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第八章 雪解けを待つだけ (昨日)


 パラパラと降り落ちる雪の中、馬車が一台、木々の間を通り抜けていく。馬車を引く馬の蹄には、雪の上を無理なく踏み進めるように上から金具が取り付けられ、体には藁で編んだ河童が、背中からお腹を覆うように被せてある。


 窓から見える空の雲も少しだけ厚みが減り、僕らが歩いていた時よりも少しだけ雪は弱まっているように思えた。


「そんな外ばっかり見てても、速さは変わらないぞ」

 出発してから、しきりに外を見る僕にルインさんはからかうように言う。


「そうですよね。分かってはいるんですけど……」

 ただ座っているだけなのが妙に居心地が悪かった。もちろん早くエイダの元に戻りたいという気持ちもあるけど……それだけの理由ではなく……なんとなく、なんとなくだけど異質な雰囲気に包まれている車内のせいかもしれない。

 カーキ色の椅子が向かい合うように設置された馬車の中には、僕とルインさんとロージェさんの三人だけ、馬車の御者は外ではなく、一つ部屋が分かれていた。さすがは貴族が乗る馬車である。

 さっきの高級宿での話からすると、ルインさんとロージェさんは顔見知りとのこと、ただしいろいろと込み合った事情がありそうで、気軽に聞いていいものなのか悩んでしまう。そんな理由もあって、無言の車内から逃げるように外を見ていたのである。


「うん? どうした?」

 様子を伺う僕の視線に気づいたのか、ルインさんは不思議そうに言う。


「え? えーっと……あの……エイダは大丈夫かなっと……思って」

 まさか追及されるとは思ってもいなかったので、咄嗟になんとか誤魔化そうと変に慌ててしまう。


「大丈夫だって。それに安心しろ、ロージェさんの作る薬はピカイチだから。俺が保証するよ」

「はは……そうなんですね」

 幸か不幸か、ルインさんの方から聞きづらかった話題に踏み込んでくれた。これは聞いてもいいということなのだろうか? 迷っていてもしょうがない、当たって砕けろだ。


「あの……お二人は、前からお知り合いだったんですよね?」

「あぁ、昔ちょっとな」

 そう言って目配せするように、ルインさんはロージェさんに視線を移す。


「フォッフォッフォ。ワシにとっては昔といっても、つい昨日のことのように思えるがの。まだ小さかったルイン殿はよく風邪をひいては、ワシの薬を苦そうに飲んでおったものじゃ」

「やめてくれよ。恥ずかしい」

 そう言ってはにかむルインさん。いつものルインさんの表情からは想像できない可愛らしい部分に、少しだけ可笑しくもあった。


「ワシにとってはエレン様もルイン殿も、患者でもあり家族でもある。孫のようなものじゃな。もちろん、エスター様もその一人じゃが」


「……エスター……様?」

 聞きなれない名前に、思わず聞き返していた。


「エスター様とはエレン様とルイン殿のあ……」

「ロージェさん、昔話もこの辺で」

 ロージェさんの話を遮るように、横からルインさんは言う。先程までの可愛らしい様子から一片して、今はいつもの雰囲気に戻っていた。


「おぉそうですな。年寄りの悪い癖です。ついつい余計な事をしゃべりすぎてしまう。いかんいかん」

 ロージェさんもルインさんの雰囲気を察したのか、ふざけたように言いながら、口をつぐんでしまった。いったいエスターという人物はルインさんにとって何者なのだろうか? もちろんエレンというお嬢様もだけど……。


「そんなに残念そうな顔をするな」

 少し申し訳なさそうにルインさんは言う。そんなに分かりやすい程、顔に出ていたのだろうか。


「いつかお前にも話す時が来るから。もしかしたら、もうすぐかもしれないけどな。それに、今のお前にとってはもっと大事な事があるだろ。そろそろ着くころだぞ」

 馬車の窓からは、街を出る時に通ったレンガ造りの門が見え始めていた。

 馬車は徐々にスピードを緩めていき、門の下、詰め所の横で止まる。馬車が近づいてきたことに気づいてか、すでに詰め所の窓は開け放たれ、見覚えのある顔は首を長くして待っていた。

 赤黒く焼けた肌に、薄くなったアッシュグレイの髪、最初の通過の際に“かんじき”をくれたおじさんである。

「おや、あんたらは隣町に行った」

「はい、薬師さんを連れてやっと戻って来られました」

 おじさんと同じように、馬車の窓を開き、窓越しに話す。


「あの猛吹雪の中、ちゃんと隣町まで行けたんだな」

「大変でしたけど……あの時、貸してもらった“かんじき”が役に立ちました」

 大袈裟ではなく本当に“かんじき”がなければ諦めてたような場面がいくつもあった。


「それはよかった。で、この馬車で戻ってきたと」

 おじさんの視線が、庶民には似合わない豪華仕様の馬車へとうつる。確かに普通の感覚では、僕らが乗って帰ってくるのが、ありえない馬車である。


「運よく貴族様が乗っけてくれてな」

 僕の横から顔を出してルインさんが代わりに答える。


「ふーん。物好きな貴族もいるもんだ」

「それで、通っていいのか?」

「……普通なら、事前の手続きもない馬車を簡単に通したら俺が怒られるんだけど……あの吹雪の中を歩いたお前らだ。特別に通してやるよ」

「いいのか?」

「いいっていいって、街の上役には後で俺が謝っとくから」

「悪いな。助かるよ」

 ぶっきらぼうな態度だけど、なんだかんだで優しいおじさんなのだ。


「気にするな。それよりも早く行ってやりな」

「はい」

 おじさんに見送られるように門を通りすぎると、僕らを乗せた馬車は一目散にエイダの待つ宿に向かうのだった。





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