第六章 二つの偽称 (謀略)
「いつも誰かが牢屋に入ってますよね……僕ら」
「それを言うな……悲しくなる」
連行されたウィンター城の牢屋内、さすがは城の中だけあって牢屋のはずなのに、白いレンガ造りの綺麗な床と壁、染みのないベッドは、そこらの宿屋に比べると居心地が悪い所か、お金を払ってでも泊めてほしくなるほどのクオリティである。もちろんそうは言っても牢屋は牢屋なので現実問題、お金を払ってまで泊めてもらうことはないのだけど。
「お二人とも無事ですか?」
壁の向こうから隣の牢屋の住人の声が聞こえる。この声は聞き間違えようもなくマリアさんだった。
「なんとかな。マリアは一人か? それともエイダが一緒か?」
「エイダさんと二人です」
よかった。エイダも無事のようだ。
「大丈夫……リオン」
「うん、大丈夫。エイダこそ辛くない?」
「慣れてるから……」
安心したような……慣れてるのも……どうかと思うけど……話していると、コツコツとレンガの床を歩く、靴の音が遠くから聞こえてくる。その音は次第に近づいてくる。
「ふん、牢屋の中に入れられているのに呑気に世間話とは、随分慣れた様子だな」
格子を挟んで目の前に立っていたのは、僕らを捕まえた調本人でもある肩書の長い警備隊の女性だった。たしか名前は……。
「ハイダルシア警備隊近衛兵団のレシディアだ」
「あ、すいません」
心が読まれていたのか、常時しかめっ面な顔が一段と眉毛が吊り上がっている。
「出ろ。釈放だ」
「え?」
「二度も言わすな。釈放だ」
牢屋守の男性兵士がやってくると、丸いリングに束となっている鍵を使って牢を開ける。
「やっと疑いがはれたか。どういう風の吹き回しだ?」
「黙って着いてこい」
ルインさんの問いかけを一蹴すると、牢屋のある地下を出ていく。着いてこいという割には振り向きもしない。有無を言わせず、拒否権はないということなのだろう。
「やれやれ、行くしかなさそうだな」
連れて行かれたのは応接間のような部屋の中、高級そうな調度品が並び、城に連行されて初めて領主の住む城と感じさせられる場所だった。
「あぁ、皆さんご無事ですか?」
赤い縁取りがされた両開きの扉が開き、見知った夫妻が心配そうな表情で駆け込んでくる。
「マーカスさんにシアンさん、どうしてここに?」
「皆さんがシェリーを誘拐した罪で牢に入れられたと聞きつけまして、急いで駆け付けて来たんです」
言葉の通り、着の身着のまま来たのだろう。マーカスさんは片手に作業用の手袋をはめたままで、シアンさんに至っては履いている靴が左右で別々のものである。
「でも、よかった。勘違いと分かり無事釈放されたようで」
「まだ、仮釈放です」
はっきりと訂正するようにレシディアさんは言う。少しの間で分かったけど、この人はかなり頑固な人のようだ。
「こら、皆さんはシェリーを助けてくれた人達で、誘拐なんてするような人たちではないと何度も言ったではないか」
親が子供を叱るかのように、レシディアさんの頭を軽くはたく。
「この度は不詳の弟子レシディアの勘違いで、ひどい目に合わせてしまい申し訳ない。この子は昔から早とちりなところがありまして」
レシディアさんの頭に手を置くと、髪の毛をクシャクシャにするように豪快に撫でる。
「やめて下さい。そんな子ども扱いは」
言葉では嫌がっているわりには、まんざらでもなさそうなのは見なかったことにしよう。
「二人はどんな関係なんだ? 弟子って言ってたけど」
僕も不思議に思っていたことをルインさんが代表するように尋ねた。
「実は昔、私も近衛兵団で団長をしておりまして、レシディアはその時の部下であり剣の弟子でもあるのです。ちなみにシアンは救護班に属していました」
なるほど、それで二人は面識があり、マーカスさん夫妻も当たり前のようにお城の中に入ってきているのだろう。うん? まてよ……ただの気さくな商人だと思っていたマーカスさんが、実は元近衛兵団の団長で、奥さんのシアンさんも城の救護班だったと言うことは、やっぱりあの話は本当で……。
「あの、それでシェリーさんが王女というのは……?」
話しが脱線してしまっていたけど、根本的な問題の謎ときはまだしてもらってなかった。
「それについては俺から話そう」
そう言って、先程マーカスさん達が入って来た扉とは反対側の扉から、大柄な男性が入って来た。
「誰だ? このおっさん?」
「控えぬか、ハイダルシア領主ロンデニオン様だ」
一喝すると、レシディアさんはすぐさま膝まづく。その横では他の近衛兵団の兵も同じように膝まづいている。どうやら本当にこの男性がハイダルシアの領主様のようだ。
「え……」
そうは言われても思わず驚きで目を疑ってしまう。確かに目の前に立つ男性の着ている服は領主と言われれば高価な物にも見えなくはないけど……服の上からでも分かる胸板の厚さ、腕や足の隆々とした筋肉、堀が深く、髭や眉毛、もみ上げの黒く濃い顔立ちはお世辞にも国のトップである領主には見えない。どちらかというと、もう一つの肩書である族長という言葉がひどくしっくりくる。悪く言えばシェリーさんを攫った山賊と並べてみても、どちらが山賊か見分けがつかないかもしれない程だ。
