6.2015年4月 千葉県松戸
マンガのストーリーは、アキラやミクちゃんにアイディアをもらった。ウサギを主人公にしたのも、ミクちゃんの主張が通ったため。歴史的な考察はサクラさんが、武器や戦闘についてはタカユキが知恵を貸してくれた。そしてイサムの身体を借りていさおが描くマンガのテーマは「軍国主義になったウサギ」。4コマ風のギャグマンガになる予定だった。
いさおとしては、特攻隊員についてリアルに描いてみたかった。サクラさんは、幕末の志士や新撰組隊士が太平洋戦争末期にタイムスリップして特攻隊士となるという話に執着していた。ただいかんせん、画力が伴わない。それで、いさおがたまたま描き、ミクちゃんが「味があってかわいい」とほめてくれたウサギを主人公にすることにした。
話のすじはこうだ。
大陸からちょっと離れた小島に、ウサギたちは住んでいた。以前この地方であった戦争で、人間たちはその島に砲台を作っていたが、戦争が終わってからは誰も来なくなった。島には野犬や狼のような肉食動物がいなかったので、ウサギたちは巣穴に隠れる必要もなく、草を食みながらのんびりと暮していた。狭い島なので、天敵がいないことでウサギの数が増えたり、天候の影響で草の生育が悪い時には、多くの仲間たちが飢えで死ぬことになった。それでも隔離された島で、ウサギたちは相争うこともなく、時に仲間の死を嘆きながらそれも運命と受け入れながら、集団で暮らしていた。
ある時人間がやって来て、島に道路を造り、大陸と島との間に橋をかけた。ただそれも一時のことで、橋ができてからしばらくするとまた人間は誰も寄り付かなくなった。橋の先に何があるのか? ウサギたちは気にはなったが、誰も橋を渡って行く勇気はなかった。
その年は日照り続きで草木の生育は極端に悪く、またウサギたちの間に飢餓が迫ってきた。そんな時、島のウサギたちは年老いたものから海に身を投げ出して自殺するのが風習となっていた。橋の向こうへ行けば、食べ物は一杯あり皆救われるのではないか? そんな期待もあったが、長年島で隔離されて育ったウサギたちにとって、島を出るということは恐怖以外の何物でもなかった。それでもついに、一匹の黒ウサギが勇気をふるって橋を渡って行った。しばらくして探検から帰って来た黒ウサギは皆に報告した。橋の向こうには草が一杯生えた草原が広がり、その先には人間たちが土を掘り返して見たこともない大きな赤い作物を育てていると。橋を渡れば皆救われる、だが今度も多くのウサギは尻込みした。例え仲間を失っても、今の安穏とした生活が望ましいものに思えた。黒ウサギは憤り、若いウサギたちに呼びかけて仲間を募り、集団で大陸へ渡ることにした。
大陸に渡った黒ウサギとその仲間たちは、しかし直ぐにヤマイヌの群れに見つかってしまった。ヤマイヌたちは格好の餌と襲いかかり、黒ウサギたちは必死に逃げ回ったが半数近くの仲間を失うことになった。生き残った黒ウサギたちは島に逃げ帰ったが、今度はヤマイヌの方が島へ出没するようになった。最初は一頭や二頭が夜中に忍び込む程度で犠牲も少なくてすんだが、いずれヤマイヌの群れが大挙して押し寄せてくるのは時間の問題と思えた。ウサギたちは怯えるばかり。今度も黒ウサギが勇気を奮って立ち上がり、皆で闘おうと呼びかけた。呼びかけに応えた若者たちと防衛軍を結成し、黒ウサギがリーダーとなった。ただ、闘うといっても自分たちには折れやすい前歯以外牙もなく、爪も短く、あるのは小柄な身体を生かした敏捷さだけ。そんな時、防衛軍の一員が人間たちの砲台跡に長く尖った金属の物体がたくさん落ちていることを思い出した。ナイフだった。そのナイフを武器に、ウサギの防衛軍はヤマイヌに闘いを挑んだ。
