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第六章 二つの偽称 (要塞)


 ハイダルシアの始まりは雪山に住む少数民族からだと言われている。小さな部族間の戦いが繰り広げられては吸収、合併し大きくなる。次第に大きくなった民族は多くの民が平和に暮らせる安寧の地を探し始めるも、国土のほとんどが雪山のハイダルシアに広い平野は存在しなかった。そんな時、民族の中で意見が出た、ないなら作ればいい。それから数百年の時をかけ、一つの大きな山の麓から、掘り進められた穴は次第に大きく広くなり、一人、二人と住める人数は増え、家が建ち、街ができ、城が造られ、今のハイダルシアの基礎となったのだ。


「……というのがハイダルシアの歴史ですよね」

「リオンにしてはよく知ってるな」

「実はですね……」

 荷馬車の揺れに耐えながら、鞄から一冊の本を取り出す。表紙には『3分で子供にも分かるハイダルシア辞典』と書かれている。


「なんだそれ、全部本の受け売りか」

「実はそうなんです。ヘルタンの古本屋で見つけたので一応買っておきました。それにしても実物は思った以上にでっかいですね」

 近づいてくると、一段とその大きさが際立って分かる。ハイダルシアを守り続ける自然の要塞とは上手く言ったものである。なんといってもハイダルシアは戦時中、一度も城まで攻められたことがないのだ。雪という障害と、街一つを覆い隠す堅固な山。二つが守ることで、どの国も攻め切ることができない要塞が出来上がったのだ。


「あれはなんでしょう?」

 街を覆う雪山のいたるところに洞窟の入り口のような穴が見える。


「あれはきっと敵が攻めて来た時に、迎撃するための見張り台兼発射台ってところだな。今は使ってないだろ。お、そろそろ入り口の門が近づいてきたぞ」

 荷馬車は4メートル近くある、大きな門に差し掛かると、ゆっくりと止まる。門の両サイドには検問があって街に入る場合はここを通らないといけなかった。

 ハイダルシア辞典によると、岩でできた門は大戦中に建設されハイダルシアに繋がる唯一の入口を侵入者から守り続けていたそうだ。大戦終了後は、守る必要もなくなった為、常時開け放たれたままになっている。開け閉めするだけでも、大人30人以上の力がいるとのことで、その大きさと重さのすごさが分かる。


 危険な荷馬車の上から梯子で降りると、検問で簡単に質疑応答をすませ、いざ街の中へ。すでにハイダルシアの国内に入国しているので、そこまで首都の検問は厳しくないようだった。


「では、私達は店に荷物を下ろしに戻りますので」

「乗せて頂きありがとうございました」

 荷馬車に乗った距離から考えると、歩いて向かったままでは今日中に着いてなかったかもしれない。1日野宿しなくてすんだだけでもラッキーである。


「いえいえ。もともとは助けて頂いたお礼ですから。そうだ、よければ今夜の夕食をうちの家でいかがですか? なぁシアン」

「そうですね、ぜひ。たいしたおもてなしはできませんけど」

 ここまで乗せてきてもらっておきながら、さらに夕食までご馳走になる……さすがに気が引けてくる。隣にいるルインさんもマリアさんも少し申し訳なさそうにしていた。


「遠慮しないでください。それに皆様に来ていただければシェリーも喜びますから」

 そう言ってモーリスさんが視線を向けた先では仲睦まじい姿で談笑するエイダとシェリーさんの姿があった。馬車の中で、いつの間にか仲良くなっていたようだ。違うタイプの美少女が二人、親しげに話す光景、見ているだけでも幸せになれそうだ。


「ということですので、いかがですか?」

「ここまで言われて、断る理由はないよな」

「はい」

 僕としてもエイダが同年代の子と仲良くしているのは見ていても嬉しくなる。


「よかった。それでは夕時になりましたら私達のお店にお越しください。宿屋でモーリス商会と聞けば、すぐわかるとお思います。ほら、シェリーもう行こうか」

「はーい。お爺様」

 名残惜しそうにエイダから離れると、シャリーさんは馬車の中に戻っていき、そのまま馬車は街の奥へ消えて行った。


「さて、とりあえず俺たちも宿屋を探すか」

 事前にモーリスさんにおすすめの宿を聞いていたので、宿選びはバッチリである。ここでもモーリスさん様々である。特に問題もなく宿の部屋を2つ確保すると、受付でエイダ達と分かれる。いつものことながら男女で部屋を分けていた。


