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冥府の王と黄金の魔方陣  作者: 山猫亭ぶち助
9/12

09_総務はハードワークです8

誤字脱字ご容赦ください。

 掌を頬に感じる柔らかな温もり。毛布の様な感触を確かめるように掌を動かす。

――ふわふわのブランケット。気持ちがいいなぁ。……あれ?俺、どこで寝たんだ?


冷たい雨の雫が浩市のうなじを流れる。その感触に思わず跳ね起きる。浩市のぼんやりとした意識が次第に感覚を取り戻し、ガサガサとした下草と硬い石の感触体に伝わる。焦げ臭いようななんとも言えない異臭が浩市の鼻をつく。


「前島様。前島様。」

浩市の上半身を包む、黒色のブランケットがもそりと動く。


「っわあ!」

思わず浩市は悲鳴を上げ、ブランケットから体をはなす。

「あまり、サワサワされますと、毛並みが乱れますので、その辺にして頂けますと助かります。」

ブランケットが浩市のほうへ向き直り、大型犬の姿を現す。

「あ。あ。はい。」

間抜けな返事を返したと、浩市は自分でも感じたが、真面目な口調で黒い大型犬に注意されている時点で、傍から見れば大分に間抜けな画でもある。

 黒い大型犬から発せられる声は犬門のものであることが浩市にも理解できた。犬の声帯で、流暢に言葉でコミュニケーションが取れる事に違和感を感じるが、そういうものなのだと、浩市は自分を納得させる。


「…ここは。向こうの世界ってやつか?」

「ええ。そうですね。無事受肉を果たしたようで、安心いたしました。」

俺の質問に爽やかに答えながら、犬門が四つ足ですっくと立ちあがる。その視線の先には先程タブレットで、浩市も確認した風景。

 低く垂れこめる雲。踏みつけられ倒れた草と、水溜まりができ始めて泥濘となりつつある地面。所々焼け焦げの後があり、そこからは雨垂れの蒸気と薄煙が上がっている。灌木の枝から餌を探すカラス。そこかしこに転がる骸。


――戦場…。マジかよ。


「今であれば、雨が隠れ蓑になります。召喚者を探しましょう。」

浩市の事を置き去りにする様に犬門が歩き始める。

「そうだ。あいつ。ここにいるんだよな…。」

先程見せられたタブレット端末の映像。まだ、あどけなさの残る少年。その姿を見て、浩市はここへ行くと言ってしまったのだ。浩市も立ち上がり、犬門の後を追う。


――あれ?俺も服装変わってる?犬門は無事受肉したとか言ってたけど、LWのキャラデータなのか?


 浩市は、黒い革の手袋をした手でぺたぺたと体を触り確かめる。チェインメイルなのかジャラジャラした手触りの胴当てに、毛織物の様な厚い生地のマント。雨の雫はそのマントにしみ込んでいるようだが、不思議と寒さや不快感は感じられなかった。しかし、別の不快感が浩市を襲っていた。打ち捨てられた無残な骸達である。

在る者は、刀傷であろうか、脇腹から大量の血と臓物を盛大にぶちまけて倒れて、在る者は体の半分ほどを何かに焼かれた様に炭化させて倒れている。また、在る者は体に矢を幾つも差し転がっているが、その首から上は無く、胴体だけである。

 どれも、生気を失い、煙雨の中で蝋人形の様な肢体を晒している。その中を犬門と浩市が歩を進めると、近くの灌木や茂みにいるカラスが飛び立つ。


「遅かったじゃん。これだろ?」

立ち上がった場所から十数メートル程離れた岩場の影から不意に声を掛けられる。そこには、白い大きなオオカミと横たわる少年。

「良かったな。こいつまだ生きてる。」

浩市は六木のその言葉に思わず、走り寄る。少年の傍らに屈み込みその顔を覗き込む。白く、端正な顔は泥と地に汚れ、閉じられた瞼の横を長い睫で集められた雨粒が流れていく。唇は紫色に変色し、わずかに上下する肩の動きが小動物の様に早かった。

 医学的知識の乏しい浩市にも、あまり良くない状況である事が見て取れる。慌てて抱き上げようとして、驚く。少年の重量が予想以上に有った為である。身長もあまり高く無く、やせ気味の様に見える少年である。重量の原因は装備だろうかと浩市は思い至る。