最初はナイフを口に咥えて、それから頭の先に括り付けて、ヤマイヌと闘うウサギたち。しかしヤマイヌはあまりに大きく強く、ウサギはあまりに小さくか弱い、1対1では全く勝ち目がなかった。そこでリーダーの黒ウサギは、集団で対抗することを思いついた。ヤマイヌ1頭に対してウサギは十羽、ただ何も考えず突進するだけ。その戦法は、闘えば必ず2羽ないし3羽のウサギが犠牲になったが、残りのウサギでヤマイヌを倒すことができた。こうして防衛軍は、徐々にヤマイヌの群れを押し返したいったが、そのうち防衛軍のウサギの数が足りなくなってきた。敵も倒せるが、自分たちの犠牲も少なくない。まだまだ橋の向こうの草原にはたくさんのヤマイヌが残っている。そこで黒ウサギは島のウサギたちに、若いオスのウサギは全員防衛軍に入るように強制した。ヤマイヌという強敵に勝利するためには、それも仕方ないと皆は応じた。黒ウサギは新しく防衛軍に加わったウサギたちに説いた。ただ必勝の信念を持って敵に突進するだけで良い、例え自分が犠牲になっても他のウサギが敵を倒してくれるのだと。
数を増した防衛軍は、一斉にヤマイヌたちを攻撃し草原一帯からヤマイヌを駆逐した。草原は島のウサギたちの豊かな餌場となり、飢餓から救われたウサギたちは黒ウサギと防衛軍に心から感謝した。草原にまで住処を広げたウサギたちは、しかしいつヤマイヌが再び襲ってくるかもしれないと、防衛軍をそのまま維持することにした。そのうち、ウサギの中から草原の先の人間の掘り返した土地から、大きな赤い作物、ニンジンを持ち帰ってくるものが現われた。その美味しさに、ウサギたちはこぞって人間たちの土地、畑に侵入しニンジンを掘り出してはかじるようになった。
ウサギは人間にとって害獣になった。ウサギを見ると人間は追い払おうとし、それでもウサギが畑へ入り込むと、畑の持ち主は鉄砲を持ち出して容赦なく撃つようになった。ウサギに犠牲が出ると、防衛軍は人間に対してもこれまでの集団戦法で闘いを挑んだ。ウサギを草食動物と油断していた人間は、最初こそひるんだが直ぐに体制を立て直し、プロのハンターを大勢雇い入れてウサギを駆除しようとした。この危機に、リーダーの黒ウサギは防衛軍を鼓舞し、さらに集団戦法を強化、一人のハンターに20羽のウサギを突入させ、半分を犠牲にしながらも敵を後退させることに成功した。
すると人間は、車輪のついた鉄製の機械に乗ったままウサギを攻撃するようになった。どんなに突撃するウサギの数を増やしてもナイフでは歯が立たない。今度も誰かが、人間たちの砲台跡に黒い鉄の塊が落ちていることを思い出した。砲弾だった。ウサギの頭に括り付け、勢いよく人間の乗る機械にぶつかると、機械は見事に爆発した。同時に突入したウサギの身体も四散したが。これを見た黒ウサギは、防衛軍の全員は今後砲弾を持って敵機械に突進するよう命じた。一命に換えても皆を守るのだと。
最初こそ成功していたウサギによる特攻だったが、人間がもっと大きく頑丈な機械(戦車)を持ち出してくると、成果を上げることができなくなり、逆にウサギの損害は急増していった。いつしか、ウサギたちは大陸の草原からも追い払われ、もとの島に追い詰められていった。間もなく人間の攻撃がこの島にもおよぶだろう。黒ウサギは、島に残った全てのウサギを集めて言った。島を守るために、老若男女全てのウサギは砲弾を持って敵人間に特攻をかけるのだと。
悲惨な話のようだが、アキラによればこれでも立派にギャグマンガとして成立するのだそうだ。タカユキは別の意味でこのストーリーを面白がった。明治維新から太平洋戦争までの近代日本のカリカチュアになっているらしい。いわく、
「徳川時代の300年間鎖国で外界と隔離されていた農耕民族が、明治維新で急に帝国主義全盛の世界へ放り出された。弱肉強食が常識の世で、農耕民族の日本人が食べられる側に回らないためには、強兵によって身を守るとともに進んで食べる側、帝国主義国家になる必要があると感じてしまった。けれど農耕民族のDNAでは、狩猟民族の真似はできない。そこで狩猟民族の真似を覚えたリーダーを先頭に、後の大多数の日本人は集団で固まってついて行くことにした。そのリーダーに軍隊を選んだため、結局軍国主義を膨張させ、最後まで日本人は軍隊の後を命令通りについて行くことしかできなくなった」、と。
