7.2015年/1945年5月
太平洋戦争での日本の戦没者数は、軍人で約230万人、民間人を合わせると約300万人を超えるといわれている。特攻隊員の戦死者は、陸海軍合わせて6000人弱とされている。2013年の日本の死亡総数は約126万人、そのうち15歳から29歳までの男女の合計は6500人ほどで、死因順位の1位は自殺となっていた。
ストーカー騒ぎは幸いにも騒ぎのまま、事件とならずに終わった。ミクちゃんはあの後、深夜に駆け付けた両親とともに実家へ帰っていった。落ち着いたら、警察へストーカー被害の相談へ行くという。昨夜は最後までミクちゃんの部屋に残っていたサクラさんが、いさおに教えてくれた。母親が言うには、ミクちゃんは中学生の時に多重人格障害と診断され治療を受けたことがあったそうだ。治療の効果で何とか症状は治まっているが、今回のことでまた再発するのではと心配している、友人として支えて欲しい、と頼まれたとのこと。いさおは、ミクちゃんが最初にあった時、盛んに心配してくれて「落ち着いたら病院へ行こう。」と言っていたのを思い出した。
2人はイサムが良く通っているラーメン店にいた。カウンターだけの小さな店で、昼前というのにもう8割くらい席が埋まっていた。
「それで、自分がなぜ特攻隊員となったのか、本当の理由はわかったの?」と、ラーメンを待つ間にサクラさんが聞いてきた。
いさおは、イサムの首を横に振ることで答えた。本当の理由は今となってはわからない、というのが実感だった。70年前の自分のことなのだが、今現代の空気の中で改めてその当時のことを問い直そうとしても、肝心の部分が想像の範疇に留まってしまう。その当時の、自分自身の記憶と感情の全ての結果として特攻隊員になるという決意が生まれたのであって、イサムの記憶と感情の助けを借りている時点で答えはあやふやなものになってしまう。結論は、「わかった」のか「わからなかった」のかのどちらなのかも「わからなかった」ということが「わかった」。
そういさおが言うと、サクラさんは笑って言った。
「確かに、今真実って言われているもののほとんどは、突き詰めていくとそんなものかもしれないね。ただ、どれだけそれを真実と信じられるかどうかの違いくらいで。」
「だとしたら、今一番真実だと信じられるものを、正解にすればいいのかな。」といさおは応じた。
「それは何?」サクラさんの質問に、
「仲間。」といさおは答えて、一瞬昨夜の男の顔が浮かんできた。そして慌てて付け加えた。
「仲間のために、ということじゃないんだ。ただ仲間が皆旅立って行くというのに、一人取り残されるのは溜らない、我慢できない、恥だ、そんな気持ちで居たたまれない、というのが正直なところだよ。タカユキなら農耕民族のDNAって言うだろうけど、やはり自分一人残して仲間が行くというのなら、自分も仲間とともにありたい。」
サクラさんは、感心したように頷き少し考えてから話した。
「自分が、新撰組が好きで隊士が好きな理由は、幕末から明治維新の時代に己の忠義を貫き通して逝った、滅びの美学があると思っていたから。例え今生きている時代がどうであろうと、将来の時代からどんな評価をされようと、自分が真実と信じるものに身を殉じ貫き通すことが忠義なら、やっぱり特攻隊員は一人一人が忠義の人だったんだね。」
そのことばに何か返そうと考えているうちに、目の前にラーメンが置かれた。イサムが大好きな一杯。箸を持って顔を近づけると、湯気が広がり甘い香りが入り込んでくる。トロリとしたスープを一口すすると、その熱さとともに海を詰め込んだ魚介の豊潤な味が口一杯に満ちてくる。太めの麺を次々にすすりながら、いさおはイサムの感情が満ち足りていくのを感じた。
「イサム」と、呼ぶ声がした。