 浩市は、少年を横に転がしその体を保護している金属製の鎧を外しにかかる。胴部分のみに金属板を使用した、剣道の胴を前後につけたような鎧で体側部にあるベルトで固定をし、肩についたベルトで下げる構造の様だ。体側部のベルトと型ベルトが浩市の手により外れ少年の体が晒される。中に来ていた厚手のシャツはぐっしょりと濡れているが、内臓に損傷を受けるような傷は無い。大きな外傷は左の二の腕を貫通している矢傷と太ももの裂傷だけの様だ。


――ここから脱出しないと。


 浩市は辺りを見回す。方角は分からないが、浩市達の居る岩場を中心に数十メートル先は下り斜面となっておりその先には森が広がっている。その反対方向は同様に数十メートル先から上り斜面となり、その奥に木々が見える。視点を90度ずらした方向は見渡す限りの広い原野が広がり、かすかに山影がみえるが、まばらに生える灌木と、たなびく幾つかの煙が見える。こちら側が主戦場であったのだろう。その反対側は川か湖か。流れの緩やかか水面が大きく広がり、対岸が見える。川だとしたらかなり川幅の大きな1級河川クラスの中流域より海よりの部分であろう。戦闘の痕跡や船影などはここからは見ることができない。おそらく渡河をする作戦や水軍を使うような戦闘ではなかったのであろうと浩市判断した。


 オープンフィールドの戦略シュミレーションゲームと考えると、上り坂となった岩肌の上に敵であろうか、味方であろうかは不明だが、指揮官や部隊が布陣している可能性が高い。手近な斜面を下れば森に入って身を隠すことができるが、下り斜面の森の中にも何らかの人間が潜んでいることも考えられる。ただ、距離的には一番近く、身を隠すには手ごろである。

 浩市はLWの管理画面の様にマップ画面が切り替わるなら、と思いコマンドを出そうとしてみる。しかし、そんな機能があるはずもなく、ここから見える情報で判断するしか無い様だ。この状況では身を隠すことのできる所へ移動することが先決だ。


「とりあえず、この場所から移動しないと…。犬門さん、この子頼めますか。この岩場の下に森が見えます。誰かいるかもしれませんが、ここよりは安全でしょう。」

「上の森にも、下の森にも人の臭いがする。敵か味方かも分らないうちは、そいつらに見つからないように移動した方が得策だぞ。どうする?」

六木が先に浩市に聞き返す。

「臭いで分かるのか?分かるのであればなるべく人と鉢合わせない方向へいけるか?」

飄々とした六木の質問に質問で返しながら浩市は、眼下の森を見やる。

「うーん、あっちの方には臭いがする。」

六木が鼻面を左手の方向へ向けながら、鼻をヒクヒクとさせ、髭を動かす。

「犬門さんこの子を。」

浩市がもう一度そう言うより早く、犬門は少年の胴をカプリと咥えるとそのまま右手の森の方へ駆け出す。一陣の風が翻り、灌木の小枝が揺れ雨滴が音を立てる。犬門の歩は大きく速い。ほんの数秒後には崖を下り目指す森の中に姿を消しているだろう。

「じゃ俺たちも。」

六木が浩市の傍らに座る。

「うん。流石はパッシェンだ。良い器を準備したな。」

六木が浩市の顔をまじまじと見つめている。

「どういうことだ?」

「このフィールドに適した器だってことだよ。おいらにもこちらの法則がまだ分からないから、どうやって活用するのか分からないけれど…。とりあえず試してみるか?」

「試す?どうやって??」

六木の言葉に浩市は戸惑いながら答える。


――さっき、マップが出ないかと試したけれど、コマンドメニューは出せなかった。LWの中では各プレイヤーの行動はメニューから選択した。戦闘や魔法などは勿論だが、開墾や航海、築城など各々メニューが存在していた。メニューを出す事が出来無ければゲーム内の様に行動することが難しいな。LWと同じインターフェースであれば、少し自信があったんだけどな…。自分自身の肉体を使って喧嘩すらしたことも無いのになぁ…。


