07_総務はハードワークです6
誤字脱字等、ご容赦下さい。
……冥界の入口?
俺、死んだのか?
いや、いや、そんな事無いはず。
この人たち一寸アレな人?
新手の宗教か何か?
拉致監禁されて、出家の強要とかされるのか?!
普段の浩市ならば、「はぁ」とか「いやぁ」とお茶を濁しているところだろうが、思わず、強い口調で声を上げてしまった。この状況で、先程から無駄にアドレナリンが出ているからだったのか、理解出来ない物への本能的な恐怖感だったのか、それとも頭を持ち上げてきた好奇心を叱咤するためだったのか、浩市にも理由を見つけることはできなかった。
「ちょ、ちょっと!…さっきまでのも、良く理解出来ないですけれど、冥界って、全然、良く分からないです。何なのですか?これ、宗教とかですか?俺、そう言うの興味無いんで、かっ、帰ります!」
そこまで、一息に言って、立ち上がり掛けた、浩市の肩を六木がポンと軽く叩く。
「そりゃ、そうだ。意味わかんねーよなぁ。」
「あ。え。はぁ。」
間の抜けた返事をして、浩市は浮かし掛けた腰を、またソファに落とす。自分でも、こんな風に声を上げたのは久しぶりだ。
この、特異な状況に混乱し、自分でも思っている以上に声を荒げてしまったようだ。改めて腰の座りを直すと、大きく息を吐き出す。
そもそも、浩市は余り人付き合いが得意ではない。会社でも、挨拶や業務連絡など社会人として当たり前の事はこなせるし、友人との日常会話も問題無いはずだか、子供の頃より、人見知りで、上がり症。
小学生の頃は席替えやクラス替えの度に俯いて誰かが話しかけてくるのを待っているような、学芸会で台詞の無い役を望んでするような、内気な子供だった。小中高校、大学と、友人は居るが、数年前の同窓会で、皆が家庭を持っている事に愕然として以来、帰省しないことを理由に同窓会には出席していない。内気、弱気、へたれ、チキン野郎、自分でもそれが分かっている。
山科電気でも、そもそも入社時には開発部を希望していた。コツコツと一人でやる仕事には自信があった。しかし、研修や先輩のアドバイスを聞いていると、浩市が想像するより、開発部にはコミュニケーション能力が必要と言うことを知ってしまった。企画部や他の開発チーム、実験部などとのコミュニケーションが上手い人間でなければ、ヒット商品は産み出せない。開発研究部の様な基礎研究や特許技術の研究でないかぎり、もくもくと独りで進める仕事は少ないのである。しかし、浩市にはそう言った専門的な強みが有るわけでもなく、腰が引けてしまい、気が付くと総務部を希望してしまったのだ。
現状には満足している。結果的には、間違っていない選択だとは思うが、妥協してしまったのか、とふと思い返す事が無いわけではない。
立ち上がり掛けた浩市を押し留め様と、腰を浮かし掛けた、パッシェンはその様子を見ながら、何か言おうとし、しかし、押し黙ったまま、浩市と同じ様にソファに腰を下ろす。
「でね。やっぱりさぁ、論より証拠っていうじゃん。見てもらうと分かると思うよ。」
六木が、ソファに座り直す浩市を満足気に眺めてから、悪戯っぽく笑った。
「ここが、冥界の入口ってことはさ、ボクとかさ、人ならざるものな訳。」
その言葉が終わるか終わらないかの間に、一陣の風が巻き起こる。
「……え? あ……。」
果たしてそこには、先程までの六木の姿は無く、真っ白な獣がいた。
……大きな狼だった。
「うぁぁぁぁ!?」
突然現れた大型肉食獣に、浩市は悲鳴を上げた。狼は、浩市の脹ら脛ほどある巨大な前足を振り上げ、浩市の肩口に向かって振り下ろす。ソファから立ち上がり、その場から逃げようと、肘掛けを掴み体をよじる。しかし、へたれの本領を発揮し、腰が抜けてしまい、立ち上がる事が出来ない。咄嗟に硬く目をつぶる。浩市は恐怖に顔を歪め、その爪が肉をを引き裂く瞬間を待った。
ーぽすっ。
狼は浩市の肩を軽く叩く。柔らかい肉球が、凍りついた様に固まる浩市の肩をポンポンと叩く。
「意味わかった?」
狼から六木の声で話し掛けられる。
余りの驚きと、恐怖と、安心感と、様々な感情が、浩市の脳内に怒涛の様に押し寄せてくる。浩市は身体中のありとあらゆる筋肉を硬直させていた力が抜けていくのを感じた。
「……あ。……あ……う……。」
声にならない声をもらす。隣のソファから身を乗り出して、浩市の肩をふにふにする白い狼と、向かい側に座るパッシェンと犬門を交互に見る。
パッシェンはこめかみに掌を当ててうなだれている。犬門はその目の奥に怒りを込めているのか、鋭い視線で狼を睨んでいる。
「……な、なっ、なっ、何なんですか!?」
やっと、声の形を成した言葉が浩市の口から発せられた。そこからは堰を切った様に、言葉が溢れ出た。この状況の異常さにより、疲弊しきってしまった浩市の思考と感情が、口と言う出口に殺到してくる。
「あ。あのですね!良く分からないうちにここに来て、知らない方々に囲まれて、こんな狂暴そうな狼がいて、さっぱり分からないですよっ!!」
「ほら、やっぱり、迷惑っぽいよ。どうするの?」
声を荒げた浩市の隣で狼がのんびりした調子で、パッシェンと犬門に向かって聞く。
「……前島さん。このような事になって申し訳ない。仕方がなかったのです。落ち着いて聞いていただけますか?」
意を決した様に、うなだれていたパッシェンが口を開く。沈痛な面持ちで、浩市を見つめる。きつく引き結ばれた唇と、膝の上で硬く組み合わせた両手には力がこもり色を失っている。
「落ち着いていられないですよ!帰りますっ!」
浩市はそう言い放つと、ソファを蹴り上げんばかりの勢いで立ち上がる。
「あ、あっ!前島さん!帰れないですよ!」
「……そんな事、知らないですよっ!帰ります!」
「でも……帰れないと思います…。」
パッシェンが眉根を寄せて申し訳なさそうに言う。
ーーえ?マジで帰れない?
