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賽を投げた

作者: La Honda Califolnia

私はいつ賽を投げた?いつ後戻りできないと知ったのか?


そんな考えは捨ててしまえばよかったのに。周囲の人々はとっくにそのような考えなどは捨てていて、とても気楽そうに人生を謳歌しているというのに。愚かだった。今にでも捨ててしまいたいがもう後戻りはできない。私は美術の世界に足を踏みいれたのだ。踏みいれた以上、創るしかないのだ芸術を。


ある男がいた。

男は学校の帰り道の公園で妄想を膨らませていた。その妄想の中身はごく普通だった。友人関係や学業のことで時には恋愛の妄想もした。しかし、他の学生とは決定的に違いがあった。

男はその妄想を芸術だと感じた。そしてそれを何らかの形で世間に発表したいと思っていた。傍から見れば、とても浅はかで愚直な考え方といえるだろう。はっきり言ってこの男には美術全般の才能も知識も全くといって無かった。しかし、男はそれに気がつかなかった。自分があたかも優れた才能の持ち主であり、ひとたび創作を始めれば美術界の傑作が自分の手から生み出されると思っていた。自分の妄想が肥大化しすぎてしまい、抑制が効かないほどの大きな自信が生まれたのだ。まるでドン・キホーテのようになってしまった男は、まず創作をするための準備をした。キャンバス・絵具・筆を無造作に倉庫から出し、次にアコースティックギターをリサイクルショップで買った。そして準備が整った。

男はおもむろに近くの川へ向かい、そこで川と女を描いた。いや、川とも女とも呼べない代物だ。しかし、男は満足していた。男は無駄な美術の知識はあるため、これは洗練された抽象画だと感じていた。乱雑に描かれた線を見ても、とても野性的で良いと感じた。女の顔がぐちゃぐちゃでもそれでいいのだと。ギターの音色がいくらひどくとも、それに乗せる歌詞がどんなにひどくとも、男は自分の個性ということにして、気づくことなく続けた。


長い時間が過ぎ、男はある日気づいた。自身の才能の無さに。

あっけなかった。瞬時に今までやってきたことが無駄だということに気づいた。

男は絶望した。失意のどん底に叩き落された。なにが悪かったのか?。世の中が悪かったのか?自分が悪かったのか?いや、ただ才能がなかっただけなのだ。男はずっと期待していたのだ。何かがあると。絶対に。しかし、なかったのだ。どこにも。絵の中にもギターの音色の中にも世の中にも。なにもかもを壊したってなんにもみつからない。男は思った。


ここで死ねば芸術家としての何かが見つかる。誰かが芸術家としての自分を見つけてくれると。

そして、この男は人生をかけてまで芸術で一番残酷な死に方をした。

なにがそこまで男を駆り立てたのか。それは匙を投げたからだ。


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