「うーん……。逃げるぞ~~って感じで念じてみれば?」

悩む浩市に六木が、まるで思い付きの様なアバウトな提案をする。

「そんなんで、いいのかあ?」

適当な指示ではあったが、浩市には現在指針となる物が無い。藁にも縋るとはこの様な気もつなのだろうかと感じつつ、浩市は言われた通りに念じてみる。



 果たして、何も起こらなかった。


「やっぱ。だめかあ。よーし、あの森まで走るぞ!」

六木が笑いながら、浩市を促す。

なんだか、釈然としないが、仕方ないと諦め、浩市はその足で岩場から飛び出し斜面の方へ駆け出した。六木は4本の足で悠々と浩市を置き去りにして走り去る。一方、浩市は草と泥濘で足を取られそうになりながら広場を抜け、斜面に差し掛かる。


 ――やっぱり、体鍛えとくべきだったかなあ…。


ゲームデータから引き継いだ肉体は、通常の浩市の体よりも若いのか、予想よりも軽く、脚力もある様だが、いかんせん浩市にはその体をコントロールする頭脳が無い。筋肉は一部の反射動作以外、脳からの指令により動くが、浩市は今まで肉体を動かすための訓練、所謂スポーツなどにのめり込んだ経験はない。小学生、中学生の時は、友人と野球やサッカーを遊びでやったことはあるが、部活動などで経験したことは無い。社会人になってからも、同僚などがジムやサイクリング、登山などに行く話をきいても、全く食指が動かなかった。たとえ不健康、不健全、と言われようとゲームをしている方が、浩市にとっては有意義であったのだ。


 一般に、二足歩行である人間は地面と垂直に体を立てることで歩行時のバランスを取る。しかし斜面を下る際は恐怖心から腰が引けてしまい、体の線が地面と垂直ではなくなってしまう。重心が傾くことでスリップしやすくなり危険な為、登山などでは怖がらずに腰を引かないよう真下に重心を落とすように歩くイメージを意識することが大切なのである。特に急斜面の場合には腰を落としやや前かがみになり体の線を地面と垂直にし、また歩幅をかなり小さくして少しずつ下れば安定する。

 が、ネトゲ廃人の浩市に登山経験があるはずもなく、下り斜面に差し掛かった辺りから、浩市の意識とは裏腹に体は勢いのついた前屈みの姿勢のまま、グングンスピードが上がって行く。その上動きやすい服装とは言い難い、初めて見る装備。鎖帷子の様な重量のある胴衣と足元まである厚手のマントである。足元はブーツの様だったが、浩市が普段は履きなれている、スニーカーなどでは無い。重心バランスをどこで取ればよいのか分からぬうちに、のっぴきならない状況に陥ってしまった。


「うぁっ、わわわっ!!」

当然の如く、浩市は前のめりの姿勢から、でんぐり返るように斜面を転がり落ちる。幸い、岩がゴロゴロとした場所を少し抜け、森の端とも言えるような斜面の為、落ち葉やつる性の植物の中を転がり落ちた為、派手な音を立てることはなかった。

 浩市団子はそのまま先を行く六木の横を通り過ぎる程に加速し、森の中に数メートル入ったところで、大きな広葉樹の幹に激突し止まった。浩市がぶつかったことで、その広葉樹の幹がゆらりと一瞬揺れ、末端の枝葉が揺れる。それと同時に枝葉の中で集められた雨滴がバラバラバラと浩市に降り注いだ。

 天と地がめぐるましく入れ替わる恐怖から解放された浩市は、安堵のため息を付く。


――あれ?痛くない??


 そこで、浩市も気が付いた。かなりの勢いで転がり、木にぶつかったはずだったが、痛みが大したこと無いのである。会社の郵便室のパートのおばちゃんに軽くはたかれた時と同じような軽い痛みのみで、衝撃から予想されるような大変な状況では無い様だ。そして、もの凄く恥ずかしい状況であることに。

「ははは。転んじゃいまいた…。」

浩市は、六木の姿を探しながら照れ隠しの様に笑って言う。首をくるりと回して六木の姿を探す。1メートル程離れた場所には座り込んだ状態で片手で頭を掻く様にした胴体があった。そして、自分自身が今、生首状態で声を発したことを悟った。


――俺。胴体分裂してる…。頭だけじゃん…。


「おお。良かった。大丈夫みたいだな。粉砕とかまずいからな~。」

六木の能天気な声が絶望的な気持ちになる浩市を現実に引き戻した。



8/10は登山の日だそうで。この休みは私も山に行きます。


坂道の説明は、『一般財団法人日本万歩クラブ 山ウォークの歩き方』を

参考にさせていただきました。


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