第一章 硝子な少女と少女奪還作戦 (奪還…そして)
「さて、問題はどうやってエイダを助けるかだな……」
僕の家にあったリレイド市内の地図を見ながらルインさんは言う。
エイダ救出を心に決めた後、ひたすら地図とにらめっこをしていた。
「寺院に侵入はしないんですか?」
「うーん、できればそうしたいけど、さすがに警備が固いだろ。それに寺院自体大きすぎてどこにエイダがいるのか分からないからな」
「……そうですよね」
提案しておきながらなんだけど、さすがにリレイドでも5本の指に入るであろう巨大建造物に侵入なんてできるわけもないし、したくもない。
「まぁ落ち込むなよ、手がないわけではないんだから」
「本当ですか?」
ルインさんの言葉に顔を上げる。
「あぁ、もう狙いは考えているからな」
「狙いとは?」
「知りたいか? ズバリ、この道だ」
自信満々にルインさんは地図の中央部分を指さした。
そこはリレイド領主館とエビナス教会リレイド支部のパラミナス寺院が立ち並ぶ小高い丘とリレイド港の間にある小道。大きなリレイドの街としては珍しく寺院から港に向かう場合、必ず通らなければならない場所であった。
「ここですか?」
平凡な道であり、そこまで重要な道には思えなかった。
「あぁ、リオンは通ったことあるか?」
「ないですけど……」
教会と港をつなぐ道ということは、逆に言うと領主館かパラミナス寺院に用がなければ、一般市民にとっては縁のない道である。
「そうか。マリア説明してくれるか」
「わかりました。いいですかリオンさん?」
「……お願いします」
バトンタッチとばかりに、横に座るリオンさんを押しのけるようにマリアさんが話はじめる。
「先程この道を見てきたのですが、この道は他の道に比べ、まず幅がとても狭くなっています。正確に測ってはいないですが、3人同時に通るのが精一杯なくらいかと」
「どうしてそんな道が……あそこはわりと人通りも多いはずですが……」
「たぶんだけど大戦のなごりだろうな……」
マリアさんの代わりにルインさんが答える。
「リレイドの領主館がある中心部に、敵が一気に攻めてこられないように道をわざと狭くしたんだと思う。昔の城とかではよくある手法だよ」
「ルインのいう通りだと思います。それにこの道は両サイドに高い建物があるせいで日中でも暗がりになっています。夜になると月の光も届かず、一段と暗闇が支配しているはずです」
「ということは……この道を通るときがチャンスだと?」
「あぁ、そこで俺たちが仕掛けるわけだ。まぁ口では簡単に言えるけどな」
「でもどうやって?」
「そのためにも必要な道具があります」
そう言うマリアさんの手には道具のかかれたメモ帳があった。
「夜までに集めないとな」
ルインさんはそう言って窓から眩しいほどの光を差し込む太陽を見つめた。
青空が徐々に黒く染まっていく、エイダと出会ってから2度目の夜がやってきた。
奪還作戦の決行時間が迫る中、身支度を備えていく。
「これと、あとは……何か顔を隠すものが欲しいな」
ルインさんは昼間の旅支度から、古着屋で買った上下黒色の動きやすい服装に着替えていた。もちろん僕もお揃いの服装に着替えている。知らない人が見たらペアルックの兄弟にでも間違われてしまいそうな装いである。
「それだったら、このスカーフどうですか?」
部屋の隅にある木製の古い戸棚から黒いスカーフを取り出して、ルインさんに手渡した。
「いいのか? 借りても」
「はい。孤児院の時から使っていたもので古いですけど、きっとエイダを助けるために使えば孤児院のみんなも喜んでくれるはずです」
「それなら使わせてもらうよ」
納得したように受け取ると、器用にスカーフを使って目から下を隠していく。
「ルイン、大変です」
見張りにでていたマリアさんが部屋の中に駆け込んでくる。
マリアさんの格好もできるだけ動きやすい上下黒一色の服装である。
何度も言うけど知らない人が見たらトリオルックの兄弟と間違われるか、運が悪ければ怪しい3人組で通報されそうだ。
「船の準備が終わって寺院の中が騒がしくなっています」
「どうやら動き出したようだな」
そう言ってルインさんは立ち上がる。
「……行きますか?」
思わず口から出た声は、緊張から少し震えていた。
自分で思っている以上に体は正直である。
「そうだな、とりあえず作戦通りでいく。大丈夫かリオン?」
「はい」
「いい返事だ。じゃあ行くか」
ルインさんとマリアさんが部屋を出ていくと、僕は一度部屋の中を見渡した後、壁に掛けた孤児院のみんなが映った写真を見る。なぜだかもうここには戻ってこられないような気がしていた。
「……気にしすぎだな」
奮い立たせるように思い切り首を振って、通りで待つ二人のもとへ向かった。
「気をつけろよ」
「しっかり支えろ」
暗闇の中、男達のヒソヒソ声が聞こえてくる。
寺院の裏から男達がひっそりと荷物を運んでいた。
