01_プロローグ
初めて投稿致します。誤字脱字等、平にご容赦下さい。
そこには荒涼たる原野があった。しかし、その地の草や木々は踏みしだかれ、所々は焦げ、薄煙を上げていた。辺りには、焦げ臭さと鉄の臭い、そして血の臭いが漂っていた。
戦場だった。
厳密に言えば、2日前までは戦場であった。
今はもう、戦場ではない。残党狩りや、戦場漁りなどは未だにうろついて居るようだが、戦局は決しており、ここには兵士の姿はない。2日前までは兵士だったものは原野のあちらこちらに打ち捨てられている。
僅かに丈がある藪がカサリと静かにゆれた。藪の中には恐怖に震えながら、泥にまみれた顔を半ば地面に埋める様にうずくまる少年がいた。その身に纏う全身鎧は貧相と言っても良いその体に似合わぬ程立派な造りの物であった。施された金の造雁は重量操作と矢避けの魔法陣であろう。その肉体では普通の鋼鉄の全身鎧では身動きも出来ないはずである。少年は名をテオドール・ヴォルフ・フォルマーと言った。
この戦は今年、14歳になるテオにとって初陣でもあった。フォルマー家は地方の小さな村2つを領地とする田舎貴族だった。その三男のテオは昨年亡くなった父と、その責を一手に引き受けた長兄の名代として、不足の無い、装備や臣下を従えての従軍であった。
そのなかには父が領地を拝領することとなった、16年前の大戦で、父と共に奮迅した、騎士も数名居た。
戦鎚を軽々と振り回す力自慢のアルバンはテオが小さな頃から格闘術の稽古や狩りを一緒にしていた。戦術に長け、テオの家庭教師代わりでもあったブルクハルト、物知りなユルゲンは、良くテオに様々な国のお伽噺や英雄單、時にはおどろおどろしい怪談などを話してくれた。彼らは、テオの親代わりと言って過言ではなかった。
「若、お逃げなさい。」
彼らは皆、そう言ってテオを生かすことを最優先としてくれた。
自分は、初めての従軍にただただ興奮し、この地に赴くことを甘く考えていたのだ。なんと短慮で、浅はかだったのだろうか。経験も分別もある彼らは、この従軍に賛成していたのだろうか。兄上はなぜ私を名代としたのだろうか。
恐怖と空腹と、虚脱感のなかで、自分の不甲斐なさや様々な思惑を改めて感じると、自分の矮小さに涙が零れた。
「力が欲しい…自分に力があったなら…」
見知らぬ土地でただ一人、残党狩りから息を潜め、藪にへたりこむテオの頭上には、腐肉を狙う鴉が舞っていた。
その空は、テオの心の中を写し取った様に灰色の雲をどんよりとたたえ、暗く低く広がっていた。
雨が静かに振りだした。戦場の煤を含んだ雨は、テオの強張り、冷えた、心と体をさらに凍えさせようとしていた。
どうしようもない気持ちで、テオは、自らの掌を見つめる。逃げ回るうちにどこか切ったのだろうか、革の手袋はほつれ血が滲んでいる。
この掌に掴めるものはなにもない。静かに降る雨の滴の如く、指の間から全て零れ落ちてしまった。自らの命も、もうすぐ零れてしまうのかもしれない。何と無しに、その指で鎧の胴に刻まれた魔方陣に触れる。この鎧と魔方陣、家臣の犠牲のお陰で辛くも長らえている。指で魔方陣をなぞってみる。
カチリ
機械的な音におののき、テオの体が跳ね、藪の草が大きく揺れる。残党狩りに見つかっただろうか。心臓が早鐘の様に鳴っている。
魔方陣の造雁が動き、鎧の胴から地面に落ちる。この鎧は父が大戦の折り、戦利品としててに入れ、凱旋時に身に付けていたものだ。その様な謂れのあるこの鎧を身に付けたテオは、父のような武功を上げ村へ凱旋することを疑っていなかった。その鎧の魔方陣が簡単に外れてしまった。鎧の本来の重みがテオを地面に押し付けた。これではもう、逃げる事も儘ならないだろう。いよいよ命運もつきたのか、とますます哀しさと悔しさが込み上げてきた。
辛うじて上がる右手で外れて地に落ちた直径10㎝程のプレートだけになった魔方陣を掴み上げる。金色だったはずの重量操作と矢避けの紋には自らの血と、土とが付き薄汚れていた。
もう一度鎧に戻せないだろうか。このまま死んだとしても、この鎧が有ればフォルマー家の者だとはわかるであろう。実際には逃げ回っていたテオでも、名誉の戦死として扱って貰えるだろう。そう思い、魔方陣を裏を返してみる。
…なんだこれは…。
魔方陣の裏側には重量操作や矢避けの紋とは比べ物にならない程の緻密で精巧な魔方陣が何重にも刻まれていた。指でなぞり泥を落とそうとしたが、テオの手袋はほつれ、指からは血が滲んでいるため、泥の代わりに血がついただけであった。
………血の盟約に従い、貴様に手を差しのべる……。
テオの耳に地の底から響く様な声が届いた。
お読み頂きありがとうございます。マイペースでゆるゆる進めていきますので、宜しくお願いします。