休息
レイハルトが目を開けたとき、オレンジ色に染まった空が目に入った。
「あ、レイハルト。気が付いたのね」
リリアの声が上の方から聞こえる。
まさかこれは膝枕!と思ったがどう考えても頭に当たる感覚は草のものだ。
レイハルトが身体を起こすと薪を抱えたリリアが立っていた。
「俺は何で」
「まさかあなたが盗賊を、いえ、人を殺すことにそこまで」
リリアがレイハルトの言葉に被せてきた。
(そういえば俺はさっき、盗賊のリーダーを殺して)
「うっ!」
そのことを思い出すとまた吐き気が込み上げてきた。
「レイハルト!大丈夫?」
リリアが背中を撫でてくれる。それのお陰か、もう出すものがないからか、吐くことはなかった。
「ありがとう、リリア。もう大丈夫だ」
「そう、良かったわ。それと、ごめんなさい」
リリアが申し訳なさそうに頭を下げる。お姫様がそんな簡単に頭を下げていいのか?
「ごめんなさいって、何が?」
リリアに謝られることなんてないと思うが。
「その、あなたがあそこまで人を殺すのを嫌っていたなんて思っていなくて、殺してもいいなんて言ったりして」
レイハルトが気を失ったときのことを話しているのだろう。
「嫌っているというかなんというか」
嫌っていないわけじゃない。そもそも日本人で人殺しを好きなやつがいるとは思えない(一部を除いて)。
日本では殺人は悪だ、どんな理由であれ。私利私欲はもちろん、復讐であっても。
正当防衛なら罪には問われないが人を殺した事実は残る。
それによって精神的に病んでしまう人もいる。PTSD(心的外傷ストレス障害)が有名だ。
日本ではアメリカのように銃の所持は認められていないし、戦争も反対派がほとんど。
そんな平和な国で育った生粋の日本人高校生には、どうしようもなかったとはいえ、人殺しは衝撃が大きかった。
「俺の生まれた国では人殺しは絶対の悪だった。人を殺したらどんな理由であれ罪に問われる。そんな国だ」
「そうなの?でもさっきみたいな状況だったら?」
さっきみたいな状況自体まずない。というか盗賊なんていないからな。
「一応裁判にはかけられるけど、どうしようもない状況だと分かれば正当防衛ということで無罪になる。ただ」
「ただ?」
「周りからは人殺しだという目で見られる、と思う」
実際に見たわけではないから本当にそうなるかは分からない。しかし、そうなる可能性はあるはずだ。
「そう、なんだ。盗賊みたいなやつらは魔物と同じだと考えればいいって言おうと思ったけど、レイハルトには無駄みたいね。」
「すまないな、ただ、俺の故郷には『郷に入っては郷に従え』って言葉があるからな。何とかするよ」
「無理はしなくていいのよ」
「ありがとう」
リリアの心配そうな顔に笑顔で答える。
(故郷か)
その言葉が心に残った。レイハルトがこの世界に来たということは、元の世界での自分は死んだのだろう。
どんな死に方をしたのか、家族は無事か、一緒に死んでしまった人はいないか。ふと、そんなことを考えた。
そしてもう一つ。
(もし俺が死んでいなかったら)
ここに召喚されたのだとしたら。向こうでは行方不明ということになっているはずだ。もしそうなら、
(帰りたい、のか?)
帰りたくないと言ったら嘘になる。日本に帰ればもうあんな思いをすることもない。
しかし同時にリリアのことも気になる。お姫様がトレジャーハンターの真似事までしていったい何をしているのか。気にならないはずはない。
「どうかした?」
リリアがのぞき込んで聞いてきた。
「少し故郷のことを思い出していた」
「帰りたくなった?」
旅人でも時々故郷が恋しくなることはあるだろう。リリアは少し寂しそうにしてそういった。
「どうだろう?」
レイハルトは考える。さっきも考えたことだ。帰りたいのか、帰りたくないのか。そもそも帰れるのか。
「今はまだ、帰る気はないかな」
とりあえずそう答えておく。するとリリアが輝くような笑顔を見せてくれた。レイハルトは胸が高鳴るのを感じた。
(その笑顔は反則ですよ、リリアさん)
そんな顔されたら帰るに帰れなくなる。落ちていく夕日がリリアの笑顔をより際立たせていた。
休んで、いますよね?休息でいいですよね?