いさおとしては、自分が生きた時代を軍国主義として批判しようとか、皮肉ろうとかの考えはまったくなかったのだが。彼はただ知りたかったのだ、自分が特攻隊員へ志願した理由は、本当はなんだったのか、ということを。いさおの心は、自分は特攻隊員であり、特攻隊員に志願した理由は、祖国の危機を憂える憂国の情と国に尽くしたいという愛国心、家族を守りたいという願いとアメリカへの恨み、このことを強く思っていた。けれどどうしてそのように思ったのかの理由や原因に関しては、一切思い出すことができなかった。イサムの身体へ自分の心が入り込む時、原因となるような記憶は一切持ってきていなかった。イサムの脳を借りて考えた結果、あの時の自分には生き方の選択肢がほとんどなく、いずれ命を失う運命ならば、短くともより価値が高いと実感できる生き方として特攻隊員を選んだ、そう考えた。ただ、本当にそうだったのだろうか? 歴史書を読むと、戦前・戦中の教育では愛国心を徹底的に子どもに教え込んだ、とあった。洗脳、とまで書いてある意見もあった。洗脳によって植えつけられた愛国心が、本物の愛国心と言えるのだろうか。いさおはまさにそんな教育を受けたはずだが、実際は何と感じていたのだろうか? そう考えだすと、自分の心が感じている憂国の情や愛国心が、ひどくあやふやなものに思えてくる。自分は勇躍と特攻隊員へ志願したはずだが、それも半ば社会の暗黙の強制によって志願することになったのではないか、そんな疑念を感じていた。
4月も終わりに近づき、日本中がゴールデンウィークで浮足立ってきた中、大学の講義はカレンダー通りということでいつものようにいさおがイサムの代わりに大学へ行くと、サクラさんが、わかった、と言いながら近づいてきた。
「小川功二飛曹について問い合せしていた結果が返ってきたの。」
いさおの出身地である佐賀県の戦没者慰霊協会に問い合せしてくれていたのだった。サクラさんが見せてくれた書類には次のように記されていた。
「日本海軍軍人の小川功二飛曹は、菊水五号作戦に特攻隊員として参加し戦死。
戦死日 1945年5月3日 享年20歳」
直ぐにタカユキがネットで調べ、その日の特攻ではアメリカ軍の空母や駆逐艦に損害がでたことを教えてくれた。
いさおは、いさおの身体の中にいるイサムの心が自分を特攻隊員として終わらせてくれたのだと知った。感情の中に、感謝の気持ちとともに、狼狽するような感覚が生じた。
「それから、」とサクラさんが続けた。
「遺書も送ってくれているよ。ただ両親宛の遺書ではなくて、かっての恋人に送った手紙だそうよ。読む?」
恋人宛の手紙を自分は書いただろうか、そもそも恋人の名前も忘れているのに、と思いながら手紙の書かれた紙を受け取った。
「恵子殿 別離より1年以上も経ちながら己が最後の時に手紙を送ることをお許し下さい。日本男子としてあるまじき未練ながらも、別れの日以来、片時もあなたのことを忘れたことはありませんでした。郷里を離れた日、予科練の日々、そして出撃を待つ今も、あなたと、あなたと過ごした日々が私を支えてくれております。もはや二度と会うことは叶いませんが、あなたの面影を抱いて幸せに旅立った男がいたことは、どうか記憶の片隅にでも留めてくださいますよう願います。
また別れの日にお渡しできなかった、二人並んだ絵もお送りしました。既に無縁とお考えであれば直ぐに焼き捨ててください。けれどもし、少しでも慈悲の心が残っているのであれば、私が戦死したと聞いたらその絵は私の墓に私の骨の替わりに納めてくださいますよう願います。まったくの未練、されど心より願います。
戦争で死んだ者の魂は皆、靖国へ祀られると申します。けれど私は靖国には参らず、風となってあなたの周りに留まりたいと願っております。あなたが子を授かり、その子がまた子を生みあなたの孫が成長するまでは、少なくとも70年の間は、皆様の安寧と幸いを祈念しつつ、静かに見守っております。そしてそれは、私一人ではありません。多くの男たちの想いが風となってこの国に満ち、この国の行く末を見守っていきます。ですから、心安んじてこれからの人生を拓かれんことを」
その瞬間、イサムの記憶の中に、恵子という恋人の姿と一緒に過ごした日々の思い出が一気に溢れだした。いさおの心は記憶に圧倒されながらも、別れた後どれほど恋人のことを思い恋焦がれていたかを思い出した。常に彼女の絵を描き、その絵に向かって心の中で話しかけていたことも。
「この手紙はイサムが書いてくれたんだな。」思わずつぶやくと、いさおは心の底でイサムに対しありがとうと純粋に感謝した。
