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第五章 雪山の隠れ里 (秘密)


 次に目を覚ましたのは、怒鳴るような話声が聞こえてきたからだった。一瞬、ゲルの中で雪崩に巻き込まれた時のことを思い出したが、自分の体がベッドと布団に挟まれたまま安全なことに気づいてひとまず恐れはなくなっていた。

 昨日眠りについた時と同じ部屋の中、声が聞こえてくるのは扉の向こうから、誰かが大声で話しているのだろう。ベッドから起き上がるとそっと扉に耳を寄せてみた。

 聞こえてくるのは男性の声と女性の声。男性は2人いるようだ、聞き覚えのある女性の声はグレースさんだということだけは分かった。


「いつまでよそ者を匿っておくんだ」

「静かに、起きてしまうよ」

 激高する男性に、諭すようにグレースさんは言う。


「すまない。だが、村の掟を忘れているわけではないだろ」

「それはそうだが、彼はケガをしてるんだ」

 声を荒げる男性に対して、もう一人の男性が言う。声からして怒っている男性よりも年齢が上のように思えた。


「だからといって掟を破るわけにはいかないだろ。それに今回のせいで周りの町に村の場所がバレてしまったら、村全体が危険にさらされる。そんな危険を犯してまで、どうして匿うんだ」

「それは……」

 言いあぐねたように言葉は止まる。重苦しい雰囲気が部屋の中を包んでいることが、盗み聞きをしている扉の外にまで伝わってくるようだ。


「実は……あの子は私たちの孫なんだ」

「は? え?」

 声から相手の男性が驚いていることが伝わってくるし、盗み聞きをしている僕自身が一番驚いている。孫……と言ったのだ、それは絶対に聞き間違いではないと思う……孫……孫? 孫って孫だよな。自分のことながら思考回路が変な方向に脱線してしまう……孫ってことはグレースさんが僕のおばあちゃん?


「あんたも私たちに娘がいたことは知っているだろう」

 頭の中で一人、迷走しているのをよそに話は進んでいく。


「それは……知ってるが。あの男が孫だって? そんな偶然があるはずないだろ」

「その偶然があったんだ」

 断言する声には反対をさせない説得力があったのか、激高していた男性も黙ってしまう。


「……その件は分かった。村のみんなに話しておこう。それでも……たとえ孫でも……早く決めてくれ。このまま村に住むのか、それともさっさと追い出すのか」


 そう言うとドアを開ける音がして、すぐに閉める音がした。誰かが出て行ったのだ。隣の部屋の中には静寂が訪れていた。いろいろな情報がありすぎて僕の頭の中は崩壊寸前である。だから気が付かなかった、背を預けていたドアが開かれたことに。支えをなくした僕の体は倒れるように隣の部屋に投げ出される。それをずっしりとした壁が受け止める。


「う、うわわ」

「おっとと、大丈夫かい」

 頭の上から声がする。見上げると、壁と思ったのは男性の胸板で、口元には立派な髭が蓄えられていた。

 きっとこの人がグレースさんのご主人で、僕を雪山で助けてくれた人、そして先程の話が本当なら僕の祖父ということになるのだろう。


「おや、起きてたのかい? それにもしかして聞いてたの?」

 ご主人の後ろから、グレースさんも僕の顔を覗き込む。

「……はい。すいません」

 なんだかとても悪いことをしてしまったかのようにバツが悪かった。


「それで……さっきの話は本当ですか?」

「さっきの?」

「僕が……お二人の孫って話です」

 聞かなかったことにしてスルーすることもできたはずだけど、なぜだか聞かなければいけないような気がした。それに中途半端なままにしておくことなんてできるわけもなかった。


「本当って言ったらどうするんだい?」

「え?」

 予想していた答えとは違って驚く以外の選択肢がなかった。それくらい目の前のグレースさんの話し方は冗談を言っている様子にも見られない。でも、もし本当だったら僕はどうするんだ? 孤児院で育ってきた時から、例え孤児院の仲間がいるとしても、僕は身内のいない天涯孤独の星の元に生まれていると思っていた。それがまさか、たまたまエイダと出会い、旅をしている中で遭難して、助けられたまま祖父母に出会うなんてことがあるなんて……。


