蒼空に映える淡い色
「ボール」
僕の後ろにいる審判が口にした。
良平が投げた白球はいつもと違いとても遅く、ストライクゾーンにすら届いていなかった。
――どうしたんだ、あいつ。
高校三年生の春、僕たちの高校・穂月学園は今、甲子園地区予選に向けての強化試合をしている。
相手はこちらより少し強いぐらいの高校。普段の良平なら緊張などするはずがないのだが、なぜか今日は送球が定まらない。
「良平、今日はどうしたんだ? らしくないぞ」
試合終了後、僕はグラウンドの隅でうつむいている良平に話しかけた。
「……いや、別に何でもない」
良平はそれだけ言うとその場を離れようとする。
「待てよ、何でもないわけないだろ」
僕は思わず良平の腕を掴んだ。
「……言えるわけねぇだろ…」
「…なんでだよ…」
「……」
そのまま良平は黙り込んでしまう。
「言わなきゃわかんないだろ、…それに僕たち親友だろ……」
そこからさらに沈黙が続いたあと、
「言えるわけないよ。…お前絶対引くし…」
「引かないよ」
「引くって言ってんだろ」
良平がそう声を荒らげた同時ぐらいに僕は良平をフェンスに押し付けた。
「わかんないだろそんなこと! やってみないで決め付けるな!」
「……」
そのまま少しの沈黙が流れ、
「…好きになったんだよ…」
良平が口を開く、ひどく小声だ。
「…好きに…? 誰をだよ…」
「……、お、お前だよ、俺は浩史のことが好きになったんだよ」
「…え、好きって…」
「…その、愛してるとかってやつだよ。二度も言わせんな」
「……」
「ほら、引いたじゃん」
「ち、違うよ…、僕こういうの初めてだし、頭の中も整理できてないんだよ」
「だったら、まとまったらでいいから返事して。こんな告白させられたんだから返事は聞かせてくれよな」
良平は悪戯っぽい笑顔で言った。
「あぁ、じゃ、それまでしっかり投げてくれよな」
僕はそう言い良平の肩を軽く叩いた。
それから僕は良平とのことをずっと考えた。
良平とは中学からの同級生だ。隣の席だったこともあってなのか、僕たちはすぐに友達になり、お互い野球好きということもあってそのまま二人して野球部に入部した。
それだけだ。それだけのはずだ。
ただ、考えれば考えるほど胸の中にモヤモヤとした溜まってくる感じがして、苦しくなった。
そして、それ以来、僕は良平の顔を見るたびに顔が一気に熱くなったり、ふとした時に良平のことばかり考えるようになってしまった。
そうして、地区予選が始まり、数試合進んだある日、
「待たして悪かったな」
ロッカールームに二人きりになったのを見計らって僕は良平に声をかけた。
「もう、いいのか?」
「…あぁ、まとまったわけじゃないんだが、これ以上待たせるのは悪いと思ってな」
「……で、返事は?」
「……悪い、好きとか嫌いとかあんまりよくわかんなかった。…ただ、お前を見てるとなんか息苦しくなったり、顔が熱くなったりして、しまいにはお前のことばっかり考えてたりしてて、胸ん中がグチャグチャになるんだ。だから、その友達からってことじゃダメか?」
「…はぁ」良平は呆れたように溜息をついてから口を開いた。
「お前な、それ、恋ってやつじゃねぇのか?」
「…そうなのかな」
俺がそう言うと、
「…っ!」
良平はそのまま僕の唇に唇を重ねた。
「…え」
「どうだった? 好きでもないやつにやられたら嫌なもんなんだぞ」
「…えっと…、い、嫌じゃ、なかった」
「だったら、恋だと思うぞ」
そう言って再び唇を重ねてくる。
僕にはまだ、これが恋かどうかよく分からないが、良平に対するこの想いがもしかしたらそれなのかもしれない。