「二人は何してるんでしょう?」

 モーリスさんとの約束の時間まではまだ少し時間がある。このまま宿の部屋でゆっくりしていてもいいけど、なんとなく手持ち無沙汰だった。


「愚問だな、リオン君」

 そう言って眼鏡を掛けていないはずなのに、先生のようにクイッと押し上げる仕草をする。


「大きな街に来て自由時間がある……そうなるとマリアがやることは決まっているだろ」

「あー……そうでした」

 なるほど、今頃エイダはマリアさんに捕まって、お店を何件も梯子している最中だろう。想像しただけでご愁傷様である。


「ルインさんはどうするんですか?」

「うーん……そうだな。ちょっと部屋でゆっくりさせてもらうよ。調べておきたい本もあるしな」

 そう言えばルインさもヘルタンの古本屋でなにやら本を買っていた。僕と違って観光書的なものではなさそうな古い本だったけど、それについてだろうか。


「暇なら街の中を見て来いよ。お前初めてだろハイダルシアは?」

「そうですね。じゃあちょっと行ってきます」

 鞄から辞典を取り出すと、ルインさんを残して部屋を出た。特に行先はないけど、街の中を見て回るのもよさそうだ。

 辞典によると、ハイダルシアの街は入り口である岩門から城までの大きな通りと、それを垂直に横切る通りの十字線が主要の道になっており、そこから派生するように小道や脇道が広がり、道沿いに多くの店や住居が並んでいるようだ。僕らが泊っている宿が岩門近くの路地の奥にあるので、一旦主の道に出て、岩門の反対に聳え立つ城が、ハイダルシアの領主兼族長の住むウィンター城のようだ。遠くから眺めても優美で壮大なお城である。絶対に縁はないだろうが、一度くらい中に入ってみたいものだ。


「うわ……すいません」

 お城に見とれていると、後ろから歩いてくる人とぶつかってしまう。

 ぶつかった相手も軽く会釈をすると、急いでいるのか城の方へ向かってそそくさと歩いていく。教会の司教だろうか? 白いローブにエンブレムの入った飾り帯を掛けている。よく見ると周りには、同じように白いローブを着た教会関係者の姿が多く見られる。誰もがみな、同じ方向に歩いていく。辞典のページをめくっていくと、首都にあるエビナス教会の支部はアバランス寺院といって、城の近くにあるようだ。なるほど、城に行くのではなく、教会に向かっているようだ。それにしても、ハイダルシアの首都がこんなにも教会信仰が強いなんて辞典には書いてないではないか……。ただでさえエイダは教会に狙われているし、またイーダストのようになっても、面倒なだけである。これは気を付けたほうがいいかもしれない。

 逃げるように一旦、宿に戻ると、ちょうど受付にマリアさんとエイダが戻ってきていた。普段感情を表にあまり出さないエイダも、さすがに少し疲れているように見えた。逆に、隣で両手いっぱいに荷物を持ったマリアさんは、生き生きとしている。


「す、すごい。量ですね……ははは」

「はい。たくさん可愛い服があったので思わず買ってしまいました」

 たくさんという量を3周くらい飛び越えているような気もしたけど、マリアさんが嬉しそうなので、言わないでおこう。二人が部屋に荷物を置きに行くと、交代でルインさんが階段を降りてくる。


「そろそろ時間だろ。マリア達見かけなかったか? 部屋にはいないようだったけど」

「それなら、ちょうど今部屋に戻っていきましたよ。荷物を置いたら戻ってくるそうです」

 どうやら入れ違いになってしまったようだ。


「そっか。なら待っておくか」

 受付横の椅子に座って待つこと、約3分。二人が戻ってきたので、僕らは宿を出てモーリスさんの店を目指すことにした。モーリスさんが言っていた通り、宿屋の主にモーリス商会の場所を尋ねると、簡単な行き方をメモった地図を渡してくれた。

