第一話
「大丈夫か?」
ジュリアは肯定も否定もしない。
混乱はすでに落ち着き、彼女はまたうなだれたように椅子に座っていた。エドガーは身を屈め彼女の手を握っている。血の繋がった家族でありながら、何もしてやれないことを彼は悔しく思う。被害者の女性たちを哀れに思っていた彼だったが、それだけだった。いつもならば。
(ちくしょう、許さねぇ!)
彼は怒り狂っていた。
妹を落ち着かせるため表情は出さないが、内面は嵐のように荒れ狂っている。悲しみはすでに過ぎ去り、怒りが満ちていたのだった。必ず犯人を見つけ出し、復讐しなければならない。警官である前に、一人の兄として。
「ジュリア、教えてくれ。犯人はどんな奴だったんだ? 白人か? 黒人か? 知っている奴か? 知らない奴か? 服装、身長は? 一人か? 複数か?」
「…………」
彼は完全に頭に血が上っていた。
質問を何度も並べジュリアに問う。だが彼女が口を開かないことに苛立ちを覚えていた。
「お前を傷つけた奴を一刻も早く、捕まえたいんだ。絶対に許すわけにはいかん」
「……覚えてないのよ……思い出したくない」
彼女は首を振った。
何も話したくない、そういうジェスチャーだった。しかしエドガーは構わず続ける。
「俺を信じてくれ、犯人をすぐに――」
「失礼……少し、そっとしてやったらどうだい?」
背後から声を掛けられる。
エドガーは怒りの矛先をそちらに向けた。部屋の入り口に立っている見知らぬ男に威嚇の視線をぶつける。
「そんなに睨まないでくれ。僕も事件の関係者なんだ」
「なに?」
男はおどけるように言う。
どこか胡散臭い男だった。鮮やかな金髪は短めに切り揃えられ、目元に縁の丸い眼鏡を掛けている。蝶ネクタイをしたタキシードは滑稽な舞台衣装にも見えた。彼はおもむろに懐から名刺を取り出してエドガーに渡す。
「僕はグスタフ・エヴァンズ。彼女を保護したのは僕なんだ」
名刺を見てエドガーはますます不機嫌そうな顔色を浮かべる。
「探偵だと?」
「いかにも。君たち警邏とは親戚みたいなものさ。仲は悪いがね」
笑えない冗句だった。
ジュリアを保護したのが彼なら、第一発見者ということだろう。そして、容疑者の候補でもある。警察に通報した者が実は犯人だった、というオチは不思議とよくあることである。例え探偵だろうと警官だろうと――この街で信用できる人間はいない。
「…………」
ジュリアの様子を覗うと、彼女はグスタフを見上げていた。
何か言いたげな視線を投げかけているのがわかる。だがそれが何なのかわからない。
「それで、お前は犯人を見たのか?」
エドガーは試すように探偵を見据えた。
軽薄な感じのする表情だった。何か楽しんでいるようにも見える。罵倒して追い出してしまいたいところだが、手がかりを持っているとなればそうもいかない。
「そうだな……残念ながら、暗くて見えなかったんだ」
逡巡するような素振りを見せて彼は言った。
明らかに嘘を言っている。彼は何かを知っている。エドガーは直感した。彼が事件に関与しているという疑いも捨ててはならない。
「良ければ捜査の手助けをするよ。いつでも連絡をくれ」
狙いは金か。
真実を知っていながら、それを隠している。そして探偵という職業を建前にして情報と金を交換しようとでもいうつもりなのか。エドガーは胸中で舌打ちする。
「失せろ」
そう吐き捨てる。
グスタフは肩を竦めて素直に廊下へと消えていった。
(探偵の世話などにはならん)
手にしていた名刺を握り潰す。
ジュリアが話せるようになるまで時間が要るだろう。エドガーはそれを認め、それ以上追求しようとはしなかった。