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第六章 二つの偽称 (崩壊)


 唯一の出入り口である岩門を抜け、ハイダルシアの街をすっぽり覆う雪山の外に出ると、久々の太陽が僕の目を一瞬、眩ませる。ハイダルシアに滞在する期間が長ければ長いほど、目が山に覆われた街の薄暗い明るさに慣れてしまっているのだろう。

 荒くれ者達が教えてくれた、山賊の隠れ家となっている遺跡群は雪山に沿って西に進み、伐採されずに残った木々が密集する林の先にある。雪の覆いかぶさった木の枝は弓の弦のようにしなり、今にも折れてしまいそうだった。


「おかしいな。普段ならこの時間、この辺は警備の周回範囲になっているはずだが……」

 レシディアさんが不思議そうに口ずさむ通り、周りは雪と木々だけ、人影は街を出てから見かけることがなかった。


「警備隊がサボってるとか?」

「ハイダルシアの警備隊にそんな不真面目な奴がいるわけがない」

「は、はい。すいません」

 冗談のつもりだったけど……レシディアさんには通じていないようだ。


「組織の中で警備範囲を指示できる人はどれくらいいますか?」

「部隊長か、ハイダルシア上層部の人間ならできるとは……」

 ジーニアスさんの問いかけに、レシディアさんは言いにくそうに言う。おそらくレシディアさんにも、その質問の意図が分かっているのだろう。もし意図的に警備範囲がずらされているとしたら、そんな事をして得をするのはレイア姫誘拐の犯人しかいないのだ。

 

 使い古された穴が多々放置された廃坑を進み、岸壁の間が谷状になっている道を行くと、遠目に立つ建造物が見えてくる。突き当りの窪地に、すっぽりと収まるように建てられた石造りの建物は、背後と両サイドを自然の要塞である岸壁に囲まれていて、山賊の隠れ家にするにはうってつけの場所である。風や雪によって風化した石は欠け、崩れた箇所まであるが、堂々と遺跡はそこに存在していた。


「待て」

 先頭を歩いていたレシディアさんが、後ろ手に止まるように指示する。体を岩陰に隠しながら、視線は遺跡の入り口を注意するように覗く。後ろから少しだけ顔を出して覗いてみると、遺跡の入り口らしき穴の前には、二人の男が門番のように立って、辺りを警戒していた。


「あれはマーカスさんの馬車を襲った山賊ですよ」

 ルインさんが戦っているときに、丘の上から見たことのある顔だった。


「どうやら、ここが奴らの隠れ家であってたようだな」

 懐に忍ばせたナイフホルダーのボタンを外すと、ルインさんはマリアさんとレシディアさんに耳打ちする。


「マリアは右、俺は左から回り込む。レシディアの合図で一気に近寄り、仲間を呼ばれる前に仕留める。いいな」

 二人が頷くのを確認すると、死角を探してルインさんは動きだそうとする。何も言われてないと言うことは、僕とエイダはとりあえず待機でいいのだろう。


「ちょっと待った。それなら僕が引き受けよう」

 指示を受けていない最後の一人、ジーニアスさんはそう言ってマリアさんの腕を掴んで引き留める。


「私では役不足ですか?」

「勘違いしないでくれ。キミ達の佇まいを見れば、どれだけの実力者なのかは私にも分かる。きっとキミなら難なくやり遂げることができるはずさ」

「では、なぜ止めるのです?」

「簡単なこと、綺麗な女性に無粋なことをしてほしくないだけさ」

 さらっと何事もないように、歯の浮くようなセリフをジーニアスさんは言う。言われた本人は氷のように固まってしまっている。ただしキザなセリフにうっとりしているというよりも、まさかの返答にあっけにとられているようだった。


「はいはい。そこまでそこまで」

 見守っていたルインさんも思わず間に割り込んでいく。


「おや、失礼。妬いているのかい?」

「愚問だな。それに妬くほど簡単な仲じゃないさ」

「……なるほど、それは失礼した」

 ルインさんの返答に、硬直から復活したマリアさんも気のせいか嬉しそうである。


「ゴホン、話し合いはそのくらいにしてもらおうか? 時間が惜しい」

 ずっと待たされていたので、レシディアさんの眉間にシワが浮き上がっている。

「悪い」

「これは失礼」

 結局、マリアさんの代わりにジーニアスさんが右手から回り込むことになった。二人がゆっくり両サイドから周り込み所定の位置に着くと、レシディアさんが足元に転がる石を投げる。小さな音を立てる石に一瞬、気を引かれた隙に隠れていた二人が飛び出した。


