第七章 権力の在り方 (不変)
…………………… ナーヴェル卿 自室 ………………………
「ナ、ナーヴェル卿様、火急のお呼び出し、何事でしょうか?」
胸に手を当て、荒い息を押さえながらサンデロイツ卿は言う。
「落ち着きなさい。さて、私がお主を呼んだ理由だが」
「……」
ナーヴェル卿の口から発せられる低くかすれた声に、目を合わせられないサンデロイツ卿は、思わず俯く。
「そう固くなるな。私はお主を買っておる。お主は野心に溢れ、欲しいものを手に入れるのに手段を選ばない剛腕さも。それは上に立つ者に必要な資質でもある」
「……あ、ありがとうございます」
褒められているはずなのに、サンデロイツ卿は生きた心地がしなかった。
「フスカ卿が殺されたことは……もちろん知っておるな?」
「……はい」
自分が管轄している各地の教会を回る馬車の中で、知らせを受けていた。もちろんフスカ卿の影がみな、行方不明になっていることも知っていた。
「野盗に襲われたのか? それとも悪意ある者の手先に殺されたのか? どちらにせよ同じ枢機卿が殺されたという事実は悲しいことだ。そう思わんか……サンデロイツ卿?」
「私も……同じ気持ちです」
震える唇を開いて、なんとか絞り出した言葉だった。
「もしフスカ卿が殺されたことに理由があるとしたら……それはなんだろうか……サンデロイツ卿?」
サンデロイツ卿の胸の中では名前を呼ばれる度に、絞首台の階段を、1段1段登らされているような感覚が襲ってきていた。
「人には秘密がある。秘密とは人に知られたくないのだから秘密なのだろうと、私は思うが……お主はどうか……サンデロイツ卿?」
「……も、申し訳ありません」
自然とサンデロイツ卿の口からは、許しを求める謝罪の言葉が漏れる。
「私は許そうと思う。フスカ卿の命は、大きな学びの対価だったのだろう。枢機卿の席に穴が開いてしまった。後任の選定については、お主に一任しよう」
「わ、私に……ですか?」
「もちろん。私はお主を買っている。新たな枢機卿を選ぶがよい、フスカ卿と同じように」
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アルセント国の港から出港した船は、リレイドの港を目指して帆を進める。頬を撫でる海風は心地よく、低空を飛ぶカモメも気持ちよさそうだった。
船の揺れにも慣れ、夜に起きることもなくなった。それは日時がたったということ……つまりリレイドの港も近づいている証拠でもあった。リンの報告によれば、フスカ卿が亡くなる前、フスカ卿の影が全員、行方が分からなくなっていた。誰の仕業で、どうしてなのか……。
「旦那、そろそろリレイドが見えてきやすよ」
船旅の中で親しくなった船乗りが、知らせてきてくれる。思っていた通り到着の時は早そうだ。そういえばふと思う時がある……フスカ卿ではなく、私が殺される可能性もあったのではないかと、もちろんただの勘でしかない。
日中でも輝くような炎の灯りで、船の進路を導くミレーネの大灯台、私も見るのは2度目である。ただ、1度目とは見方も見え方も違って見える。なぜなら見てしまったからだ、灯り師の少女が灯す炎の輝きを。あの炎を見てしまうと、大灯台の炎が灯る意味を、知ってしまったと同じことなのだ。知ってしまえば、探求心が膨れ上がる。例えそれが茨の道であろうとも、私は進むしかないのだ。
リレイドに着いたらハイダルシアを目指そう。きっとカッセル卿は嫌な顔をするかもしれないが、今の私にできるのはマクベス殿のアドバイスに従い、小汚い古本屋を目指す事だけ。それが膨れ上がった私の探求心を、満たしてくれる唯一の方法なのだから。
…………………………… Cecil side story Fin …………………………