いさおがイサムの顔を上げると、外国人が席から立ち上がってイサムの方に手を降っていた。いさおの心が強張るのと、イサムの感情が喜びの返事をするのは同時だった。その外国人のことは、イサムが良く知っていた。ニューヨーク出身のアメリカ人。ニューヨークでラーメンに出会い魅せられ、日本のラーメンを食べたいという一念で仕事を辞め、日本では日本語教師をしながらラーメンを食べ歩き、英語のブログでせっせとラーメンの魅力を海外に発信していた。イサムのブログでこの店を知り、味に感動したとメールを送ってくれた。それ以来メールを交換し合い、店で何度もあったりした。彼はイサムに近寄ると、最近ブログを更新していないが何かあったのか、と日本語で心配の感情も表現しながら伝えてきた。イサムの感情が、心配をかけて申し訳ない、心配してくれてありがとう、という気持ちで満ちるのを感じながら、いさおはイサムがこぼした一筋の涙の意味を繰り返し思った。
自分は瞬間的にあのアメリカ人に敵意を感じた、兄の恨みという感情を忘れることができなかった。サクラさんと大学に戻り、タカユキやアキラが集まってきてから、いさおは皆に告げた。やっぱり自分は70年前の心で、現代の社会には馴染めないのかもしれない。
5月3日は2日後だった。70年前のその日、自分は特攻へ飛び立ち戦死したという。その時、その場所にいれば、イサムの心と入れ替われるのかもしれない。特攻へ飛び立った地へ、鹿屋飛行場へ自分は行くことと、イサムの心と入れ替わるとすれば、みんなとは(いさおとしては)お別れになることを告げた。
「恨みに関して言えば」とタカユキが言った。
「前から不思議だったんだけど、太平洋戦争で敗戦となってから、日本人はまるであの戦争を大地震や津波のような自然災害と同じように扱い出すんだよね。全ては戦争のせいだとか、誰が悪いのでもなく悪いのは戦争だったとか、戦争だからしょうがないとか。それも敗戦の日を境にガラッと変わる。どうしてそんなことが出来たんだろう。」
サクラさんが応じた。
「確かに、日本では反乱や組織的な報復テロは起こらなかった。軍隊の一部で反乱の動きはあったけど、終戦は天皇の意思だと伝えられると収まってしまった。それだけ天皇の権威が絶対的だったということだろうけど。」
アキラが珍しく口をはさんできた。
「当時の人たちは戦争でのあまりの犠牲の多さ、それも自分たちのせいで失った命の多さや悲惨さを知って、自らの行為に恐怖を感じたんじゃないかな。」
それもあるかもと頷きながらタカユキが言った。
「権威なのか、反省なのか、その両方なのか、日本人は戦争を大災害のような運命的なものとして諦めることを選択した。その結果、国内での戦争責任の追及は徹底しなかったけど、外国に対しての恨みだとか敵がい心も全てクリアにした状態で戦後を始めることができた。空襲で東京は焼け野原になったけど、アメリカが悪いっていう声は戦後はあまり出なかったように思う。悪いのは全て戦争で、私たちは諦めるしかない、ということかな。」
「それで良かったんだよ。」と、いさお。
「恨みは恨みを生み、報復は報復の連鎖になる。むしろそんな負の感情を諦めの形に追いやって、ゼロから戦後の復興を始めたから、経済で豊かさを手に入れ、文化でも世界の人たちから尊重されるようになった。それって、凄いことだと思うよ。」
いさおは、でも、と前置きして話を続けた。
「本当の気持ちは、とても当たり前のことなんだけど、どうして今まで思いつかなかったんだろうと思うくらい当たり前なんだけど、この身体はイサムのもので、それをイサムに返すのは当然だっていうこと。イサムのようにブログは書けないし、イサムのふりをして生きていくことも自分にはできないし、イサムの生き方の選択はイサムの心がするべきだしね。」
みんなも自然にうなずいてくれた。
「まあ、うまくイサムの心と入れ替わることができたら、イサムが手紙で書いたように、風となって故郷を漂っていたいと思う。70年というから、みんなが生まれた頃にはそれぞれの故郷でも吹いているかもしれないよ。」
