第九章 追う者と追われる者 (先生)
「遅かったわねー……ですか、よくそんな事が言えますね」
「あら、怒ってるの? セシルちゃん怖―い」
あれだけ遠回りをさせられてしまえば誰だって怒りたくもなる。それも分かっていての反応なのだろう。
「せっかく会いに来た相手に、酷くはありませんか?」
「酷いかしら? せっかくだから校内案内をしてあげたの。歩いている間に随分詳しくなれたんじゃない? それにリンちゃんだって、セシルちゃんと校内デートができてよかったでしょ」
「そ、それは……そうですけど……でも……」
顔を真っ赤にしたリンはなにやらブツブツと独り言を繰り返しては俯く。完全にドゥーブル卿のペースに巻き込まれてしまったようだ。
「ゴホン。脱線している話を戻してもよろしいですか?」
「あら残念。もう少し楽しみたかったのに、それでわざわざ変装までして、私に会いにきたのには理由があるんでしょ?」
「理由という程ではないのですが……ちょうどリレイドを経由してハイダルシアに行く用事がありましたので、ご挨拶に寄らせて頂きました。聞きたいこともありましたし」
「聞きたいことねー……それは目的地であるカッセル卿の本屋に関係したことかしら」
「よくご存じで」
4大国の各地に“影”を配置しているドゥーブル卿なら、私の目的がハイダルシアのカッセル卿の本屋であることを調べていてもおかしくはないだろう。
「あんな汚い本屋にわざわざ行かなくても。セシルちゃんはほんともの好きよね」
「もの好きな所は否定しませんが、カッセル卿に会いに行くのは私が知りたい事を調べる為に必要だったから……耳の早いドゥーブル卿なら、そこまでご存じなのでは?」
こちらだけいつも先手を取られていては面白くはない。揺さぶりをかけるわけではないが、ドゥーブル卿の真意を知るためにも、必要なことである。
「……灯り師でしょ」
やはりドゥーブル卿も知っていたようだ。
「やめなさいって言っても、どうせセシルちゃんは調べようとする。教会内のタブー中のタブーだとしても……怖い物知らずな男の子、若さかしら。嫌ね、歳を取るのは」
「まだ十分、ドゥーブル卿もお若いかと」
「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
「本心です」
「フフ、いつの間にそんなに上手くなったのかしら。ハイダルシアでの出会いは、セシルちゃん自身が思っている以上にきっと大きかったのね」
ハイダルシアでの出会いという言葉に、瞬時に灯り師の少女、そしてその仲間達の姿が思い浮かぶ。調べていることが灯り師とバレている時点で想像はできたが、やはりそこまで知られているのか。
「勘違いしないで、別にセシルちゃんの動向を探っていたわけじゃないの。私だってそんなに陰湿な人間じゃないわ。ただ、セシルちゃんの方から私の監視の目の中に入って来ただけ」
「あの少女達ですか?」
私が出会う前からドゥーブル卿は灯り師の少女の存在に気づき、目を付けていたということになる。
「ううん、正確には少年の方よ。少し前にリレイドでちょっとした事件があったの。うちの学院の生徒の家が何者かに襲撃される事件、それと同時にパラミナス寺院の一部の人間が秘密裏に護送していた重要人物を攫われてしまう事件。その生徒、私のクラスの子だったのよねー。巻き込まれちゃって、お気に入りの子だったのに残念。でも、この出会いはあの子にとって偶然ではなく、決められた運命だったのかしら」
「事件の事は私も聞いております」
事件後に教会本部が、リレイド支部パラミナス寺院に事態の説明を求めたのに対して、一部の人間の独断で行われた行為であり、パラミナス寺院に一切の関与はないとの回答が返ってきたとのことだった。本来であればそんな不誠実な回答で済まされることではないはずなのに。その後、事件そのものが不問にされたことで、本部でも何者かの介入を疑う声があった。
「教え子の少年というのはもしや……」
「そう、セシルちゃんもよく知ってる4人組の一人。私のお気に入りだから、顔を見ているセシルちゃんなら誰の事か分かるでしょ?」
「……えぇ、もちろん」
あの4人の中で一番普通で、一番ひ弱、一番何も突出した物を持っていない少年、しかし皆から一番必要とされている。本人も気づかないうちに。もしかしたら……あの4人の中で一番欠けてはならないピースなのかもしれない。
「もし、またどこかで会う機会があったら少し気にかけてくれると嬉しいわ」
「……その機会がありましたら」
「あるわ、必ず」
まるで未来を見通し確信しているかのようにドゥーブル卿は断言する。
「それは予言ですか? それとも何か確固たる情報でも?」
「ううん。ただの女の勘よ」
「勘……ですか。それは当たりそうです」
「でしょ。フフフ」
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれてしまう。きっと隣で、静かにじっと話に耳を傾けていたリンからすれば、急に二人で笑いだして、変な人達だと思っているのだろう。そう思われても致し方ないことだ。
「さて、我々はそろそろ」
「えー、残念。もう行っちゃうのね。そういえば聞きたいことはいいの?」
「ええ、もう十分貴重な話が聞けました。ドゥーブル卿、感謝します」
「そう。お力になれたならよかったわ。リンちゃんも元気でね」
「は、はい。ドゥーブル卿もお体にお気をつけ下さい」
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二人が出て行った後、しばらくして資料室の扉が再び開く。
「あら、何か忘れ物でも……って、訳でもなさそうね」
ドゥーブル卿は座っていた椅子から立ち上がる、閉められた扉の内側には全身黒のローブとフードで体を隠した人物が立っていた。フードから見え隠れする顔には、異様な仮面が被られている。
「灯り師の話なんてしたせいかしら……。教会におけるタブーの一つ、ここに現れると……ね」
じんわりと汗が浮き出るドゥーブル卿の頬に、窓も開いていないのに一陣の風が吹き抜ける。
「元老院の犬……でもそれは表の顔であって、実際はナーヴェル卿様直属の“影”、タブーなのに元老院であれば名前だけ何故かみんな知ってる……可笑しい話ね。ねぇエリザ……ちゃんと呼んでもいいかしら?」
「お好きに。名前など私にとっては敬称でしかありません。番号のようなもの」
「そう、ありがと。さてエリザちゃん、貴方が私になんの用かしら? 今日は来客が多くて私も忙しいの。月末のテストの問題も作らないといけないし。悪いけど早々にお引き取り願おうかしら」
そう言うと壁際の本棚が横にスライドし、3人の“影”がドゥーブル卿を守り固めるように飛び出してくる。
「アルベルト様、ご無事ですか?」
「えぇ、今のところわね。他のみんなは?」
「残念ながら、すでに連絡が途絶えております……おそらく奴のせいかと」
「……そう。さすがは教会のタブーといったところかしら。嫌になっちゃうわね」
呟くように言うと、クセのある茶色い髪の毛を右手でかきあげる。その手が小刻みに震えていることをドゥーブル卿自身、気づいてはいなかった。
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