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第五章 雪山の隠れ里 (遭難)


「は、は、くしゅん」 

 堪えようと思っても堪えきれずに出てしまうくしゃみ。だいぶ寒くなってきたせいだろうか? 空からは パラパラと止むことなく雪が降り落ち、辺り一面はすでに雪に覆われていた。少し歩くと、くるぶしまで足はすっぽりと沈んでしまう。雪用のブーツでなければ満足に歩けないくらいだ。

 ヘルタンの町でゆっくり? 休養をとった僕らはハイダルシアの首都を目指して旅を再開していたのだが、ハイダルシアは首都に近づけば近づくほど、雪が強くなるため少しずつ寒さと戦いながら歩みを進めていた。


「大丈夫か?」

 くしゃみをする僕を心配そうに振り返ったルインさんが言う。ルインさんの被る毛糸の帽子には白い粉雪が少しだけ積もり始めている。


「なんとか……大丈夫です」

 言葉と共に口から漏れる息は白く、空へと上って消えて行く。


「もう少し行ったら、ゲルがあるはずだからそこまで頑張ろう」

 ヘルタンの町で購入したハイダルシアの地図を片手にルインさんは励ますように言う。マリアさんに支えられながら後ろを歩くエイダも、小さく頷いているのが見えた。

 ちなみにゲルとは、雪深いハイダルシア中心部周辺の道に建てられている、旅人用の無料宿泊施設のことである。施設といっても簡易的な作りのテントである、それでも雪の積もった道の真ん中で野宿をすれば凍死すること間違いなしなので、旅人や商人の為にハイダルシア周辺には多くのゲルが点在していた。


 支え合いながら歩き続けると、3つの白い屋根が見えてくる。あれがゲルである。他の2つは別の旅人が使っているのだろう、中から燃える炎の明かりが漏れ出ている。僕らは使われていないゲルに向かう。ゲルの入り口には小さな軒先のように屋根が出ていて、そこで服や帽子についた雪を落とすことができるようになっている。手で払い除けるだけでもかなりの雪がついていたのだろう、足元には小さな粉雪の雪山ができるほどで。隣でエイダも毛糸の帽子に纏わりつく雪と一生懸命格闘している。白一色の雪山の中で、赤色の毛糸の帽子、ダッフルコート、長靴のような防水性の高いブーツと、赤一色で纏められたコーディネートはかなり目立っている。もちろんいつものことながらマリアさんチョイスのコーディネートである。可愛くて似合っているので、問題はないんだけど。

 雪も払い終わると、寒さと風からゲルの中に逃げこむ。6本の支柱によって支えられているゲルの中には防寒用の毛皮の毛布が数枚と、小さな椅子とテーブル、真ん中に火を起こすための石で作られたかまどがあるだけだ。前日の泊った人たちが使った後だろうか、少しだけまだ薪が残っている。誰でも使えるゲルだけあって、前に使った人の忘れ物や置き土産が残っていることなんてよくあることだし、非常時には狭いゲルの中で複数の旅人が一緒に泊まることもよくあることだった。


「さっそく私は料理に取り掛かりますね」

 鞄の中から鍋や食材を取り出しながら、マリアさんはテキパキとこなしていく。こうなると僕は完全に蚊帳の外になる。


「じゃあ、俺とリオンは燃やせる木の枝を拾ってくるから」

 同じく蚊帳の外であるルインさんは僕に手招きしてゲルを出ていった。僕もその後に続き、エイダとマリアさんを残して再び雪一面の銀世界へ、有難いことに先程まで降り続いていた雪も止み、少しは視界もよくなっていた。ルインさんの後に続くように、少し外れた林の方に歩いていく。二人の足跡だけが、雪面の上にくっきりと残されていく。木が生い茂っているおかげで、林の中の地面には、まだそこまで雪が積もってはいない。落ちている木の枝や燃えそうな落ち葉を集めていくと、気が付けばすぐに僕とルインさんの両手はいっぱいに集まっていた。


「これくらいでいいですかね?」

「そうだな。一段と寒くなってきたし戻るか」

 まだ足跡の残る来た道を戻っていくと、ゲルの隙間からは暖かな光が漏れてきていた。薪を燃やしているのだろう、案の定、戻ってみるとゲルの中は先程よりも段違いに暖かくなっていた。


「お帰りなさい」

 焚火の上に鍋を置いて料理をしているマリアさんが出迎えてくれる。その横ではエイダが小さなテーブルの上にお皿を並べていた。ゲルの中に充満している匂いからして、どうやら夕食はクリームシチューのようだ。


