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第七章 権力の在り方 (思惑)



………………………… サンデロイツ卿 自室 …………………………


「くそくそくそ……あの青二才め。ミッサーレ(枢機卿の晩餐)で恥をかかせおって」

 目の前にあるものすべてを壊してしまうかのように、サンデロイツ卿の周りには、割れた調度品の欠片が散らばっていた。


「お、落ち着いて下さい。ベルラード様」

 部屋の隅に逃げていたフスカ卿が慌てて止めに入る。


「これが落ち着いていられるか。この私が、世界をまとめるエビナス教会枢機卿No,3である私が、コケにされたのだぞ」

「で、ですけど……今回はまさかハイダルシアの件が失敗になるなんて」

「うるさい。なんの為に貴様を同じ枢機卿に据え置いていると思う。こういう時に私を守る為だろ。それをビクビク黙って俯いているなど、恥をしれ。その席は安くはなかったのだぞ」


「も、申し訳ありません」

 脂肪で膨れ上がった体は、見る影もなく縮み上がっている。


「チっ、何か打開策がないだろうか……うん? そういえば……」

 サンデロイツ卿は何かを思い出したように立ち止まる。


「ミッサーレ(枢機卿の晩餐)の中で、ナーヴェル卿様がセシルの意見を弾いた案件があったな」

「えーっと……あ、ありましたか?」

「馬鹿。灯り師のことだ。頭にまで脂肪が溜まっているのかお前は」

「も、申し訳ありません」

ペコペコとおもちゃのように頭を下げるフスカ卿の顔からは、大量の汗が噴き出していた。


「ですが……灯り師を調べることは教会内でもタブー視されていますし、それにナーヴェル卿様の領域を侵すなんて恐ろしいこと……」

「恐ろしくても貴様の“影”にでもやらせて調べろ、いいな。私はすぐにセシルの奴が回った各教会を、フォローして回る。ルイス、貴様はそれまでに調べておけ」

 そう言うとサンデロイツ卿は、散らばった欠片を蹴り飛ばしながら部屋を出ていく。その後ろには慌てて追いかける補佐官の姿も。部屋に残されたまま、ぼーぜんと立ち尽くすフスカ卿の服は、汗でびっしょりになっていた。


………………………………………………………………………………





 コンコン。ノックの音が来客の訪れを教えてくれる。

「入れ」

「失礼します」と、背筋を伸ばしたまま入ってくると、ヨハンは机で書類に目を通している私の前で立ち止まる。


「どうした?」

「ドゥーブル卿様が、セシル様にお会いしたいそうです?」

「ドゥーブル卿が?」

 つい先程までミッサーレ(枢機卿の晩餐)で一緒だったはず、終わった後にわざわざ会いに来る理由が思いつかなかった。ただの世間話か……それとも……何か重要な話があるのか……どちらにせよ会わない選択肢はないだろう。


「分った。通してくれ」

「かしこまりました」

 一礼してドアの前まで下がると、ヨハンはそのまま部屋を後にする。次にドアが開くと、異様にテンションの高いドゥーブル卿が現れた。


「お久しぶりねー、セシルちゃん」

「お久しもなにも、先程まで一緒だったでは」

「あーそれはみんなと一緒にでしょ。二人きりがよかったの」

 本心で言っているのか、単純に暇つぶしでからかわれているのか、相変わらずつかみきれない人である。


「二人きりなら同じ枢機卿、いつでも会えるではないですか」

「嘘ばっかり。だってぇーセシルちゃん。ぜーんぜん本部にいないんだもの。会いたくても会えないでしょ」

 クルっとその場で、踊り子のようにターンをしながら来客用のソファーに背中から倒れ込むと、クセのある茶色い髪が、風に吹かれる柳のように揺れていた。


「それはこっちのセリフです」

 確かに私も巡礼隊や教会の仕事、私用でアセピレート大寺院の、自室にいることはほとんどなかった。ただ、それはドゥーブル卿も同じことである。


「ドゥーブル卿が本部にいらっしゃるのも、かなり稀なことでは? まだリレイドで教鞭をとってらっしゃるのですか?」

 ハイダルシアの片田舎で古本屋をしているカッセル卿と同様に、枢機卿の中にはそれぞれが、それぞれの場所で、枢機卿以外の活動をしている者も少なくはない。その場合、ほとんどが偽名を使って身分を偽っている。