アキラが呟いた。
「想いは風になって。」
サクラさんが、何かに気づいてうれしそうに応えた。
「でも、それって間違いじゃないかもしれないよ。」
タカユキが「想いが風になるということが?」と聞くと、サクラさんは指で空中をなぞりながら、
「風っていう漢字は、カゼと読めば吹く風、英語ならWind。でもフウと読めば別の意味になって、風味や風景、風潮、ナニナニ風とも言うけど、傾向とか気配とか、目には見えないけど暗示的に存在するものを表しているの。だから、特攻隊士やその他の戦没者の無念の想いや生への願いは、戦後生き残って日本を復興させていった人たちの共通の想い、心の中の風として受け継がれていった。そう考えれば、風になるという表現は間違いじゃないと思う。」
「共通認識、ということかな。」とタカユキ。
それにはサクラさんはちょっと首を傾げて、
「共通認識というほど明確な言葉にできるほどじゃないような気がする。その共通認識を作り上げるベースというか原初的なものというか、でも皆が共通して感じているもの、共通認識の根っこのようなものかな。」と言った。
「ただし、死者の想いが風となって生き残った人たちに伝わったというのは、正確な表現じゃないでしょうね。むしろ、風を起こしたのは生き残った人の心の側。生きて戦後の日本を作り上げてきた人々、その人たちが戦争で死んだ家族や仲間、同朋のことを思いやり、そこに自分の感情も重ね合わせて風を起こした。死んだ人たちはどんな無念な想いでいたか、生きて戦後日本の復興に参加していたらどんな国を作り上げたかったか、そんなことを、死者の心に思いを寄り添わせながら、生きている側が想像も含めて共通の感覚として抱いた。そういうことなんじゃないかな。」
サクラさんはそう言うと、いさおの眼を覗き込んで尋ねた。
「そういう想いがあった上で、戦後の日本の歩みがあり、今の日本の社会があるはず。だとしたら、今の日本は、私たちの社会は、戦争で死んだ人たちの想いに充分応えられているのかな? あの人たちの願いがあったとすれば、この社会は満足させることができているのかな?」
いさおには答えられなかった。ゆっくりと微笑みを返し、心の中でそっと告げた。
その答は私の中にはありません。むしろその質問をしたあなたの中にこそ、正しい答があるのですよ。
いさおは答える代わりにイサムのバックからスケッチブックを取り出し、マンガ描きかけになったけどラストカットだけは描いてみたんだ、見てくれる? と言って絵を広げた。
皆の口元はほころび、ドアを出た瞬間に初夏の太陽を浴びて心まで温まるようなぬくもりを感じて、しばらくの間黙ったまもその絵を眺めていた。
草むらに腰を下ろした男の子、微笑みながら、好奇心を眼に宿しながら、腕を一杯に伸ばしている、その手に握られた大きな赤いニンジンが一本、そのニンジンの先で、眼をまん丸く開いて男の子のことをじっと見つめながら、子ウサギが口一杯にニンジンをほおばっている、そんな他愛のない絵だった。
出撃日前日の朝、イサムはいさおの身体を誰よりも早く起こした。両親への遺書やかっての恋人への手紙は前日のうちに済ませていたので、あとは今日のイベントに集中することができた。ラーメンを作って食べさせるという約束だった。最初は同じ部隊の仲間内の話ですむと思っていたが、必要な食材の調達を明石中尉に相談したところ、話が広がって特攻隊全体で試食するということになってしまった。全員はとても無理なので、部隊で特攻隊員として出撃予定の20名位に絞った形にしてもらったが、それでも準備は大変となった。