「ご無沙汰しております。ロンデニオン様」
胸に手を当てながら、しっかりと頭を下げてお辞儀をするマーカスさん。さすがは元近衛兵団だけあって、所作が流れるように自然である。
「おぉマーカスか久しいな。俺とお前の仲だ、たまには城に顔を出せ」
「申し訳ありません。なにぶん商売が忙しく……それにこの度は……合わす顔もないほどの失態を犯してしまいました。どうぞ如何様にも処罰を受ける所存であります」
失態とは間違いなくシェリーさんのことだろう。
「な、なにをおっしゃいます。師匠のせいではありません。それを言うなら街中での所業を止められなかった、我々警備隊近衛兵団の責任です。処罰を受けるなら団長である私です」
庇うようにマーカスさんの前にレシディアさんが立つ。
「まぁ落ち着け二人とも。何事も絶対はない。いくら強固に守ろうといつかは破られることはあるものだ。レイアことも。そうだろマーカス? レシディア?」
「「は」」
さすがは師弟だけあって、敬礼する姿もそっくりである。
「待たせたかな旅人よ。ここまで巻き込んでしまってはお前たちにも話さないわけにはいかないか。立ち話もなんだ、座ろうか?」
僕らは促されるまま、ソファに腰を下ろした。
「もう気づいているだろうが。シェリーことレイアは私の娘だ」
これまでのことで予想はしていたけど、実際に領主様から話を聞いて改めて実感する。
「ただ、娘とは言っても、外の女が生んだ子供でな。すでに俺には2人の子供がいる、権力争いになるのは面倒だし避けたかった。それで……」
「マーカスさん夫妻に預けていたんですね」
それならお姫様がマーカスさん夫妻の孫として素性を偽っていた理由も分かる。
「まぁそういうことになる。安全の為に外に出したはずが……こんな事になるとは。ずっと近衛兵団に、隠れて護衛はさせていたのだが、隙を突かれてしまったようだ」
「ずっと護衛……そうか。雪山で山賊相手に弓矢を撃ったのはアンタだったんだな」
思い出したようにルインさんは言う。その視線は真っ直ぐレシディアさんを捉えていた。
「そうだ。あの時貴様達が助けに入らなければ、我々が山賊を退治するため飛び出していたところだ。結局は弓矢での援護だけで済んだのだがな」
なんとなくレシディアさんの言い方には棘があるような気がする。まるで余計な事をしたなとでも言いたいかのように……ルインさんも気づいているのか少しムッとした表情をしていた。
「た、大変です。ロンデニオン様」
慌てた声と共に勢いよく扉を開けて、樽のような体型をした男性が転がりこんでくる。
「慌てるなジョイス。何事だ?」
「そ、それが……こ、こんな物が城に投げ込まれまして……はぁはぁ」
ジョイスと呼ばれた男性の手にはクシャクシャに丸められた茶色い紙が握られていた。
「山賊どもからの投げ文か? 読んでみろ」
「はい。ですが……あ、あのこちらの皆様は?」
周りを見渡しながら躊躇うように言う。部外者にはあまり聞かせたくない内容なのかもしれない。
「かまわん。読め」
「は、はい。そ、それでは読みます……えー……ハイダルシア領主ロンデニオンよ。娘は預かっている、無事に返してほしければ明日の歓迎式には参加するな。でなければ姫は殺す。要求通り参加せずに終わった場合は姫の命だけは保証してやる。……と、以上です」
「ふん、なるほど賊め。狙いは歓迎式だったか」
納得したように領主様は言う。よく見るとマーカスさん達も察するところがあるようだ。
「あの……歓迎式とは?」
「その名の通り歓迎するための式だ。教会の巡礼隊が領主の住む館や城に挨拶にくる式典のことで、その時に歓迎のパーティーも行われるから歓迎式とも言われている」
「なるほど。それなら歓迎式に領主様が参加しなければシェリーさんは無事に返ってくるわけですね」
式典は大事かもしれないけど、人の命に変えられるわけがない。ここは素直に要求に従って参加しないほうがいいだろう。巡礼隊が来るのは今回だけでないだろうし。
「だ、駄目です」
溢れんばかりの大きな声でジョイスさんは制止する。
「い、いつもならまだしても、今回は枢機卿様が一緒の巡礼隊ですよ。もしその歓迎式に領主であるロンデニオン様がご不在となれば、元老院を軽視したと思われ教会との関係は地に落ちます。それに他の国からの非難だってあるかもしれません」
「なるほど。山賊達の狙いはハイダルシアと教会の関係を悪くすること……でも一体だれが?」
そんなことをして得する人がいるだろうか?
「とにかく俺は教会と話して歓迎式を延期できんか相談してみる。近衛兵団は引き続きレイアの行方を追ってくれ。行くぞジョイス」
「は、はい」
ハンカチで流れ落ちる汗を必死で拭くジョイスさんを連れて、領主様は部屋を出ていった。
ただの街娘の誘拐事件と思っていたことが、国を揺るがす事件になりかねないことに……。ハイダルシア領主ロンデニオンの隠し子であったシェリーさん、改めレイア姫の誘拐は、やはりただの誘拐ではないようだった。




