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第三章 現実の女神と絵画の女神 (陰謀)


 南京錠の鍵穴に鍵を差し込むと、ガチャッという鈍い音とともに錠が外れた。


「本物でしたね」

 牢屋の中に投げ込まれた時点で、本物だろうとは思っていたけど、実際に開いたことで思わず口から本音が漏れ出ていた。


「牢から出られればこっちのものだ」

 そう言ってすばやく牢から抜き出ると、ルインさんは近くにあった階段を、足音を殺して登っていく。もちろんその後を僕らもしっかりついて行く。

 階段を登った先には鍵のかかっていないドアが一つ、ゆっくり引いて開けると先は廊下で、突き当りが二手に分かれていた。奥を覗くと、どちらも先には階段があって、どうやら地上に出られるようである。


「どうしますか?」

「うーん」

 僕の問いにルインさんは少し考えた後「よし、二手に分かれよう」と言った。


「二手? 大丈夫ですか?」

 この先に何が待っているのか分からないのに、戦力を分けていくなんて自殺行為のようにも思えるけど……。


「俺は一人で、マリアはリオンについて行ってくれ」

「わかりました」

「でも……それだとルインさんが」

 さっさと一人で行こうとするルインさんを思わず引き止める。


「大丈夫だって、俺は簡単にはやられないから」

「でも……」

「いいかリオン? 厳しいこと言えばマリアはお前のお守りみたいなもんなんだから。心配ならもっと自分を守れるくらいに強くなれよ」

「……はい」

 そう言われてしまうと何も言い返せるわけもない。


「それに俺はもともと隠密行動の方が得意だから、心配ないって」

 安心させるように言うと、そのままルインさんは右の道へ走っていく。


「行きましょう。リオンさん」

「はい」

 マリアさんに促されるように左側の道を進み階段をゆっくりと登っていくと、天井の高いホールのような部屋にたどりつく。部屋の中は円形になっていて僕らが登ってきた階段とは別に1つの登り階段と、部屋に繋がる2つのドアがあった。どうやらこのホールは各部屋をつなぐ中間点のような役割を担っているのかもしれない。

 幸いなことに、ホールの中に衛兵も含め、人影はない。


「こんなに人がいないものですか……?」

 牢屋から逃げ出した後、最初は運がいいと思っていたけど、ここまで誰にも見つからないと、逆に怪しくなってくる。


「何かあるのか……それとも……」

 考えても分かるわけもない……今はエイダのことだけを考えなければ。

 手始めに、近くのドアをゆっくりと、中が少しだけ見えるように隙間を開ける。部屋の中には、テーブルや椅子などの調度品が並び、奥の方から小さく話声が聞こえる。耳を澄ますと女性同士の会話だと分かる。どうやらここは侍女たちの部屋のようだ。気づかれないように閉めると、もう一つのドアを同じように開いてみる。


「……」

「……」

 目を見開いて視線が、ぶつかったまま固まる。

 中には白で統一された鎧を今まさに脱ごうとしている男性の姿があった。奥には同じ鎧を着た衛兵も何人か見える。つまり……ここは、衛兵達の部屋ってことか……。

「失礼しました……」 

 着替え中の男性と目が合うこと約1秒……瞬時に僕の手はドアノブを掴んだままドアを閉めていた。


「脱走者だー」

 ドアの向こうから聞こえてくる衛兵達の声、ツイていないにも程がある。抑えたドアを向こうから必死に開けようと、押し込んでくるのが手に伝わる。


「リオンさん、これを」

 ホールの隅から持ってきた本棚をマリアさんはストッパー代りにドアの前に押し込める。これで少しは時間が稼げそうだが、衛兵達も馬鹿ではないようだ……ハンマーか何かでドアを叩き壊そうとする音が嫌でも聞こえる。