「美味しそうだな。クリームシチュー」

 持っていた木の枝を隅の方に重ねて置くと、鍋を覗きながらルインさんは言う。


「リオンさんがヘルタンで買われていた新鮮な白菜も使ってますから、きっとおいしいと思います」

「へー、使ってもらえたんですね」

 勢いで買ってしまった時はどうしようかと思っていたけど、やっぱり料理が得意なマリアさんに託して正解だった。ここにきてやっとヘルタンで買った白菜と大根も役に立ち始めている。


「二人とも……席について」

「あぁ、ごめん」

 お腹がすいているのか、皿を並べ終えたエイダはすでに席についてシチューが注がれるのを待っていた。急いで席に着くと、マリアさんは鍋からお皿にシチューを注いでいく。匂いからも美味しさが伝わってきているように思えたけど、食べてみればそれが確信に変わっていく。さすがは料理上手なマリアさんである。


「予定通りのペースでハイダルシアに着けますかね?」

 シチューをすくうスプーンの手を止め、ルインさんに尋ねてみた。


「うーん、天気にもよるな。雪が止んでくれるといいんだけど」

 ゲルの外からは、次第に強くなる風の音が聞こえ始めていた。

「もしかしたら、明日はひどい嵐になるかもな」

 そう言うルインさんの予感は嫌な方に当たってしまうのであった。

 夕食も終わり、疲れていたせいもあり全員がすぐに眠りについたまま朝を向かえると、外から聞こえてくる風の音は一段と大きくなっていた。直接見たわけでないけど、昨日よりも天候が悪いことは見なくても想像ができた。ゲルの中では薪を燃やす音や、話し声も聞こえてくる。どうやら他の3人はすでに起きているようだ。僕だけ寝坊助である。手伝うため起き上がろうとしても、手に力が入らず上手く体が持ち上がらない。天候以上によくないことがおきていた。


「う、ぐぅ」

 唾液も上手く呑み込めず、口の中で淡が絡む。視界はゲルの中なのにボヤけていて、水の中に沈んでしまっているかのように頭が重かった。

「ゴホゴホ」

 追い打ちをかけるように咳も止まらない。


「大丈夫……リオン?」

 心配そうな表情でエイダが覗き込む。その手には、雪をタオルで巻いて作った即席の雪枕が持たれていた。使ってみると頭の後頭部からひんやりとした冷たさが伝わってきて、少しだけ気分もよくなった気がした。


「ありがとう。エイダ」

「ううん……いいの」

「どうやら、今日はここでもう一泊したほうがよさそうだな」

 エイダの横からルインさんも覗き込んでくる。


「すいヴぁせん」

 口が回らないし、とうとう鼻まで詰まってしまったようだ。


「謝るなって、風邪をひいたときはお互い様だろ。それにどうせ、この雪の中を歩けって言う方が無理があるしな」

 ルインさんの言い方からして、どうやら想像以上に天候もよくないようだ。


「まぁどっちにしろ。ここに留まるしかないんだ。病人はしっかり寝て休め」

「……はい」

 詰まった鼻から手繰り寄せるように息を吸いこむ。目を閉じると体全体を脱力感が包み込んでくる。調子はどんどん悪くなる一方に思えた。救いなのは眠気だけはやってくることだろうか……起きていても辛いだけ、それならば誘われるまま、僕は眠りについていた。



 遠くで音が聞こえる。人の声だ、それも慌てる人の声……夢か? いや、夢ではなさそうだ。残念ながら目は開かない、それでも声だけははっきり耳に届いている。


「リオンを早く連れて行こう」

 ルインさんの声だろうか? 普段の落ち着いた様子から想像できないくらい、声色から焦りが伝わってくる。


「では、私はエイダさんを連れて先に」

「あぁ、頼む」

 マリアさんの声も聞こえてきた。エイダと一体どこにいくのだろう?


「でも……リオンは」

「俺が必ず連れて行くから。心配するな」

「……うん」

 頷くような……納得するようなエイダの小さな声が聞こえると、足音が遠ざかっていく。


「それに、早く行かないと……やば……い、もうこ……こ……」

 残ったルインさんの声が次第に聞き取りにくくなっていくと同時に、僕の体がフワッと浮いたような感覚に襲われた後、押しつぶされてしまうような衝撃を浴びた。

 その後の事は正直言えばあまり覚えていない。


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