第七章 権力の在り方 (帰路)
外から聞こえてくる歓声、宿泊している部屋の窓を開けると、さらに大きく聞こえてくる。眼下では宿屋前の路地を走る子供の姿があった。ハイダルシアの街に滞在していた巡礼隊が出発するので、見送りに住民が集まっているのだろう。それだけでも教会の人気と信仰心の強さが分かる。
シェリーさんこと、レイア姫救出に力を貸してくれたジーニアスと名乗る美麗な聖騎士。彼の正体は巡礼隊としてハイダルシアを訪れていた枢機卿の一人、セシル・フォン・グランヴィッツ卿だった。噂通りの美しさと、聖騎士以上の腕を兼ね揃えた彼は、エイダの存在と力を知ってしまった。やむを得ない事情があったにせよ、大胆な賭けであった。
教会のすべてが灯り師であるエイダを、狙ってはいないだろうと思っていても、教会上層部の人間である枢機卿に知れたことは、何をエイダにもたらし、奪うのだろうか……灯り師について何も聞かずに去る彼の心理は、僕には図り知りようもなかった。
…………………………………Cecil side story ……………………………………
歓迎式から一夜明け、ハイダルシアでの役目を終えた巡礼隊の一行が、教会本部アセピレート大寺院に向けて出発しようとしていた。巡礼隊の馬車は7台、真ん中の4台目の中には元老院を司る枢機卿が一人、セシル・フォン・グランヴィッツ卿の姿があった。枢機卿が巡礼隊に着いて各地を周ることに批判もないわけではなかった、それでも枢機卿という立場になったからこそ、目と鼻の先に見えることだけではなく、遠い地のことまで知っておきたいと思う、自分自身の意志を貫くことを選んだのである。
馬車の窓から見えるハイダルシアの民衆の列は、教会から岩門まで道の両側に続く。小さな子供から老人まで、老若男女問わず、一目枢機卿の姿を拝みたいと手を振っている。
「……見事な客寄せパンダか」
我ながら滑稽にも思える仕草に、思わず口から本音がこぼれていた。これでは人気とりだと揶揄する老人達に反論する言葉もない。
しばらくして馬車の列が止まる。いくら教会の巡礼隊とはいえ、無条件でハイダルシアの街を出入りできるわけではない。形式上、簡単な検問を受けなければならなかった。
暇をつぶすようにもう一度、窓から外を覗くと、手を振る民衆の奥、少し暗く影の多い路地に立つ黒い服を着た人物を見つけた。あの姿は……。思わず馬車の戸を開くと、道の上に降り立っていた。その光景に湧きたつ民衆、まさか枢機卿自らが馬車から降りてくるとは思ってもいなかったのだろう。膝まづいて涙ながらに祈り出す女性の姿もあった。
「いかがされましたか? グランヴィッツ卿」
警護の聖騎士が、馬から降りると走り寄る。予定にない行動に、少し慌てている様子が分かりやすいくらい伝わってきていた。
「今は検問中かな?」
「はい、数分程度で終わるかと思いますが……い、急がせますか?」
護衛の聖騎士とはいえ、枢機卿とは立場の違いが明確だ。例え相手が年下としても自らが発する一言で、取り返しのつかないことになることもある。それが分かっているだけに、どうしても緊張と怯えが出てしまうのだ。願いの為とはいえ、自由のきかない面倒な立場についてしまったものだと改めて実感させられる。
「悪いが少し隊を離れる。検問は長引かせてくれ」
「は、はい? では護衛を……」
「護衛はいい。すぐ戻る」
静止する聖騎士を振り払うと、群がる民衆の間をかき分けていく。幸か不幸か民衆の壁によって追いかけてくる聖騎士に捕まらずにすんだ。乱されたマントや服の襟を直すと、黒い服の人物を見かけた路地へ、路地の中は、暗く一段と寒さが体の芯まで冷やしてくる。奥には闇があるだけ、見たはずなのに……人の気配を感じることができなかった。
「……気のせいか」
見間違いだったのかもしれない。これ以上待たせては余計な混乱を招くだけ、真面目な聖騎士の責任問題にもなりかねない。諦めて来た道を戻ろうとすると。
「私に何か御用ですか? グランヴィッツ卿」
スッと闇の中から、全身黒のローブとフードで体を隠した人物が姿を現した。フードから見え隠れする顔には、正体を隠す為の仮面が被られている。
「久しいなエリザ。馬車の中からキミの姿が見えたので、つい追いかけてきてしまった」
「余計な手間をお掛けし申し訳ありません」
一切感情がこもっていない声で、エリザは淡々と言葉を口にする。
「ナーヴェル卿様の“影”の中でも、お気に入りであるキミがなぜここに? 私の監視か? いや、私などの為に使うはずがないな。もっと重要な何かがこの街に……」
ふと、頭の中に一人の少女の姿が思い浮かんだ。とある誘拐事件で会った少女は特徴的な髪色と眼をし、不思議な力を持っていた
「……灯り師か?」
呟いた時、微かにエリザの着るフードが揺れたように思えた。風ではない、人の意志で揺れたのだ。
「グランヴィッツ卿、不確定な想像と推察は身を滅ぼしかねません。お気を付けください。私からお伝えできることはこれのみです」
子供をあやす母親のように優しく諭してはいるが、これ以上余計な事を詮索するなという、警告にも聞こえる。それとともに“私から”ということは、この先を知りたければ、直接主に聞けという意味でもあるのだろう。
「……」
「……」
仮面の下の顔が、どんな表情をしているのか見てみたくなる……が、それはまた次の機会にしておこう。
「馬車を待たせている。私はこれで、余計な時間を使わせたな」
「いえ、グランヴィッツ卿もお急ぎの方がよいかと。もうすぐアセピレート大寺院ではミッサーレ(枢機卿の晩餐)が開かれますので」
「……そうだな」
路地を後にし、待ちわびた様子の聖騎士の肩に、謝罪の意味も込めてポンと手を置くと、馬車に乗り込む。検問はすでに終わり、感傷に浸る間もなく馬車は岩門を抜け、銀世界へと足を踏み入れる。風はなく、降り落ちる雪もない……元老院の枢機卿達が待つ、アセピレート大寺院には予定通り戻れそうであった。
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