第九話
街は夜の帳が落ち、月が顔を見せていた。
車を走らせるが、思うように進まず焦る気持ちとは裏腹に時間が掛かっていた。しかし車はパトカーではないためサイレンを鳴らして強行突破することはできない。
「急ぐことはないわ……ジョンには手を出さないはずよ」
「なぜわかる?」
エドガーは苛立っていた。
車が進まないこともそうだが、ジュリアが妙な落ち着きを払っているからだった。ショックから抜け切れていないのはわかるが、息子の命が危険に晒されているというのに、どこか他人事に思っているように見える。
「諦めるんじゃない。まだ方法はあるはずだ」
ジュリアは諦観してしまっているのか。
エドガーはそう判断した。しかし諦めるのは良くないことだった。気持ちがなくなればその時点で終わりなのだから。
「ええ……そうね。そう信じるわ」
言葉とは逆に、空虚な瞳。
エドガーはそれ以上、掛けてやれる言葉が見つからなかった。あの時、事件があった日と同じだと、彼は思っていた。一番身近にいながら、何もしてやれない。その悲しみが広がり、やがて過ぎ去ると怒りが心を支配する。
(復讐のためなら、俺は悪魔にでも魂を売るぞ)
胸中で誓う。
ここまでジュリアを追い詰めたことを許すつもりはなかった。そうこうしているうち、やがてビルが見えてくる。窓の明かりは殆ど消えているが、最上階だけは明るく光っている。彼らの来訪を待ちわびているのがわかる。
「よし、行くぞ」
ダッシュボードから銃を取る。
没収された、署から支給されていたものとは別の、個人用に保管していたものだった。いざとなれば、それを使わなければならない。エドガーは生まれて初めて、人を殺す覚悟を決めていた。