「まずいですね。どうしましょう?」

「こうなったらリオンさんだけでも、先に行ってください」

 そう言ってマリアさんはドアの前にバリケードになりそうな家具を積み上げていく。


「私ができるだけ時間を稼ぎますから」

「でも……」

「早く行ってください。ルインも言ってたようにエイダさんを助けるのが一番大事なんですから」

「……わかりました。すいません」


 マリアさんを残したまま一段飛ばしで階段を登っていく、後ろから人の争う声が聞こえてきても、歯を食いしばって振り向かず走り続けた。

 階段を登りきると長い廊下が見えてくる。廊下の両サイドには、それぞれの部屋に繋がるドアがいくつもあったが、なんとなく一番奥、真正面に見えるひと際大きな両開きの扉の先にエイダがいるような気がした。扉の前に駆け寄り、両手で押すように扉を開くと、中には思った通り、エルディーン司教とエイダの姿があった。



----------------------一方、ルインは-----------------------------------


 リオン達と別れた後……階段を登るとカーテンの閉められた部屋に到達した。カーテンの遮光率は高く、まだ太陽は沈んでいないはずなのに、部屋の中に光が射し込む隙間もなかった。


「どこだ、ここは?」

 壁に沿って暗闇の中を慎重に歩いていく。人の声は聞こえてこない。リオン達もまだ、衛兵に見つかっていないのだとルインは安堵した。

 棚に置かれた調度品などにぶつからないよう細心の注意をはらって進むと、ふいに背後から吹き抜ける冷たい風を感じる。ほんの一瞬のことで勘違いとも思えたが……この部屋の造りからしてカーテンの閉まった窓は反対側にある。つまりルインの背中にあるのは壁だけ、それなのに隙間風が吹いてくる……つまり……隠し部屋がある。

 壁の周りを少しづつ手で触っていくと、一か所少しだけ窪んだ場所がある。手を突っ込むと窪みの上に小さな丸いスイッチのようなものがあった。


「これか……」

 人差し指でボタンを押してみると、足元から歯車が擦れ合うような高い音がしたかと思うと、足元の床が少しずつ持ち上がり始める。気が付けば、そのまま投げ捨てられるように、いつのまにか空いた穴の中に飛び込んでいた。


「う、うわわ……イテテテ……」

 投げ出されたまま打ち付けた腰がヒリヒリする。

 倒れるように転げ落ちた先は踊り場のように少しだけ広くなっていて、左上を見ると、先程まで自分がいた場所が見えた。どうやらあそこから壁が抜けて落ちてしまったようだ。ジャンプしてしがみ付けばなんとか戻れなくもないが……気になるのはさらに下に降りる階段があることだった。

 牢屋とは別の地下室……ルインの脳裏にはなんとなく嫌な予感がした。と、同時にこの先にエイダがいないだろうこと、そして進まなければならないだろうことを直観的に感じていた。

 上着の裏に縫い付けてあるナイフホルダーを確認すると、そっと階段を下りていく。

 音を立てないようにゆっくりと少しずつ降りていくと、階段の終着点が見えてくる。どうやら階段の先は広い地下室になっているようだ。地下室の壁はレンガでしっかりと補装され、備え付けられた燭台の蝋燭が部屋を明るく照らしだしている。地下室の中は棚やテーブルがところせましと置かれていて、その上には硝子製の透明な入れ物や薄いピンク色の液体の入った水槽など、普段見かけない物が並んでいて、旅をしている際に一度見かけた実験施設に似ているようにも思えた。

 奥の方には魚だろうか……水性生物の入った水槽もある。そしてその横に……モゾモゾと動く人影があった。驚かされたのはさらにその横で燃え上がる炎である。見間違えるはずもない、リオンの家でも見た、灯り師の血で燃え上がる綺麗な炎だった。

