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異世界転移したら美少女ふたりに籠絡されました

作者: イ尹口欠

途中で飽きて続きを書けなくなったので供養です。

そのため半端なところで終わっています。あしからず。

気がつくと見知らぬ部屋のベッドに仰向けで倒れていた。

いやベッドに仰向けで倒れていたということは、眠っていた、と言い換えるべきか。


まあともかく、知らない部屋で寝て、起きたところだ。


部屋はフローリングむき出し、壁紙なしのコンクリートむき出し、そして窓はなぜか鎧戸。

自分の服は……おいおい黒のスーツにシルバーのネクタイだ。

ベッドの足元に黒の革靴が揃えて置いてある。

スーツでベッドに寝転がっていたらシワになるだろう、俺は馬鹿なのか?


……いやそもそもここどこだよ。


記憶の最後は……大学の入学式だ。

周囲を見渡すが、リュックサックはなかった。

ポケットも探るが何も出てこない。

財布もスマホもないとかありえない。

そういえば入学祝いに買ってもらった腕時計も身につけていないぞ。


頭の中には疑問符しかないが、ひとまず窓を開けてみることにした。


革靴を履いて、フローリングに土足という組み合わせの違和感に戸惑いながら、鎧戸を開け放つ。

まぶしい陽光が差し込んできた。

そして同時に窓の下からは人々の喧騒が――ってなんじゃこりゃ!?


今日はコスプレイベントでもやっているのか?

金髪碧眼のエルフ、茶髪の獣人、剣と盾を持ち鎧に身を固めたおっさん、三角帽子にローブを羽織って身長より長い杖を持ったお姉さん、……エトセトラエトセトラ。


目の前に広がる建物も様子がおかしかった。

木造なのはともかくとして、窓が異様に小さく鎧戸で閉じられている。

周囲を見渡しても背の高いビルが見えない。

どんな田舎だ、と言いたいところだが路上の賑わいは田舎の閑散さとは無縁と来たものだ。


……なんか空気うめえな。


おかしいと言えば、日本の風物詩である電柱もまったく見当たらない。

路上は土を踏み固めたもので、アスファルトではない様子。

向かいの建物は店だと思われる大きな看板――皿とフォークの意匠だ――が掲げられているものの、店名は見当たらない。

日本ではないのだろうか、と思って目を凝らして見ても街中にはアルファベットどころか文字が見当たらない。


……これは部屋から出るしかないな。


部屋は六畳ほどの広さのワンルームで、家具はベッドしかない。

鎧戸つきの小さな窓と、あとは扉がひとつ。


俺は扉がノブを含めて木製であることに驚きつつ、また鍵ではなく(かんぬき)がかかっていることに強烈な不信感を抱いた。

木製はともかくとして、今どきディスクシリンダー錠ではない扉は珍しい。


……閂ってセキュリティ的にどうなの。


俺は閂を外そうと手を伸ばし、ポン、という電子音に遮られた。


《キャラクターデータが未設定です》


扉と俺との間を遮るように、その文字列は空中に現れた。


《扉から出るとどのような危険があるか分かりません。

 まずは自身のキャラクターデータを設定してから扉を開けることをオススメします▶》


……なんだこれは。


左右を見渡し、背後と天井を確認し、プロジェクターなどがないことを確認する。

文字がどこから投影されているのか分からない。


「キャラクターデータの設定ってなんだ?」


首を傾げながら無造作に文字に触れる。

感触はなし。

触れた指先は文字列を突き抜けて、宙を彷徨った。


しかし文末の『▶』に触れると、文字がスクロールして新たな文章が流れ出した。


《キャラクターデータの設定は『左手甲を叩くこと』でステータスカードを出し、それを編集することで行うことができます》


ふむ?


俺は書かれている通り、左手甲を右手でペシリと叩いた。

すると、シュン、と左手甲から免許証サイズのカードが飛び出したではないか。


《名前 佐伯(さえき)悠斗(ゆうと)

 種族 人間族(ヒューマン) 年齢 18 性別 男

 クラス 村人Lv1

 賞罰 なし

 ▶》


これは……俺の名前と、……種族?

年齢と性別は正しく俺のものだが、『クラス:村人』と『賞罰:なし』については謎だ。


……いや、薄々、RPGっぽいなあとは思うけどさ。


カードの下端にある『▶』を押すと、カードがにゅっとA4サイズくらいまで大きくなり、トップに『編集モード』と書かれた状態に遷移(せんい)した。


《名前 佐伯・悠斗 ▼

 種族 人間族(ヒューマン) ▼

 年齢 18 ▼

 性別 男 ▼

 クラス 村人Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 なし ▼


 ボーナスポイント

 総計180点▶》


この『▼』は『▶』の親戚だろうか?

試しに名前の右にある『▼』をポチリと押してみる。


すると……五十音文字入力画面が浮き上がってきた。

どうやら名前欄を編集できるようだ。

改名する必要性を感じないので、『終了』を選択する。


次に種族だが……なんとなく分かってきたぞ。

これRPGのキャラクター初期設定画面だ。


……とすると、種族の『▼』には何が表示されるのかな、と。


人間族(ヒューマン)

 森人族(エルフ)

 犬人族(ワードッグ)


む、意外と少ないぞ?


もしかしたら見たことのある種族しか表示されないのかもしれない。

窓から見かけたのは確かに、エルフと獣人……犬っぽかったかもしれないがそこまでよく見ていない。


開け放たれたままの窓に近寄り、路上を見渡す。

ピ、ピ、と電子音がしたと思ったら、種族の選択肢が増えていた。


人間族(ヒューマン)

 森人族(エルフ)

 犬人族(ワードッグ)

 山人族(ドワーフ)

 猫人族(ワーキャット)


ほほう、あの中にドワーフと猫系獣人族がいるのか。

あ、猫耳発見。

ドワーフはどれだか分からんな。


まあひとまず人間族(ヒューマン)を選んでおくとしよう。


さて次は……年齢? 性別?

おいおい、変えちゃって大丈夫なのか、ここ。


種族も大概だが、性別を女に変えられちゃうのは凄いな。


まずは年齢から行ってみるか。

年齢の右の『▼』を選択すると、6~60までの数字がプルダウンする。

選択されているのは『18』だが、さてこれを『6』にしたら?


うおおおおおおお!?


どんどんと部屋が大きくなり、否、俺が小さくなっていく。

黒のスーツはそのままだから、袖の中に腕が埋まっている。

鏡を見たら、きっと6歳児の俺が写っているはずだ。


…………これはないな。


外にどんな危険があるのか知らないが、子供の身体能力では不安があるし、何より服がないのは致命的だ。

すぐさま『18』に戻す。


……うん?


いまボーナスポイントの数字が動いたような?

ズレたスーツを着直して、俺は年齢を『20』に変更する。


するとボーナスポイントは『180』から『200』に増加したではないか。

さてはお前、年齢×10倍だな?


年齢をひとまず『18』に戻してから、次は未知なる性別変更に挑むことにした。


プルダウンの項目は『男』か『女』の二択だ。

LGBTへの配慮はないらしかった。


俺は意を決して『女』を選択する。


すると……おおおおおおお!?

おぱーい!

こかーん!

あ、クソ鏡がないのが残念すぎる!


ひとしきり自分の胸を揉んで感触を確かめてから、『男』に戻した。

危険があるってわざわざ警告されているのに、『女』で行く理由はないしな。


さてクラスは……あれ?

おいおい『村人Lv1』しかないだと?