「ここへ、あなたをお連れしたのは私達です。それは紛れもない事実です。ただ、それは緊急的な措置であって、本来ならば、あなたはここを通過せずに、向こう側へ召喚される所でした。」
ーーなに?さっぱり分からないぞ。やっぱり、アレな人達に監禁されて、おかしな宗教とかに入る的な?
混乱したままの、浩市を置き去りにして、パッシェンは話を続ける。
「この世界には幾つもの平行次元が存在しています。この、今、我々がいる世界にはもちろん、その他数多くの世界には創造神が各々存在します。この世界の様に一神の場合もありますが、合議制などの場合もあります。我々はその神のサポートをするものとして存在しています。特に我々の行うものは魂の管理です。」
そこまで、一息にパッシェンは語ると、浩市を真っ直ぐに見据え、頭をさげた。
「あなたの魂が、我々の管理システムをすり抜けた、何者かにより、他の次元世界へ飛ばさされる所を確保したのです。少々、混乱させてしまい、申し訳ありません。」
ーーさっぱり分からん…。
「本来ならば、バーチャル空間へゲームをしに行く体裁で、そちらへ転移して頂き、我々のシステムを掻い潜り、違法な転移を行った物を突き止める予定でした。」
訳の分からない説明にどうしたら良いか戸惑い、立ち上がったままの浩市を席に座るよう促したパッシェンは隣の犬門に命じてタブレット端末をテーブルの上に置かせる。
「犬門。説明を。」
パッシェンにそう、命令された犬門はタブレット端末を操作し、浩市に見える様に置く。
「この世界は創造神と言うものが作っていると言うことは先程、ナハトが説明した通りです。この国で言うと天御中主神、中国の盤古、ギリシアのオピオン、旧約聖書では神として記されている、所謂、この世界を形作った者です。」
犬門の示すタブレットには、ニュース番組やワイドショーでも見掛ける様なチャートが表示されている。
「その中で、我々は創造神と世界の意向により産み出されました。創造神のサポートを行う者としてです。因みにここにいる我々は、創造神が設定した魂の管理が正しく行われる様にすること、これが役目です。」
タブレット端末に表示されているチャートを見つめる浩市に、犬門がさらに続ける。
「この、創造神は他の次元世界に干渉することは出来ません。各々の創造神の意向で作られた世界だからです。しかし、その中で我々は多少の次元の異動は認められています。他の次元世界のルールを侵さない範囲内でだけ、ですけれども。」
そう言って、犬門はタブレット端末の表示を切り替える。動画サイトの様な画面が写し出される。
「我々は、この世界の魂の管理システムを乱す者が別次元世界からの干渉者という所まで突き止めましたが、どうにも、こちらから意図的に次元異動が出来ない様にプロテクトが掛けられていることが分かり、相手方から何かアクセスがあるタイミングを図っていたのです。それで、前島さんが別次元世界へ行く前に、こちらに寄って頂きました。」
タブレット端末の動画サイトのようなものの画面を操作しながら、犬門が続きを語る。
「先程、ナハトが申し上げた通り、新しいゲームをしていただく感覚で、別次元世界へ行って頂くならば、戻った際の影響も最小限となる可能性が高かった為です。騙す様な真似をしたことは、大変申し訳ありませんが、最大限のサポート体制を付け、かつ、確実にあなたの魂をこちらへ戻すことを考えた上でご提案させて頂いたのです。」
犬門は操作していたタブレット端末を浩市に見える様に差し出す。
「こちらが、あなたを召喚した世界の様子になります。あなたを召喚した起点を中心に捜索しましたから、この辺りに召喚者がいるはずです。」
タブレットを受け取った浩市は、その動画サイトの様な画面を見つめる。
そこに映っているのは草原だった。所々灌木が生えた草原には、雨が降っているのか、画面全体が白く靄がかったようになっている。その中に黒く異様な物が所々に映る。西洋風の甲冑等で武装した人や馬の死骸。そこは戦の跡の様だ。
ーーゲーム画面?映画?
動画の中で丈の高い草の中がカサリと揺れる。浩市は思わずその部分を注視する。その意思をカメラが受け取ったのか、揺れた草むらに画面がズームする。
少年兵か。未だあどけない顔を泥まみれに汚し、芋虫の様に丸くなった姿勢でガタガタと震えていた。