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第九章 追う者と追われる者 (跡地)


 資料室を後に校舎を出る、小さな門を抜け学外に出る際に隣の守衛室を自然と覗いていた。椅子で寝ていた守衛の男性の姿はなく、灰皿の上で燃え尽きようとしていた煙草はすっかり灰へと姿を変えていた。


「いないみたいですね」

 私の心を見透かしたようにリンは言う。彼女も同業者である男性に一言挨拶をしたいと思っていたのかもしれない。残念だが、それはまたの機会に。ドゥーブル卿の“影”であるならば、いつかまたどこかで出会えることもあるかもしれない。


 行きに私達を苦しめた坂道も、下りになると牙を抜かれた猛獣のように従順になっている気がした。ただ、昔誰かに教えてもらったことがある、本当は上りよりも下りのほうが体への負担が大きいとのこと。根拠までは聞いていなかったので本当なのかは未だに断言できない。でも、気持ち的には格段に下りの方が楽であることに変わりはない。


「これからすぐハイダルシアに?」

 坂道を下り終えリレイドの港町に戻ってくると、横を歩くリンが訪ねてくる。自然な話し方、敬語を使わないことにも大分慣れてくれたようだ。


「実は……寄っておきたいところがあるんだ」

「寄っておきたいところ?」

「あぁちょっとした観光地かな」

 当初の予定にはない行動に、リンの顔にも疑問と不安げな様子が見て取れた。

「そんな心配そうにしないでくれ。大丈夫、行けば分かるよ」

「は、はい」


 目的の場所は港街の外れの住宅地のさらに外れにあった。探すのに苦労すると思っていたが、意外にすれ違う町の人に「事件があった家はどちらですか?」と尋ねると、皆が事前に打ち合わせでもしたいたかのように、同じ道順を丁寧に教えてくれた。街の人にとってそれぐらい印象深い事件であり、そもそも事件自体が少ないのだろう。そういう意味では平和で安全な住みやすい街なのかもしれない。羨ましいことである。

 第一印象は、年期の入ったボロボロな家。第二印象は学生が一人で住む家にしてはかなり大きく感じた。ここまでの道すがら学生が一人で住むようなコーポを見かけなかった。おそらく元々一人暮らし用の住居が少ない街なのだろう。そう考えると学生が一人、一軒家に住んでいてもおかしくはない。家賃を抑える為に街外れのボロ屋に住むのも納得ができた。


「ここが襲撃時に割られた窓のようです」

 裏口に面した壁側、格子状の窓が一つある。リンの言う通り他の窓と比べると格段にガラスが新しい、壁との繋ぎ目にも最近修繕した後が残っているところから推測して間違いないだろう。それにしても報告では家主の少年は事件の後、すぐに行方不明となっている。実際は旅に出ているのだが……どちらにせよ壁や窓ガラスを修復する時間などなかったはずだ。一体誰が……大家さん?


「アンタたち、そこで何してるんだい?」

 隣の家の窓から顔だけ突き出した女性が言う。泥棒か何かと疑われているのか、女性の声色には棘があるように感じた。


「怪しい物ではありません。私はジーニアスと言います。彼女は妹のリン」

 紹介するとリンは自然とペコリとお辞儀をする。結局、恋人という設定にリンが耐えきれないとのことで、兄弟という設定に収まっていた。


「実は、ここに住んでいるリオン君の友人で……」

「リオンの知り合いかい?」

 リオンという名前に女性の警戒心が一気に薄れていくように感じられた。人とは共通の話題が生まれた瞬間に自然と仲間意識を持ってしまうもの。悪い意味で平和ボケともいえる。


「えぇ久しぶりにリレイドに来たので、会いにきたのですが……留守のようですね」

「他所から来た人なら知らないよね。ここの家は最近、強盗に入られて。それからリオンも行方不明さ」

「強盗ですか? それにしては綺麗ですよ」

「アンタもそう思うだろ。それも不思議な話なの。事件の後、リオンはどっかにいってしまうから大家の爺さんも困っていたんだけど……リオンの学校の先生って名乗る男の人が来てね。家の修理はするし、当面の家賃も先払いしてくれたってさ。いやー関心しちゃってね。最近の先生は生徒思いなのね」

 間違いなく学校の先生というのはドゥーブル卿のことだろう。お気に入りの生徒と言っていたので、そのくらいのことならしていてもおかしくはない。


「それでリオン君は留守ですか……残念」

「中に入りたいなら大家さんを紹介してあげるけど、どうする?」

「いえ、大丈夫です。リオン君から合鍵を預かっていますので。それよりもお湯を沸かしている最中では?」

 家の中から沸騰するヤカンの叫び声が聞こえてきていた。


「あぁそうだったわ。危ない危ない。何か聞きたいことがあったら声かけてね」

 そう言うと慌てたように女性は、窓を閉めて部屋の奥へと走っていった。


「おしゃべりな隣人ですね」

「あぁ、でもおかげで面白い話も聞けた」

 ドゥーブル卿のリオンに対するお気に入り具合が、度を越しているようで逆に怪しくもあった。なぜ一人の生徒にここまでするのか、謎が謎を呼ぶ。


「あの、合鍵を持っているのですか?」

「ないさ、大家を紹介されると面倒だからね。咄嗟に嘘をついてしまった。でも、キミなら簡単に開けられるだろ。リン?」

「朝飯前です」

 裏口の前でしゃがみこむと、リンは髪の毛を留めていたピンを外す。黒いピンを鍵穴に射し込むこと約10秒。


「どうぞ」

 当たり前のことのように鍵の開いた裏口の扉を開けると、中に手招きすようにリンは言う。自分の“影”でありながら感心させられる腕前である。


「……すごいな」

 部屋の中に入って最初に目がいくのは、足の踏み場がないほどに散らばっている本。ちょっとした図書館並みの量である。


「どれも植物関係の物でしょうか……植物学、生物学、育成論」

 薄暗い部屋の中で、リンは一冊ずつ丁寧に背表紙を確認していく。

 部屋の中を散策していると、ハイダルシアで出会った時、誘拐事件のせいでゆっくり話す時間もなかった彼の人物像が少しだけ垣間見えてくる気がした。


 表側の入口横に置かれた本棚、その上に一枚の写真が飾られている。

「孤児院の写真でしょうか」

「そのようだ」

 孤児院と思われる建物をバックに子供たちが笑顔で写る写真。子供達の横にはシスターや神父も一緒に写っている。教会の関係する孤児院の可能性が高くなる。幼いが、私の知るリオンの面影を宿した少年も写真に写っている。どうやら彼は小さい時から孤児院で育てられたのだろう。屋根の上に小さな風車が回る、こじんまりとした孤児院、そういえば……どこかで見た事があるような気がした。どこだったか……記憶の奥底に眠る光景。


「リン」

「はい、なんでしょう?」

「他の“影”に繋いでくれ。写真に写る孤児院を調べるようにと」

「分りました。すぐに」

 リンはすぐさま家を出ていく。薄暗い家の中に残っているのは私だけだ。


「偶然か……私の……考えすぎであればいいが……」

 自問自答する私に、写真に写る子供達は何も答えてはくれなかった。


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