ここは戦士とか盗賊とか魔法使いとか神官とか選べるところだろ。

ドッキリで勇者とか魔王とか表示されてもいいくらいだ。


まあ無いものは仕方がない。


最後はボーナススキル、ある意味でこれが本命だろう。

恐らくはボーナスポイントを消費してスキルを習得するのだろうが……。


ボーナススキルの『▼』を押すと、ズラリとスキルが並ぶリストが現れた。

うわ、面倒くさいぞ、これは。


ひとまず鉄板そうなのは『経験値16倍』だろうか。

ボーナスポイント160点も使うけど。


……ないわー。


ボーナスポイント80点で済む下位互換の『経験値8倍』で手を打とう。

年齢を上げるのは最後の手段だな。


次は……丸腰だと不安だから武器かなあ。

窓の外を見るとまるでファンタジーな世界観が広がっているし、剣とか持っておいた方が良さそうだ。


できれば素人でも扱える銃とか欲しいんだが、生憎と項目一覧には載っていなかった。

いや、杖と魔法という選択肢もあるのか。


ただHPやMPの項目が見えないから、最悪、魔法を一発撃って気絶するようなことにもなりかねない。

やはりここは安定の物理攻撃手段だろう。


フレイルやハンマーなどもあるが、ここは携帯性を鑑みて剣を選ぶ。

リストには『剣技』もある。

これと『剣』を取得して……おっと、『剣技』と『剣』にも段階があるらしい。

ええと『剣技Lv1』が10ポイント、『剣技Lv2』が20ポイント……どうやら10ポイントずつ増加していくみたいだ。

そして『剣』の方も10ポイント刻みだが、こちらは費やしたポイントに応じた剣がもらえるらしい。


例えば10ポイントの剣は『木刀』だ。

特殊効果は『手加減』。

この木刀でどんなに思いっきりぶっ叩いても相手は死なないらしい。

ある意味で安全な武器だ。


そして100ポイントの剣は『レーヴァテイン』。

特殊効果は『火炎の刀身Ⅱ』『破滅の炎』。

刀身は常に炎を纏い、火炎耐性を無視する効果をもつ。

更には『破滅の炎』という必殺技らしきものもあり、これを使うと広範囲を炎で焼き尽くすというものだ。


ハッキリ言って、微妙である。

万が一これを盗まれたときのことを考えると、少しでも『剣技』に振って普通の剣を持った方が安心だ。


故に『剣技Lv8』にボーナスポイント20点の『ブロードソード』の方が使い勝手が良さそうである。

ブロードソードの特殊効果は『研ぎ要らず』、その名の通り手入れが不要の初心者向けの剣である。


よし決定だ。


……いや、待てよ?


ぶと思いついてクラスの『▼』を押してみる。

すると『村人Lv1』の他に『遊び人Lv1』と『剣士Lv1』が増えているではないか!

どうやらボーナススキルによってクラスが増える仕様だったらしい。

気がついて良かった、クラスを『剣士』に変更しておこう。


《名前 佐伯・悠斗 ▼

 種族 人間族(ヒューマン) ▼

 年齢 18 ▼

 性別 男 ▼

 クラス 剣士Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計0点▶》


よし、これで大丈夫だろう。

一体どんな危険が潜んでいるのかは知らないが、これでどうにもならないような危険なら、何をどうしたって無理だ。


編集モードの下端にある『▶』を押すと、腰のベルトに鞘に入った剣が現れた。


左手甲には相変わらず免許証サイズのステータスカードが浮かんでいる。

どうやって仕舞ったものかと悩んでいたが、えい、と左手に押し込んだら消えた。


さてブロードソードだ。

抜いてみれば、これぞ西洋剣といった趣の幅広の剣がお目見えする。


両手で握ってみると、脳裏に様々な振り方が思い浮かんできた。

これが〈剣技Lv8〉の効果だろうか。


天井に気をつけながら軽く部屋の中で振り回してみる。


……うん、いい感じだ。


スーツだと肩周りが動きづらいが、それ以外には不満はない。


さあ閂を外して、扉を開けよう。

今度は妙なメッセージが現れることなく、扉は開いた。



扉から首を出して左右を確認する。

いくつも同じような扉が並んでいる。

どうやらこの部屋は端っこにあるらしく、扉が並ぶ廊下を進んだ先に階段の手すりが見えた。


俺は意を決して部屋から出る。

扉は念の為、半開きにしたままだ。


足音を立てないように気をつけながら、しかし新品の履き慣れない革靴ゆえにコツコツとフローリングを鳴らしながら進む。

どの扉からも何かが襲いかかってくるようなこともなく、無事に階段までたどり着いた。


階下は人の賑わいが感じられる。


恐る恐る階段を降りながら、階下にコスプレ集団がいくつかグループを作って談笑しているのを確認する。

俺は何事もなかった風を装いながら、視線だけを左右に散らして観察を行う。


……宿屋、か。


そう宿屋だ。

多くの同じような扉を見て薄々、そうではないかと思っていたが、フロントもあるし宿屋の一室で目覚めたと思っていいだろう。


……問題はなぜ、どうして俺があそこで目覚めたか、だが。


まったく記憶に心当たりございません。

うーん、まあ一応、フロントの前をゆっくりと歩いてみる。


特に何も言われることもなく、素通りできた。

そのまま入り口の扉に手をかけ、――外に出た。



ジロジロと見られるのは落ち着かない。

黒のスーツに剣を佩いている格好は浮き気味で、何やら注目を集めている気がする。


俺は何気ない風を装って堂々と人の流れに乗って歩く。


どこへ向かっているのかは分からない。

ただ武装した集団たちがある一定の方向へ進んでいるのは分かる。


しばらく歩いていくと、剣と盾の意匠の看板が掲げられた建物に彼らは入っていく。


……定番なら冒険者ギルドとかだろうか。


情報が少しでも欲しい。

ちょっと怖いけど入ってみるとしよう。



中は広々とした空間だった。

いくつかの柱にはメモ書きがピンで貼り付けられており、例えば『冒険者登録は一番右のカウンターへどうぞ』とか、『冒険者ギルドの受付をやってみませんか? 待遇良し、詳しくはギルドカウンターにて』とか、色々あるが、ここが冒険者ギルドだということは分かった。


そうして見ると、建物に入って来た集団たちは壁際の大きなボードに貼り付けられた様々な依頼を物色しているようで、気に入った依頼をボードから剥がして仲間たちとともにカウンターに向かっていく。


……まんまラノベのノリなのな。


知った風な光景にどこか安堵しつつも、自分の格好がやはり浮いているのが気になった。

いや、カウンターの男性職員はスーツ姿だからスーツがこの世界にないというわけではなさそうだが、カウンターのこちら側には武装した集団しかいないので浮いているのだ。


……食い扶持を稼ぐ必要がある。


現在、俺は無一文だ。

まずは冒険者登録をしつつ、このスーツを下取りに出して目立たない服装と武装を整えたい。


佩き慣れない腰の剣が人にぶつからないように人混みをかき分けながら、一番右のカウンターに向けて歩く。

そして意を決してカウンターの中年女性に話しかけた。


「こんにちは」


「こんにちは。冒険者登録ですか?」


「はい。お願いします」


「それではステータスカードを確認します。こちらの装置にかざしてください」


そう言って受付のおばさんは四角い箱をこちらに向けてずずい、と押し出した。


俺は右手で左手甲を叩き、ステータスカードを出現させる。

そしてカードを装置の上面にかぶさるように、左腕を差し出した。


ピピ、ピピ、ガガーーー。


何かを読み取るような音と、紙が排出される音がして、受付のおばさんは一枚の白い用紙を装置から抜き取った。


……何が書かれているんだ?


気になるが、おばさんは淀みない動作で用紙を立てて目を通しだす。

紙はそれなりの厚さがあって、表面の文字などが透けて見えることもない。


コクリ、とおばさんが頷くと用紙を机に置き、バン! と大きな音を立てて拳程度の大きさの判子を押した。


「はい。これで登録されました。冒険者ギルドの利用方法について説明は必要ですか?」


「え、あ、はい。お願いします」


「依頼ボードにある依頼は、中央の三箇所のカウンターで処理を行います。依頼を受注する際、依頼を完遂した際、そして依頼を放棄する際にご利用いただく形となっております。そして一番奥のカウンターでは当冒険者ギルドに御用の方向けのカウンターとなっております」


「はい」


「以上となります」


……はい?


あまりにも簡素な説明で、「これ以上の説明は必要ないだろう」という態度がありありと感じられた。

現地人にはそれで分かるかもしれないが、こちとら右も左も分からない素人だ。

その説明だけでは冒険者がどういう仕事をするのか分からない。


……いや、そもそもどういう仕事かも分からないのに登録した俺が浅はかだったか?


考えてみれば冒険者登録などいつでもできることだ。

まず真っ先にするべきことは、スーツの売却と衣服の購入である。


「あの、このスーツを下取りに出して動きやすい服装を買いたいんですが、この街は初めてで。どこに店があるのか分からないので教えてもらえませんか」


「あら、その立派なスーツを下取りに?」


おばさんの探るような視線にたじろぎながら、「ええ」と短く返答する。

おばさんはじっと俺の顔を見つめてから、「それでしたら――」と一軒の古着屋の名前を挙げて傍らのメモ用紙に簡単な地図を書いてくれた。


「ありがとうございます」


「いえいえ。これから活躍されるだろう新人冒険者のお手伝いができて光栄です」


「はい? ええと、……」


「おっとごめんなさい。守秘義務があるのに。でもその歳でクラスが、ね?」


「ええまあ」


……クラス?


