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第六章 二つの偽称 (本名)


 雪山に覆われた街の朝は……変わらず寒かった。直接、冷たい風が家屋に吹き荒れていなくても、芯から体を冷やす氷点下の寒さは健在である。思わず、いつもより少しだけ早く起きてしまった。今さら目を閉じても覚醒した脳は、二度寝を許してはくれそうにない。僕はさっさと白旗を上げると、ベッドから抜け出し、悴む手足を我慢しながら薪ストーブに火を入れた。各部屋に薪ストーブが常設されているのも、この寒さでは当たり前かもしれない。

 ふと、隣のベッドを見るとルインさんがまだ眠っていた。そういえばルインさんが熟睡しているところをあまりまじまじと見たことがなかった。だいだいいつも野宿する時は僕とルインさんが交代で火の番をしているし、宿に泊まるときは大抵、ルインさんが先に起きていた。

 夜更かしをしていたのか、枕元には一冊の本が置かれている。これがもしかするとヘルタンの古本屋で買っていたものだろう。かなり年期が入っているのか表紙の文字はほとんど読めない、絵だけで判断すると、医学的な本であることが分かった。

 折り目の付いたページがある。こっそり開いて見ると、人間の血液について書かれているようだ……血の研究? 血と聞いて考えられるのはもちろんエイダだ。

 トルトリン寺院でルインさんが見た、エルディーンの研究施設については、少しだけマリアさんから聞いていた。それに滝の裏の洞窟では、炎の力で道が開かれた……。エイダの血、いや灯り師の血にいったどんな力があるのだろうか。


「うん? もう朝か?」

 気配に気づいたのか、目を覚ましたようだ。慌てて本を閉じて元の場所に戻す。

「少し早いですけど……」

「ふぁーあ。しかし寒いなやっぱり」

 よかった。本を盗み見していたことはバレてなかったようだ。直接お願いすれば普通に見せてはくれるだろうけど、なんだか後ろめたさがあった。


「悪い、もうひと眠りするから。お前も寝られる時にじっくり寝ろよ」

 再び目を瞑ると、ルインさんは頭から布団をかぶって眠りにつく。

 薪ストーブの薪に火がしっかりと燃え移ると、パチパチと音を立て始める。窓から見える街はまだ、静けさに包まれていた。



「エイダさん、何にしますか?」

 まだ眠たげなエイダはじっとメニュー表とにらめっこしている。

 お昼前になって僕らは宿近くの酒場にやってきていた。

 マリアさんの問いかけも、寝ぼけてあまり聞こえていないようだ。それもしょうがない、昨日は遅くまでモーリスさんの家でご馳走になっていたのだから。

 現に僕も、昨日のシアンさんの料理がまだ、お腹の中に残っている気がする。美味しいからといって少し食べすぎたかもしれない。朝は軽めにしよう。

 パンとサラダを注文すると、オーダーを受けたウェイターが戻っていく。


「おい、酒はまだか。早く持ってこい」

 一番奥のテーブルから、男達の怒鳴る声が聞こえてくる。

 奥の席には4人の男達がふんぞりかえって座っている。中にはテーブルの上に足を上げる奴までいる。まだお昼前だというのにお酒を飲んで、随分とガラの悪い連中がいるものだ


「きゃあ、やめて下さい」

 また、あの席の連中が今度はウェイターのお姉さんに絡んでいる。

「ねえちゃんいいだろ。酌ぐらいしてくれよ」

「すいません。離してください」

「あぁ、俺たちは客だぞ」

 他のお客さんも関わり合いになりたくないのか、みんな素知らぬ顔で黙々と食事を続けている。肝心なお店の人もたじろいでいるようだ。


「……しょうがない」

 野菜を刺したままのフォークをお皿の上に置いて、ルインさんが立ち上がろうとすると。


「キミたち、嫌がる女性に無理強いはよくないと思うな」

 ルインさんが駆け付ける前に、ウェイターの腕を掴んでいた荒くれ者の手を、白いマントを羽織った男性が、掴んで払いのける。

 僕らが来た時からいたのだろうか……同じ男でも思わず見とれてしまうくらい綺麗な男性だった。最初から酒場の中にいたのなら気づいていてもおかしくないくらい目立ちそうなものである。


