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第八章 雪解けを待つだけ (亡霊)


 石畳の重厚な階段を一歩一歩上っていくと、遠くから見えていた宿への入り口が近づいてくる。階段だけ雪が積っていないところを見ると、定期的に雪掻きがされているのかもしれない。見かけだけではなく、細かいところまでサービスが行き届いている。

 重たげな両開きのドアを開けると、中から暖かな風と光が包み込むように迎えてくれた。外観から想像できる何倍も豪華な造りである。ホコリ一つ落ちていない床は、光沢のある石を一面に敷き詰められているのだろうか、土足で歩くのがいけない事のように思えてしまう。


「いらっしゃい……ませ」

 出迎えてくれた老紳士は、お辞儀の途中で2度見するように顔を上げる。

 その目はまるで不審者を見るかのような眼差しである。

 確かに僕らの恰好はお金持ちのお客というよりも、吹雪の中を遭難してきた遭難者といった方がしっくりくる恰好である。驚くのも無理はない。


「お客様、せっかくお越しになられたところ申し訳ありませんが、本日は貸切となっており、満室でございますが、どういった御用で?」

 気を取り直したように、老紳士は背筋をピンと伸ばして言う。黒い執事服はホコリ一つ付いておらず、しわもない。


「泊まりに来たんじゃないんです。ここに泊っているアルセントの貴族の方に会いに来たんたんです」

 被っていたフードとマフラーを外して、僕は言う。床の上に落ちる雪を見て、目の前の老紳士の目元がピクっとしたのは見えなかったことにしておこう。


「……何かお約束はされていらっしゃいますか?」

 少し考えるように顎に手をあてた後、探るように老紳士は言う。


「それは……えーっと」

 約束なんてしているわけもない。というか、まずどんなひとなのかも知らないのだ。どうしよう……見切り発車をしておきながら、助けを求めるようにチラッと隣のルインさんを見た。


「約束はない。でも会えばきっと大丈夫だから、会わせてもらえないか?」

 ルインさんの言葉には、何故だか力強さと確固たる自信が込められているように感じた。


「申し訳ありません。大事なお客様に、約束もない見ず知らずの方をお会いさせるわけにはいきません。どうかお引き取り下さい」

「そういうわけにはこっちもいかないんだ。会わせてもらえないなら、会わせてくれるまでここから動くつもりはない」

 そう言うとルインさんは床の上に、胡坐をかいて座り込んだ。それを見て僕も同じように座った。


「はぁ……聞き分けの悪い方々です。しかし、これ以上ここに居座るとおっしゃるなら、我々も対応の仕方を変えなければなりません。ですので、これから先はお願いではなく、ご忠告です。怪我をなさる前に、どうかご自身の足でお帰り下さい。これが最後通告となります」

 言い方も声色も先程までと一緒で丁寧ではあるが、老紳士の眼光は見違えるほど鋭く、両サイドの部屋から、同じように執事服に身を包んだ屈強な男達が姿を現した。


「高級宿のくせに用心棒が多いことで。何対策だよ」

「貴方たちのような方々も、たまにいらっしゃいますので用心に越したことはありません」

「ふん、そうかい。リオン、悪いけど自分の身は自分で守れよ。これだけの人数相手に、お前を守りながらは無理かもしれない」

「え? が、頑張ります」

 口では頑張ると言ってみたけど……こんな屈強な男達相手に大丈夫だろうか。不安しかない。


「何事です。この騒ぎは?」

 今にも男達が飛び掛かってきそうなタイミングで、女性の声がした。エントランスの奥、横幅の広い大階段の上から、見下ろすように立つ女性がいた。

 黒と白を基調としたメイド服姿の女性は、階段をゆっくりと降りてくる。その所作に一片の無駄も感じられなかった。


「どうされました支配人。この仰々しさは? 少し騒がしいようですが」

「これはロザリア様、申し訳ありません。大したことではありません。ちょっとした不法侵入者がおり、今から追い出すところでした」

「不法侵入者? この二人ですか」

 そう言ってメイド服の女性は、支配人と呼んだ老紳士から視線を僕らへと移す。眼鏡の奥から僕らを見る目はまっすぐで、見定めているかのようでもあった。


「分りました。始末は早く、お静かにお願いします。エレンお嬢様が、お休みになる前ですので」

「かしこまりました」

 老紳士にお願いすると、メイド服の女性は降りて来た階段を戻るように上り始める。


「そうか……やっぱりネルか……」

 下を向いているルインさんが、なにやら小さな声で呟いた。

「ネル?」

 何とか聞き取れた名前のような言葉を口ずさんだ瞬間、階段を上りかけていたメイド服の女性が凄い速さで振り返り、駆け寄ってきた。


「貴方、今なんと言いました?」

「え?」

「なんと言ったかと、聞いているのです?」

 予想外の圧と、形相に思わず固まってしまっていた。

「やめてくれロザリアさん。リオンは何も知らずに俺が言った名前を、復唱しただけなんだ」

 固まったままの僕の横で、メイド服の女性の腕を掴んでルインさんは言う。


「なにを、下賤な男が私の腕をかって……に……」

 捕まれた腕を振り払おうとした瞬間、ロザリアと呼ばれたメイド服の女性は、初めて動揺したように、一歩二歩と後退る。


「ま、まさか……なぜ貴方が……こ、こんなところに……嘘だ……」

 狼狽える女性の目はじっとルインさんを見つめたまま、まるで亡霊でも見たかのようであった。



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