「フフ、ごめんよ。困らせて。でもあんたが心配することはないよ」

「じゃあ……」

「嘘だよ。あぁでも言わないとあんたを匿っておく理由がなかったからね。この村は閉鎖的でよそ者を受け付けないんだ。許しとくれ」

「そ、そうだったんですね。僕はてっきり……」

 グレースさんの言葉に、正直に言えばホッとした。祖父母ではなかったショックよりもホッとした気持ちが勝っていた。それでも少しだけ心の奥の方がチクッとしたのも確かなことだった。


「座って、コーヒーを淹れるわね」

 そう言ってグレースさんはキッチンへと姿を消した。

「もう体は大丈夫かい?」

 ご主人に促されるまま僕は席についた。


「はい。お礼が遅くなりましたが、助けて頂いてありがとうございます」

「いいんだよ、そんなこと。そう言えばまだ名乗ってなかったね。もう知ってるだろうが、私はグレースの夫でマシアスだ。よろしくリオンくん」

 差し出された右手に、僕もあわてて右手を差し出すと、ギュッと握手をした。雪山に住むだけあって肉厚のごつごつとした手だった。


「おまたせ」

 しばらくしてグレースさんがお盆を持って戻ってくる。テーブルの上には湯気の上がるコーヒーが3つ並べられる。一口すすると、体の芯から温まっていく気がした。


「妻から聞いたけど、キミは一緒に旅をしている仲間を探してるんだね?」

「あ、はい。雪崩に巻き込まれた時にはぐれてしまい」

「たぶんだけど、この地図を見てくれるかい?」

 戸棚に置かれた巻紙を手に取ると、マシアスさんはテーブルの上に広げる。それはルインさんが持っていたハイダルシアの地図に似ているものだった。


「申し訳ないが、この村の場所は教えることができない。ただ、キミたちが泊っていたゲルは、おそらくハイダルシアの首都近くのものだと思うから、そこから雪崩に巻き込まれた場合は、このリンドベルの町に避難している可能性が高いはずだ」

「そこにエイダ達もいるってことですか?」

「無事なら、だけどね」

 マシアスさんの言う無事という言葉が、妙に重くのしかかってくる。それくらい僕たちが遭遇した雪崩がひどいものだったのだろう。


「あなたたちはついてなかったのよ」

 僕の心情を察したようにグレースさんは言う。

「この辺は確かに雪が多いから年に数回は雪崩が起きるわ。でも規模は小さいものばかりで、普通はゲルが流されることはないの。雪崩対策で頑丈にも造られているから」

「でも、実際にはゲルの中にいた僕も雪崩に巻き込まれてますよ」

 風邪で意識がはっきりしてなかったとはいえ、確かに何かに流されていく感覚だけは今も脳裏に残っていた。


「きっと『忘却の雪崩』に巻き込まれたのね」

「『忘却の雪崩』?」

 当たり前かもしれないけど、初めて聞く言葉だった。


「そう。この辺では何十年に一度起こる大きな雪崩の事をそう呼んでるの。自然現象ではない人の負の遺産……人的災害のことを……」

「あの雪崩が……人的に起こされたってことですか?」

「残念だけどね。大戦時代にこの辺は何百、何千の爆弾を打ち込まれたそうなの。その中には寒さや雪のせいで爆発しなかったものもたくさんあったとか。それが何かのキッカケで爆発して雪崩を起こす。この辺ではそれを『忘却の雪崩』っていうの。大戦さえなければ雪崩は起こる事もなかったはずなのに」

「それで人的に……」

 大戦の影響は、終わった後でも未だに人々を苦しめている。そのことをただ痛感させられるのだった。


「それで、キミはこれからどうするかい?」

「仲間を探しに行きます」

「だろうね。でも、もう少し待つしかない」

「どうしてですか?」

「天候が悪いんだ。視界もよくない。こんな状態で外に出たら町に着く前にキミが倒れてしまうよ」

 促されるようにカーテンを開けて窓から外を覗くと、白い煙のような霧が辺り一面を覆いつくしていて、辛うじて見える先には雪の粒が矢のように飛び交う光景だった。マシアスさんの言う通り、あの中に飛び込んでしまえば僕なんて一瞬で凍死してもおかしくはないかもしれない。


「あと、2~3日で止むとは思うから、天候がよくなれば私たちが君を村の外まで連れていく。悪いけど、それまでは私たちと家族のフリをしてもうことにはなるけど……いいかな?」

「……分かりました」

 言葉では納得できたけど、気持ちでは早くみんなの安否を確認したくてしょうがなかった。それでも僕の心情をあざ笑うかのように、猛烈な吹雪は止むことなく吹き荒れていた。



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