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第一話 異世界

気がつくと、僕は地面の上に仰向けに寝ていた。視界は枝葉が覆いつくしていたが、木漏れ日が至るところから差し込んでいるためそこまで暗くはなかった。


立ち上がって服についた土を払う。よく見ると服もパジャマから、紺色のTシャツとベージュの長ズボンに変わっている。


辺りを見渡してみると、ここが森のなかであると判断する。とはいっても、どこもかしこも木々が生えていて方向感覚が狂うなんてことはなさそうだ。なぜなら、明らかに作為的に作られている道が伸びているからだ。


僕は足元に落ちていた石ころを拾い上げ、それを軽く上に投げてみた。それはふわりと僕の身長の二倍ほどの高さまで上がったあと重力に引っ張られで地面に落下した。


その光景を確認したあと、今度は膝をほとんど曲げずに真上に跳躍。あまり力は入れていなかったが、それでも二メートルほどくらいの高さまで飛び上がった。

その異様な体がついていかず、着地の際バランスを崩し、しりもちをついた。


僕はため息をついてから、立ち上がった。


起きたときからなにやら薄々と感じてはいたが、この空間は僕がいた惑星より重力が小さいようだ。


「分かってはいたけど、どうやらここは地球ではないみたいで……」


『お分かりいただけましたか?』


どこからがさきほどの少女の声がした。そういえば周りにはいなかったようだが、どこに行ったんだろう。


『残念ながら私はその世界にはいません。今はいわゆる《テレパシー》といった形であなたと会話しています』


「あ、はい。そうですか」


頭を抱えるしかなかった。



「まあいいや。それじゃあ説明して貰えるかな。ここはどこだい?」


『お察しの通り、そこは貴方が住んでいた地球ではありません。それどころかあなたの知る宇宙のどこにもない、完全に別時空の世界、俗にいう《異世界》です』


「つまり僕は君に時空を転移させられたということか。この世界は日本語は通じる?」


『日本語は通じません。ですが少なくともあなたの言葉をこの世界の人は理解できますし、あなたも向こうの言ってることは分かります。まあ、不思議な力で自動翻訳されてるくらいの感覚でいいかと』


「じゃあこの世界の住民はきちんとした知的生命体ってことでいいんだな。村に立ち寄ったら殺されるとか、捕まって何かの儀式の生け贄になるとかそんなことはないよね?」


『保障はしかねますが、貴方の運が相当悪いか、頭の悪い行動をしない限りは大丈夫だと思いますよ。そういうことをする集団はごく一部でしょう。基本的には、普通に接していれば身に危険がせまるってことはないはずです』


「なるほど」


異世界かつ異文化の地だ。何が飛び出すか分かったものじゃない。

この世界で文明を築いているのが人間やデミヒューマンではなく見ただけで失神してしまうような異形の怪物なんてこともありえる。

まあ見た目は慣れればなんとかなるが、流石にお話ができないなんてのは許容できるレベルを越える。まあ彼女の言うことを信じるのであれば普通に生活する分には困らんだろう。



では次の質問。


「ここから一番近い『まともに話ができる人が住む』場所はどこだ」


『貴方がいま見てる方向に真っ直ぐ進めば30分くらいで、村があります』


「んじゃあ、僕がこの世界の知的生命体にあったときにはどういう身分を名乗ればいい? 異世界からやってきました、と言って大丈夫かい?」


『……そうですね。記憶喪失の旅人という設定でいきましょうか』


「これまた難儀な」


まあ、異世界からやってきた、と言って頭おかしい人って扱いを受けるよりはマシか。


「じゃあ、次。君の返答しだいでは最後の質問になるかもしれん」


『えっ?』


彼女の驚いたような声をあげた。


『これで終わりですか?』


「君の返答しだいだと言ってるだろう。君とお話をできるのはこれが最後かい?」


『……いえ。いつでもと言うわけにはいきませんが、呼び出していただければ基本的には反応できるかと』


「だったら、これが最後だ」


どこにいるかは知らない少女にむけて笑いかけながら、僕はそう答えた。


『本当にいいんですか? もっと質問がくるものかと』


「そりゃ君に聞きたいことは山ほどあるけど、いい加減この問答にも飽きてきてね。これ以降も君とお話しできるのなら、少しばかりこの世界を見てから再度質問していくことにするよ」


『そう……ですか。では接続を切らせてもらいますね』


「ああ、またな」



僕は数秒制止し、向こうからの声が完全に聞こえないことを確認してから、村があると言われた方向に歩こうとした。


その時、背後から足音と話し声が聞こえてくる。思わず振りかえって確認するが姿は見えない。道が湾曲しているうえに下り坂になっているためにあまり遠くまで見ることはできない。

