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傀儡の箱庭  作者: 古井雅
7/12

Preceptor-5

やばい、失踪しそう……とにかく書かなきゃ(1月9日)

完成したけどクオリティ随分低いなぁ、でも書き直すとなるとマジで失踪しそうだなぁ(今日)

次から本気だす(今)



-5



「昨日、晴人の事故現場にいたのって磯崎くん?」


相変わらず特徴的な雰囲気を漂わせている日比谷は、磯崎と話すようになり自分に漂っている奇妙な雰囲気と視線、それを隠すことができるようになってきた。

幻覚を見るようになってから定まらなくなった視線も、ある程度ピントを合わせられるようになってきたし、雰囲気も刺を無くすことが出来てきている、日比谷は磯崎に声をかけてそれを改めて実感した。


「……あ、あぁ。もうすぐ浅井の月命日だし、それに帰り道だったし」


日比谷の問いかけにそう答えた人形(いそざき)は、いつものような声の震えはなく、緊張もしていないように感じられる。今まで彼と話していると、何処と無く彼の声にこもった畏怖心とか緊張が伝わってきたが、最近になって磯崎からそう感じることが少なくなってきた。

最初から、自分が近寄りがたいオーラとか刺のある言動とかが多かったことは自覚していたが、それを治すまでには至らずに過ごしていた。だが、デッサン人形のような幻覚を見るようになって、それを隠すことを意識するようになると自然と自分自身の周りにある雰囲気を意図して操れるようになってきたのだ。

もう幻覚を見てきて数ヶ月になるが、やっと人に警戒させない程度の雰囲気を保つことができるようになってきた、日比谷は心の何処かでそう安心した。


「そっか。晴人もきっと喜んでるね」

「今度の月命日一緒に行かないか? その日行くだろう?」

「行くけど……一緒に行ってくれるの?」

「当たり前だろ!」


力強くそう答えた彼に、今まであった畏怖心はなくて少しだけ嬉しい。元々磯崎は何に対しても鋭いというか、見透かされているような気分になることも多かった。その彼が安心して話してくれるということは、少なくとも恐怖心は与えていないということになる。

日比谷はそのことが少し嬉しくて無意識に顔を綻ばせる。

幻覚そのものは変わらずに続いており、今の今まで磯崎の顔が人間の顔として認識されることはなかった。それどころか人の認識に関してはどんどん酷くなっていて、人形に錆付きが増えていき動きがぎこちなく見えるようになってきた。気味の悪さは相変わらず変わっていないが、日比谷がその光景に慣れてきたのか吐き気を覚えることはなくなっていた。

それはつまり、日比谷自身が自分の見えている光景に違和感を抱かなくなってきたことの証拠だった。


「そう言ってくれると嬉しいよ。一緒に行こう」


日比谷の感情のこもった返答に、磯崎は露骨に顔を綻ばせ、表情には笑みが浮かんだ。だがその様子が日比谷に届くことはなく、磯崎の顔は更にぐちゃぐちゃに歪んだ。まるで事故で顔の部分が歪んだ人形の顔面のように酷く拉げていて、液状の何かがだらだらと流れ落ちている。日比谷にとってそれは幻覚ではなくて、紛れも無い真実であった。

気味の悪ささえも感じなくなった日比谷は、半ば雰囲気のみで人間の感情を読み取っていたのだ。

勿論、磯崎は日比谷の状態を知るすべはなく、少しだけ緩んだ警戒心から日比谷が学校に登校しない理由について尋ねてきた。

ここ数日間、日比谷が学校に登校する機会は激減していた。勿論日比谷自身そのことを気にしていたのだが、そんなことよりも重要なことを抱えていた日比谷にとってどうでもいいことだった。別に休んだ所でペナルティなどない。強いて言えば先生に怒られる程度のものだ。

それだけのペナルティならば学校に行く意味があまりなくて、自分の目的の為に時間を使ったほうが利口である、そう考えたのだ。


「……ちょっと体調が良くないんだ。元々あまり良い方じゃなかったんだけど」

「そうか、それならいいんだ。最近顔色も良くないから、お節介だと理解してても心配なんだよ」

「心配かけてごめんね」


体調が悪い、あながち間違っていないその言葉と共に表面上の笑みを浮かべる。

確かに体調という意味では間違っていないが、別にそれで休んでいるわけでもない。少しだけある背徳感が微妙に自分の心を掠めたが、相手の表情が見えないというハンディがその背徳感を薄れさせていた。

もはや学校をサボることに罪悪感など何もない、日比谷は自分でそう思っていたのだが、実際今の日比谷には人間的感情のほとんどが欠如していた。何か感じることもなく、何かを憂うこともなかった。特定の目的のみを遂行する人形、それに近い状態が現在の日比谷だった。