剣士のことを言っているのだろうか。

たしかに村人とは比べるべくもないだろう。


もしかしたら普通は村人から鍛えてクラスチェンジするものなのかもしれない。

まあ推測の域を出ないが。


ともかく俺は古着屋へ行くことにした。


……おっとその前にどんな依頼があるのか、確認しておこう。


依頼ボードを見に行く。

人混みをかき分けて最前線に陣取ると、A4くらいの紙に手書きで依頼の内容が書かれた紙が大量に貼られていた。


薬草採集、魔物退治、雑用、遺跡探索、……などなど。

雑な分類だが魔物退治なんてものがある時点で、街の外は危険で一杯なのだろう。

〈剣技Lv8〉を主軸にお金を稼ぐのが効率がいいはずなので、というかそれ以外の特殊能力は今のところ俺にはないため、戦闘能力を高めるために鎧の購入が必要だと思われた。


……よし、スーツを換金して鎧を購入しよう。


今度こそ古着屋に向かうべく、冒険者ギルドから立ち去った。



古着屋では新品同様のスーツからボロ布のようなものまで幅広い商品ラインナップを誇っていた。


……ていうかこのボロ布、服なのか?


貫頭衣というものだろうが、横から無防備すぎるし、どのような客層がこれを身につけるのかちょっと想像がつかない。


「お客様、当店に御用でしょうか?」


ことさら丁寧な言葉と態度でしゃしゃり出てきたのは、店主だろうか。

グレーのスーツ姿の男は、背筋を正して俺の返事を待っていた。


恐らく上流階級の子弟だとみなされたのだろう。

この格好では仕方がない。


「ああ。このスーツを下取りに出して、冒険者らしい動きやすい服装を購入したい」


「そちらのスーツを? ……かしこまりました。先に動きやすい服装をお選びしましょう」


「できれば見繕ってくれるとありがたい」


「はい。では……これとこれ、それから……」


チラリと店主は俺の足元に目をやる。


「靴はどういたしましょうか?」


「そうだな……どういった靴があるのか見せてもらえるか?」


「はい。冒険者となりますと一般的にはこちらのサンダルになりますが……」


うわ、粗悪。


これなら歩きやすさを重視して購入した革靴の方が靴裏のグリップも効くし、履きやすそうだ。

ガチのテカテカした革靴は社会人になってからで十分だという父の助言に従い、履きやすさで選んだから、これで運動しても問題はあるまい。


「そうか。では靴はこのままでいい。売るのはスーツ上下とシャツのみで、動きやすい服も上下だけでいい」


「かしこまりました」


若干、残念そうな声音の返事だったが、どうもこの靴に価値を見出しているようだ。


店主が選んだしっかりした作りのチュニックに厚手の下履きに着替え、スーツとシャツを渡す。


「これは……素晴らしい品です。本当に下取りに出されるのですか?」


「ああ」


「ではスーツ上下とシャツで……しめて金貨15枚で買い取らせていただきたいのですが」


「金貨15枚」


それは多いのか少ないのか。

判断材料がないので、店内を見渡して一番いいところに飾られているスーツの値札を盗み見る。


はたして『$120000』とは金貨何枚分なのだろうか?


というかドルマークだけど、単位はドルなのか?

まさかアメリカドルではなかろうが……。


俺が煮え切らない態度でいると、店主は焦ったように「それではそちらのチュニックと下履きの値段が金貨2枚になるのですが、金貨17枚で購入させていただくということでいかがでしょう?」と申し出た。

どうやら金貨2枚分、値段を釣り上げた形になったようだ。


相場がよく分からないのは値札を見ても変わらないので、頷いた。


「それでいい」


「……ありがとうございます」


金貨15枚をカウンターで確認し、店主が革袋に入れて差し出してきたものを受け取る。

革袋はどうやらサービスのようだ。

ちょうど財布がなかったので助かる。


「あとは鎧を購いたいのだが、どこかいい店を知らないか? この街は初めてなのでどこが良い店か分からないんだ」


「それでしたら、カルドンの武具屋がこの街で一番です。いま地図をお書きしましょう」


「助かる」


地図を書かれたメモを受け取り、俺は古着屋を後にした。



カルドンの武具屋はすぐに分かった。

鉄床にハンマーの看板は鍛冶屋だということだろう。

店の奥からはカンカン、ガンガン、金属を打つ音が鳴り響いている。


店に入ると、壁に掛けられた剣が目に入った。

俺の研ぎ要らずのブロードソードには及ばないだろうが、どれも格好いい。


鎧もちゃんとあった。

革の鎧、鎖帷子、金属鎧の三種類に分類されて展示されている。

値札を見るが、相変わらずドル表記でよく分からない。


とりあえず鎧といえば金属鎧だ。

革ではいざというときに内蔵に怪我が達する可能性が高い。

動きやすさという意味では需要があるのだろうが、すべての攻撃を回避できるとは思えない。

戦い慣れない俺のことを考えれば、防御力は高くて損はないだろう。


金属製の鎧の値札を見ると、『$100000』と書かれていた。

古着屋で見た高級スーツが12万ドルだったことを考えれば、いま手持ちの金貨15枚で足りる気がする。


俺は店員に金属鎧を試着していいかと問うた。


「構いませんが、そちらの品は10万ドルになりますが……」


「金貨何枚だ?」


「10枚ですが……お持ちですか?」


どうやら金貨1枚で1万ドルらしい。

腰に無造作に下げられた革袋の中に、金貨が15枚も入っているとは店員も思うまい。


「ああ。軍資金はちゃんと用意してきた。ただ金属鎧を着たことがなくてな。動きにくさを確かめておきたい」


「初心者にはオススメできません。動きにくく、移動で体力を削られ、まともに戦うことすらできないかと」


「……む、そうか?」


金属鎧を着こなすにはどうやら訓練が必要なようだった。

しかし金属鎧の防御力には抗いがたい魅力がある。


「これでも剣士なのだが……」


「え、剣士ですか。それなら……うーん、では試しに試着してみますか?」


クラスが剣士ならいいのか。

剣士はどうやら凄いらしい。


俺はさっそく金属の鎧を着せてもらう。

意外と軽い。

頭にオープンヘルム、腕にガントレット、足にグリーブ、そして胴にキュイラスを装備しているが、動きにくさは感じない。


「少し剣を振ってもいいか?」


「それでしたら店の裏庭でお願いします」


店員に案内された店の裏庭には、矢の突き刺さったボロいカカシが一本、立っていた。

どうやら弓の試射を行う際の的のようだ。


とりあえずカカシは無視して、ブロードソードを抜いた。

スラリ、と淀みなく俺は剣を抜き、自然と構える。

既に〈剣技Lv8〉が仕事をしている感じだ。


上段で振りかぶって宙を斬る。


……ふむ、もっと速くてもいいか?


ゆったりめに剣を振ったが、もう少し激しい動きもできそうだった。

二度、三度、と剣を振っていく。

連撃もこなせる。


難点といえば着脱に時間がかかるくらいか?

ひとりでも脱ぎ着ができないわけではないが、外では脱げないだろう。

また一日中この鎧を身に着けて動く体力があるのかどうかが問題ではある。


ただ〈剣技Lv8〉の手伝いもあってか、それとも『クラス:剣士』のおかげか、動きづらさは感じないのが救いだ。


……これなら一日くらい、戦えるな。


一日が終わったらヘトヘトになりそうだが。

しかし防御力をおろそかにする気にはなれない。

こんな訳の分からない状況で死ぬのは御免だ。


俺は10万ドルを支払い、金属鎧一式を購入した。



冒険者ギルドに戻った。

依頼ボードの前からは人が随分と減ったようだ。

依頼を受注していったのだろう。

出遅れた感はあるが、準備があったので仕方がない。


依頼ボードの依頼を物色していく。


……しかし何が何だか分からないぞ。


魔物討伐の依頼自体はある。

どこそこに現れる魔物を退治してくれ、と書いてある。

だが地理の疎い今の俺では、地名が分からない。


うーん、と唸っていると、



「あの! 私とパーティを組んでもらえませんか?」



金髪エルフの美少女が俺に向けて声をかけてきた。


現地人からパーティを組もう、とは渡りに船だ。

しかしいきなりこんな可愛い子が俺に声を掛けてくるという事態がよく分からない。

なぜ俺?

冒険者ギルドには他にもパーティを募集している奴らがいる。

そいつらを選ばずにわざわざ依頼ボードの前で唸っている俺に声をかけてきたのは何故だ?