 つまり……ここの実験室では灯り師の研究をしている可能性がある。そう思った瞬間、ルインはすぐに行動に移していた。

 地下室の中に他の人影がないことを確認すると、そっと動く人影の背後に忍び寄る。


「だ、だれだ?」

 気配を察して人影が振り向いた瞬間、後ろから首に腕を回し、もう一方の手で左手を背中の後ろで捩り込んだ。


「イデデデデ。お、折れるって」

 少しだけ腕に込めた力を抜くと、慌てふためく研究者の男性は荒くなった息を一生懸命整えようとする。

 

「何をするんだ急に?」

「騒がれたら困るんでね。悪く思わないでくれ」

 逃れようとバタバタさせる腕を強引に力で押し込める。


「イテテ、そうか知ってるぞ。お前牢屋に閉じ込められた奴らの一人だな。衛兵は何をしてるんだ。いいか? 私に……手を出したら、エルディーン様が容赦しないぞ」

 自分の立場が分かっていないのか、勝ち誇ったように言う。


「へー。それはちょうどよかった。俺はアイツが大っ嫌いなんだよ。よし、嫌がらせとして腕の一本でも折っておくか」

「ちょちょちょ……ちょっと待って下さい。すいません調子に乗りました。ごめんなさい。何でも言うこと聞きます。痛いのだけは勘弁して下さい。はい、お願いします」

 さっきまでの強気な姿勢が一変、情けないくらい弱腰になる。捕まえてなければきっと土下座していてもおかしくないくらいだ。


「なんでも言うこと聞くのか?」

「はい、なんでも聞きます」

「じゃあ、この実験室では何の研究をしてるんだ?」

「そ、それは…………」

 厳戒令が敷かれているのだろう。なんでも言うことを聞くと言いながら、分かりやすいくらい言いあぐねている。

 それなら体に聞くしかないだろう。ルインは抑え込んでいる腕を少しだけ曲がる向きとは反対に捩ってみる。


「イタタタ……言います言いますから」

 苦痛に顔を歪ませる。あまりの痛さに男性の目はうっすら充血していた。


「め、女神さまの血液を使った実験です」

「女神の?」

 つまりエイダの血液……灯り師の血ということになる。思った通りエルディーン司教はすでに灯り師の血の秘密を解明するために研究を始めているようだ。これでテーブルの上で燃え上げる炎にも納得だ。


「それで女神の血で何をしてたんだ?」

「それは……最初は初歩的なことから始まりましたよ。限られた血を有効活用するためにどこまで水で薄めていけるかや……溶かした血が炎を燃やす持続時間のチェックでしたり……」

 入るときに見かけた、水槽に入った薄いピンク色の液体は血を溶かした水、薄める実験をしていたようだ。


「次第に研究は調査から実験、開発へと進んでいきました」

「ちょっと待て。お前の話からすると、あのエセ髭司教は前から血を持っていたことになるな」

「私も詳しい入手先は知らない。でも半年ほど前に初めてエルディーン様がほんの少量の血液を教会本部から持ち帰ったとは聞いている」

「ということは教会本部にはすでに灯り師が囚われている? もしくは協力者?」

 どちらにせよエイダ以外の灯り師がいることだけははっきりした。


「それで今の開発は結局?」

「…………兵器としての……活用ですよ」

「……兵器」

「もちろん、単純に血液を溶かした水に火を点けて、相手を燃やすこともできますが……開発は次の段階まで進んでいます。知ってましたか? 女神さまの血液は特別すぎて他の生き物には適用しないんですよ。それどころか……すさまじい拒絶反応を示してしまう。もちろん人間でもね」

 拘束されて尋問されているはずなのに、語りだした研究員の姿はまるで水を得た魚のように活き活きと話していた。

「例えばナイフや槍、剣の切先に血を滴らせて人間を切れば、普通の人間の血液と女神さまの血液との拒絶反応で、切られた相手は一瞬で燃え上がり灰となります。すごいでしょ? もしこれを禁止されている銃に弾倉する銃弾の中に練り込んでいれば……」

 最後まで言われなくてもルインには想像できた。相手のどの部分に当たったとしてもすぐに体は灰となる。殺傷能力と証拠隠滅能力を兼ね揃えた弾丸の出来上がり。女神の血で作られた弾丸は、まさしく悪魔の弾丸となるわけだ。皮肉なものである。