男達の着る黒いローブは、家を襲ってきた奴らが着ていたものと同じものだった。人数も同じ5人、それぞれが同じ覆面を着けている。気に入っているのだろうか、あまりいいセンスとは思えない。
覆面集団は、見るからに怪しげな大きな箱を大切そうに運んでいく。その大きさは人ひとりが丁度収まるくらいだ。
「あの中にエイダが入っていますね」
時刻は深夜0時過ぎ、どこの道にも他の市民の姿はない。
3人で潜んでいる屋上からは覆面集団の動きがよく見えていた。
「だろうな……」
「作戦は上手く行きますかね?」
「心配するなって上手くいく」
「そう……ですね」
「じゃあ配置に着くぞ」
そう言うと二人は作戦通り屋上から出ていく。
残された僕はじっと双眼鏡で覆面集団の運ぶ箱を見つめる。
覆面集団は月明かりが照らす道をゆっくりと静かに進んでいく。
鼠面の男と鬼面の男が箱の乗った籠を持ち、その周りを馬面、猿面、翁面が囲むようにして運んでいく。目の前には暗い道が潜んでいたが、大きな箱も、覆面集団も何も言わずに小道へと入っていった。
「……3」
覆面達の姿は完全に建物の影の中に包まれていく。
その様子を暗闇の中、じっと息を潜め探る二人。
「……2」
風もなく、空には雲もなかった。
それでも月明かりはとどかない。
「……1」
影の中では誰の区別もつかないのだろう。
「……スタート」
ルインさんは影の中で静かに呟くと、息を殺し、気配を殺し、暗闇の中、マリアさんと呼吸を合わせ、覆面の男達が守る箱に近づいていく。
その手には長いワイヤーが握られている。
気付かれないまま箱に近づくと、ワイヤーをしっかりと箱に取り付けていく。
ワイヤーの先は隣にある高い建物の上へと繋がっていた。
「今だ」
準備が終わると、ルインさんは大きな声で叫んだ。
「どうした?」
「何だ? 誰だ?」
箱を守っている覆面達は暗闇の中、突然の事に分かりやすいくらいに動揺し始める。
「……うわ」
「ぐ、ぐわ」
さらには暗闇の中で仲間のやられる声までが聞こえてくる。
パニックにならないほうがおかしい状態である。
建物の屋上からは下で騒動が起きていることだけが分かる。きっとルインさん達が行動に移したのだろう。頭の中では家での作戦会議が思い出される。
「いいか、まず暗闇に紛れて俺とマリアが近づき、箱にワイヤーをからませる」
「そんなこと無理……では?」
「いいから最後まで聞け。ワイヤーを絡ませたらすぐに、箱のすぐ側にいる男を殴るか蹴るかで箱から遠ざける。後はお前がモーターで一気に屋上に持ち上げるだけだ。さすがのあいつらも高い壁を登って屋上までは追いかけられないだろ」
「箱はいいとして、でも……残った二人は?」
「それも心配するな。俺達はある程度の戦いにも慣れているし、なんといっても暗闇の中だから逃げる方法はたくさんあるさ」
「でも……こっちだって暗闇ですよね」
「それも大丈夫だって。暗闇とはいえ完全な黒じゃない。俺たちは早めに暗闇に潜んでいるから、少しだけ目が慣れてる。明るい所から暗い所に来たばかりの奴らよりな」
「でも……上手くいきますかね?」
「でもでも心配しすぎだって。大丈夫だ、今回の作戦で一番の強みは奴らは俺たちが襲ってくるとは思っていないということなんだ。だからこそ奇襲がより効果的になる」
大丈夫。作戦会議でのルインさんの言葉を信じよう。
ワイヤーを一度手で引っ張り固定されているのを確認すると、ワイヤーがつながったモーターの電源を入れる。スイッチが入るとモーターはいっきにワイヤーを巻き取っていく、それと同時に下から聞こえてくる声は一段と大きくなっていた。
数秒もたたないうちに、目の前には大きな箱が持ち上がってきた。
その箱は初めてエイダに会った時にエイダの入っていた箱に似ているように思えた。
感傷に浸る時間はない。急いで大きな箱をワイヤーから切り離すと、蓋をこじ開けた。中には横たわっているエイダの姿があった。
「誰……?」
エイダの蒼い瞳がゆっくりと開く。
「僕だよって言っても分からないかな……」
「……リオン……?」
「覚えてくれていたんだ。よかった」
危機的状況にも関わらず、自分のことを覚えていてくれたことに思わず感動してしまう。
「こんなことしている場合じゃなかった」
「……?」
「早く逃げよ。エイダ」
「……うん」
まだ少しボーっとした様子のエイダの手を取ると、作戦通り屋根をつたって暗い小道に入っていく。
「走れる?」
「うん」
一心不乱に迷路のような小道を走り抜けていく。
逃げ道は頭の中に地図を叩き込んでおいたのでバッチリだ。
後ろを振り返っても追っての姿はない。
上手くいったと安心した瞬間、急に横から飛び出してくる黒い陰があった。
「うわ」
避ける余裕もなく、突き飛ばされる。
仰向けに転がった僕の視線の先には、いつのまにか夜空と翁の面をした男が映りこんでいた。
残念ながら追いつかれてしまったようである。
「リオン」
「う……エイ……ダ、逃げろ」
駆け寄ろうとするエイダを制止する。
