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第六章 二つの偽称 (行商)


 空から降り注ぐ太陽の光は、辺り一面を覆う雪に反射してキラキラと輝く。まさに銀世界とはこのことをいうのだろう。リンドベルの町で無事、エイダ達と合流することができた僕達はハイダルシアの首都を目指して再び、旅を進めていた。山の天気は変わりやすいとはいえ、雪崩に巻き込まれた時と違い、晴れやかな天候が続いていた。

 ちなみに合流した時にエイダが泣いてしまったのはここだけの話である。泣かせてしまった罪悪感もあったけど、僕の事を心配して泣いてくれたことが素直に嬉しかったことは秘密である。今度、時間があった時にはエイダに話そうと思う、マシアスさんやグレースさん、そして名もなき隠れ里で出会った人々の事や過ごした時間のことを。その代わり僕も聞きたいと思う、離れていた時のエイダがどんなことをしていたのか。


「何笑ってんだ?」

 不思議そうに僕の顔を覗き込みながらルインさんは言う。

「いえ、別に……」

 雪崩に巻き込まれて心配をかけておきながら、あの時のエイダの姿を思い出してニヤケてしまったなんて恥ずかしくて言えるわけもないし。そんな事を言えば横を歩いているエイダに口を聞いてもらえなくなりそうである。


「前から思ってたけど、リオンって呑気というかポジティブというか、あんなことがあってもすぐに笑っていられるのがすごいよな」

「そうですか?」

 僕としては別にそんなつもりはないんだけど……そう見えてしまうのだろうか? 試しにエイダに視線を向けみても可愛らしく首をひねるだけである。


「そうだよ。それに……お前がのほほんとしている時に限ってなにかよくないことが起こるしな」

「そんなことあるわけないじゃ」

 途中まで言いかけて突如、空気を切り裂くような音の波紋が遠くから響いてくる。まるで叫んでいるかのような馬の鳴き声だった。

 間違いなく普通の鳴き方ではない。何かの危機に遭遇して助けを呼んでいるかのようだった。


「だから言っただろ」

 ヤレヤレと言いながらルインさんは僕を見る。だからと言われても僕自身は別に問題ごとを呼び込んでいる覚えはない、それでも何の導きか今現在もこうしてトラブルと思える現象が起きていることは間違いなかった。


「俺とルインで見てくるから、マリアはエイダと一緒に待っててくれ」

「分りました」

 そう言ってルインさんはかるっていたリュックをマリアさんに手渡す。少しでも身軽になったほうが雪の上を走りやすいからだろう。


「リオン、気をつけて」

「うん、ありがと」

 遭難してからエイダは少し心配症になっているのかもしれない。今もこうして潤んだ目で僕をじっと見つめている。心配しすぎだよ、と言いたい気持ちもあるけど、その仕草が一段と可愛いので今しばらくは黙っておこうと思う。


「行くぞ、リオン」

「あ、はい。じゃあ行ってくるね」

 二人に見送られるまま、馬の鳴き声がした方向へ走っていく。ありがたいことにこの辺の雪は人の行き来が多いのか表面は柔らかくなっていても、下のほうはガッチリと踏み固められているので、走るのに足を取られることもなく、スムーズに進んでいくことができた。次第に近くなると何人かの男の声も聞こえてきた。


「こっちだ」

 隠れるように大きな岩陰に身を潜める。ちょうど小高い丘のようになっているので、下の様子がよく見える。どうやら行商人の馬車が山賊に襲われているようだ。止まった馬車を守るように一人のおじいさんが剣を手に山賊に立ち向かっている。商人が剣を持っているなんて普通は珍しいけど、護身用だろうか。


「あのじいさん、やるな。年寄りとは思えない身のこなしだ。だが、1,2,3,4っと、4人か数が多いな」

「隠れている人はいないようですね」

 丘の上から見ても、雪景色の中で障害物は他にない。襲っている山賊以外に伏兵もいないようだ。


「お、マズイな」

 一撃を受け止めたおじいさんが雪に足を取られてよろける。腰を痛めたのか、腰に手を当てたまま剣を杖のようにして倒れないように必死に堪えている。悲しいけど歳にはかてないようだ。


「早く助けないと」

「といっても、さすがに俺でも雪の上で、守りながら4人相手は厳しいな」

「マリアさんを呼びに行きましょうか?」

「そんな時間はないだろ。それにもう一人ならいるじゃないかここに」

 ここにっという言い方が妙にわざとらしい。戦力の一人として数えてくれるのは嬉しいけど……。

「あの……僕はそんなに武闘派では」

 自慢することではないけど、戦闘力ではルインさん、マリアさんには遠く及ばないのはこれまでの旅で十分知っているはずである。


「分かってるよ。別に矢面に立たせるわけじゃないさ。お前には後方支援をしてもらう」

「後方支援? ですか?」

「その通り、これとこれをお前に渡すから、俺が合図したら火をつけるんだ」

 どこに隠し持っていたのか、渡されたのは導火線の着いた玩具の爆竹が3つとマッチが1つ。こんな物を何に使うのだろうか?