「そんな兵器を作って、あのエセ髭司教は何をする気なんだ?」

「さぁ? 司教がどこまで考えているかは私なんかには分かりませんが……研究の目的からしてイーダスト? ハイダルシア? ……いや、教会本部へのクーデターですら狙っているのかも」

「……クーデターか」

 そんなことにでもなれば、教会だけではない。4大国全体を巻き込む程の騒ぎになってしまう。

「ね。これで全部ですよ。約束通り話したんだから……助けて下さいよ」

「あぁそうだったな。約束な」

 拘束していた左をゆっくり放すとみせかけて、首のつけ根に手套を叩き込む。


「……う……」

 鈍いうめき声を発しながら地下室の横に倒れ込んだ。

 研究員の男性の倒れた横で、ルインは一人、灯り師の血で輝くように燃え上がる炎を見つめていた。


------------------------------------------------------------------------



「おやおや、騒がしいと思えば貴方でしたか」

 動揺した素振りも見せず、落ち着いた様子で紅茶の入ったカップを口元に持っていく。

 まるでエルディーン司教には僕がやってくることが分かっているかのようだった。


「……リオン」

 立ち上がって今すぐにでも駆け寄ろうとするも、繋がれた鎖がエイダの自由を拘束していた。いつの間にあんな物をエイダに付けていたのだろうか……ひどすぎる。テーブルに打ち付けられた杭に繋がれた鎖がエイダの腕には巻き付けられていた。


「エイダを離してあげてください」

「残念ながらその願いは聞けません。なぜなら彼女はトルトリン寺院が誇る女神さまですから」

 鎖で縛りつけることが、女神にすることなのか……言っていることと、やっていることがメチャクチャである。


「何が女神だ。あなたはそれでも教会の司教ですか?」

 目の前の自分勝手な言い分に、頭の中に血が湧き上がっていくのが分かる。


「ふん。なんとでも言えばいい。それでも私は私の信念の為に茨の道を歩いていく。例えそれがマクベス様の意思に反旗を翻したとしても」

「反旗? まさか?」

「そう、我がトルトリン寺院は教会から独立するのです。マクベス様の意向を笠に着たあの、忌々しい爺どもの言うとおりに動くのはもうウンザリです」

 そう言うエルディーン司教の目には復讐の炎がメラメラと燃え上げっているように見えて恐ろしくもあった。


「あなたは……何を……言ってるんですか?」

「革命ですよ」

「そんなこと……勝手に教会内ですればいい。僕らを巻き込まないで下さい」

「そうはいきません。革命には女神さまが必要なのだから。女神さまは人々の信仰の的であり、そして民衆を導く担い手になる存在だからですよ。人は弱い生き物です。でも先導者がいれば人は急に強く結束できる」

「それはあなたの身勝手な願望です」

「願望で結構。分かってもらおうとは思っていません。ただ、女神が民衆を引き連れ民衆の意思を確固たるものにしてこそ、真に革命は成功するのです」

 いつの間にかエルディーン司教の目の色は、復讐者のように燃え上がる炎の色から、夢を語る少年のような淡い目の色に変わっていた。


「そんなことのために……エイダを」

「なんとでも言えばいい」

 そう言ってエルディーン司教は懐から黒光りする短銃を取り出すと、こちらに銃口を向ける。銃……それは教会が先導者となって製造、使用を禁止している兵器であり、教会関係者が一番持っていてはいけないものだ。


「そんな物まで……教会が禁止にしているはずなのに、教会が広めたことを貴方は破るんですか?」

「大義の前では小さな悪行も罰せられることはないのです。神もマクベス様もきっとお許しになるでしょう」

 悪びれた様子もなく言う。

 銃口は僕を捉えたまま、エルディーン司教の指は引き金を引こうと動こうとした。


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