 お店に向かう途中の通りには、夜になってきたとはいえ多くの人だかりがある。さすが首都だ。荷馬車の上で見かけた見張り台の穴も、今では月明かりを通す天窓の役割をしていて、街中が夜でも明るいのはそのおかげだろう。あいかわらず白いローブを着た教会関係者の姿をよく見る。暗くなってきたとはいえ、エイダがフードを被っていてよかった。

 しばらく歩くと、モーリス商会の看板が掛かったお店が見えてくる。貰った地図と一致しているし、どうやらここがモーリスさんのお店のようだ。2階立ての建物で、1階部分がお店になっている。

 ドアを開け中に入ると、モーリスさんとシェリーさんが出迎えてくれる。


「お待ちしておりました。皆さん」

 二人とも服を着替えており、特にシェリーさんの白いワンピース姿は、さっきまで見ていた服と違って一段とお嬢様といった雰囲気が強くなっていた。


「お部屋は二階ですので、こちらの階段からどうぞ」

 二人に続いて階段を上ると、広いリビングが顔を出し、細長いテーブルにはすでに料理が並んでいる。

 勧められるまま席に座ると、お盆を持ってシアンさんが現れる。こちらも白いエプロンがよく似合っている。


「スープは温かい方が美味しいと思って、直前まで温めておいたんです」

 そう言って並べられる黄金色のスープからは、美味しそうな匂いと湯気が上がる。さっそく一口スプーンですくって口の中に含ませると、想像した以上に野菜の旨味が口いっぱいに広がる。美味しい、料理の腕ならマリアさんにも匹敵する美味しさである。横に座るエイダも美味しさから、スプーンがとまることなく動き続けている。もちろん僕もだけど。


「ハイダルシアの街はいかがですか?」

「楽しんでますよ。マリアとエイダの二人は買い物に出てましたし、リオンは街の中を見物してたよな?」

 ルインさんから話を振られたので、急いでスープを飲んでいたスプーンを置く。


「はい、少しだけ街を散歩して……」

 そこまで言って、街中に溢れていた白いローブの教会関係者のことを思い出す。もしかしてモーリスさん達に聞けば理由がわかるかもしれない。


「そういえば街に教会の司教や修道女をたくさん見かけたんですが」

「それならエビナス教会の巡礼隊が、この街にお着きになっているそうですから、きっとそのせいですね」

「巡礼隊?」

 初めて聞く言葉だった。


「ええ、巡礼隊とは各地の支部を教会本部であるアセピレート大寺院の司祭の方々が、定期的に視察や交流の為に回られることで、ちょうど今、アバランス寺院に滞在されているみたいです」


「それにしては多いな。前に他の町で巡礼隊を見かけた時は、もっと少人数だったような……なぁマリア?」

「はい、私もそう覚えてます」

「きっと枢機卿様がお越しになられているからですね」

 雪野菜のサラダをトングで取り分けながらシェリーさんは言う。


「え? 枢機卿が来ているのか?」

 驚いたようにルインさんは言う。そんなに珍しい人なのだろうか……枢機卿というのは……。

「えぇ。今頃は他の方々と一緒に、アバランス寺院にご滞在のはずです」

 当たり前のように話が進んでいくけど……枢機卿? 分からない僕だけが置いてけぼりである。


「あのーすいません。枢機卿って?」

「知らないのかリオン?」

 先程よりも一段と目を見開いて、驚いたように言う。そんなに驚かなくてもいいだろうに。


「絶対に学校でも習ってるはずだ。聞いてなかったなお前」

「それは……」

 確かに学校でアラド先生の授業を、真面目に聞いてなかったのは本当のことなので、そう言われると何も言い返せない……いつもいつもアラド先生ごめんなさい。今度授業受ける機会があったら、きっと真面目に受けます。


