一話
よろしくお願いします。
王都アルフにある、とある一室の様子。
「ハチ、Sランクパーティー(極炎の矢)が《深淵の回廊》で転移トラップにかかったらしい。大至急捜索しにいってくれ」
「馬鹿ね〜危険を承知で冒険者になったんでしょ〜。そんな馬鹿共なんかほっといてハチ君、新しい魔導回路を設計してみたわ!さっ、一緒に実験するわよ!」
「いえっ!是非こちらの話を!ハチさん!先日提案していただいた件、満場一致で可決されました!この後の予定を詰めていきたいので少しお時間いただけませんか?」
「ほっほっほっ、皆さん落ち着いてください。ハチ殿、こちらで小規模実験をおこなった結果、無事栽培に成功しました。それに伴い増産計画、販路の確認等話し合いをしたいのですが」
「おいおい、おめーらの話しなんざ、どーでも良いんだよ!おいハチ坊、そろそろあれを量産に落とし込みてぇ!ただ、もうちっと色々試してみてぇから素材調達頼んだぞ!」
「ちょっ、ちょっと皆さん、落ち着いて……」
「「「「「ハチ(君)(さん)(殿)(坊)!!」」」」」
どうしてこうなった?
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「ただいまー」
バブル期真っ只中のマイホームブームに建てられた分譲住宅地の一軒家。周りを見まわしてもどれも同じ作りで唯一の見分け方は植木と表札位だろう。
さらに残念な事にうちの苗字は『鈴木』。小さい頃は植木だけでは見分けがつかず、よく他の鈴木家にお邪魔した。
建て付けの悪くなって来た玄関ドアを開け中へ入る。
家の中は両親が兄の家にお世話になってからリノベーションし、中だけ見るととても築四十年以上経っているようには思えない。
玄関ドアだけは予算の都合上後回しになっちゃったけどね。
仕事帰りに本屋で購入した数冊のラノベの入ったバックをテーブルに置いた。異世界物は鉄板で最近だと悪徳令嬢物、現代ダンジョン物とかも好んで読んでいる。
休日は朝から晩までひたすらに本の世界に没頭する。これが僕の唯一の息抜きだ。ただ最近はなかなか時間が取れず家に帰って来たのも一月ぶり。窓を開けて換気する。
留守中、姉に家の事をお願いしてあったのでそこまで埃っぽくはなっていない。
冷蔵庫の中は出張前に整理してあったので日持ちしない物は何もない。今日はカップラーメンですますか。
お湯を沸かしている間に部屋着のジャージに着替える。
明日からは大型連休。初日は買い物や洗濯、掃除で一日使い読書は二日目からだ。
簡単な予定を立てつつカップラーメンを食べ終え冷蔵庫に入っていた缶ビールを傾ける。
ほっと一息つくのも束の間。暫くして、思っていたより疲れていたのか酔いが回るのが早いように感じた。ゆっくりお風呂に浸かりたい気分だったけどシャワーでいいか。
バックと椅子にかけたジャケットを持ち自分の部屋へ向かう為リビングを出る。
ふと郵便物の確認忘れていた事に気付いてそのまま玄関へ向かいドアを開ける。
今、目の前に見えるのはスーパームーンも真っ青なくらい大きな月。そして見上げれば他に二つの月。月明かりにを頼りに周りを見ればくるぶし当たりまで生えた草原が広がる。
振り返ればそこにある筈の玄関はない。理解出来るのは少なくともここが僕の家の玄関先ではないって事だ。
自分に冷静に冷静にと言い聞かせつつ色々と確認する。僕は鈴木家の末っ子、鈴木八。歳は二十四。兄が三人、姉が四人。両親は共に健在で一番上の兄の家で一緒に暮らしている。
仕事はテクニックアドバイザー。技術指導とよく間違えられるけど要はその技術はこんな事にも使えますよ。と提案したりする仕事だ。ちなみに必殺技みたいでカッコいいなって思って僕が作った造語だ。
今回一週間の短期指導だった筈が相手に喜ばられ追加で一週間、更に追加で二週間と、約一ヶ月の指導を終えて家に帰って来たばかりだった筈。
とりあえず持ち物の確認。肩にバック、左手にジャケット。そのバックの中身はラノベ五冊、財布、名刺入れ、ノートに筆記用具とアメニティセット。ジャケットのポケットにはスマホとハンカチ。
服装は、ランニングシューズ、ジャージ、腕には時計。
次にこれから何をするか考える。まず第一に食料の調達だ。出来れば水を優先したい。
薄々感じるけどこれ……異世界転移しちゃった系かな?異世界物テンプレの創造神や女神との邂逅が無く少し残念だけど、気持ちを切り替え食料調達へ向かう。
とは言え右も左も前も後ろも草、草、草。けど、ほんの僅か。正面の方に星が見えなくなっている場所がある。恐らく山がある。当てもなく彷徨うよりはまずはあの山を目指そう。
この世界が元いた世界と同じ時間なのかは分からないけど山を目指して歩き始めて五時間が経過した。幸にして気温もちょうど良くそれ程疲れを感じてない。
少し前からゆるい登り坂になっていたようで登り終えると突然に地面が切れ崖になっていた。
僕はこの先一生この景色を忘れる事は無いだろう。
遥か遠くに見える山々は徐々に朝日に照らされながらその雄大な姿を見せつける。雲を突き抜け天高くそびえ立つその山々に、寄り添うように浮かぶ島。
島からとめどなく落ちる滝に幾重にも重なる虹。その周囲を戯れるように群れをなして飛ぶ竜。
僕は唐突に理解した。あぁ異世界に来たんだと。