駆け落ち!?
「く、来るな!この私が誰だかわかっているのか!」
レイハルトは答えない。
「私はオグゾル・クラーキス伯爵であるぞ。私に危害を加えようものならお前の一族を断絶させてや」
「俺に家族なんていねーよ」
その言葉にオグゾルはもちろん、リリアも驚いていた。
「俺には、家族も、親戚も、友人もいない」
この世界には。
「そんな俺にあんたは何をしようというんだ?」
そう、俺には何もない。この世界では一人だ。家族も、学校の友人も、チームの仲間も、誰もいない。
「俺があんたに危害を加えたとして、報復の対象は俺だけだ。だが、あんたの力じゃ俺に傷一つ付けられない。皆ああなるからな」
氷漬けの兵士たちを指さす。オグゾルの顔がどんどん青くなっていく。
権力なんて所詮はこんなものだ。失うもののない者、圧倒的武力。そういったものには何の力も発揮しない。
「そ、そうか。お前は犯罪者集団の仲間か。だから家族もいないしその変な力だって」
ひゅん、とオグゾルの横に剣が通り過ぎる。レイハルトは投げた剣を回収し元の位置に立つ。
この男は駄目だ。何を言っても無駄だ。いっそここで殺してしまったほうが。
そう考えたレイハルトは初めて人を殺した時のことを思い出す。駄目だ殺せない。どうする。
このまま放置しておけば凍っている兵士たちは死ぬだろう。全員溶かして逃げてもその場しのぎだ。
「ひ、姫。こんな危険な男といてはなりません。私と一緒に王城に」
「部下を見殺しにするのか?」
「み、見殺し?何を言う!全員お前が殺したんだろ!」
論より証拠。レイハルトは一人の兵士のところへ行き「フォイア」を起動しようとした。
だが、とある可能性を考えた。これ、状態異常じゃないか?だとしたら「キュアラ」で直せるんじゃないか?
ものは試しと「キュアラ」を最大チャージで発動する。すると凍っていた兵士が元通りになった。
リリアとオグゾルはあんぐりしている。どうやら完全に死んでいると思ったようだ。
「コールドスリープだ。生物を一瞬で内部まで凍らせることで生きたまま生命活動を一時的に止めるものだ」
ゲーム内にもコールドスリープの話はあった。確か元の世界では細胞が死ぬとかで実現不可能だったはずだけど。
レイハルトの説明にはてなマークを浮かべているリリアと、もはや思考停止しているであろうオグゾル。だが、まだ他の兵士が生きていることは理解してもらえたようだ。解凍した兵士は今の現状に驚いてあたふたしている。
「このまま放っておけばあいつらは死ぬ。リリアも渡さない。部下が全滅して手柄なしとか貴族様としてどうなんでしょうね」
少し脅しをかけてみる。何を想像したのかさらに顔が青くなる。
リリアがこちらに歩いてくるといきなり腕を絡めてきた。ん?
「クラーキス伯爵。私はこの男と駆け落ちするわ。公爵にもそう伝えて頂戴」
「はあ!」
「ひ、姫」
驚くレイハルトとオグゾル。
「り、リリア、一体何を」
「お願いだから合わせて!」
小声でやり取りする二人、それをどう受け取ったのか激昂するオグゾル。
「な、なりません。あなたのようなお方がそのような下賎なものとなど」
まあ、そうなりますよな。
「私はもう決めました。この人こそがそうだと」
腕に力を込めるリリア。リリアの胸がレイハルトの腕に押し付けられる。
もしかして、リリアが城を抜けた理由って婚約とかそういった問題?
ものすごくありがちだ。ここはラノベか!なろう作品か!
ん?待てよ。今リリアは何て言った?公爵に伝えろ?国王である親ではなく?
そうなると婚約相手は公爵家の息子?
「なりません!そのようなことを認めるわけにはいきません」
リリアは多分本気でレイハルトと駆け落ちしようとしているわけではない。だが焦っているオグゾルはその可能性に気が付かない。
「ほら、レイハルトも何か言って!」
「そうは言われても」
元の世界では彼女などいたことのないレイハルト。こういう時に何を言えばいいのか分からなかった。
「き、貴様。姫様を拐かしただけでなく、姫様の心も弄びおって。許さん、許さんぞ!」
謎なことを言いながら激昂するオグゾル。しかし、こちらに向かってこようとはしない。
ていうかリリアさん。そろそろ腕放してもらえませんかね。心臓がドキドキしてやばいんですが。
そんな心の祈りは届かず、それどころかさらに力を込めてくるリリア、ちょいちょいちょい!
しかし、ここで駆け落ちしたとしても追ってはなくならないだろう。それどころかもっと強い奴が来る可能性もある。もしかしたらレイハルトでも勝てないような人も。
追ってからお姫様と一緒に逃げる。それもいいかもしれない。まさしくラノベ展開。
そんな考えを頭を振って追い出す。それじゃあだめだ。下手すると国と敵対することになる。レイハルトの仮説が正しければ、国は味方につけておいた方がいい。それに。
レイハルトは遺跡に行くのではなくもう一つの方法を考えた。この仮説が正しいのかを検証するもう一つの方法。