「あら、よく知ってるわね」

「確か……アラド・コナーと名乗っているとか。先生の時は話し方が違うとも聞きましたよ。どちらが本当なのですか」


「ふふ、それもセシルちゃんの“影”であるリンちゃんが調べたのかしら? 優秀な“影”がいて羨ましいわ」

「いえいえ、ドゥーブル卿が従えておられる“影”に比べれば、まだまだです」

 謙遜ではなく本当のことだ。ドゥーブル卿の影は、技能、人数共に枢機卿の中でもトップクラスと言われているほどだ。もちろん影のことなので、あくまで噂程度である。


「それで、わざわざ二人きりで話したい要件とは何でしょう?」

「うーん。そうねー用って程じゃないんだけど……忠告だけ、しとこうと思って」

「忠告……ですか?」

 残念な話だが心当たりがありすぎて、パッと一つに絞ることは難しい。


「セシルちゃん、あの陰湿お爺ちゃんに喧嘩売ったでしょ。それもミッサーレ(枢機卿の晩餐)の中で」

 陰湿お爺ちゃんとは、サンデロイツ卿のことであろう。本人が聞いたら頭から煙を出すくらい怒り狂いそうだ。


「その件でしたら、先にあちらから売られた喧嘩なので、こちらが買ったまで」

「ハイダルシアの一件でしょ」

 迷うことなく、即答される。やはり事前にすべて知ったうえで、会いに来てくださったようだ。


「昨日の今日で、すぐに何かしてくるとは思わないけど、夜道を歩く時は気を付けたほうがいいわね」

「ご心配ありがとうございます。ですが……どうしてわざわざドゥーブル卿が私の心配を?」

 正直な話、ドゥーブル卿にとって利はないことだ。


「そんなの顔がタイプだからに決まってるでしょ。なのに、ちょっとカッコいい子が枢機卿になると、すぐに陰湿お爺ちゃんが嫌がらせして、いつもやめさせちゃうのよね。若さへの嫉妬かしら、嫌になっちゃうわ」

「顔……ですか」

 周りからは、天から与えられた祝福とまで比喩される美貌、我ながら、過大評価ではないとは思っていたけど、面と向かって、顔がタイプと言われたのは初めてのことだった。


「だ・か・ら、セシルちゃんには頑張ってほしいの。何かあったら、気軽に相談していいのよ。じゃまたねー」

 言いたい事だけ言え、満足したのか……単純に忙しいだけなのか、手を振りながらドゥーブル卿はそのまま部屋を出ていった。


 入れ替わりでヨハンが入ってくる。手には2つのカップを載せたおぼんを持って。

「お出しする前に帰られてしまいましたか……」

 テーブルに置かれた紅茶の香りと色合いから、それがブルーレディなのだと分かる。


「一つはキミが飲めばいいさ」

「ありがとうございます」

 口の中に広がる風味が、舌の上から脳に伝わり、頭の中をスッキリさせてくれる


「信用していいものでしょうか?」

「分からないな。食えない人というか……本質が掴みにくい。だが、敵の敵は味方かも……しれない」




…………………ドゥーブル卿 自室……………………………


「お着替えはすでにご用意しております」

 ドゥーブル卿が自室に戻ると、補佐官が出迎えてくれる。テーブルの上には綺麗に畳まれた服が、数ミリのズレもなく揃えて並べられている。


「ありがと。あ、そうだ、みんなに言っておいてくれるかしら。セシルちゃんの周りから目を離さないでねって」

 そう言うと補佐官の前で、着ている服を一枚ずつ脱いでいく。


「かしこまりました。しかし、そうしますとあちらに割いている人数が必然的に減ってしまいますが……」

「いいわ。しばらくはセシルちゃんの周りの方が面白そうだし」

「かしこまりました。出過ぎた事を、申し訳ありません」

「いいの、気にしてないから。それじゃ私はリレイドに戻るわ。これでも先生って、有休が少ないのよね」


 着替え終わると、そこにはもう先程までのドゥーブル卿の姿はなく、リオンもよく知る、アラド先生の姿があるだけだった。

「後は任せた。適時報告だけ怠らずに、任務を全うしてくれ」


………………………………………………………………………



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