「あ、そうだ。ちなみに火をつけたら手には持つなよ。火傷するから」

「それくらい分かってますよ」

 リレイドの周年祭では爆竹を投げて祝うこともあったので、孤児院にいたころから爆竹の使い方くらいは知っていた。


「なら、いいさ」

 そう言うとルインさんは駆け出すように、丘の斜面を滑り降りていく。目指す先では今にも馬車を守るおじいさんに向かって山賊達が飛び掛かろうとしていた。


「おりゃー」

 山賊の一人が大きなこん棒を片手に、おじいさんに襲い掛かった瞬間、雪の上を滑るようにして人影が間に入り込む。もちろんルインさんである。


「ふー間に合った間に合った」

 落ち着いたように服に着いた雪を手で払い除ける。山賊に取り囲まれている状況とは思えないくらいの落ち着きようである。遠くから見ている僕のほうがハラハラさせられてしまう。


「おい、何だお前は?」

 肩に甲羅で作られた盾を着けた山賊がルインさん目掛けてこん棒の先を突き付ける。おそらくこの山賊がリーダー格なのだろう。


「ただの通りすがりの旅人さ」

「ふん、旅人風情がでしゃばるな。ケガする前にどっか行きな」

 シッシっと犬でも追い払うように手で払いのける。


「残念ながら襲われてる人を見捨てる程、薄情じゃないんでね」

「やるってかお前。へ、俺たちの数が見えないのか? 馬車を守りながら一人で勝てると思うなよ」

「思ってねーよ。それに一人でもないさ」

 そう言ってルインさんは右手を振る。これが火を点ける合図である。作戦通り爆竹に火を点けると、丘の反対側に転がす、するとしばらくしてパンパンっという乾いた破裂音が辺り一帯に響き渡った。


「なんの音だ?」

 キョロキョロと山賊達は辺りを警戒し始める。ルインさんの作戦通りである。


「おっと動くなよ。俺の仲間が丘の上からお前らを狙っているからな」

「狙うだと……お前ら“銃”を持っているのか?」

「さぁな」

 何を言っているのか丘の上では分からないけど……様子からして上手く相手を動揺させているようだ。


「ひ、卑怯だぞ」

「多勢に無勢で人を襲ってる奴らに卑怯なんて言われたくないな」


「く、くそー。そ、そんな脅しに屈する俺たちじゃない。“銃”が怖くて山賊なんてやってられるか」

「う、ぐぁぁ」

 突如、山賊の一人がうめき声をあげて倒れる。男の腕には小さく細い矢が刺さっていた。


「汚いぞお前、弓を持った仲間までいるのか?」

「いや、それは俺も……」

 遠くからでもルインさんが困惑しているように見える。何かあったのだろうか? ここからでは細かい詳細までは見えない。


「くそ、しょうがない。引け、一旦退却だ」

 負傷した仲間の肩を持って立たせると、周りを警戒しながら山賊達は雪山

「何があったんですか最後は?」

 急いで斜面を下って、ルインさんの傍に駆け寄った。


「うん? いや、俺にも分からん。誰が撃ったのか? 敵か味方か? さっぱりだな。そんなことよりじいさんだ」

 思い出したように馬車の傍に駆け寄る。少し休めたのか剣がなくてもしっかりと立ち上がっていた。


「おじいさん大丈夫ですか?」

「ありがとうございます、おかげで助かりました。なんとかなると思ったんだすが……いやはや年はとりたくないものですな。おーい、もう大丈夫だぞ」

 おじいさんが声をかけると、馬車の中から2人の女性が降りてくる。1人は奥さんだろうか年配の女性、もう1人は服装としては田舎の町娘といった装いだが、目鼻立ちがはっきりしていて醸し出す雰囲気からは気品を感じられる不思議な美女だった。ドレスか何かを着ていれば舞踏会に参加していてもおかしくないくらいだ。


「どうかされましたかな?」

「あ、いえ。なんでもないです」

 恥ずかしながら思わず見とれてしまっていた。


「自己紹介がまだでしたな、私は行商人をしているモーリスといいます。こちらが私の妻のシアンで、こっちが孫娘のシェリーです」

 紹介された二人は丁寧にお辞儀をする。

「よければお名前を聞いても?」

「俺はルイン。で、こっちが」

「リオンです」

「ルインさんにリオンさんですね。改めて先程は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。旅をしてらっしゃるのかと思いますが、お二人はどちらまで?」

「ハイダルシアの首都まで行こうと思ってます」

「おぉそれならちょうどいい。我々も首都に戻るところでした、よければ一緒にいかがですか? 少し狭いですが2人なら十分荷馬車に乗ることができるでしょう」

「あーあと2人ね……」

 思わず僕とルインさんは顔を見合わせる。

「ちなみに……乗せてもらう人数が増えても大丈夫ですか?」

「はい?」

 僕の問いかけに、モーリスさんは目を丸くしていた。


 雪道の上を荷馬車が進んでいく。2頭の馬が力いっぱいひく車輪には縄が編み込まれていて、雪の上でも滑らないように工夫されている。


「すいません。私達までお言葉に甘えて乗せてもらって」

 荷馬車の中からマリアさんが言う。その横には人形のように狭いスペースにスッポリとエイダも座っている。


「いいんですよ。こっちが助けてもらったんですから。それに……全員は綺麗に乗れなかったので逆に申し訳ない」

 御者席から手綱を握るモーリスさんも苦笑いである。

 なぜなら荷馬車の中には元々荷物が載っている。その隙間にシアンさん、シェリーさん、マリアさん、エイダの4人の女性陣が乗っている。となると僕とルインさんの二人は必然的に荷馬車の中に乗るスペースがあるわけもなく……泣く泣く荷馬車の上に命綱と一緒にチョコンと落ちないように座っているのだ。そんなにスピードも出ていないので振り落とされることはなさそうだけど、誤って落ちてしまえばケガではすまない高さなので、危ないことには代わりはなかった。


「少しの辛抱ですので、すいません」

 荷馬車の上に座る僕らに、聞こえるように大きな声でモーリスさんは言う。


「いいですよ。歩くより早くて楽ですから」

 それにモーリスさんが言うように少しの辛抱ですみそうだ。視界の先にはハイダルシアの首都を覆う山の姿が見えてきていたのだから。


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