド・コナーという人物、本名をアルベルト・ラス・ドゥーブル卿といい、誰もが知るエビナス教会の枢機卿の一人であった。つまりアラド・コナーとはドゥーブル卿がリレイドで教員として教鞭をとるための仮の姿だったのだ。さて、本題に戻ろうか行方不明となったアラド・コナーことドゥーブル卿は消息が消える直前まで、学院の資料室にいたことは同僚の教員の話で分かっている。そこで警備隊が資料室を調べたところ、部屋の中、壁や床一面におびただしい量の血が飛び散っていたとのことだ。その血の量は、人一人が出血多量で死んでしまうには余りあるほどの量であるとのことである。つまりドゥーブル卿は、資料室内で殺害され、遺体を運ばれたと推測することができる。ではドゥーブル卿を殺したのは誰なのか? 殺害の犯人として警備隊は、直前にドゥーブル卿を訪ねている1組の男女を探している。目撃者の証言では、リレイドからハイダルシアに向かっているとの情報もあり、リレイドの警備隊はハイダルシアとも連携し殺人犯の捜索にあたっている。今回のドゥーブル卿の殺害を受け、思い出されるのは数日前に起きたルイス・デ・フスカ卿の死である。短い期間に枢機卿が二人も亡くなったことに、何か関係はあるのか? この件について教会は何も正式に発表はしていない。本誌では引き続き、捜査の進展を追いかけると共に、2つの事件の因果関係も調べていく。続報に期待されよ』


 号外の最後には情報提供を求める文面が書かれ、編集者のサッチェル・パウダーの名前が記されて終わっていた。


「……そうか」

 遺体は見つかっていないが……現場の状況から、ドゥーブル卿は何者かに殺されて遺体だけ運ばれた可能性が限りなく高いようだ。


「もし殺されたとして……いったい誰が……」

「分からない……だが、あれだけの“影”に守られていたドゥーブル卿を、周りの教員に知られず騒ぎもなく殺すことができるなんて、それに……」

「それに?」

「不味いことになってしまったようだ。私達が容疑者になってしまうとは……」

 号外に記載されていた1組の男女とは間違いなく私達のことだ。号外には私達がハイダルシアを目指していることまで書かれている。となると、警備隊には私達の人相がバレていてもおかしくはないし、すぐそこまで追手が来ていてもおかしくはない。


「この次はイーダストの街だったな?」

「はい。ハイダルシアに向かうには国境の街を越える必要があります」

「あの街には確か……検問があったな」

 このままリンと二人でイーダストの街の検問を通れば、自ら捕まえて下さいと言っているようなものだ。どう考えても一度別れ、別々に検問を通過し、街の中で合流した方がよさそうだ。


「リン」

「駄目です」

 私が次にいう言葉が分かっているのか、即座に否定する。


「そう怒らないでくれ。別に永久の別れというわけではない。それに“影”であるキミを再び“影”本来の仕事に戻そうというのだ。私の隣を無理して歩くより簡単なことだと思うが」

「……それは」

「ここから二手に分かれる。キミは先にイーダストの街に侵入し、様子を探ってくれ。私もすぐに向かう。合流は裏通りにしよう」

「……分かりました。お気をつけて下さい」

「キミも」

「……ありがとうございます」

 そう言うとリンは水を得た魚のように民家の壁を蹴り上がり、屋根の上に登ると、すぐに姿を消してしまった。


 自ら望んだとはいえ、一人残されるとふと考えてしまう。ドゥーブル卿の死……もしかしたら私が招いた悲劇なのかもしれない。私が会いにいかなければ……胸を貫くのは後悔に似た、苦い痛みだった。


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