幸いなことに、話が広がったおかげで協力者を確保することができた。部隊の料理を担当する主計兵の一人が、東京の中華料理店で修業をしていたことがわかったのだ。彼はラーメンは知らないが南京そばなら作ったことがあるという。ラーメンを作って食べさせると言っておきながら、ラーメンの作り方をほとんど覚えていなかったイサムの心は天佑神助とばかり小躍りした。
会場は、かおりさんの食堂にお願いした。まだ太陽が昇りきらないうちに行くと、誰もいない台所で、でもすでに火を起こす準備はできていた。かまどに火を起こし、火種がまきへ燃え広がって火力が安定するまで世話をする。次に鍋に水を張ってかまどにかける。ともかく強火で、お湯が沸騰するのを待った。主計兵に用意してもらった、作り方の紙を何度も確認する。お湯がぐつぐつ煮えたぎると、スープの材料となる鶏ガラを一気に入れて、サッとすくい上げざるにあける。下処理のためだから、火を通し過ぎてもだめだそうだ。鶏ガラ20人分を抱えて、裏手の井戸に行き、水で洗いながら一つ一つていねいに、骨にこびりついた血糊や内臓の肉片を拭い落としていく。目指すは見た目もきれいで、鶏の旨味が十二分に溶け込んだスープだから、余計なものは一つも混ぜたくない、ていねいにていねいに処理を続けた。
鶏ガラを一つ一つ洗いながら、イサムの心は明日の出撃のことを考えていた。自分はどういう気持ちで、明日飛行場に立っているのだろうか。いさおの感情はどう動いているのだろうか。昨日から今日への感情は、覚悟したというのか、諦めたというのか、意外と平静なものだった。むしろラーメンを成功させることの方が心配で、興奮したりもしていた。当然だよな、とイサムの心は思った。特攻隊員にとって最後の食事になるかもしれないというものを、しかもラーメンを、がっかりさせてなるものか、何とか満足してもらいたい、笑ってもらいたい、良かったよと言ってもらいたい、そんなことを考えていると自分が特攻隊員であることを忘れて、鶏ガラがきれいになることだけに集中するようになっていた。
朝食の時間が終わって、かおりさんも食堂に顔を出した。手伝ってもらいながら、水をはった鍋に鶏ガラを入れ火にかける。最初は強火で一気に、沸騰する直前で弱火にして2~3時間煮込む、主計兵のメモには書いてあったが、やってみると火力の調整が難しい。ちょっと油断すると火力が強まったり弱まったり。それでも煮込みすぎも、煮足りないのもどちらも厳禁、手の甲に火の子の後をつけながら、何とか弱火で煮込むところまで持ってきた。最初は透明な水が、強火で泡立ち白濁し、弱火にすると透明に近くなり、良く良く見ると、鶏ガラから油なのか旨味なのかエキスがスープに溶け出しているのが分かる。溶け出したエキスの一滴一滴が、ラーメンの栄養とうまさになるのだと思うと、つい気合いを入れて見つめてしまう。
そんなに見つめていても味は変わりませんよ、と言って笑ったのは手伝いに来てくれた主計兵、朝食の場にいなかったイサムのために握り飯を持ってきてくれた。これから昼食の準備までの間、麺作りを手伝ってくれる。ラーメンの麺は、小麦粉にかん水を入れて作るのだが、重曹でも代用がきいた。ただ、最適な分量がわからない。主計兵と相談し、少しずつ重曹の量を変えながら小麦粉をこね、できた麺は茹でて試食する、ということを繰り返した。麺もある程度のコシがあるものをとねばりにねばり、何度も何度も試食して、出来上がった麺はきれいな淡い黄色だった。ただ、試作に時間がかかったため主計兵は昼食の準備で部隊に戻り、実際の製麺作業はイサム一人で行うことになった。約20人分で3キログラム。ちょっと多いかとも思ったが、いやいや、満腹感も味のうち、ラーメンはまず胃袋を満足させる食べ物だということに思いいたる。少なくとも、男たちの腹を満たす量は用意するべきだ。