「……まぁいいけど、ほら、授業始まるぞ」

「あぁ、うん。じゃあまたね」


彼の言葉とともにけたたましく鳴り響いたチャイムの音が耳に入ってきた。それとほぼ同時に教室内に入ってくる担任は、相変わらず薄気味悪くぎこちのない動きのデッサン人形。

見慣れた光景とはいえ、人により気持ちの悪さの異なる嫌な人形の群れを見ていては精神が滅入ることもある。その精神の病みが日比谷自身に気づかないうちに表情に出てきてしまっていた。

更にその悪条件と相まって、日比谷は担任の冷たい視線に気が付かなかった。そもそも僅かばかりの首や目線の動きを視認できる程大きいものではなかったし、日比谷自身担任への興味は完全に欠如していたため、日比谷に向けられた痛い視線に気が付かなかったのだ。


だから、授業終了後に担任に呼び出されるまで、自分が担任に着目されていることに気が付かなかったのだ。



***



授業終了後、担任の高橋に生徒指導室に呼び出された日比谷は、重い雰囲気の漂っている生徒指導室の扉を音を立てないように開けた。

そこには、重苦しい雰囲気を発している担任の姿があった。相変わらず、日比谷に見えているのは不気味なデッサン人形だけだが、その雰囲気から説教をされることは目に見えていた。


「……あの、なんでしょうか?」

「何で呼び出されたのかは、君が一番理解しているんじゃないか?」


担任のその言葉でおおよそのことは察せたが、体調が悪かったのは本当だし、勉強も適度にこなしている。

普通に見れば何処に怒られる要因があるのか分からない、日比谷はそう感じて適当にはぐらかそうとした。


「最近の出席率ですか? それなら体調が悪いと連絡していると思うのですが?」

「それだけじゃない。最近、親御さんからも連絡があったよ。息子の様子が最近おかしいし成績も下がっている、とね」

「……少し自分勝手な親なんです。小学校の時からそうでしたし」

「浅井晴人君、君の親友だったそうだね」

「……そんなことまで話しているんですか?」


この担任に、浅井のことを話したことはないし、第一そんなに親密な仲でもない。その担任が、浅井のことまで知っているということは、それを誰かから聞いたということだ。そして浅井と自分について知っている人間はかなり限られている。

今の話から考えれば、自分の両親が担任に話したことは明白であった。大方「あの子が変になったのは彼が原因だから、勉強に力がはいるようになにか言ってやってほしい」とでも言ったのだろう。

心のなかで強く舌打ちした日比谷は、無意識に怒りの形相を相手に向けた。


「君の話を少しだけ聞かせてもらっただけだ。君は飛び抜けて優秀だからね」

「……それとこれとは関係ないと思いますが」

「そうだ。君の成績と君の生い立ちの話は関係ないものだ。だが影響を与えていることは間違いない。もうそろそろ、浅井君の命日なんだろう?」

「そうですが」

「死んだ人間に想いを馳せるな。君はそんなことで止まっているような人間じゃない。親友(しにん)なんて忘れて、目の前のことに力を入れなさい」


その担任の言葉に、日比谷は何も返せなかった。自分が薄っすらと心に残っていることだったのかもしれない、それとも自分がそれに羈束され続けていることを自覚していることだったのかもしれない。

どちらにしても、何も返すことはない日比谷は、聞こえるか聞こえないか程の大きさの歯軋りを続けているうちに、とある変化に気がついた。それは、下沢絵美菜と同じ変化だった。


視界が一度大きく歪んで、パズルをひっくり返したようにデッサン人形が粉々になって消えていった。その崩壊とほぼ同時に、今度は人間が形作られていく。

カビの胞子のような黒ずんだ埃がどんどん人間へと変わっていき、少しの間の沈黙の後に完全なヒト型の何かが形作られた。その不気味な光景は、夢に出てきそうなほど不鮮明で気味が悪かった。

だが、その不鮮明な光景は日比谷にとある確信を与えた。


「(あぁ、これってそういう意味だったんだ)」


少し納得したように、日比谷は立ち上がり、生徒指導室の扉を強く開けてかけ出した。唐突におかしな行動を取る日比谷に惑わせられるように、担任の高橋は彼の後を追った。

とても短い距離の追いかけっこは、日比谷が蹴り破るように開けた屋上の扉の向こうで終わりを告げた。相変わらず沈黙を貫いている日比谷は、柵の少し手前で地平線へと落ちていく落陽を眺めていた。


「待て、話はまだ...」


日比谷のすぐ隣に駆け寄ってきた高橋は、自分の言葉を最後まで残すことなく、断末魔とともに屋上から突き落とされた。

人の悲鳴は風音にかき混ぜられて、嫌な錯乱と共にアスファルトへと叩きつけられ、短い慟哭が辺り一面に広まって残侠していく。

気味の悪ささえも覚える惨状の中、日比谷は落陽へと落ちていく一人の人間の断末魔を見ること無く、背を向けてその場から去った。


小さな笑みを零しながら。


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