……美人局とかじゃないだろうな。


警戒心を一段階上げて、彼女との会話に臨む。


「あの! 私は魔法使いなのですが、他に盗賊の子がパーティにいます。あとは前衛だけなのですが、ギルド内ではあなたが一番、腕がたつようなので……」


「ふうん? 俺の腕が立つというのはどこで見分けたんだ?」


「それは……クラスが剣士だから、です」


……何?


「ステータスカードを見せた覚えはないが」


「すみません。実は……私は〈人物鑑定眼〉の魔眼を持っています。ステータスカードに記載されている情報を読取ることができるんです」


厄介な魔眼が存在したものだ。

しかし僥倖ともいえる。

受付のおばさんの態度からして、剣士のクラスはそれなりの修練を積んだ先にしかないらしい。

実際には実戦経験が皆無でも、こうして現地人の方から声をかけてきてくれた。


しかもこんなに可愛い子から。


あと盗賊がいるらしいが、まあ『盗賊の子』というからには女の子だろう。

悪くはない。

むさ苦しい男どもとパーティを組まないでいいというのは。


「そうか……俺は剣を振る以外にできることはない。物も知らない。それでも大丈夫か」


「はい! 前衛として前に立って戦っていただければ、それ以上は望みません」


いい条件だ。


「分かった。パーティを組もう」


「本当ですか?! 良かった……」


「あとひとりパーティメンバーがいるのだったな。そいつを紹介してくれ」


「あ、はい。彼女ならあちらで待っています」


見ればテーブルでお茶をすすっている少女が見える。

割と可愛いぞ。

ラッキーだ、俺はついている。


盗賊の少女と合流して、俺たちは互いに自己紹介をする。

自己紹介といっても、ステータスカードを見せ合うだけだ。


《名前 佐伯(さえき)悠斗(ゆうと)

 種族 人間族(ヒューマン) 年齢 18 性別 男

 クラス 剣士Lv1

 賞罰 なし

 ▶》


《名前 ミレイユ・マルチノン

 種族 森人族(エルフ) 年齢 16 性別 女

 クラス 魔法使いLv1

 賞罰 なし》


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット) 年齢 16 性別 女

 クラス 盗賊Lv1

 賞罰 なし》


盗賊なのに『賞罰:なし』というのはどういうことだろうか。

そもそもふたりとも村人じゃない。

それなりに冒険の経験があるのか?


……おや、俺のステータスに『▶』がある。


これはキャラクターデータの初期設定を行うための編集モードに遷移するための機能だったはずだ。

この場で操作をする気にはなれないので、ひとまずステータスカードを左手に仕舞う。


ミレイユとクロエは俺の『▶』には気づかなかった様子で、名前と剣士であることに注目していた。


「ユートさんはどこの貴族のご出身でしょうか。佐伯家とは聞かない家名ですが」


「家名はあるが貴族というわけじゃない」


「……そうだったのですか。失礼しました」


ミレイユが気まずそうに視線を外した。

おおかた実家から追い出されたか出奔したと思われたのだろう。


「名字持ちが二人かあ。ま、育ちがいいのはいいことさ。アタシなんかは色々と行儀が悪いのは勘弁してくれよ」


「クロエさんは盗賊ですが賞罰がありません。罪を償い、冒険者になったのですから……」


「……ガキの頃にパンを盗んで以来、悪いことはしてない。孤児院に引き取られたからな。そこで将来、冒険者になるために鍵開けやトラップの見分け方、解除なんかは一通り習っている。短剣もな」


言いながら腰から二刀の短剣を抜き、素早く交差させて腰の鞘に収めた。


「素早い動きだ。これなら俺が前衛に立たなくてもクロエがいればいいんじゃないか?」


「馬鹿言っちゃならないよ。剣士様と盗賊じゃ雲泥の差だろ。むしろ剣士が私たちみたいな駆け出しに付き合ってくれるのは僥倖だね」


「そんなもんか」


剣士のクラスの評価がやけに高い。

村人はともかくとして、魔法使いと盗賊とは違うのだろうか?


《ミレイユよりパーティ申請があります。Y/N》


いきなり目の前にメッセージが現れた。

イエスボタンを押して、パーティに加えてもらう。


「参加していただいてありがとうございます。それで依頼なのですが……」


「何か目をつけているものはあるのか?」


「初心者なので簡単な討伐依頼を受けようかと思っていました。ただ前衛にユートさんが加わったので、少し段階を引き上げようか悩んでいるところです」


「先程も言った通り、俺は剣のことしか分からない。依頼はいいように選んでくれ」


「そうですか? じゃあ……思い切ってゴブリン退治に行きましょう!」


ミレイユの言葉に、クロエが「うへえ」とつぶやく。


「ゴブリンかぁ。いきなり亜人系魔物の討伐って……キツくない?」


「でもフィールドラビット狩りだなんて、ユートさんにはきっと退屈だわ。私もクロエも、もう『村人』じゃないんだからゴブリンくらいはなんとかなるはずよ」


うーん、何のことだか分からないが、ウサギ狩りとゴブリン狩りの話をしているというのは分かる。

ゴブリンというと、ゲームとかだと小柄で角が生えたアレだよなあ。

人間型の魔物を俺が斬れるのか、という問題はある。


……まあ斬れる気がするけど。


技量なら多分、問題はない。

心持ち気分は悪いが、生きるためだし、何よりこの子たちはゴブリンを殺す対象として見ている。

年下の女の子がやろうと言っていることに、俺が怯むようでは男がすたる。


結局はクロエも納得して、ゴブリン狩りに行くことになった。



街を出て平原を行く。

ところどころに棒きれを持ったパーティが、ウサギを追い回している。

恐らくあれがフィールドラビットだろう。


先導するクロエに続きながら、俺はステータスカードを出した。

下端にあった『▶』が気になっていたのだ。

思っていたとおり、『▶』を押すとステータスカードが大きくなり、『編集モード』に遷移した。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 剣士Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計0点▶》


編集できる項目が減っている。

初期設定を終えて種族や外見などは固定されたということだろう。


さて、後ろからついてきているミレイユにはこれがどう見えているのか?


「ミレイユ、これが何か分かるか?」


「ステータスカードですよね」


「編集モードになっているのだが」


「ヘンシュウモード?」


ミレイユは首をかしげる。

慎重に聞いてみたところ、彼女には俺がステータスカードを出しているだけのように見えるらしい。

どうやら現地人には編集モードは見えないようだ。


「いや知らないならいいんだ。なんでもない」


「はい」


俺は編集モードを終了して、ステータスカードを仕舞った。




森に到着した。

どうやらゴブリンは平原には出没しないようだ。


「盗賊のアタシがこのまま先導するけど、魔物が近くに来たら合図する。そうしたらユートも前に出て戦って。ミレイユの魔法は自分の判断で使って」


「分かった」


「分かりました」


クロエの指示に従う。

パーティのリーダーはミレイユなのだが、実戦の場で主導権を握るのはクロエの役割のようだった。

俺はさしずめ助っ人といったところか。


しかしパーティを組んでいるのに、仲間のHPもMPも見えない。

何のためにパーティを組んでいるのだろうか。


……経験値が等分に分配されるようになるとか?


ありそうな話だ。

今回のゴブリン退治は、俺を頼りにしたパワーレベリングの側面を持っているはずだ。

なのに俺がそのままトドメを刺したら彼女たちのレベルアップには繋がらない……となったら意味がない。

恐らく俺がゴブリンにトドメを刺しても、彼女たちの経験値になるのではないだろうか。


……その場合、〈経験値8倍〉はどういう風に働くのだろうか?


俺だけの経験値が増加するのか。

それともパーティ全体の経験値が増加するのか。


この辺りの仕様がよく分からない。

不親切なユーザーインターフェースといい、手探りでやれということだろうか。


考えていても仕方がないな、と思っていたところに、クロエの合図があった。


「前方にゴブリン。二体いる」


「了解」


「はい」


俺はクロエの横に並び、腰のブロードソードに手をかける。

草をかき分けた音であちらも敵の接近に気づいたようだ。


俺は一息で踏み込みながら、ブロードソードを抜き放ちゴブリンの首をはねた。

まず一匹。

そして続けざまにもう一閃。

二匹目も首をはねて、戦闘終了だ。


ポコン、ポコン! と間抜けな音とともにゴブリンの死体が煙となって消えた。

死体の跡には小ぶりなナイフが残されていた。


……まさかのゲーム仕様、死体が残らないとは。


俺は呆れ半分に剣と鎧に返り血がついていないことを確認してから、ブロードソードを鞘に収めた。


「うっひゃあ。アタシの出番がなかったね。さすが剣士様」


「ほんと凄い動きでした。淀みなく二体のゴブリンを瞬殺するだなんて……ユートさんは剣士になるべくしてなったのでしょうね」


クロエとミレイユの羨望の眼差しが心地よい。

もっと褒めてもよいのだぞ?