「いいか、エビナス・マクベス亡き後の教会は、最高決定機関である元老院によって取りまとめられて、それが各支部に伝達されて機能していく。この元老院を構成するメンバーが枢機卿で、今は10人いるんだ」

 なるほど、つまり枢機卿というのは教会の中で一番偉い10人ということになるのか。


「枢機卿が巡礼隊に同行してるなんて聞いたことないな。普通、お偉いさんは本部のアセピレート大寺院か大きな支部でのほほんとしているだろ」

 ルインさんのイメージもかなり悪意があるような気がするけど、どこの偉い人のイメージもだいたい一緒なのかもしれない。リレイドの学校でも、忙しいのはアラド先生達で肝心の校長先生は朝から水やりばっかりしてた気がする。


「噂だとグランヴィッツ卿は他の枢機卿の皆様とは、考え方が違っているようですね。今回の巡礼隊にも自ら志願されて同行されているとか」

「来ているのはセシル・フォン・グランヴィッツなのか?」

 随分長い名前がルインさんの口から発せられる。よく噛まずに言えるものだ。


「ルインさん知ってるんですか?」

「あぁ、見たことはないけど噂だけは聞いたことがある。5年前、最年少の16歳で枢機卿入りし、すぐに元老院の10人に選ばれた天才、さらに天から与えられた祝福とまで言われる美貌で、教会信徒や民衆からの人気も高いとかって話だ」

 教会内の立場も偉く、若くてイケメンで人気者……うん、とにかく凄いことだけは分かる。


「私も会えるのが楽しみです」

 そう言うシェリーさんの頬が緩んでいるのは、相手がイケメンという理由もあるのだろう。


「シェリーさん、お会いになるんですか?」

 ふと、マリアさんが気になったのか聞き返す。もしかしてマリアさんもイケメンに会いたいのだろうか?


「え? あ。いえ、違います。直接って訳ではなく。あれです、あのー……沿道で見かけることができないかなと思って」

 マリアさんとしては、深い意味があって聞いたわけではないだろうが、予想外に戸惑うシェリーさんの姿が浮いて見える。


「ほら、こっちも美味しいですよ」

 気まずい雰囲気を察してか、テーブルに並ぶ料理を、シアンさんが取り分けてくれる。スープに肉料理、ポテト使ったクリーム煮まで、食べきれないほどだ。

 シアンさんお手製の料理に舌鼓を打ちながら、楽しい時間は夜遅くまで続いていった。



……………………町外れの古びた廃屋………………………


 通り抜ける隙間風で、歪んだドアがガタガタと音を立てる。

 廃屋の中には男が二人、息を殺して相手が来るのを待っていた。

 一瞬、風が止むと足音が聞こえてくる。音の数から、それが一人のものであることが分かる。


「しくじったようだな」

 ドアの隙間から部屋に入ると、足音の人物は相手の確認もしないまま話し出した。


「すまねぇ、邪魔が入っちまった」

「何者だ?」

「たぶん、旅人だ。だが素人じゃないはずだ。奴ら“銃”を持っているかもしれん」


「銃? 馬鹿を言え。このご時世に、そんな物が手に入るわけがないだろ。どうせハッタリに騙されたのだ」

“銃”という言葉に足音の人物は鼻で笑う。


「クソ……だが仲間が一人、弓にやられたのはホントだ。かなりの使い手がいるはず」

「弓か……それは気になるな……。だが、どちらにせよ、我々はやるしかないのだ。あの方も成功を願っている」

「分ってるよ」

 男の言葉からは、抑えきれない苛立ちが溢れていた。


「ならいい。もうあまり時間がない。こうなっては仕方がないが、街中で動いてくれ」

「街の警備隊はどうすんだ?」

 黙っていたもう一人の男が聞き返す。


「少し間だけ、私達が裏で手を回しておこう。そのかわり次はしくじるなよ」

 そう言い終わると、再び砂を踏む靴の足音が響き始める。音は徐々に小さくなり、最後には廃屋まで届かなくなっていた。


…………………………………………………………………


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