03_総務はハードワークです2
初めての連載です。誤字脱字等、平にご容赦下さい。
ノー残業をモットーとする、総務部ではこの時間に残っている社員は殆どいない。近々行われる株主総会用のプログラムの原稿を文書作成室長と担当者が行っている位だろうか。
自分の席へひとまず戻ると郵便室長の、平井さんが声をかけてきた。浩市より10歳年上で奥さんと二人の娘さんがいる。上の娘さんが中学生になり、父親を避け始めて悲しいと良くこぼしている。
「本日は終了?」
「はい。特に問題もなく終了です。施錠してきました。新人の田中くんも業務に慣れてきた様で前向きに取り組んでくれているみたいですし、一安心です。」
室長席の隣の壁に設置された鍵保管箱に鍵を納めながら、答える。
「あと一人は人員確保したいんだけどね、人事部に掛け合ってみるけど、もう少し待ってね。」
少し申し訳無さそうに、平井さんが言う。確かに配送のアルバイトが先月2名退職してしまったため、人員は少ないのだが、郵便室の皆が各々、配送や仕分けの効率化の提案などをしてくれたお陰で、何とかなっているのも事実である。会社側からすれば、既成事実となっている、この状況からは後もう1名の増員は難しいのであろう。
この先、年末、年度末の郵便物の増加が見込まれるタイミングまでに、増員がかなわないなら、他の効率化の手を考える必要もあるな、と思いながら、
「今は、何とかなってますから、限りあるリソースで業務の負荷が片寄らない様に気を付けながら、やってみますよ。」
と諦めた風に答える。
「悪いな、年末前には何とかなるようにもう一度依頼はするからさ。」
平井さんも浩市の気持ちを察したのかそう言って、席を立った。
「で、前島、どうだ?一杯。帰りにやってくか?」
気を使ってくれたのだろうが、残念でならない。何故なら、浩市は一刻も早く帰宅したかったからだ。
自宅に可愛い嫁が待っている訳ではない。いや、嫁と言って過言は無いかもしれないが、浩市にとって、さっさと帰宅することは、業務以上に重要なのである。
新人アルバイトの田中君も、プレイするという、MMO、「story the lost world」が浩市を待っているのだからだ。田中君が話してくれた際には自分もやっている、何ておくびにもださなかったが、浩市は田中君の様な初心者プレイヤーではない。この略してLWでは、ほぼ毎日ログインし続け早、10年の大ベテランでもある。週末には48時間ログインし続けるような、所謂、隠れネトゲ廃人なのだ。
このLWは、ファンタジーRPGなのだが、兎に角フィールドが広く、リリース当初でも、日本列島がすっぽり入る程のフィールドがあった。オープンβが公開されたばかりの頃はバグも多く、サーバーメンテナンスも頻繁だったが、正式版が公開されると、広大なオープンワールドマップ、綺麗なグラフィック、キャラメイクの充実度、何より仲間と狩りや攻略をする楽しさに、浩市も、どんどんはまって行った。
フィールドマップも、アップデートされる度に増え現在では倍の広さを持っている。それに加え、以前のサーバーをアースサーバーとし、マーズサーバーという新しいフィールドが先月実装された。
マーズサーバーにはキャラクター移行もできるため、実装された、未開の地の攻略と領地掌握は、浩市の新な目標でもある。そうして、レベルカンストしたキャラクターを更にドーピングし続け、最強の装備を揃え、アップデートの度にそれを繰り返す。
しまいにはギルドマスターまでやっているのだ。この界隈では一寸した有名人でもある。
今日も、ギルドの雑事をサブマス達と相談し、初心者を伴って狩りにも行かねばならない。先日、勝利を納めたギルド間大戦の後処理もある。帰宅をしてもゲーム内総務の仕事は山積みなのである。
「いゃ、申し訳無いのですが、野暮用がありまして…」
さも残念そうに浩市が答えると、平井室長は
「そうか、そうか、前島君も隅に置けないねぇ。今からスピーチ考えておこうかな?」
と、笑いながら、お先に、とフロアを後にした。
「いや、ちがいます…」
浩市の言葉は閑散とした、総務部内でむなしく消えてしまった。
なんとなくモヤモヤしたような、釈然としない気持ちを抱えながら、小脇に挟んだ封筒を思い出す。
もう一度、宛先帳票を見てみる。達筆なアルファベットはTheodor・Wolf・Vollmerか?
セオドア・ウォルフ・ボルメレ?誰だ?
弱粘着のテープを剥がして中身を取り出す。カサカサして固い、しっかりした厚みの紙が二つ折りにされている。外側にはなにも書いていない。中をそっと開くと、そこにはこう書かれていた。
ー召喚状ー
貴殿を冥府の王の御名において召喚す
お読み頂きありがとうございます。ゆるゆる進めていきますのでよろしくお願い致します。