俺はゴブリンの跡に残ったナイフを拾い上げて、どうしたものかとためつすがめつしていると、クロエが「ドロップはアタシが管理するよ」と言った。


「盗賊の〈アイテムボックス〉を利用しない手はないからね」


「そうか……そうだな。では頼む」


知らないけど。

二本の短剣をクロエに渡す。


「〈アイテムボックス〉!」


クロエの手元に黒くて四角い空間が開く。

無造作にクロエは二本の短剣を中に落とし、空間が閉じる。


「じゃあ先に進もう!」


再びクロエが先頭に立ち、俺たちは森のゴブリンを殺して回った。



ミレイユの様子がおかしくなっていたことに気づいたのは、日が傾きそろそろ引き上げようか、とクロエと相談していたところだった。


そういえば結局、魔法を見ていないな、と思ったがこれは俺がゴブリンを瞬殺していたからであって、MPを温存するのはおかしなことではない。

そして彼女が〈人物鑑定眼〉の魔眼を持っていることを思い出した。


俺はすぐにステータスカードを出して、レベルを確認する。


《名前 佐伯(さえき)悠斗(ゆうと)

 種族 人間族(ヒューマン) 年齢 18 性別 男

 クラス 剣士Lv4

 賞罰 なし

 ▶》


剣士のレベルは4。

彼女たちの言からして上級職っぽい剣士のレベルが、初心者が受注するゴブリン退治で果たして3つもレベルが上昇するものなのか。


……レベルアップの相場が分からない。


ステータスカードを出した俺を見て、クロエも自分のステータスカードを出して今日の成果を確認して、「はあ!?」と叫んだ。


「なんだこれ。盗賊のレベルが今日だけで10になってる!?」


そんなに上がったのか。

どうやら〈経験値8倍〉の効果はパーティに及ぶらしい。


……しくじったな。


ミレイユの様子がおかしいのは多分、俺とクロエのレベルが急上昇していることに気づいたせいだろう。


「ミレイユのレベルはどうだ?」


「……っ」


ミレイユは自分のステータスカードを出して、震える唇で告げた。


「レベルは……10です」


どうやら盗賊と魔法使いは同じレートで経験値を得るらしい。


「マジかよ! ゴブリンそんなに殺したっけ?!」


「いいえ。明らかにこれはおかしい数字です。……ユートさん、あなたは何者なんですか?」


驚くクロエ。

そしてミレイユは当然のごとく、疑惑の目を俺に向けた。


「実はミレイユが〈人物鑑定眼〉を持っているように、俺も〈経験値8倍〉というスキルを持っている。パーティに効果があると知ったのは今だけどな」


「け、〈経験値8倍〉……? 聞いたことありません」


「そうか。俺は物を知らないから、俺以外にこのスキルを持っている奴がいるのかどうかも知らない。ミレイユたちが知らないなら、希少なスキルなんだろうな」


「希少とかそんな……一体、ユートさんは何者なんですか?」


「世間知らずのただの剣士だ。うーん、しかし困ったな。希少なスキルを持っていることを知られたら明日からパーティの勧誘がうるさくなりそうだ」


本当に困った。

これならソロで活動していた方が良かったに違いない。


だがクロエはあっけらかんとした様子で言った。


「え? そんなのアタシらに口止めして明日からも一緒にパーティを組めばいいじゃないか」


「……いいのか?」


「いいよ! てか〈経験値8倍〉ってなんだよスゲーな! ユートはただものじゃないと思ってたけど、まさかそんなスキルをもってるだなんてな! ミレイユもそれでいいよな!」


バン! とクロエがミレイユの肩を叩いた。




「じゃあ明日からもよろしく」


「はいよ。ところでユート、宿はどこ?」


クロエのアイテムボックスから大量のナイフを取り出し、換金して山分けして冒険者ギルドを出る。

ナイフは全部で32本。

基本報酬がひとり銅貨10枚、ナイフ一本が銅貨5枚で、俺だけ銅貨44枚を受け取り、ミレイユとクロエは銅貨43枚の取り分だ。

もっと多くの銅貨を取っていいと言われたが、明日からも同じパーティを組む手前、報酬は基本的に山分けにするべきだと強弁した。


現在の所持金は金貨5枚と銅貨44枚。

節約していかなければ、と思っていた矢先のクロエの質問である。


「宿か。実はまだ決めていないんだ。二人はどこに泊まるんだ?」


「私たちは大通りから一本入ったところにある安宿。でも割りかし安全なとこで、二人で一部屋借りるから少し安上がりかな」


「ふうん。よければ同じ宿に泊まりたい。ついていっても構わないか?」


「もちろん! ミレイユもいいよね?」


「え? ええもちろんです。けどいいんですか、安宿ですよ?」


「構わない。鎧で金を使いすぎて、所持金が心もとない」


銅貨30枚程度の収入で泊まれるのかは疑問だが、そのときは金貨を出せばいいだろう。

ふたりの快諾を得て、俺は宿に案内された。



「おばちゃん、三人部屋って空いてる?」


「空いているよ。おや、パーティメンバーが増えたんだね。男がいると安心だね」


「……は?」


「……え?」


俺とミレイユの困惑をよそに、クロエは三人部屋を取ろうとしている。

いやいや、男女同室はヤバいだろ、貞操観念とかどうなっているんだ?


ミレイユの反応からすると普通は部屋を分けるものだろう。

いや、女将の反応からすれば別にパーティメンバーなら男女同室も珍しくないということか?


「ちょっとクロエ、ユートさんと同じ部屋は……」


「いいじゃんパーティメンバーなんだからさ。これから長い付き合いになるんだよ? そうしたらいちいち別の部屋を取ってられないことだってあるし、そもそも野営するような長期の依頼とか受けるようになったら贅沢なこと言ってられないよ」


「それはそうだけど……」


頬を朱に染めたミレイユの視線が、俺とクロエとを行き来している。


年下の美少女ふたりと同室、全然オッケーです。


下心を隠すのに精神を集中して、ミレイユが同室にOKを出すのを待つ。


「まあまあ、私に任せておきなよ」


「何がよ……分かった分かりました。クロエの言う通り、これから一緒のパーティだから……ユートさんと一緒の部屋でも大丈夫です」


「む……なんか悪いな」


三人部屋は30ドル……銅貨30枚ということなので、ひとり銅貨10枚を出して部屋の鍵を受け取る。


部屋はベッドがみっつあるだけの簡素な部屋だった。

俺が最初に目覚めた宿よりグレードは下がっているのがありありと分かる狭さだ。


俺はさっそく鎧を脱ごうと悪戦苦闘していると、クロエとミレイユが手伝ってくれた。

ありがたい。

ひとりでも脱げないことはないと思っていたが、時間がかかるのは目に見えていた。


「よーし、じゃあ夕食に行こう。今日はパーティ結成記念だ、飲むぞー!」


「駄目。クロエ、節約するって決めたでしょ?」


「まあまあ。ミレイユもちょっとは飲んでおいた方がいいよ?」


「……? どういう意味?」


首をかしげるミレイユの肩を抱いて、クロエは部屋を出ていった。


「…………」


「……!?」


「……………………」


「……!! ……!?」


何を話しているのか分からないが、どうせクロエがミレイユに無茶なことを吹き込んでいるのだろう。

彼女たちの関係はよく分からないが、それなりの信頼関係にあるのは分かる。


俺はベッドに腰掛けてふたりが戻るのを待った。




夕食は宿屋の一階にある酒場だ。

結局、酒は飲むことになったらしい。

クロエもミレイユも、そしてついでに俺もエールのジョッキを片手に新しいパーティ結成に祝して乾杯をした。


それにしても冷たいエールだ。

冷蔵庫でもあるのだろうか?


