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第九章 追う者と追われる者 (動向)



…………………………… Cecil side story …………………………


 学園までの道のり、坂を上りきると白で統一された校舎がはっきりと見えてくる。入り口に小さな門があり、開けたままとなっている。

 守衛室を覗くと、椅子の背もたれを限界まで倒して器用に眠る男性の姿があった。読みかけの雑誌を顔の上に乗せ、テーブルの上の灰皿には、まだ煙の上がる煙草が1本、寂しそうに燃え尽きようとしていた。


「……寝ていますね」

 隣で同じように覗いていたリンが、呆れたように言う。

 あまり来客もなく暇なのだろう。それにしては随分堂々とした職務放棄である。熟睡しているのか黙って待っていても起きそうになかった。


「ジ、ジーニアスさん」

 未だに名前を呼ぶのに苦戦した様子のリンが、守衛室の外、入り口横に置かれた金属のベルを指さす。傍には『来客の方はこちらでお呼び下さい』と汚い字で書かれていた。本来は誰もいない時に呼び出し用で置かれているのだろうけど、状況としては今も同じようなもの。いるけど……寝ている。いないようなものだ。人差し指で軽くベルを押してみると、チーンと金属のぶつかり合う澄んだ音がする。音は余波を残しながら、空気の中に溶け込み消えていく。残念ながら夢の中にいる男を呼び覚ますことはできなかったようだ。


「あの、ジーニアスさん。私が」

 枢機卿である主を待たす男にイライラが抑えきれないのか、可愛らしい眉毛の間にしわをよせたリンは一歩前に出ると握りこぶしを高々と振りかぶり、そのまま勢いよくベルにたたきつけた。その瞬間、耳を抑えたくなるほどの騒音が周囲に広がっていく。叩いた本人も咄嗟に耳を手で押さえるほどにだ。


「うん? なんか音がしたか?」

 顔の上に載っていた雑誌を落とすと、腕を伸ばしながら守衛の男性は目を開ける。目尻にしわの多い小さな目は開いていても線のように細く、眠っている時と変わらないのではないかと思えるほどであった。


「ふぁーあ。あんたら誰だい? お客さん?」

 私達の存在に気づいたのか、起きてから3度目になる大きな欠伸をしながら守衛の男性は言った。


「えぇ、アラド先生にお会いしたくて」

「アラド先生……あーあの歴史の先生」

 思い出すように言う。どうやらアラド先生ことドゥーブル卿は学院で生徒に歴史を教えているようだ。確かに枢機卿であれば大陸中の貴重な古文書を読む機会もある。そう考えるとドゥーブル卿が歴史の先生をしているのは至極当たり前のことなのかもしれない。


「今の時間なら職員室に行けば会えると思うよ」

 そう言うと、会話は終了とばかりに床に落ちた雑誌を拾い上げ読み始める。


「あの……職員室はどこに?」

 職員室と言われても、見えるだけで建物が4つある。それぞれに入り口もあり一つずつ探していくのは大変そうだった。


「あー分からないか……それもそうだな。えーっと、そういえばどっかに来客用の校内地図があったな。ちょっと待ってね」

 読みかけの雑誌をテーブルの上に置き、かわりに灰皿の上から煙草を掴み口に咥えると、面倒そうに守衛の男性は奥の部屋へと探しにいった。


「あれで守衛が務まるんですか?」

「こら、リン聞こえるよ」

「本当の事ですから聞こえてもいいんです」

 真面目なリンとしては職務怠慢な守衛の男性が許せないのだろう。酷くご立腹のようだ。気持ちは分からなくもないが……海風の香るのんびりとした港町、丘の上の学院に学生以外が来ることもないのだろう。そうなると守衛の仕事も、あれくらいのんびりとした性格の方がちょうどいいのかもしれない。隣で頬を膨らますリンには申し訳ないが、真面目過ぎる彼女には少し見習ってほしい所でもある。そんな風に考えていると、奥の部屋からパンフレットらしき紙を持った男性が戻ってきた。


「あったあった。創立30周年の時に作ったパンフレットが。これあげるよ、中に簡単な校内の地図も載ってるから」

 そう言って渡されたパンフレットの表紙にはデカデカと30の文字が、格式のある学院とは聞いていたけれど、まさか30年もの歴史があるとは驚きである。大戦の影響もあり、子供の教育が蔑ろにされていた時代も遠からず、短くもない。そんな中で30年も続いているのは稀なケースだろう。


