第六章 二つの偽称 (遺跡)
………………町外れの古びた廃屋………………
廃屋の中ではすでに一人の人物が、待ち人が来るのを待っていた。
「上手くいったようだな」
しばらくして、声と共に待ち人がやってきた。
「当たり前だ。それで報酬は?」
「とりあえず前金だ。とっておけ」
懐からパンパンに膨れ上がった布袋を取り出すと、木箱の上に置いた。重さからか置いた瞬間に木箱がしなる音がした。
「へへ、ありがてぇ」
待ち人が来るのを待っていた男こと、山賊の頭は、手早く袋を取ると2、3度感触を確かめた後、中身を確認する様子もなく持っていた荷物の中に押し込めた。疑う余地もないのだろう。
「城の様子はどうで?」
「さすがに警備隊近衛兵団がレイア姫探しで動いている。しばらくここで会うのは控えるべきだな」
「あぁ……見つかるのは勘弁だな」
言葉の通り廃屋の割れた窓から外を見ると、警備隊らしい男達がいつもより多く、街中を警備している様子が分かる。
「私の方でも足取りがつかめないように画策はしてみるが、あまり期待はするな」
「へいへい。こっちは黙って例の場所に期日まで逃げておく。そうだ、領主の野郎は約束を飲みそうか?」
「間違いなく飲む。どんなに教会に頼み込もうと、残念ながら歓迎式は予定通り行われるだろう。巡礼隊にも変えられないスケジュールがある、それに今年はミッサーレ(枢機卿の晩餐)の年だ、枢機卿様にも時間的余裕はないのだろう。ふふ、ロンデニオンは歓迎式には出られない。外に出した娘とはいえさすがに、娘は娘だったというわけだ。娘が可愛くない親などいないな」
「そんな娘への愛につけこむなんて、アンタも酷い奴だな。それで娘はどうするんだ? 返してやるのか?」
歓迎式に参加しなければ娘を返す約束になっていたことを、思い出したように言う。
「真面目に返す馬鹿がいるか。お前たちの顔も見られているし、式の後にでも殺してくれ」
「つくづく怖い人だなアンタも、アンタに忠義心はないのかね」
「うるさい。これ以上余計な事を言うな。それに、私に忠義があるとすればロンデニオンにではない、あの方にだけだ」
「おー怖い。分かりましたよ。それじゃ俺はさっさと消えますね」
音を立てないようにドアが開くと、廃屋の中にあった気配が一つなくなる。
「ふふふ……ふふふはは」
残された人物は必死に漏れ出る笑い声を押し殺していた。誰にも見られていない、その様子は狂気に支配された人間の姿でしかなかった。
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「それで……どうしてお前がいるんだ?」
そう言うルインさんの視線の先には、当たり前のように着いてくる警備隊近衛兵団レシディアさんの姿があった。
「む? 何か問題でもあるのか?」
当の本人は至極当たり前のことだと思っているようである。
「あのな、問題も何も釈放された俺たちが、お前と一緒にいる理由がないだろ」
領主であるロンデニオン様の計らいで、姫様誘拐の疑いも無事晴れた僕らは、城から解放され自由の身となっていた。
「残念ながら釈放されたとはいえ、貴公らが今回の件の重要参考人であることに変わりはない。つまり貴公らの監視兼、レイア姫様の探索が任務の私が一緒にいるのは当たり前のこととだが。理解できたかな?」
「だからって一緒にいなくてもいいだろ。監視なら近衛兵団お得意のストーカーのように、影からこっそり見守っておいてほしいな」
「な、名誉ある護衛任務を犯罪行為と一緒にするなど心外だ」
「なにを」
「この」
道路の真ん中でにらみ合う二人。普段冷静なルインさんらしくもない。どうもこの二人あまり馬があわないようである。犬猿の仲というやつだろうか?