5月3日に、イサムの心はいさおの身体を動かして特攻に出撃しようとしている。それは70年前の過去の出来事だが、最初の出会いの時のように、同じ日付の同じ時間、同じ空間で2人が会えれば、最初の時のように2人の心は入れ替わるのかもしれない。今度はイサムの身体にイサムの心が、いさおの心はいさおの身体に。自分はその時、特攻隊の出撃基地だった鹿屋にいなければならない。けれどいさおの心には、躊躇があった。己の心は、今さら特攻隊員として死を迎えることに耐えられるだろうか。イサムのままでも良いから、あと少し生きてみたいと思うことはわがままなのだろうか。まったくの未練と思いつつ、それでも踏ん切りがつかぬまま、いさおは自分が特攻隊員に志願した本当の意味を知りたいと願った。
その夜、事件が起こった。
いさおがイサムの身体を借りて部屋でマンガの続きを描いていると、突然携帯電話が鳴った。サクラさんからで、早口で直ぐにミクちゃんの家まで来てほしい、という。怯えているような口調で、いつもと違う気配にイサムの身体は反応し立ち上がった。部屋を飛び出し、イサムの部屋から走って10分ほどのミクちゃんの部屋へ駆け出した。走りながら、電話でサクラさんに事情を聞く。
ミクちゃんのコスプレのファンだという男が、さっきからミクちゃんの部屋のドアの外に立ったまんまだという。その男は以前からミクちゃんに付きまとっていたようで、今日も夜道で声を掛けてきたそうだ。怖くなったミクちゃんがサクラさんを呼んだ。サクラさんが男に帰るように言っても、ミクちゃんに会わせろの一点張りで動こうとしない。もしかしたらナイフを持っているかもしれない。
ストーカーという言葉が、イサムの記憶の中から鮮明に浮かび上がった。ストーカーによる殺人事件というニュースの断片も次々浮ぶ。ただ事じゃない、イサムの脚はスピードをあげた。そしてミクちゃんのアパートにたどり着く。間に合った、男はまだドアの前にいた。いさおはイサムの声が、
「何やってるんだ。迷惑だろう。」と語気を荒げて言うのを聞いた。
男は暗い、焦点が合っていないような目でイサムの顔を一瞥すると、また視線をドアに戻して小声で言った。
「お前には関係ない。ぼくはミクちゃんに用があるだけだ。」
いさおの心もカッとして、男の肩を掴んで顔を向けさせると言った。
「ミクちゃんが会いたくないと言っているんだよ。帰れ。」
そのことばに、ポケットに手を入れたままだった男の右手が動き、イサムの手を払おうとした。ナイフを持っていた。寸前のところで避けると、男が舌打ちをして駆け出して行った。それをイサムの脚が追い掛ける。
追い掛けながら、いさおの心は驚くとともにうれしくなっていた。自分としてもミクちゃんを助けたいという気持ちだったが、イサムの感情はそれ以上だった。これまでイサムの記憶は自由に覗けても個人的な領域はあまり見ないようにしていたいさおだが、今ほとばしる好意の感情は受け止めないわけにはいかない。恵子さん宛の手紙の恩返しのつもりで、いさおの心も一緒に男を追い詰めた。
5分走って、やっと男に追いついた。後ろからナイフを持った手を掴んでナイフを振り落とすと、男は観念したようにへたり込んだ。
「なんでこんなことをするんだ。」
いさおが言うと、男は視線をあげないまま呟くように言った。
「ミクちゃんが悪いんだ。ミクちゃんが。ぼくがこんなに好きなのに。どうして聞いてくれないんだ。」
「ミクちゃんはお前なんか嫌いだってよ。もう二度とつきまとわないでくれってよ。」
嫌いということばに反応したのか、男はゆっくりと顔を上げイサムの顔を見つめ、けれど無表情なまま言った、
「だったらミクちゃんを殺して、ぼくも死ぬ。」と。
その瞬間、いさおの心に予科練の仲間たちの顔が浮かんだ。
飯田二飛曹。両親を早くに亡くし幼い姉妹を残したまま特攻隊員に志願した。
目の前の男の顔を見つめる。
暗い精気のない眼。他人の命も、自分の命も頓着していない。けれど死をどこまで知っているのだろうか? 仲間たちは、もっと生き生きとした眼をしていた。真剣に己の生と死を考えていた。颯爽と笑顔を見せて旅立とうとした。目の前の男は、どんな風に笑うのだろうか。その笑顔が、仲間に対しての想いであると気づくことはあるのだろうか?
