第7話 久しぶりと言うには遠すぎる④
向かった先は中庭だった。クラリッサを案内した侍従が言うには、部屋の窓から見える広い庭は王城のものらしい。もっと視線を下に向ければバジレ宮の小さな中庭も見えたはずだと言う。
と、説明されたはずなのだが、目の前に広がる庭は本当にバジレ宮のそれだろうか? アイヒホルンの屋敷がいくつも入ってしまいそうだ、とクラリッサは目を瞠った。悲しくなるから屋敷いくつ分かなんて数えたりはしないけれど。
美しく剪定された花々に囲まれて大きな丸いテーブルセットがあり、その上にはすでにオードブルが用意されていた。見るからに美味しそうだと目が釘付けになる。色とりどりな様子は周りの花々そっくりだ。
緊張しているし食事なんて喉を通らないだろうと思っていたのは気のせいだったらしい。食事を目の前にした途端、空腹が気になってしまう。
「クラリッサ・アイヒホルン様、お連れいたしました」
クラリッサをここまで連れて来た人物が、こっちを向けと言わんばかりの声量で紹介する。
既に集まっていた華やかな面々が一斉にクラリッサへ視線を向けた。正面にフロレンツがいて、ひとつ席を空けて向かって左側には微笑みながら小さく手を振るヨハン。逆の右側に座るアメリアは少しだけムっとした様子である。
「こっちへ」
フロレンツが自身の横の席を指し示した。空席はそこしかなく、名札がなくともそこがクラリッサの席だとわかる。
(うげえ……。なんかまた満腹になっちゃった)
アメリアの鋭い視線に気づかない振りをしながら、不可抗力不可抗力と言い聞かせて歩を進める。
そんなに睨みつけるなら、フロレンツの隣にぬいぐるみ席でも追加しておけばよかったのだ。そうすればこっちだって王子様の表情を窺わなくて済んだし、お腹いっぱい食べられたのに。
ぐるり見渡すと、男性が4名、女性もクラリッサを含めて4名がいる。ビアンカから聞いた通りならフロレンツのゲシュヴィスターが勢揃いしていることになる。
どこからかバイオリンの音色がして、クラリッサは行儀が悪いと見咎められない程度にこっそり周囲を見渡した。少し離れたところで弓を軽やかに動かす人の姿を認めて感嘆する。
音楽にしろ絵画にしろ、芸術を鑑賞するような機会などクラリッサにはほとんどなかったため、間近で聴くことができる環境に感謝した。
「今日から一緒にゲシュヴィスター制度について考えてくれるクラリッサだ」
フロレンツの声がバイオリンの音に酔いしれていたクラリッサの意識を引き戻した。
心地良い旋律が知らず知らずのうちにクラリッサの緊張をといていたらしく、可もなく不可もない平凡な挨拶で第一関門を突破する。
そのままフロレンツの指示に従い、クラリッサの右隣から順番に自己紹介が始まった。
まずはヨハンだが、さっき挨拶は済ませてしまいましたねと笑って隣の女性に順番をまわす。
「カトリン・オスヴァルト! 趣味は刺繍で~、将来の夢は幸せなお嫁さんになること~!」
一見、黒かと間違えるほど暗いアッシュグリーンのふわふわの髪を、渋い赤色のリボンで結い上げている。その髪型も色も、まろくモチモチとしたカトリンの印象を引き締める努力が窺えるものの、甘ったるい声や口調まで加わるとさすがに隠しきれない。
他のメンバーの彼女を見る温かな目が、カトリンがこの離宮におけるマスコットポジションであると語っている。
ただ、ああ見えてオスヴァルト家といえば監督省の大臣を任されている家だ。主に国内の司法と警備を担う堅い家柄である。
なにをどう転んだらあのようなマスコットが生まれるのだろうか。
「ロベルト・エルトマン。面白そうだからここで暮らしてるけど、普段は父上を手伝って城に出仕してるから日中はいないことも多いんだよね。用があったら夜に俺の部屋に来てくれる?」
鳶色の瞳を片方パチリと閉じて見せたロベルトは、とびきり甘いマスクの持ち主だ。銀灰色の髪も相俟って、妖艶な空気が匂いたつように思える。
エルトマンは6つの省を取りまとめる行政府の大臣を歴任する公爵家であり、エリート中のエリートなのだ。さらにロベルトは長子のため国中の女性が放ってはおかず、浮いた話も絶えない。妖しげな雰囲気も納得できるというものだろう。
「シュテファニよ。ローゼンハイム。よろしくね」
全貴族の憧れと言われるのが、この女性だ。社交に滅多に出ないクラリッサでさえ、彼女の名はよく聞いていた。すらっとした長身で女性らしいところのサイズはそこそこ。艶やかな黒いストレートの髪とスミレ色の瞳は全ての男性の心を掴んで離さないと。
それでいて、ローゼンハイムはエルトマンと並ぶエリート公爵家だ。法を定立させるのが主たる職務である立法府の大臣を歴任し、裏王家と呼ばれるほど。
(私、こんな人たちとゲシュヴィスターだったの……?)