「シェリー……無事かな?」
心配そうにエイダは呟く。この呟きには流石の犬と猿の二人も、ハッとしたように言い合いを止めた。
「……エイダ、きっとシェリーさんは無事だよ」
「……うん」
せっかくできた友達が誘拐されてしまった。心配でしょうがないのだろう。
「ここで僕らがもめていても、シェリーさんは助からないですよ」
「そ、そうだな。先程までの非礼は詫びようルイン殿。どうか姫様奪還にお手伝い頂けないか」
レシディアさんは真っ直ぐ、深く腰を曲げて頭を下げる。
「頭を上げてくれ。俺も悪かったムキになって。こっちからも協力をお願いするよ」
素直に頭を下げられてしまうと、怒っていたのが恥ずかしくなったのか、照れたように首筋を掻きながらルインさんも頭を下げていた。
「仲直りもできたようですし、これからどうしましょうか?」
「とりあえず攫われた現場に戻ってみようぜ。何か見落とした手がかりが残ってるかもしれないし」
シェリーさんの攫われた路地に来てみると、そこにはすでに複数の人影があった。真ん中に白いマント来た人物、その周りには倒れた荒くれ者たちの姿が。風になびく白いマント……見間違えるわけもない、酒場で荒くれ者たちを瞬殺していた綺麗な顔立ちをした聖騎士である。
「あの、そこで何してるんですか?」
「うん? 誰だい君たちは。彼らの仲間かな?」
足元に転がる荒くれ者達を、鞘で突きながら聖騎士の男性は言う。顔立ちと同じように、思わず聞きほれてしまうくらい、うっとりとする美声だった。
「違います。僕らはここで攫われた女の子を助けるために、何か手がかりがないかと探しにきたんです」
「そっか、ちょうどよかった。私もここで、女性の誘拐事件があったと聞いてね。何か手がかりがないかと思って来たのさ。そしたらちょうど彼らが見かけていたようで、平和的に聞いていたところさ」
女性を3秒で虜にしてしまうかのような、はにかんだ笑顔のわりには、足元に転がる荒くれ者たちの体は小刻みに震え、気のせいか顔や腕に真新しい痣がところどころ見受けられた。
「あ、あんた警備隊の人か?」
倒れている一人の荒くれ者が、震える手をレシディアさんに向けて伸ばしながら言う。まるで助けをもとめているようにも見える。
「私は警備隊近衛兵団だ」
「なんでもいいから助けてくれよ。あんな奴に拷問されるくらいなら、警備隊の方がよっぽどマシだ」
「人聞きが悪いな。拷問とは笑えない冗談だね」
荒くれ者達の怖がりようから考えても、あながち冗談ではなさそうだ。綺麗な顔してなかなかエグイことをする聖騎士様である。
「し、知っていることは、な、なんでも話す。だから、助けてくれ」
「本当に何でも話すのか?」
「ほ、ほ、ほんとだって、嘘じゃねぇ」
「分かった。この者たちの身柄はこちらで預かります。それでよろしいですかな? 聖騎士殿」
レシディアさんは一度頷くと、聖騎士の男性に確認を取るように尋ねた。
「どうぞ。ここはハイダルシア警備隊のお好きなように」
興味がないといった様子でサラリと答える。目的はすでに達しているのだろう。
「あ、ありがてぇ」
「その前に、しっかり知っていることを話してもらおうか?」
「も、もちろんだ」
怯える荒くれ者達の話をまとめると、料理屋で嫌がるウェイターに絡んで聖騎士にボコボコにされた後、荒くれ者達は今日のように地面の上に倒れ込んでいた。すると目の前を可愛らしい女性が荷物を持って駆けていくのが見えたそうだ。それがシェリーさんこと、レイア姫だった。あわよくばとシェリーさんを遠目に狙っていたところ、見覚えのある山賊達が攫っていくところを目撃したようだ。攫ったのは外れの遺跡群を住処にしているデルン一家とのことである。
「外れの遺跡群とは?」
そこに行けばシェリーさんが囚われている可能性が高い。ちなみに荒くれ者達は、必要な事を話し終えるとすぐに、レシディアさんの呼んだ警備隊に無事連れられていった。警備隊に連行されていくのに無事という表現も少しおかしくもあるけど。
「外れの遺跡群とは街を覆う雪山の外。廃坑の奥に残る遺跡のことだ。大戦前からある古い遺跡で、今ではほとんど手つかずの場所になっている」
「そこが山賊達のアジトになってるんですね。そうと分かればさっそく行きましょう」
歓迎式まで時間はあまりない、それに囚われているシェリーさんの身も心配である。
「私も行こう」
「え?」
まさかの人物からの申し出に、思わず耳を疑ってしまう。
「聖騎士の貴方がどうして?」
「当り前さ。女性が攫われているのに、ほうっておくことなんてできないよ。それに元々、ここに来たのだって手がかりを探すためだからね」
確かに、僕らが来るよりも先に荒くれ者達を見つけ、話しが聞けるように捕まえていてくれたことは間違いなかった。
「でも、聖騎士のあなたが……」
「聖騎士、聖騎士って呼ぶのはやめてくれないかな。私にだって名前はあるんだ。えーっと……名前はそうだな、ジーニアス……うん、ジーニアス・ハルバ―だ。ジーニアスと気軽に読んでくれ」
自分の名前なのに、何度か噛みしめるように言う。
「まぁいい、腕は確かだし。足手まといにはならないだろ?」
「もちろんさ」
ルインさんの問いかけに、当たり前のように笑みを浮かべる。
腕が確かなのはもちろん分かっているけど……教会の聖騎士というのが少し引っかかってしまう。女性が攫われたから……本当に理由はそれだけだろうか? 今は考えている時間ももったいない。思わぬ助っ人の参戦がありながらも、デルン一家の待つ遺跡群に向けて急ぐのであった。