「ありがとうございます。それでは」

 パンフレットを受け取り、学院の敷地内に一歩踏み出そうとすると「あ、ちょっと待ってくれ」と、守衛室から飛び出した男性が追いかけてくる。


「まだ何か?」

「キミじゃない、そっちの可愛い子ちゃんに」

 自分に話が振られるとは思ってもいなかったのか、可愛い子ちゃんと言われた瞬間、ドキっとしたように目をキョロキョロと泳がせていた。


「私ですか?」

「あぁ、余計なお世話とも思ったけど……一つだけね。人生の先輩として……それから同業者として」

 その瞬間、異様な気配を感じたリンは咄嗟に私を庇うように前に立ちはだかる。目の前に立つ守衛の男性、先程までの無気力な様子とは打って変わり、私にもはっきりと感じとれる程の殺気を放っていた。


「何者ですか?」

 尋ねるリンは私を庇ったまま腰を低くし、カーディガンの裾からナイフの黒い柄を掴んで構える。露出の多い服でも、しっかりと武器は隠し持っている。


「さっきも言ったけど、僕はお嬢さんと同じ同業者、でも危害を加えるつもりはないよ。分かったら獲物を下げてくれないか? それに周りに素性がバレて困るのはお互いに嫌だろ」

「……分かりました」

 納得したのか……周囲を見回しながらリンは裾に隠していたナイフを戻す。それでも私を守るように男性との間に立ちふさがったままでいるのは、目の前の男性を100%信じることができないという意味なのだろう。“影”としては当たり前の考え方と行動である。それにしてもリンと同業者という事は、この男性は誰かの“影”ということになる。この場合はおそらくというよりも、間違いなくドゥーブル卿の“影”だろう。考えてみれば当たり前のことだが、素性を隠して教鞭をとっている学院にも自分の“影”を護衛として潜ませているのだろう。


「大変失礼致しました。セシル・フォン・グランヴィッツ卿」

 私の視線に気づいたのか、そう言って頭を下げる。だらしなかった守衛の動きとは思えないほど、腰は90度に曲がり、頭まで一直線に伸びた綺麗なお辞儀である。もちろんリンの正体に気づいているのだから、私の正体に気づいていてもおかしくはない。


「敬うのはやめてくれないか。どこで誰が聞き耳を立てているのか分からない。私も身分を隠している身だ。それに今はセシルではなくジーニアスでお願いしたい」

「そうでした。僕としたことが忘れておりました、ジーニアスさん」

「それで結構。で、身分を明かしてまでリンに話とは?」

 元々“影”である守衛の男性が追いかけてきた理由は、リンに話があるとのことだった。


「話といっても……アドバイスみたいな物です。お嬢さんからしたら小言に聞こえるかもしれませんが」

「お嬢さんではなく……リンというセシル様が下さった名前があります」

 ムッとしたようにリンは言う。普段クールなリンにしては珍しく感情が表に出ている。同業者の男性から子供扱いされているのが、よっぽど気に食わないのかもしれない。


「これまた失礼。ではリンさん一つだけ忠告を、主を守りたいという気持ちは同じだけど、もう少し自然な振る舞いを心掛けないといけないな。一般人には気づかれなくても、同業者には簡単にバレてしまうよ。現に、僕にはバレてしまった」

「それは……貴方だって我々がアラド先生に会いに来ることを他の仲間から聞いて知っていたからでは」

 リンの言う通り、私の素性まですでに知っていた所を見るとリレイドに着いた時からドゥーブル卿の“影”に見張られていたのだろう。


「確かに僕は二人が学院に来るという情報は聞いていたよ。でもいつなのかは知らなかった。ほとんど客のこない場所だけど、0ではない。その中で僕はキミたち二人が訪ねてきた瞬間に、普通の来客でないことが分かった。何故だか分かるかい?」

「……それは……」

「簡単だよ。キミは主を守る為に無意識の中で周囲を警戒している。もちろん大切なことだ。でも警戒をする際の足や手、目線や仕草が“影”独特の動きを見せている。かなり細かいけど、分かる人には分かってしまう。きっと表舞台での同行任務がなかったんだろうけど、若いキミならすぐに修正できはずさ、だから伝えておこうと思ってね」

 守衛の男性の話にリンは時折、納得したように頷く。同じ“影”だからこそ、指摘された内容が適格であれば理解できるのだろう。


「あの……わざわざ教えて頂き、ありがとうございます」

 さっきまでの威勢が見る影もなく、自分の非を認めた子供のように小さく見える。こうしてすぐに謝れるところが彼女の強さでもある。


「気にしないで、ちょっとしたお節介だから。ふぁーあ、では僕は二度寝に戻ります」

 発していた殺気が嘘のように、隙だらけのまま4回目の大あくびをすると、照れたように守衛の男性は戻って行った。


「申し訳ありません。私のせいでお時間を頂いて」

「大丈夫。それに私が会いにきていることに、ドゥーブル卿が気づいていることを知れただけでも大きい。あの人の性格上、きっと私達が来るのを今か今かと待ちわびているはずだ」

 貰ったパンフレットで職員室の場所を確認すると、一番手前に見える建物の入り口に向かって歩を進めることにした。


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