ちなみに飲酒は初めてである。

ここは二十歳(はたち)にならなければ飲めない日本ではないから、オッケーとする。

というか年下であるクロエとミレイユが当たり前のように飲酒するのが新鮮というか、なんというか微妙な気分になる。

日本人の感覚からすると、女子高生と飲酒パーティーだ。


……うん、普通にアブないな。


料理は黒パンとスープ、サラダとそっけない。

俺は女子ふたりに合わせると足りなく感じたため、黒パンを追加で頼んだ。


会計は5ドルなり。

リーズナブルである。


身体を拭きたいから先に部屋に戻る、と言って席を立ったふたりを見送って、俺は散歩に出た。

鎧は着込んでいないが、腰にはブロードソードがある。

街中で何か危険な目にあっても、切り抜けられるだろう。




十分に時間を潰してから、部屋に戻った。

ラッキースケベはなかった。

しっかり着替えた二人に出迎えられ、……ちょっと待て。


なぜかベッドがみっつ、くっつけられている。

右のベッドにミレイユが。

左のベッドにクロエが。

腰掛けて怪しく笑っているのはクロエだ。

ミレイユは俯いていて前髪で顔が見えない。


「ええと、これは一体?」


「まあまあ、ユートはここに座って」


真ん中のベッドをポンポンと叩くクロエ。

いや、でも、そこは真ん中。

ふたりの美少女に挟まれて寝ろというのか。


「ほら早く!」


「あ、ああ……」


困惑しながらベッドに腰掛けると、クロエはシャツの前をはだけさせながらにじり寄ってきた。


「ちょ、クロエ、何を――!?」


「んふふ。〈経験値8倍〉の優良物件を逃す手はないじゃないの? 大丈夫、ふたりでたっぷり、サービスするからぁ」


「ちょ、え? ふたりで?」


見ればミレイユが耳まで真っ赤にして逆側の腕に両手を絡めていた。



据え膳、食わねば、男がすたる。



その晩、俺は童貞を捨てた。



朝、目が覚めると両腕にしっとりとした感触があって昨晩のことを思い出して勃起した。

初めての女性との夜が3Pだったのは衝撃的だった。


これで俺はミレイユとクロエのパーティから抜けることはできなくなったというわけだ。

別に脅されているわけではない。

むしろ俺の方からお願いしてふたりのサービス、もといパーティに加えてもらいたいくらいの気持ちになっていた。


……ううむ、今日は戦えるのだろうか?


ふたりは処女だった。

大丈夫なのだろうか?




「あー、大丈夫だよ? 歩くだけだし。てか昨日もゴブリン、ほとんどユートひとりで倒してたじゃん」


「必要なら今日は魔法で援護します。ええと、そのくらいは大丈夫ですので」


ふたりが大丈夫だと言うので、今日もゴブリン狩りの依頼を受けた。

ゴブリンは繁殖力が旺盛らしく、狩っても狩っても出現するらしい。

狩らずに放置しておくと、大群になって村などを襲い始めるため、ゴブリン退治は推奨されている。


その日はゴブリンを殺しまくった。

ミレイユは〈ファイアボルト〉の魔法を使ってゴブリンを焼き殺していた。

どうやらパーティメンバーには当たらないらしく、俺を突き抜けて魔法がゴブリンを焼いたときには何事かと思った。


MPを消費するのだろう、何度も使えないという話だが、魔法使いが敵に回ったら厄介だな、と思わせる威力と速度だった。

俺の〈剣技Lv8〉で回避できると信じたい。




そんなこんなでゴブリン退治を数日ほど行った結果、ミレイユとクロエがそれぞれレベル20になった。

ちなみに俺の剣士はレベル6だ。


「やったね。今日はお祝いだ!」


「あんまり飲みすぎないでね、クロエ」


言いつつも喜びを隠さないミレイユ。

俺はふたりの喜びように困惑を隠しきれない。


「ふたりとも。レベルが20になると何かあるのか?」


「え? レベルが20になるとクラスチェンジできるんですよ。ユートさんも戦士から剣士になったんじゃないんですか?」


「あー……」


どうやら戦士レベル20で剣士になるらしい。

なるほど、レベル20も差があったら剣士が強いという話にも納得がいく。


「俺は物をしらないからな。剣士になったのも親に任せっきりで……なんというかよく知らないうちに剣士だった」


「えっ? そんな……ことがあるんですか?」


無理があっただろうか。

ミレイユの追求をテキトーにいなして、俺はステータスカードの『▶』を押して『編集モード』に遷移した。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 剣士Lv6 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計5点▶》


剣士レベルが5つ上昇したことで、ボーナスポイントが5点増加している。

どうやら上昇したレベルによって、ボーナスポイントを取得できる仕様らしい。


いろいろと弄って分かったのだが、一度取得したボーナススキルを減少させることはできない。

〈剣技〉をレベル7に下げることはできないし、〈経験値8倍〉をなかったことにすることもできない。

代わりに新たに増加したポイントで、新しいボーナススキルを習得することはできる。


5点で習得できるボーナススキルに〈スキルカード操作〉なるものがある。

どのような効果かは不明だが、仮に俺のスキルカードの内容を隠蔽するものだったり、パーティメンバーのスキルカードを編集モードにすることができるとしたら、非常に強力だ。

レベルアップでボーナスポイントが増加するということは、クラスを村人にして戦えば、かなりのポイント増加が見込める。

ただし〈人物鑑定眼〉をもつミレイユには俺が剣士ではなく村人になることがバレるので、このスキルで誤魔化せないか、と思った次第だ。


……さて、どんな効果かな?


俺は〈スキルカード操作〉を習得した。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 剣士Lv6 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉〈スキルカード操作〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計0点▶》


あー、どうやらスキルカードの隠蔽を行うスキルではないらしい。

取得した瞬間、効果を理解した。

これはパーティメンバーのスキルカードを編集モードに切り替えることができるものだ。


早速、試してみよう。


「ミレイユ、スキルカードを見せてもらえるか?」


「え? はい。いいですよ」


《名前 ミレイユ・マルチノン

 種族 森人族(エルフ) 年齢 16 性別 女

 クラス 魔法使いLv20

 賞罰 なし

 ▶》


俺はステータスカードの下端にある『▶』を押した。

すると俺と同様、ミレイユのステータスカードも『編集モード』になった。

しかしミレイユに反応はない。

どうやら編集モードはやはり俺にしか見えないらしい。


《名前 ミレイユ・マルチノン

 種族 森人族(エルフ)

 年齢 16

 性別 女

 クラス 魔法使いLv20 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈人物鑑定眼〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計185点▶》


ボーナススキルの多さに意外感を覚えた以外にはおかしなところはない。

初期設定時のように名前や種族、年齢や性別を変更することはできないようだ。


ボーナススキルの『▼』を押してリストを確認する。

どうやら内容は俺と変わらないらしい。


……さてどうしようか。


魔法使い系のスキルを取得するか、それとも〈経験値16倍〉を取得するか。

そもそも経験値増加系のスキルが重複するのかが問題ではあるが、俺の剣士のレベルの上がり方が遅すぎるのは気がかりである。

ミレイユには申し訳ないが、〈経験値16倍〉のスキルを160点支払って取得させた。

代わりにはならないが、〈魔力自然回復Lv2〉を20点支払って取得する。


次はクラスだ。

クラスの『▼』を押すと、


《村人Lv5

 戦士Lv1

 神官Lv1

 魔法使いLv20

 魔導師Lv1

 遊び人Lv1》


ほうほう。

どうやら戦士と神官、そして魔法使いは村人のレベル5で出現するらしい。

俺が一足飛びに剣士になったのは〈剣技〉のせいだろうから、これは例外だ。

遊び人は経験値増加スキルで出現すると思われる。


ついでだ、魔導師にしてあげよう。


「え?!」


「どうしたミレイユ」


「ええと、クラスが急に魔導師に……ユートさん、何かしたんですか?」


「ああ。俺はパーティメンバーのクラスを変更できるんだ」


「神殿に行かなくてもクラスの変更ができるなんて……〈経験値8倍〉といい、ユートさんは何者なんですか?」


「ただの剣士だ」


俺はミレイユの編集モードを今一度確認する。


《名前 ミレイユ・マルチノン

 種族 森人族(エルフ)

 年齢 16

 性別 女

 クラス 魔導師Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈人物鑑定眼〉〈経験値16倍〉〈魔力自然回復Lv2〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計5点▶》


これ以上、変更するところがないことを確認してから、編集モードを終了した。


《名前 ミレイユ・マルチノン

 種族 森人族(エルフ) 年齢 16 性別 女

 クラス 魔導師Lv1

 賞罰 なし

 ▶》


ミレイユの言った通り、クラスが魔導師になった。

剣士と同格だ。


「え、なに。ユートってば神殿みたいにクラスを変えられるの!?」


「クロエもこっちに来てステータスカードを見せてくれ。クラスを変えてやるから」


「オーケー! 変えて変えて。神殿でクラス変更するときにお布施がいるんだよね。ユートならタダでやってくれるんだもん」


まあふたりには夜のサービスをたっぷりお布施してもらっているから別に構わないんだが。


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット) 年齢 16 性別 女

 クラス 盗賊Lv20

 賞罰 なし

 ▶》


クロエの編集モードを開く。


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット)

 年齢 16

 性別 女

 クラス 盗賊Lv20 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 ▼


 ボーナスポイント

 総計185点▶》


ふむ、ボーナススキルはなしか。

ミレイユの〈経験値16倍〉が俺の〈経験値8倍〉と重複するかどうか確かめてから、クロエのボーナススキルは決めたいと思う。

ここではクラスの変更だけにしておこう。


《村人Lv5

 戦士Lv1

 盗賊Lv20

 斥候Lv1》


おや、神官と魔法使いがない。

窃盗歴のないミレイユに盗賊がないのはまあなんとなく分かるが、もしかしたら盗賊になると神官にはなれないとかあるのだろうか。

魔法使いの方は……才能?

