第八章 雪解けを待つだけ (依頼)
立派な建物が並ぶ通りの一角に交易所はあった。赤色のレンガ造りの建物で、入り口は常に開いたまま、先程から大勢の人が、出入りを繰り返していた。
ルインさんの後ろについてそのまま中に入ると、建物の中も人が多い。壁に貼られた依頼書を見る物や、受付の女性と話し込む人、部屋の隅では立ち飲み用の高いテーブルが3つ置かれ、いつのまにか酒場のようになっている場所まである。
「ほんとに、いろんな人がいますね」
「情報や物が集まるところには、自然と人も集まるってことだろ。さて、俺たちも仕事を探さないとな」
そう言うとルインさんは横一列に並んだ受付の中で、空いている真ん中の受付にいる女性に話しかけていく。
「少し路銀を稼ぎたいんだけど、上手い話はないかな?」
「旅人ね。あんた達ここは初めて?」
初対面の相手にしてはずいぶん慣れ慣れしい女性とは思ったけど、いろんな人がやってくる交易所では、これくらいの方がちょうどいいのかもしれない。
「うん? あぁそうだけど」
「それなら今は雪ウサギが大量発生してて、駆除と食料確保の為に、捕獲依頼がたくさん出てるの。報酬も割といいから、みんな依頼を受けてるんだけど……」
そこまで言って受付の女性は、僕とルインさんをなめるように下から上までくまなく見ていく。
「はぁ、でもあんた達じゃ無理ね」
「どうしてだよ。これでも少しは腕には自信があるんだけどな」
力を込めた腕をパンパンと叩きながらルインさんは言う。
「いくら土の上で戦えたって駄目。ここは雪の上、相手は雪ウサギなの。平地での腕前なんて意味ないわ。それにあなた達には決定的に足りないものがあるもの」
「なんですか足りないものって?」
悔しいけど、ここは素直に聞くしかなさそうだ。
「弓よ。雪ウサギを捕まえるなら、弓がないと無理」
「弓……ですか?」
思っていた以上に明瞭完結な答えだった。
「雪ウサギは敏感で逃げ足が速いの。普通の人は雪の上を上手く走れずに、雪ウサギに逃げられて終りね。前に一日中、雪ウサギと追いかけっこしてた可哀そうな旅人もいたわよ」
1日中追いかけっこ、それも雪の中で……想像しただけでも、遠慮したいものだ。
「逃げ足の速い雪ウサギは遠くからじっと狙いを定めて、一発で決める。これが雪ウサギ捕獲の必勝法よ」
なるほど、なんとなく納得はできたけど……こうなるとどこかで弓を調達しないと雪ウサギの捕獲はできないことになる。残念ながら僕もルインさんも弓は持っていなかった。
「弓が必要なら、隣の武器屋で買うか、レンタルもできるわよ」
僕らの考えを察したのか、慣れたように女性は言う。きっとほとんどの旅人が同じように誘導されているのだろう。
「へー準備がいいことで」
ルインさんも同じことを思ったようだ。
「まぁいいや、行ってみようぜリオン」
「あ、はい」
一度、交易所を出ると、隣に立つ武器屋へ向かう。武器屋の中にも人は多く、みんなお目当ては同じ弓矢のようだった。
……………………… バーデンハイム宿屋 ……………………………
「……うぅ……う、うん」
「起きられましたか?」
重い瞼をゆっくりと持ち上げるように目を開け、天井を見つめるエイダにマリアは優しく話しかける。
「……マリア?」
まだ辛いのか、いつも以上に声はか細く儚げであった。エイダのおでこにのせたタオルを取ると、マリアは手をおでこにそっと当てる。
「……」
冷たい手の平の感触に、エイダは気持ちよさそうに目を閉じる。
「少し熱は下がっていますが、汗をかいていますね。服が濡れて気持ち悪くはありませんか?」
「……うん」
「服を着替えて、汗を拭きましょう。起き上がれそうですか?」
「……うん」
もう一度小さく頷くと、ダルそうな体を持ち上げるようにエイダは上半身を起き上がらせた。エイダの着ていた服は汗で透けてしまい、白く透き通った肌が浮き上がっていた。
桶に浸けていたタオルをギュッと絞ると、上着を脱いだエイダの白い背中を、優しく拭いていく。
「あ……」
「……マリア?」
マリアの手が止まったことに、エイダは不思議そうに尋ねる。
「あ、いえ……なんでもないです。続きを拭きますね」
拭いていたタオルを桶に戻し、別のタオルを再びギュッと絞ると、何もなかったように今度は腕を拭いていく。気持ち悪い汗が拭きとられる気持ちよさから、エイダはまた目を閉じていた。
腕を拭きながらマリアはチラッと、エイダの腰辺りに視線を落とす。見間違うわけもなく、間違いなくそこに存在している。何度見てもエイダの腰の部分に、滝の裏の洞窟や、ハイダルシアの遺跡で見た“模様”が刺青のように浮き上がっていたのだった。
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