麺打ちを始める前に、スープを見に行った。火加減は、かおりさんが番をしてくれていた。時間的には、充分煮込んだはず。味見をしてみると、口の中に鶏の良い香りが広がった。でも、まだ弱いような気がする。食堂の方も仕込みが始まっていたが、女将さんにお願いしかおりさんにはもうしばらく火の番をしてもらうことにした。もう少し、煮込んだ分だけ鶏ガラは旨味を分けてくれる、かおりさんにはくれぐれも火が強くならないように頼んで麺打ちに取り掛かった。
小麦粉200グラムを器に取り、重曹を溶かした水を万遍なく注ぎ込む。両手を器に入れ生地をもみほぐすように混ぜ合わせる。そして手で包むように全体を一つの塊にまとめた。この塊を今度はこねてラーメン生地にしていく。塊に体重をかけながら、でもかけすぎないように50回以上、こねたら餅状にまとめて少し寝かせる。そしてまた小麦粉を計って器に入れて、水を注いで混ぜ合わせ、塊にしてこねていく。5、6回繰り返していると、いさおの額は汗だくになってしまった。まだ半分も終わっていない、が生地作りは単なる準備段階、先の長さを思いながらも、イサムは生地をこねることに集中した。
小麦粉が全部餅状の生地に変わったところで、かおりさんがお茶を差し出してくれた。次は生地を麺棒で伸ばして麺にする工程だったが、その前にスープを見に行く。少し濁りが強くなっている。味見をするが、まだちょっと味が弱いかな、それでも頃合いと鶏ガラを取り出した。
麺棒で生地を延ばしていく。打ち粉を振りながら餅状の塊を麺棒で押し広げ、ある程度広がったら麺棒に巻き付けるようにして延ばすのだが、慣れないうちは上手くいかない。力任せに延ばそうとしても、生地が固まって広がってくれない。そのうちコツもつかんできて、力任せでなくとも麺棒に生地が巻き付いて、麺棒を転がすだけで生地が延びていくようになった。
次は、延びてシート状になった生地を折りたたんで包丁で切る作業。ラーメンの麺を作っていく。その時には昼食時も終わり、食堂も忙しさが一段落していた。ただし、イサムは生地作りに夢中で、周りのことは何も見えていなかった。すると残り時間は3時間位か、改めて時間を確認するとイサムは包丁を手に取った。
しかし包丁で生地を切って麺にするということは、言うほど簡単ではないことを思い知らされた。真っ直ぐに切れない、途中で切れてしまう、太さがバラバラ、見かねて女将さんが包丁を取り上げ、
「私がやりますから、ちょっと休んでいてください。」と言ってイサムを椅子に座らせた。
かおりさんが入れてくれたお茶を飲みながら、固まった肩をほぐしながら、額の汗を拭いながら、ぼんやりと女将さんが上手に包丁を使って生地を麺にするところを眺めていると、イサムは急に可笑しくなってきた。いさおは特攻隊員で明日出撃し、おそらく死んでしまうだろう。イサムという変な心が取り憑いてしまったせいで、生きていられる最後の貴重な時間に、ラーメン作りという労働を課せられてしまった。それも誰に頼まれた訳でもなく、勝手に皆においしいラーメンを食べさせたいとムキになっている自分のせいで、しなくても良い苦労をさせている。でも一方で、今流れている汗を、いさおも心地良いと感じていた。余計なことを考えずに、一つの目的だけを見て身体を動かすことは、こんなにも気分が良いことだったのか。
女将さんの包丁さばきに見惚れていると、水筒をかかえて主計兵が戻って来た。早速、小皿に水筒の中身をちょっと注ぎ、イサムに差し出した。待ってましたと、直ぐに口に含むと昆布の良い香りが鼻を抜けていった。主計兵が昨夜一晩、醤油に昆布を漬け込んで作ってくれたラーメンのタレ。しっかり昆布の旨味が移っている、これなら大丈夫と思いつつ、主計兵が鍋に醤油ダレとだし汁を入れて、火にかけながら塩で味を整える手元を、期待を込めて見つめていた。そして出来あがりは、かおりさんと女将さんにも味見してもらうことにした。
かおりさんは、「おいしい、おいしい。」と喜んだ。
女将さんも、「うん、おいしいわね。」とほめてくれた。
