第八章 雪解けを待つだけ (疲労)
「具合はどうですか?」
僕の問いかけにマリアさんは、部屋の中を気遣うように小さく「今は眠っています」と言った。
「……そうですか」
部屋の中に戻っていくマリアさんの背を見送ると、10秒間だけドアの前で手を合わせ、諦めて酒場兼食堂に繋がる階段を降りていった。
ハイダルシアの首都から2日程馬車に揺られると、ハイダルシア第2の街バーデンハイムへと到着する。
レイア姫奪還のお礼として、領主専用の馬車に乗せてもらい、バーデンハイムの街のたどり着いたのが2日前のこと、1日休息をとり、次の町へ向かう準備で買い出しをしている時に、思わぬ落とし穴にはまってしまった。エイダが風邪で倒れたのだ。ルインさん曰く、その時の僕の表情と慌てた様は、異常な程だったそうだが、とにかく急いで宿屋のベッドに寝かせ、お医者様に見てもらったのが昨日のことだった。1日たってもエイダの風邪は治まらず、まだまだ安静が必要だった。
宿屋とつながる酒場には、昼間からたくさんのお客の姿があった。その中に、隅のテーブルで一人、新聞を読むルインさんの姿もあった。
「周りが騒がしいですね」
空いている隣の席に座る。
「だろうな。みんな新聞の話題でもちきりだ」
ルインさんの持つ新聞の1面には『枢機卿 ルイス・デ・フスカ卿が死す』とデカデカと書かれている。教会の上層部、元老院の枢機卿が一人死んだことは……一般市民にとってもこれだけ大きな出来事なのだろう。先日まで元老院どころか、枢機卿もよく知らなかった僕でも、本物の枢機卿の一人に会ってしまっていたので、妙な親近感が湧き、事件を聞いた時には驚かされたものである。
「それにしても……護衛もいたはずなのにどうやって殺したんでしょう?」
セシルさんのように、勝手に教会を抜け出したわけではなく、新聞によると宿泊している宿屋で殺されていたそうだ。
「さぁな。手口は分からないが、かなりの腕を持った奴の犯行ってことだけは確かだな。まぁそんなことよりもエイダの様子はどうだ?」
そう言って、終わりとばかりに新聞を折り曲げてテーブルの上に置く。
「まだ熱は下がらないみたいです」
マリアさんが言うには薬もちゃんと飲み、食欲も回復してきているので、もう少しすればよくなる見通しだった。
「……となると、しばらくはこの街に缶詰状態か」
「……すいません」
「なんでお前が謝るんだよ。前にも言ったけどエイダのことを一人でしょい込むな。それはエイダだって望んでないはずだから」
「……はい」
前もそうだったけど……つい周りが見えなくなり、自分だけで物事をすべて抱え込んでしまう。悪い癖かもしれない。
「それにだ。謝る暇があったら、俺たちはそろそろ別のことを考えないとな……」
「別のこととは?」
急に真剣な表情になるので、僕も思わず身構えてしまう。
「実はな……」
「はい」
「……そろそろトルトリン寺院で、せしめたお金もなくなりそうなんだ」
「え? あ、お金ですか……」
何事かと思えば……なんだか肩透かしをくらったような気分である。
「あのなーお金だぞ。、前にも言ったけど結構重要な事だと思うけどな」
「そうですけど……かなりの蓄えがありませんでしたか?」
「最初はな。その後みんないろいろ使っただろ。宿代だっているし、食費に旅の備品台、お前だっていろいろ本買ったりしただろ。それに誰かさんが遭難している時だって、お金払って探すのを手伝ってもらってたりしたからな」
「それは……すいません」
遭難して寝込んでいたことは間違いないので、何も言い返せない。
「まぁそれは冗談だけど。そろそろ気にした方がいいのは確かだな。どうせ今、ここから動けないわけだし、今回は交易所に行って地道に働くか」
「交易所……何ですか?」
いつもの事ながらまったく聞いたこともない言葉である。そんなに僕って一般常識が足りてないのだろうか……少し不安になる。
「なんだ知らないのか?」
「はい」
「おかしいな、交易所ならリレイドの街にもあったはずだけど……学生には縁がない場所だから知らないか。交易所っていうのは、だいたい大きな街にはあるんだよ。情報とか荷物とかたくさんの物が行きかう場所で、まぁ何でも屋みたいなものかな。そこに行けば日雇いの仕事が簡単に見つかるってわけさ」
前にルインさん達が旅をしている際の路銀を稼ぐのに、いろんな仕事をしてたとは言ってたけど、どうやら交易所で仕事を見つけていたようだ。
「とにかく行ってみようぜ」
「……分かりました」
さっそくルインさんは酒場を出ていくので、僕もその後に続いてそのまま交易所に向かうのだった。
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