きっと自分に対してしか笑うことはないのだろう。孤独な魂。けれど今、他人の命を奪うといったこの男は、この先何十年も生きて、その中で様々な生き方を選ぶことができる。それに引き換え。
いさおは、イサムの手で男の胸ぐらを掴むと、睨みつけて言った。
「知っているか? 昔この国には、お前と同じ位の年で、戦争に行くことしか生き方として選べない若者がいた。戦争に行って、死ぬことしか選べなかったんだ。それに引き換え、お前はいくつもの選択肢の中から生き方を選ぶことができる。この先、何度でも選び直すことができる。自分が本当に満足できない生き方だとしても、生きていれば繰り返し選択をやり直すことができる。それなのに、何で人の命を奪うようなことを考えるんだ。その人にも、自分自身の生き方を選択する権利があるんだぞ。その権利を、他人の欲望で奪われるなんて、絶対に間違っている。」 語気が強まる。男は何を言っているかという眼を向けると、また顔を横に向けた。
いさおの心に、イサムの感情に怒りがあふれてくる。
仲間たちは、精一杯生きたかった。もし生き方の選択肢が他にあれば、きっと充実した人生を送るための選択をしただろう。決して自ら進んで死を選びたかったわけじゃない。ただ生き方の選択肢は他になく、自分の運命と割り切って、けれどその選択の中で自分が納得のできる生き方を模索した。そしてその結果が特攻だとしても、悔いはないはずだ。生まれてきた時代のせいなのか。戦争の時代に、日本なんかに生まれたことが悪いのか?
目の前の男は、平和な時代に生まれ、物質的には不自由しないで育ってきたはずだ。生き方だって自分で限界を決めなければ、いくらでも選べたはずだ。それなのに今この男は、他人の命を奪うという生き方を選択している。それでも、この先に何十年という人生があり、その中で生き方を選び直せるという点で、あの時代の若者よりもよっぽど幸せなのだ。時代のせい、戦争の時代に生まれた運命というには、あまりに悲しい。彼らにこの男の人生を分けてやりたいほどだ。
仲間の顔が次々に思い浮かんできた。
増田二飛曹。予科練の同期。貧しい農家に生まれたが、勉強ができたため村の地主の援助で学校に行けたという。特攻隊に志願したのは、村への恩返しだと笑っていた。
河村一飛曹。造り酒屋の長男で一人息子。あとは妹が婿をとるさ、と先に旅立っていった。
古寺二飛曹。7人兄弟の末っ子でいつも母親に甘えてばかりだったと照れていた。特攻隊員となって立派になった姿を母親に見せられると胸をはっていた。でも寝言で「かあちゃん、かあちゃん」と泣いていたのを思い出す。
北尾二飛曹。許嫁の写真を肌身離さず持ち歩き、いつも皆にからかわれたが意に介さず、逆に自慢げに写真を見せびらかしていた。
小野寺二飛曹、柴田一飛兵、西峰一飛兵、、、仲間に対し、もう少し人生の時間を与えてやりたかったと願う。願うほどに、目の前の男に対し、怒りを通り越した感情、悲しくやるせない想いで胸が詰まる。
「お前は生き方を選ぶことができ、何度でも選び直すこともできるじゃないか。俺たちは選びたくても一つしか選べなかった。それと比べれば、少しくらい気に入らない生き方でもよっぽどましだろう。わざわざ、人の命を奪うような生き方を選ぶ必要はない。もっと他の生き方も選べるだろう。だから、」 男を捕まえた手に力がこもる。
選べなかった仲間たち、あの時代の若者たち。もっと生きていたかったはずの、それでも時代が許してくれなかった若者たち。時代に従うことを選んで笑顔で逝った若者たち。
「だから、頼む。
頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む。
どんな生き方を選んでもいい。お前の好きにすればいい。ただ、他人の命を奪うような生き方だけは選ばないでくれ。絶対に。
頼む、お願いだ。」
いさおは、イサムの眼から溢れる涙で視界が曇った。男は手を振りほどき、駆けて行った。その背中を霞んだ視界で見送りながら、イサムが叫び声をあげた。
「ウォー」
70年前の仲間たちへ届けとばかりに。