本来なら雲上人であり、会話をするどころかその姿を拝むことさえ難しいような顔ぶれなのだ。今さらながら震えあがってしまう。
「ヴァルターです。ヴァルター・ペステル。僕は絵を描くのが大好き。クラリッサのことよく覚えてるよ、また会えて嬉しいなあ。これからよろしくね」
目にかかる長さのダークブラウンの髪の奥から、きらきら輝く琥珀色の瞳が細めらる。
ペステル家は開発省の大臣だ。国内の土地整備だとか公共工事を担っている部門のせいか、ペステル伯爵はかなりの強面なのだが……本当にその血を受け継いでいるのか疑問なほど、ヴァルターは線が細い。
クラリッサは以前、ヴァルターには家を継ぐ気がないらしいとの噂を聞いたことがあったが、本人の姿を見てその噂の信憑性を一段上げることにした。
「アメリア・ギーアスターですわ。先に言っておくけど、わたくし、貴女と仲良くするつもりはありませんから」
自己紹介と見せかけて真正面から投げつけられた宣戦布告に、クラリッサは口の中で「わぉ」と呟いた。
(……ま、ギーアスター家じゃ仕方ないか)
カスパルの事件当時、監督省の大臣はオスヴァルトではなくギーアスターだった。
監督省は貴族が不正を行わないよう見張る役目も持っているのだが、そのギーアスター家の告発を受けてカスパルの不正が公となったのだ。
五名家だからという理由で家名を残されただけの犯罪者とは、きっと喋りたくもないことだろう。プイとそっぽを向いたアメリアを一方的に非難することはできない。
ビアンカは「打倒アメリア」と言うが、関わらずに済むならそれが最善だ。そうでなければ、いじめられる前に仲良くなるか。
究極の選択だが、回答は後日に先延ばすことにした。
今回登場人物紹介
●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。招待されたバジレ宮でいろいろなことに圧倒されている。
●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無表情で何を考えてるかわからないし、たまに怖い。
●ヨハン:ハーパー伯爵家の次男。クールな見た目と柔らかい物腰がアンバランスな魅力。
●カトリン:オスヴァルト伯爵家の末っ子。もちもち。みんなのマスコット。
●ロベルト:エルトマン公爵家長男。チャラモテ男子。
●シュテファニ:ローゼンハイム公爵家ひとり娘。全貴族の憧れの君。
●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。のんびり屋さん。
●アメリア:ギーアスター伯爵家長女。縦巻きロールと敵対心がチャームポイント。
名前だけ登場の人
●カスパル:クラリッサの祖父。故人。横領事件を起こしたらしい。
今回登場用語基礎知識
●ゲシュヴィスター制度:兄弟姉妹制度。5~10歳の同年代の貴族の子が集まり基礎教育を受ける。元は王族の情操教育が目的。
●監督省:司法および警察権を持つ。現在はオスヴァルトが大臣。
●行政府:現在はエルトマンが大臣。立法府と六省との橋渡し。
●立法府:現在はローゼンハイムが大臣。主として法を定立させるのがお仕事。
●開発省:国内の公共工事全般を請け負う。現在はペステルが大臣。