僕でこいつらに勝てないのはわかっている。なら、せめてエイダが逃げる時間稼ぎだけでもしないと。
「ふん、このガキが邪魔して」
翁面の手には波紋が広がるナイフが握られている。
「死ね」
間髪いれず翁面の握るナイフが振り落とされる。
「ダメ……」
次の瞬間、ナイフから守るように僕の上にエイダが覆いかぶさった。
「やめてエイダ、早く逃げて」
庇うように覆いかぶさるエイダに、翁面は構わずナイフを振り落としていく。
「エイダー」
パン
乾いた音が辺りに響く。
急に跨っていた翁面の男の重みがなくなる。
残っているのは必至にしがみ付くエイダだけ、守ってくれているのはありがたいけどエイダの服で周りの様子がよく見えない。
「静かだ……エイダどいてくれるかな?」
「……え?……うん」
覆いかぶさるエイダがいなくなると立ち上がる。
またしても周りには翁面男の気配もなければ姿もなくなっていた。しかし今回はルインさんが助けてくれたわけではなさそうだ。
「いったい何が?」
「……リオン?」
「そうだね……今はとにかく逃げよう」
エイダの手を取ると、再び走り出す。
この時の僕は知る由もなかった。側にあった物置の中には胸元に穴の空いた翁面の死体が入っていたことを。
~エビナス教会 リレイド支部 パラミナス寺院内地下室~
「大変です」
暗い部屋に突如光が差し込み、一人の男性が慌てたように現れる。
白を基調としたローブはエビナス教会内でもかなり高貴な役職者だけが着ることのできる装いである。
「どうした?」
すでに部屋の中にいた、もう一方が低いかすれた声で聞き返す。
声からしてこちらも男であることがわかる。
「申し訳ありません。いきなり襲われ、エイダを攫われてしまいました」
「相手は?」
「エイダを最初に匿っていた少年と、よくわからない男女の3名、それに……」
そう言って男は言葉を濁した。
「それに……なんだ?」
「敵の手の内に禁止されているはずの銃を使うものが……」
「ほぉ……銃?」
「どこで手に入れたのか……ですが次は必ず、すぐに奪還命令と許可を……」
「……駄目だ」
「何故です?」
「理由か……それはまだ言えぬ、もうよい下れ」
「しかし……」
「下がれといっているのだ私は、それが聞けないと?」
男の声が一段と低くなる。
「あ、いえ。それは……」
「それにこの案件はすでに本部預かりとなっている」
「本部……アセピレート大寺院ですか?」
「そうだ。すでに支部の人間が手を出せるものではない。分かったらさっさと出ていけ」
「く……分かりました」
そう言うと、男性は少し納得できていないのか、乱暴にドアを開けて部屋から出て行った。男性が部屋を出ると、部屋にはまた静かな暗闇が訪れる。
ヒュー
一陣の風が吹き抜けた。
「……エリザか?」
暗闇に向かって声を投げかける。
「……はい」
何もないはずの暗闇から声が返ってくる。
暗い部屋にはいつのまにか一つの気配が現れていた。
「何故撃った?」
「申し訳ありません。ですがあのままではエイダ様の身に危険が」
「ふん、まぁいい。しばらくはその少年とやらにエイダは預けておこう。私はすぐにアセピレート大寺院に戻る。お前は引き続き監視を続けろ。」
「は」
暗闇から気配がなくなり、沈黙がまた部屋を支配し始めた。
~リレイド市外の空き家~
「しかし、こんな上手くいくとはな」
グラスに入った葡萄酒を飲みながら、上機嫌な様子でルインさんは言う。
合流地点となっていた空き家にたどり着いた時、すでに無事逃げ延びていたルインさんとマリアさんが出迎えてくれた。
「でも、これからどうしましょう?」
「それはエイダが決めることだろうな」
そう言ってルインさんはエイダを見る。
当の本人は葡萄酒ではなく、ぶどうジュースと格闘している最中である。
「私……エルルインに……行きたい」
3人の注目をあびているエイダはおそるおそる口を開いた。
「エルルイン?」
「噂では確か、灯り師の一族の集落があるとか……あくまで噂レベルですが」
と、マリアさんは付け加えるように言う。
「……行きたい」
訴えかけるエイダの目は一段と蒼く透き通っていた。
「そうだね。僕も行くよ、一緒に」
「本当に? リオン」
「うん、僕がエイダを連れて行く。約束するよ」
エイダの手をそっと握る。
「おいおい、二人だけで行くのか?」
エイダと僕の間に割り込むようにルインさんは言う。
葡萄酒に酔ったのか頬が少し赤くなっているように見える。
「俺たちも付き合うよ」
「でも……」
「気にするな、もともと目的のない旅だからな。それにこの出会いは大切にしたい。いいよなマリア」
「ええ、私も賛成です」
どうやら二人は初めから一緒に行くことを決めていたようだった。
これからどんな旅が待ち構えているのか分からない。
でも、4人でなら大丈夫だと、なぜだかそう思えてしかたなかった。
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