「あぁ? 俺たちに言ってるのか?」

「他に誰がいる? それとも行いが醜いと耳まで悪くなってしまうのかな?」

 口調は冷静だが、発せられる言葉は相手を逆なでするような挑発的な言葉だ。


「女の前で恥をかきたくなかったらさっさと失せろ。青二才が」

「キミ達こそ、女性の前でこれ以上嫌われるような行動はやめたほうがいい。僕を殴ると女性に嫌われるよ」

 場所が場所でなければ、女性がメロメロになりそうなセリフだけど、相手はいかつい男達ばかりなので、効果も薄く、効くはずもない。


「いい根性してやがる。いいぜ表に出な」

 4人の男達に連れられて、白いマントを来た美青年は店の外に出ていく。残されたウェイターの女性も心配そうに見守っている。


「大丈夫ですかね?」

 1人対4人はさすがに多勢に無勢ではないだろうか。


「ほっとけ。結果は見えてる」

 興味はないといった様子で、ルインさんは黙々と目の前のサラダを平らげていく。見えているとはどうことだろうか? 尋ねようとする前に、店のドアが再び開くと、美青年が一人戻ってきた。マントについたホコリを手で払い落しながら、元いた席へと戻っていく。

 お礼を言いにいったウェイターの子の目はハートになっている。


 ルインさんに目を向けると「だろ」と言いたげな様子である。

「どうして大丈夫だってわかったんですか?」

「まず一つ、腰に下げている剣を見てみろ。鞘に鳥が羽を広げた装飾があるだろ、あれは大鷲のエンブレムだ。エビナス教会の聖騎士が持つことを許された聖剣だという証拠でもある。そんな物を持った奴が弱いわけないだろ。それに歩き方一つをとってもスキがない、かなりの腕をもった奴だってことがわかる。だから相手の力量も測れなかったチンピラどもの、負けだと最初から分かってただけさ」

 なるほど、理由を聞くと納得できる要素ばかりだ。それにしても、そんな凄腕の聖騎士がどうしてこんなところにいるのだろうか?


「さぁな、でも大方巡礼隊の警護か何かだろ。特に枢機卿がいるなら警護も厳重だろうし。とにかく、俺たちは教会の関係者には関わりあいにならないにこしたことない。さっさと行こうぜ」

 ルインさんの言う通りだ。ちょうどエイダもマリアさんも食べ終わっているようなので、最後のパンの一欠けらを口に押し込み水で流し込むと、テーブルの上に代金を置いて、こっそりとお店を後にする。外にでるとお昼時が近づいてきているせいか、人通りもかなり増えてきていた。


「こんにちは。皆さんこちらにいらしたんですね」

 店を出るとちょうど、シェリーさんが通りかかる。手には大きな風呂敷袋を大切そうに両手で持っている。


「こんにちは。昨日はご馳走様でした」

「いえいえ、私も楽しかったです。エイダちゃんともたくさん話せましたし」

 そう言ってシェリーさんが手を振ると、エイダも笑顔で振り返す。


「どこかにお出かけですか?」

「私はちょっと、お店の商品をお得意先に届けにいくところです」

 先程から大切そうに抱えた袋が、商品のようである。


「お店の手伝いをしてるんですね」

「ふふ、手伝いといっても、持っていくだけですけどね。あ、大変、ごめんなさい。届ける時間があるので、先に行きますね」

 思い出したように時計を見ると、ペコっと軽く会釈をして細い路地に駆けていく。家の手伝いまでしているなんて、いい子だ。歳が近いだけに感心させられてしまう。


「や、やめて下さい」

 突然、路地から聞こえてくるシェリーさんの悲鳴に似た声、誰が聞いても彼女の身を心配してしまう叫びだ。


「大丈夫か?」

 いの一番に駆け出したルインさんが路地に飛び込む。慌てて僕らも追いかけるとそこには……グッタリと目を閉じているシェリーさんを抱えて、民家の壁を登っていく男達の姿があった。数は3人、どこかで見覚えがあるその風貌は、モーリスさんの荷馬車を襲っていた山賊達そのものであった。