猫人族(ワーキャット)って身体能力は高そうだけど頭悪そうだもんなあ。

いや知力の問題じゃなくて魔力が少ない、とかかもしれない。

何にせよ種族的な問題だろう。


クロエのクラスを斥候に変更してやった。


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット) 年齢 16 性別 女

 クラス 斥候Lv1

 賞罰 なし

 ▶》


「おお、斥候だ! 盗賊卒業!」


「良かったな」


……さて、ここからはミレイユに口止めが必要な作業だ。


俺は自分のクラスを村人に変更する。

レベルアップでボーナスポイントが増えるなら、レベルアップしやすい下級職で修行するのがいいだろう。


「ミレイユ。俺のクラスについては見えているだろうが、クロエ含めて他言無用だからな?」


「え? ……ええ!? ユートさん、なんで村人がレベル1なんですか!?」


「しっ! 声が大きい。俺は特殊なルートで剣士になったんだ。とりあえず村人のレベルを上げたいから、誰にも言わないでくれよ」


「はあ。でも今更、村人のレベルを上げてどうするんですか?」


「それは秘密だ」


「……むむ」


ミレイユが唇を尖らせたが、理由を言うわけにはいかない。

ボーナスポイントは俺にしか見えないからな。



結論から言えば、〈経験値8倍〉と〈経験値16倍〉は重複した。

体感的に128倍ではなく、24倍になっていたと思う。

つまり経験値増加スキルは乗算ではなく加算されるのだ。


美味しいので、クロエのボーナススキルも弄ることにした。


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット)

 年齢 16

 性別 女

 クラス 斥候Lv6 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル ▼


 ボーナスポイント

 総計190点▶》


ゴブリン狩り一日で一気に斥候がレベル6になったのは美味しい。

では〈経験値16倍〉は確定として、残る30点をどうするか……。

穏当なのは〈短剣技Lv3〉を30点で取得することだが、面白みがない。


リストを眺めて面白そうだと思ったのは、〈状態異常付与Lv3〉だろうか。

将来的に状態異常のついた短剣を二刀流することができれば面白い戦い方ができそうだ。


問題は今現在、取得しても意味がないことくらいだな。

だからこの30点は保留にしておこうと思う。


《名前 クロエ

 種族 猫人族(ワーキャット)

 年齢 16

 性別 女

 クラス 斥候Lv6 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値16倍〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計30点▶》


これでパーティの経験値は40倍になった。

俺ひとりでは8倍が限度だったことを考えれば凄まじい倍率だ。

パーティの仕様をそれとなくミレイユに確認したところ、パーティは最大6人編成らしいので、パーティメンバーを増やしたいところだ。

できれば可愛い女の子で、パーティから離脱しない子がいい。


……高望みし過ぎか?


そんな都合のいい子がそうそう転がっていることはあるまい。

当分はこの三人でのし上がっていくしかないだろう。




「ユートさんは凄いです」


「どうしたミレイユ」


「たった一日で村人のレベルが21になっているじゃないですか。〈経験値8倍〉ってほんとに凄いですね」


実は今日は24倍だったのだが。

俺はクラスを村人にしても〈剣技Lv8〉のおかげで剣士だった頃と遜色ない動きでゴブリンを仕留めることができていた。

鎧の動きづらさも〈剣技〉の方で軽減しているようで、剣士である必要性をまったく感じない。


村人がレベルアップしたおかげで、クラスに戦士、神官、魔法使いが増えた。

このパーティには回復役がいないため、クラスを神官に変えておく。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 神官Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉〈スキルカード操作〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計20点▶》


ボーナスポイントは温存だ。

というのも、神官になっている間は〈ヒール〉を使えるのだが、他のクラスになった途端に〈ヒール〉が使えなくなることが分かったのだ。

まあ当たり前の仕様と言えばその通りなのだが、ボーナスポイント50点に〈スキル持ち越し〉というボーナススキルがあるのが気になっている。

これ、もしかしたらクラスを変更しても〈ヒール〉を使えるままになるのではなかろうか。


ボーナスポイント50点も消費するスキルなのだから、そのくらい凄くても驚きはない。

思ったとおりの効果ではなくても、50点のスキルなら相応の効果だろうしな。


神官をレベル31にするか、もしくは戦士と魔法使いを間に挟むかは悩ましいが……レベルの上がり方で決めようと思う。


さて明日からの経験値40倍の狩りが楽しみだ。




「今日からは狩場を変えたいと思います」


「ミレイユがそれでいいならいいよ。ていうかゴブリン、ユートには物足りないし私たちにも物足りないよね」


そう、剣士と同格の魔導師と斥候のコンビなのだから安定のゴブリン狩りをする必要はない。

もう少しだけアグレッシブな狩場に移動してもいいのだ。


「いいんじゃないのか? 俺はゴブリンより多少強い相手でも無傷で瞬殺できる自信がある」


「お、さすがユート。頼りになる!」


クロエが身を寄せてくるが、残念ながらガントレット越しなので感触が分からない。


「今日からはこの依頼を受けようと思います」


ピ、と依頼票をボードから外したミレイユの手にあるのは……『遺跡探索』?