主計兵は、うんうんと頷き納得の表情だった。
イサムは、、、イサムは、、、イサムは、もう一口口に含んで、黙り込んだ。何かが間違っている。最初の一口は、まあ良いかな、と思った。スープに鶏のだしは充分出ているし、タレの昆布も旨味となっている。でも舌の感覚は、何かがうまくいってないと告げていた。三口目で思い至った。醤油の味が立ち過ぎている。醤油の尖った味が、だしの鶏の風味をぼやかしている。どうしよう、今さら鶏ガラからだしを取っている時間はないし、タレの量を減らしたらラーメンの味が薄くなる、困り果てたイサムは、救いを求める眼で主計兵を見た。
とたんに主計兵が吹き出した。よっぽど情けない顔をしていたんだろう。笑いながら、もう一度鍋を火にかけ、タレとだし汁を混ぜ合わせ、塩で味を整えて、雑嚢から袋を取り出して中から一さじ白い粉をすくって鍋に放り込み、出来上がりを皿に入れてどうだとばかりイサムに差し出した。
「化学調味料か」と内心ため息をつきながら味見をすると、さっきより風味が増し醤油の味もまろやかになっていた。かおりさんや女将さんも一層美味しくなったと喜んでくれた。こうして、海軍鹿屋基地特製ラーメンが完成した。
時間前から、嬉々として特攻隊員たちが食堂に集まってきた。明石中尉が参加者の中で最先任だったので、前の席の中央に座ってもらう。後の隊員たちは思い思いの席についた。かおりさんにも、その中に混じって座ってもらう。その隣には峰少尉が座った。飯田もいる。ほとんど全員が、これから食べさせられるもののことは知らないが、何か美味しいものにありつけるという期待感でニコニコしていた。全員揃ったところで、ラーメン作りをスタートした。
ラーメンは熱々のうちに食べてもらいたい、麺が伸びる前に届けたい、厨房はスピード勝負となった。イサムは麺を茹でる担当。5玉位を熱湯に放り込み、茹で過ぎ注意と念じながら、茹で上がった麺をざるに取っては力いっぱい振り下ろして湯切りをし、主計兵が調理したスープの入った丼に一杯ずつ入れていく。それに女将さんが具(といってもネギくらいしか用意できなかったのだが)を載せて配ってくれた。これを人数分繰り返すのだが、待たされる男たちからは、まだかまだかの声、もちろん笑いながらだが、その声に急かされ汗だくになりながら、イサムはいさおの身体を急かして麺を茹で湯切りし丼にうつす作業を続いた。
ようやく全員にラーメンが行き渡り、最初に明石中尉が食べてからということになった。全員が注視するなか、明石中尉は丼に顔を近づけると、熱いという表情でスープに口をつけ、次に箸で麺をすくい一気にすすりあげる。「うまいっ」と一声、そして全員に向かって満面の笑顔を見せた。それが合図で、皆は一斉にラーメンを食べ始める。
ここに集まっているのは、十代後半から二十代前半までの男たちがほとんどで、当然のようにガキの集団と化して騒がしいことこのうえない。「あちっ」と言っては笑い声、「うまい」と言っては笑い声、がっつく姿を見てからかいの笑いが起こり、「こんなうまいもの、食べたことねぇ」というつぶやきに賛成の笑いが応える。麺をすする音と、スープをすする音と、笑い声。麺を噛み締めながら笑い、スープを飲み込んで笑い、丼に顔を突っ込んで笑う。笑顔。笑顔。笑顔。誰もが笑顔になっていた。男たちに混じってかおりさんも笑顔で、それを横目に峰少尉もうれしそうに笑っている。飯田は、妹たちに食べさせたいと言いながらも笑い、そんな隊員たちの笑顔を見渡して明石中尉も満足そうな笑みを見せていた。一番に食べ終わった最年少の隊員が、物欲しそうに隣の丼を覗き込んで爆笑が起こり、おかわりはないかの声に主計兵があと一杯分ならと応えると、また笑いが起こって俺が俺がと手が上がった。
「腕相撲で決めよう。」