「やべ、早く上がれ」

 追手に気づいた山賊達は、猛スピードで突起のない壁をスイスイと上っていく。さすがは身軽な山賊、木登りというか……家登りもお手の物だ。って関心している場合でない。


「くそ、奴らの狙いは彼女だったのか」

 昨日の襲撃は金品を狙ったのではなく、明確な狙いを持って荷馬車を襲っていたのだ。それにしても……どうしてシェリーさんが誘拐なんてされるんだ。路地にはポツンと悲しそうに風呂敷袋が忘れられたように落ちている。


「貴様ら、そこを動くな」

 悩んでいる間にも、次から次へと事態は急変していく。路地の入口にはいつの間にか、同じ青い制服を着た男たちがズラッと立ち並んでいる、全員腰には剣を帯刀していた。男達の真ん中で堂々と腕を組む女性が一歩前にでる。船の船長のような固い帽子に、左目には黒い眼帯をしていた。


「私はハイダルシア警備隊近衛兵団のレシディア特尉である。貴様らを王女誘拐の容疑で捕縛する。大人しく従えば怪我をしなくてすむが、もし抵抗するようなら……」

 路地を封鎖するように横並びの男達が、一斉に剣を抜く。その動きは洗練されているかのように一糸乱れぬ動きであった。


「ちょっと待って下さい。王女誘拐なんて僕らは知りません」

「しらばっくれるな、さっきまで一緒にいたレイア姫のことだ。どこに連れていった?」


「レイア姫って……誰です?」

 山賊に攫われたのはシェリーさんで、レイア姫とやらではない……でも警備隊の人はレイア姫がこの路地で攫われたから犯人として僕らを捕まえようとしている……え? つまり……シェリーさんがレイア姫ってこと……? いやいやそんなことあるわけがない。だってシェリーさんはモーリスさん達の孫娘だ。シェリーさんが姫ならモーリスさん達は王様のお父さん? そんなことってあるだろうか?


「どういうことでしょうルインさん?」

「俺にもサッパリ分からん。だが俺たちの今の状況がマズイってことだけは確かだな」

 路地の両サイドは壁で登れそうもない、残る逃げ道は前か後ろだけ。それも警備隊によって塞がれているとなると、まさしく四面楚歌とはこのことだろうか。


「どうします?」

「どうするって、逃げるには強硬突破するしかないだろ。このまま捕まったら王族誘拐犯決定だからな」

 そう言うルインさんの右手はすでに、懐のナイフの柄を握っている。確かに王族誘拐なんて……絶対に捕まれば命の保証はなさそうだ。


「……駄目。戦っても誰も幸せにはならない」

 ルインさんの右手の服の袖を掴んで、エイダが引き留める。


「いや、でもさ」

「……駄目、それにきっと話せば分かってくれる」

 透き通った蒼い眼がじっとルインさんを捉えて離さない。

 ここまでエイダに言われてしまえば、無下にできるわけがない。


「分ったよ。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 懐のナイフから手を離すと、ルインさんは両手を上げて投降する意思表示をする。僕らもそれに倣って同じように手を上げた。


「賢明な判断に感謝する。彼らを城の牢まで連行せよ」

 後ろ手に巻き付けられたロープで、引っ張られるように連行される。まさかこんな形で城の中に入れるとは……嬉しくないサプライズであった。



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