「待て。狩場を移動するという話と遺跡を探索するという話が繋がらない」


「ユートさんは本当に物を知らないんですね。遺跡には罠と宝箱と魔物がはびこっているんです。浅い階層でもコボルトとかクリーピングバインとかが出現するんです」


コボルトといえば頭部が犬の亜人系魔物だろう。

クリーピングバインは知らない。


「クリーピングバインってのはどんな魔物だ?」


「地面を這う(つる)ですね。ユートさんからしたらまだまだ雑魚だと思いますよ」


植物系の魔物らしい。

まあ毒とか持っているわけでも無さそうだし、ブロードソードのサビにしてくれよう。


罠や宝箱があるといういことは斥候であるクロエの活躍の場が多いということだ。

ウチのパーティにピッタリの狩場になりそうで今から楽しみである。




キン、という鍔鳴りとともにクリーピングバインを切り捨てる。

確かにこれは雑魚だ。


隣では短剣二刀流でコボルトを殺すクロエ。

こちらも余裕が見える。

さすが剣士と同格の斥候だ、動きのキレが違う。

多分。


「あ、そこの床にトラップあるから気をつけて」


「おう」


「はい」


色の違うタイルを避けて進む。

今はまだ違いが分かるが、段々と斥候じゃないと察知できなくなっていくのだろう。

その後もコボルトとクリーピングバインを狩りまくって、階段を見つけた。


「地下に進む階段ですね。第二階層は敵が強くなりますけど……問題無さそうですね」


「そうだな。コボルトとクリーピングバインは余裕だ」


「アタシでも余裕なんだから、先に進もうよ。第一階層じゃ宝箱も期待できないしね」


そうなのか。

まあ地上部分は遺跡に入りたての他のパーティもうろうろしている。

深い階層の方が人がいなくて宝箱も見つけやすいということだろう。


では第二階層、探索といきますか。




結局、その日は宝箱を見つけることはできなかった。

第二階層に出現した魔物はコボルトとクリーピングバインに加えて、オレンジグミとスケルトンだった。


オレンジグミはスライムのような魔物だ。

しかしスライムは別にいるらしい。

グミ系の魔物は魔石をドロップする。

魔石はMPの代替に使えるらしく、しかし第二階層のオレンジグミ程度ではクズ魔石しか落とさない。

換金率は押して図るべしだ。


スケルトンは言うまでもなく骨だ。

アンデッドで火炎属性の魔法が弱点らしいが、関係なく俺が胸部のコアを一刀両断した。

まだまだ第二階層でも〈剣技Lv8〉は無敵を誇る。

早く二合目を打ち合える相手に出会いたいものだ。


遺跡は罠がある以外、割とハイペースに魔物と遭遇できる。

森でゴブリンを探すより効率が良かったのは目に明らかだ。


そして経験値は40倍である。


この日、俺の神官はレベル21になり、上級職である司祭が出現した。



神官のレベルアップ効率はそう悪いものではなかったが、これを31まで伸ばすとなると話は別だ。

ボーナスポイント50点を貯めるには、クラスチェンジした方が早いだろう。


というわけで今日は魔法使いで遺跡探索に臨むことにした。

魔法使いになった途端、〈ヒール〉は使えなくなり、代わりに〈ファイアボルト〉〈アースハンマー〉〈ウォータースピア〉〈ウィンドカッター〉が使えるようになった。


「ミレイユ、魔法使いの魔法ってどういう風に使い分けるんだ?」


「あ、魔法使いになったんですね。司祭にはならないんですか?」


「ああ。今は下級職のレベルを上げたい」


「はあ……よく分からないですけどユートさんがそうしたいならそれでもいいですかね。剣の腕前は村人になっても神官になっても変わらなかったし……」


「まあな。それで魔法使いの魔法なんだが」


「あ、はい。使い分けですね? でも基本的には火事に気をつければ〈ファイアボルト〉が一番使い勝手がいいので、敵が火属性に耐性を持っていなければ〈ファイアボルト〉一択です」


聞けば、地水火風の四属性を使える魔法使いだが、魔法ダメージを与えられるのは火属性の〈ファイアボルト〉のみらしい。

〈アースハンマー〉は打撃、〈ウォータースピア〉は刺突、〈ウィンドカッター〉は斬撃の物理ダメージを与えるのだそうだ。


ちなみに魔導師の魔法は〈フレイムボルト〉〈アイスボルト〉〈ライトニングボルト〉の三種類が加わり、いずれも魔法ダメージとのこと。


まあ俺に魔法使いの魔法は使う機会があるとは思えないが。

剣の方が早い。


さあ、今日も遺跡探索に行くぞ!




今日も第二階層を探索して、魔法使いがレベル26になった。

昨日よりレベルアップしているのは、第一階層の階段までまっすぐに進めたから第二階層で戦う時間が長かったからだろう。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 魔法使いLv26 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉〈スキルカード操作〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計65点▶》


ボーナスポイントはあればあっただけいい。

早速、〈スキル持ち越し〉を取得した。


取得した瞬間、このスキルが俺の望んだスキルであることを理解する。

魔法使いなのに〈ヒール〉が使えるのだ。


俺は一通りのクラスにつくべく、クラスの『▼』を押した。


《村人Lv21

 戦士Lv1

 剣士Lv6

 神官Lv21

 司祭Lv1

 魔法使いLv26

 魔導師Lv1

 遊び人Lv1》


司祭の〈エリアヒール〉、魔導師の〈フレイムボルト〉〈アイスボルト〉〈ライトニングボルト〉も習得した。

攻撃魔法の出番はないが、一応という奴だ。


さて次は戦士のレベルを上げて、ボーナスポイントを確保しよう。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 戦士Lv1 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉〈スキルカード操作〉〈スキル持ち越し〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計15点▶》




第二階層の階段を見つけた。

これで第三階層に行くことが出来る。

未だ宝箱には出会えていないが、ドロップの収入はゴブリンを軽く越えるので少ないながら貯金ができるほどだ。


「やっぱり上級職が三人だと早いですね。地図を買わなくて正解でした」


「地図が売っていたのか?」


「アタシたちには不要だね~」


まあ確かに、地図代も馬鹿にならないだろうが……浅い階層の地図を買ってとっとと深い階層へ行った方が儲かるのではないのだろうか?

その辺りの先行投資の感覚は二人にはないらしい。


もっとも、俺の実力がただの剣士ではないと知っているのはミレイユだけだし、そのミレイユにしたって俺の実力を正確に把握しているわけではない。

そういう意味では地道に探索して深い階層に向かう方針は安全だ。


というわけで今日は第三階層の探索と相成った。


魔物は一新されて、グレムリンとウルフだ。


グレムリンは蝙蝠の羽根が生えた醜い赤ん坊のような外見で、魔法を使ってくる。

空を飛んでいるのだが、遺跡の天井よりだいぶ低い位置しか飛ぶことができないようで、つまり俺の剣は問題なく届くし、一撃で殺すことができる。

ドロップはネジだ。

このネジはどれも綺麗に規格が一致しているので、それなりに需要があるらしく買取額も悪くないらしい。


ウルフは文字通り狼で、強さも多分、そのまま狼だ。

つまり割と強い。

ただしレベルの高い俺たちを苦しませるほどではない。

狼は集団で現れたときが一番厄介なのだが、第三階層ではせいぜい2~3体しか一度に現れないため、やはり剣のサビと消えていく。

ドロップは毛皮で、なかなか毛艶がよく衣類に加工されるため需要がある。


ドロップの効率がよく、経験値効率も当然、第二階層よりもいい。

今日の冒険の成果が楽しみだ。



戦士のレベルは31になっていた。

経験値40倍は伊達ではない。


《名前 佐伯・悠斗

 種族 人間族(ヒューマン)

 年齢 18

 性別 男

 クラス 戦士Lv31 ▼

 賞罰 なし


 ボーナススキル

 〈経験値8倍〉〈剣技Lv8〉〈ブロードソード〉〈スキルカード操作〉〈スキル持ち越し〉 ▼


 ボーナスポイント

 総計45点▶》


これで下級職はすべてレベルを20以上にしてしまった。

遊び人がどのようなクラスか分からないが、剣士か遊び人かで迷うな。


《村人Lv21

 戦士Lv31

 剣士Lv6

 神官戦士Lv1

 魔法戦士Lv1

 神官Lv21

 司祭Lv1

 魔法使いLv26

 魔導師Lv1

 遊び人Lv1》


……ん?

神官戦士と魔法戦士だと?

これは剣士と同格の上級職とみていいのだろうか。


「ミレイユ、神官戦士と魔法戦士というクラスを知っているか?」


「え? はい。戦士と神官、魔法使いをレベル20以上にするとなれるクラスですよね。そういえばユートさんは下級職を鍛えていたので、なれるようになったんじゃないですか?」


「ああ、両方ともになれる」


「凄いですね。なかなか両方の下級職をレベル20にしようという人は少なくて、希少なクラスなんですよ」


なってみて分かったが、〈ヒール〉の使える戦士と魔法使いの魔法が使える戦士、といった感じだと思われる。

曖昧なのは俺の戦闘力は〈剣技Lv8〉に依存しているからだ。

戦士部分は正直、なんでもいい。

魔法にしたって〈スキル持ち越し〉があるため、正直どうでも良かった。


……もしかしたら剣士よりレベルアップが遅い可能性もあるな。


条件が厳しいクラスだ。

レベルアップが遅いかもしれない。


そんなことより遊び人になってみる。

剣士でもいいが、正直なところ剣士になっても補正はたかが知れている。

遊び人の先に何かあるのか確認しておくという意味でも、このクラスのレベルを上げておくべきだろう。


「ミレイユ、遊び人というクラスは珍しいのか?」


「え! ユートさん遊び人になれるんですか!?」


「ん、まあな」


「珍しいクラスです。なれる条件が分からないクラスのひとつですね。遊び人はレベル20になると賢者になれるんですよ」


お約束だったか――。




翌日、サクっと遊び人をレベル20以上に上げた俺は、賢者になろうとしてそこに意外なクラスが出現していることに気づいた。


《村人Lv21

 戦士Lv31

 剣士Lv6

 神官戦士Lv1

 魔法戦士Lv1

 神官Lv21

 司祭Lv1

 魔法使いLv26

 魔導師Lv1

 遊び人Lv31

 賢者Lv1

 性豪Lv1》


性豪……ってなんじゃこれは。

遊び人の上級職っぽいが……賢者以外にもこんな恥ずかしいクラスがあるとは思わなんだ。


なってみれば分かるが、精力が増強された感じがする。

これなら余裕をもって二人同時に相手をすることができそうだ。

夜に重宝しそうだな。


性豪は今夜のサプライズとしてひとまず賢者になっておく。

神官と魔法使いの魔法を同時に使えるようだ。

これもまた〈スキル持ち越し〉を取得した俺には不要のクラスだ。


とりあえずは今夜が楽しみだな。

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