明石中尉の発案に、笑いのボルテージはさらに跳ね上がった。周りの声援と歓声の中、一番目の対戦は最年少隊員と明石中尉、始めの声とともに食欲に勝る若さが一蹴、「少しは手加減せい」という明石中尉のぼやきが大爆笑となった。誰もが腹を抱えるくらいに笑っていた。笑顔。笑顔。次は俺と笑顔で立ち上がる隊員と、お前がかと応える笑顔。周りでうるさくはやし立てる笑顔。それを愉しげに眺める笑顔。男たちは、まるで笑顔以外の表情を忘れてしまったかのように笑い続けた。
笑顔に埋まった中で、イサムの心も幸福な笑顔に満たされた。やはりラーメンで良かった。男たちの笑顔の訳は、ラーメンだけではなかったが、最初のきっかけがラーメンならばそれはラーメンのおかげだろう。ここにいる男たちのほとんどは、明日のこの時間にはもういない。それは皆知っているし、今現在もカウントダウンが続いていることも。だからなのか、こんな他愛のないことにも、生きている間は喜びを見つけだそうとはしゃぎ笑うことに一生懸命になっている。隊員たちの笑顔を眺めながら、自分も笑顔を見せながら、いやいや他愛のないことじゃない、やっぱりラーメンは特別な食べ物なんだ、とイサムの心はご満悦の気分に浸っていた。
いつの間にかイベントは腕相撲大会へと変わり、取り組みも進み、笑顔の数も加算されていった。勝ったといっては笑顔。負けても笑顔。応援する笑顔。笑顔。笑顔。皆、笑顔だった。一人を除いて。勝負で笑顔が過熱する中、最初は笑顔でいたのに、何かに気づいたのか笑顔が急にこわばり、そのうちに眼を伏せ口元を何かに耐えるかのように噛み締め、肩と力を込めて握り締めた両手が小刻みに震えている。それに気づいた隊員たちの何名かは、口元の笑いは残しながら、眼を切なそうに細めている。イサムもまた、切なく悲しく、優しい気持ちになっていった。
腕相撲の勝者が出揃い、いよいよ残り一杯のラーメンをかけた決勝だと、男たちの騒ぎと笑顔が最高潮に達した時、そのか弱くも優しい心は限界に達した。短い嗚咽を手で被い、ごめんなさいと立ち上がると、眼を伏せたまま駆け出していった。かおりさんだった。男たちの笑顔が止まり、全員の視線が彼女を追った。
「峰少尉。」
明石中尉の凛とした声がひびく。峰少尉は驚いたように飛び上がると、次の瞬間かおりさんを追いかけていった。明石中尉は立ち上がり、男たちの視線を確かめると、眼を閉じ静かに語りかけた。
「美しきかな、日本の乙女。心優しきかな、日本の乙女。こんな男たちのために、泣いてくれている。男たちの命をはかなんで、涙を流してくれている。ありがたい。」
そして眼を開けると、隊員たち一人一人の顔を見渡してから言った。
「ありがたいよな。我々のために泣いてくれた。どうせ国のために捨てる命ならば、このような乙女たちのためにこそ、散りたいものだ。」
男たちの間に、静かな優しい確かな同意の頷きが広まった。皆それぞれが、自分の中の乙女に語りかけながら、寂しげだが優しい微笑を口元に結んだ。その微笑は、まだ涙目のかおりさんが峰少尉に連れられて戻ってきた時、最上級の敬意と感謝となって彼女を迎えいれた。
そこからは、前にも増して笑顔の渦になった。最後に勝った者の高笑いも、負けた者の悔しまぎれの笑いも、笑いの応酬に霞んでいく。基地司令から差し入れの酒が回されて、飲むほどに歌まで飛び出すようになると、すっかり宴会状態でもはや笑顔なのか泣き顔なのかも区別がつかなくなってきた。それでも笑い声が尽きぬまま、最後に記念撮影をして終わることになった。
明石中尉とかおりさんを中心に、特攻隊員たちはカメラを前に整列した。イサムは隣りに並ぶ飯田と眼を合わせた。飯田の考えはわかった。他の隊員たちの考えもわかった。恐らく自分たちが見ることのない写真。だからこそ最高の自分を、いや、自分たちを残しておきたい。一人として遅れをとってはならない。カメラに対し気合いを込めて、全員が満面の笑顔を向けていた。