ただし、間違いなくこちらに迫ってきているのは分かった。


ただの通行人というオチだったらいいが、僕の運が最悪で『お話ができない奴ら』と最初から出会ってしまうなんてパターンもありえる。


まあ、その時は逃げればいいだけの話だ。先程確認したように跳躍力がある。僕が異世界から来たからこそできる芸当で、この世界の住人は追い付くことはできないはずだ。


それに早めに異世界の人間とコンタクトをとっておきたい。あの少女の言ってることが信用できたわけではない。ならば、なにも知らない現地の人たちに話を一度聞いたほうがいい。


そう判断した僕は、さも今起き上がったかのように地面に座り込み、声がする方を見た。


やがて姿が見えてきた。二メートルくらいはありそうな大男と、華奢な女性の二人組。二人とも質素な服装でいかにも旅人といった感じではあるが、護身用とは思いにくい武器を所持しているように見える。


向こう側も僕に気づいたみたいで、怪訝そうな顔で立ち止まった。男のほうが女を庇うように前に出て背負っている大剣の握りに手をかけた。


即座にこちらを襲ってこないところをみるに、話し合いはできる相手と判断した。


「何者だ……」


坦々と僕の方を見て大男の問いに僕は両手をあげながら答える。


「何者だ、と言われましても分からないんですよね。僕はいったい何なのでしょう?」


男は目を細める。


「ふざけているのか?」


「いえいえ、そんなつもりは……。どうも記憶が欠落しているみたいで、自分が誰なのか、どこから来たのかといった情報が分からないんですよね」


「記憶がない? それにしては落ち着いているように見えるが」


「そうですかね。これでもかなり混乱しているんですけどね」


確かに記憶が無いとなればもっと慌てた素振りを見せるべきなのかもしれないが、そこまでの演技力を求められても困る。


「まあ、多分そういう性格なんだと思います」


僕は苦笑を浮かべるしかなかった。


男のほうは怪訝そうな顔で僕を睨んだが、その後ろにいた女の子が彼の腕を掴んだ。


「ガルム、もういいわ」


「しかし……」


「彼に敵意はなさそうよ」


そういって彼女は僕に微笑みかけた。簡素な服に似合わず、その立ち居振舞いは精練されているようだった。それなりに裕福な家庭で育ったのだろうか?

とは言ってもこれは僕の世界の常識から考えたものであり、この世界に適用できるかどうかは怪しいところではあるが。


彼女は自分の胸に右手をあてた。


「私はリエナ・リリィフォール。それでこっちの男はガムル・ルードリア」


そういいながら彼女は右手を男に向け、そのまま俺に向けて手のひらを向けた。


「僕は……」


と思わず口から出かけた言葉を飲み込み、僕は頭を抑えた。


「……ごめんなさい。何か途中まで出かかったようだけど思い出せないみたいですね」


勢いに任せて自分の名前を勢いで言ってしまうところだった。危ない、危ない。


「そうなのね。ということは君はどこから来たかも分からないのかな?」


「ええ、そういうことになりますね」


「そう。それは困ったな……」


彼女は腕を組んで首をかしげた。


「そうだね……。とりあえずこの先に村があるからそこまで一緒にいきましょうか?」


「リエナ様!」


ガムルと呼ばれた男は慌てたように声を張り上げる。


「大丈夫。敵意はなさそう、とさっきも言ったでしょ? それに困っている人をこんなところで見捨てるわけにはいかないよ」


「ありがとうございます。こんな見ず知らずの人間を信用してくれるとは――」


お優しいのですね、と言おうとしたが、できなかった。彼女はそれを遮るかのように腰に携えた長剣を僕の首もとに突きつけてきた。


「勘違いしないでほしいけど、別に信用したわけではない。変な動きをしたらすぐに殺すから」


目がまったく笑っていない。これはあながち冗談でもなさそうではある。いや、冗談だとしてもこういうことをするのはやめていただきたいものであるのだが。


「分かりました。僕としても死にたくはないので大人しくしてますよ。ですから、その物騒なものは早くしまってください」


僕は思わず苦笑を浮かべた。

場をなごませるためではない。先程まで死にたくてしょうがなかった人間から、『死にたくない』という言葉が出てきたという状況に呆れているだけだ。

本当に我ながら現金なヤツだ。


彼女は短くため息をつくと、剣を華麗に鞘へとしまった。


「そう。では行こうか」


彼女は満面の笑みを浮かべた。


まったくめんどくさい相手と出会ってしまったようだ。

それでも話が通じるだけマシなほうなのかもしれないが。

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