「う、な……おま……」

 数秒のうちに、入り口前に陣取っていた山賊二人は意識を失っていた。やっぱり聖騎士であるジーニアスさんの腕前も確かなものである。

 遺跡の中は外から見えていた程、複雑な構造をしていないようで分かれ道もなく、すんなりと奥まで到着すると、その先は地下へ降りる階段だけだった。レシディアさんの用意した、短剣ほどの松明に火を点けると、怪しいくらい山賊に遭遇しないまま降りていく。地下の道も脇道はなく、少し下り坂になった道を一列で進んでいく。5分ほど歩いた時、先頭を行くレシディアさんが急に走り出した。追いかけると少し開けた場所に、壁にもたれかかって座るシェリーさんの姿があった。


「姫様」

 駆け寄ったレシディアさんは肩を揺らす。意識はあるのか、布を猿ぐつわのように口の中に押し込まれているので、しゃべりたくても話すことができないようだ。


「ぷぅ、はぁはぁ」

 巻き付けられたロープと、猿ぐつわを外すと腕の感触を確かめながら、シェリーさんは美味しそうに大きく息をする。パッと見では外傷もなさそうだった。


「姫様、ご無事ですか?」

「はい。連れてこられてから、グルグル巻きにされて押し込まれていただけなので大丈夫です」

「……よかった」

 張り詰めていた緊張が解けたように、レシディアさんはギュッとシェリーさんを抱きしめた。


「残念ながら感動の再会もそこまでみたいだ」

 来た道を警戒しながらルインさんは言う。その横では、ジーニアスさんも腰に下げた鞘に手を添える。すんなりシェリーさんのいる場所まで来られたことが怪しいとは思っていたけど、上手く行き止まりに誘導されていたようだ。


「おい、いるんだろ? 出て来いよ」

「チっ、バレてたか。感動の再会はすんだか?」

 来た道から山賊達が姿を現す。手には大振りの斧や槍が握られている。その後ろにはもう一人、なんとなく見覚えのある人物がいる。どこで見たのだろうか……えーっと。


「ジョイス殿……どうしてここに?」

 レシディアさんのおかげで思い出せた。城内の応接室でロンデニオン様の傍にいた、樽のような体型をした男性だった。


「レシディアもいたのか、余計なことをしなければ死なずにすんだのに。馬鹿な女だな」

 応接室で見かけた時と違い、発せられる言葉には自信が満ちている。


「ジョイス殿、ロンデニオン様の側近でもある貴殿がどうしてこんなことを?」

「側近? 何が側近だ。側近とは名ばかりの、ただの小間使いではないか。あんな男に使われる人生など、反吐が出るわ。私は国の大臣ごときポジションで終わるつもりはないのだ」


「それで満足化か?」

「何?」

「満足したかって聞いてんだよ。こんな場所にまでノコノコ夢を語りに来たのが失敗だったな。お前みたいな奴はここでぶっ飛ばしてやらないと気がすまない」

 そう言ってルインさんはナイフを抜き取ると、刃先を向けて構える。


「ふっははははは。馬鹿な奴らだ、どうして私がお前達の前に姿を現したと思っている。分かるか? お前達は二度とここから生きては出られないからだ」

 妙に勝ち誇った笑いが身の危険を知らせてくる。何かしなければマズイと。


「おっと動くな。普通に戦って勝てねぇのは分かってるぜ。だからこっちにも秘策がある」

 僕らを牽制しながら後ずさると、頭は子分から筒のような塊を受け取る。筒の先からは導線が1本伸びていた。


「これがなんだか分かるか? 爆弾だよ。小さいが威力は保証済みだ。ここで火を点けたらどうなるかな?」

「や、やめろ」

 松明で導線に火を点ける。導線は火花を散らしながら燃え、しだいに火は塊に近づいていく。


「じゃあな」

 その場に爆弾を置くと、ジョイスさんと山賊達は登ってきた道を一目散に戻っていく。逃げ場のない僕らにできることは……。


「とにかく部屋の奥に下がるんだ」

 叫ぶルインさんの声に従うように、一目散に奥の突き当りまで集まると、傍にあったテーブルや木箱を盾代わりにして影に隠れる。その瞬間、強烈な破裂音と熱風が襲い掛かってくる。

 地下道の中には、岩の崩れ落ちる音しか聞こえなくなっていた。



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