Preceptor-3
あけましておめでとうございます! 今年初投稿がこれですよ、って思ったら『白い世』の方で投稿されていましたね(´・ω・`)曜日感覚が全然湧かなくて……
今回の部分なんですが、恐らく最速で完成しましたので最低のクオリティです。疲れました。それを投稿するのは、多分練習という気持ちしか無いからです。
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あの日、日比谷と屋上で話した後から何かが変わったような気がする、そんな不安感を磯崎は抱いていた。
その理由は、あの日から彼は学校を休みがちになったのだ。毎日熱心とも思えるほど欠かさず学校に登校していた日比谷が学校を休むということ自体珍しいことで、多くのクラスメイト、教師が困惑した。
一応学校への連絡はされているようだが、理由そのものも酷く曖昧らしい。例えば、『少し用事があるから遅れていく』とか、『体調が優れないから病院に行ってから登校する』などの連絡は入れているらしいが結局登校することはなく一日が終了する日も多かった。
まるで最初から学校に行く気などなく、あくまでもその場しのぎの嘘をついているような感覚で、日比谷の性格から考えても不自然だった。
その奇妙な彼の行動を磯崎は何度も本人の問いただしてみるものの、彼は「最近体調が優れないんだ」の一点張りで何も話そうとしない。その不気味な様子が怖くて、なんとなくそれ以上の言及をしてはならないように感じた。
日比谷の行動に変化があってから二週間あまり、相変わらず登校と結石を繰り返している日比谷が登校してきたのは三時限目を少し回った時の事だった。
相変わらず顔色を一切変えずにやってきた彼の今日の言い訳は寝坊だった。その原因も体調のせいだと言っていたが、担任もクラスメイトも日比谷のあからさまな狂言に気付き始めていた。だからといって咎める人間も殆どおらず、今まで以上に不気味な雰囲気をまとう彼に近づこうとする者は磯崎の他にいなかった。
それでも彼のことが心配な磯崎は、授業の合間に出来たざわつきを掻い潜って、日比谷の元へ駆け寄り声をかけた。
「おはよ、体調大丈夫か?」
「……うん。大丈夫。おはよ」
「大丈夫ならいいんだけどさ、最近休みがちだからなんか気になるんだよな」
「そうかな? 刑事さんとかからの事情聴取も粗方終わったから、そろそろ体調良くなって来ると思うんだけど」
楽しそうな笑みを浮かべている日比谷の姿に先ほどまでの異常性や不気味さはなく、いつもの優しそうな日比谷に磯崎は安堵した。だが、それは彼の異常な行動が解決へと向かうものではなく、むしろ狂気さへと向かわせるものであることが何より怖かった。
今も定まっていない視界に、彼はどんな光景が見えているのだろうか。考えても想像できないことすらも想像してみて更に不安になる自分へ対する自嘲的な笑みが浮かぶ。
その僅かな磯崎の嘲笑を見抜くように、日比谷は顔に優しそうな笑みを浮かべながら磯崎に問いかけた。
「……なにか、あったの?」
「いや、特に無いんだが……心配で、な」
「そんなに心配されるような事したかな?」
「お前、自分で考えてるほど強くないんだからな? 少しは休養することも考えろよ。腕の打撲痕とかな」
さり気なく指摘した腕の打撲痕に気づいていなかったのか、日比谷は鈍い笑みを浮かべながら「ごめんごめん」とまくっていた腕を隠した。
磯崎は彼が両親から暴力を受けていることを知っていたのだが、彼自身が「内緒にしていて欲しい」と言っていたため気軽に言い出すことが出来なかった。だがこのまま黙っているつもりもなく、卒業までには彼の虐待のことは担任に知らせようと考えていたが、恐らく日比谷はそのことも見抜いているのだろう。だから磯崎は勝手なことが出来ず、そのままずるずると虐待のことを言いそびれていた。
もし、誰かにそれを告げてしまえば自分にまで被害が来るかもしれない。それが怖かったのだ。そんな恐怖を抱くということは、磯崎は日比谷のことを怖がっていることの証拠であるが、磯崎自身それを理解するまでには至らなかった。
「とりあえず、あんまり心配かけるなよ。浅井にな」
「あはは、晴人は確かに優しい子だから、僕の心配してくれてるのかな」
「優しい子っていうのは認めるけど、あいつは自分の関心のあるやつにしか優しくしないからなー。どっちかって言うと日比谷に似ているかもしれない」
「確かにそうかもしれないね。そう、あの子は、死ぬべきじゃなかったんだ」
「……不運な事故、そうして取ることをあの子はきっと望んでいる」
「うん。確かにね。それを望んでいるよ。晴人はね」
「そう……だな」
おかしい、彼との会話で抱いた率直な感想がそれだった。なんというか、親友を失った人間にしては随分と聞き分けが良いように思えるし、なんというか日比谷らしくない回答だ。
それに意味深な笑み、屋上で話した時とは全く違う彼の雰囲気に磯崎は終始圧倒された。何故ここまで狂気的な笑みを浮かべることができるのだろうか、磯崎は疑問を抱かずにはいられなかった。誰に向けられたとも分からぬ猟奇的とも言える嘲笑が、いつまでも頭の中でこびりついていた。
結局その日はそのまま会話が続くこともなく放課後を迎えた。その日に限って彼はそそくさと学校から出て行ってしまい、取り残された磯崎は仕方がなくそのまま帰路につくことになった。
夕月が顔を見せそうなほどの時間帯、嫌な軋み声を上げる公園のブランコが異常に強く聞こえてくる。学校の登下校ルート上にあるその公園は、思い出すだけでも忌々しい場所だ。
この公園に面している大通り、そこで浅井晴人が轢き殺された。結局そのまま犯人が捕まることはなく、時間だけが虚しく過ぎ去っていった。いつ見ても忌々しく蘇るあの時の惨劇、直接目にしたわけではない妄想の産物でさえも強く残っているその時の惨憺たる状態に、むかむかした気持ちに陥るのは、日比谷の様子を直に目にする磯崎だからこそ抱く感情なのかもしれない。
少し錆びれた空の缶コーヒーの中に手向けられている花々の前でそっと両手を合わせて浅井晴人へ祈りを捧げる。虚しい行為だと理解していても、気休めのように行ってしまうその行為は、半ば磯崎の習慣と化していた。
数分の間黙りこんで祈りを捧げている磯崎に、小さな声をかけられた。その声は磯崎さえも予想しない人物だった。
「……もしかして、磯崎君かな?」
「え? 貴方は...浅井のお父さんですか?」
「覚えていてくれてありがとう。その通り、僕は晴人の父親だ。不甲斐ない親を持たなければ、今頃あの子を殺した犯人を牢獄に縛り付けることができたんだろうなぁ」
「そんなこと...」
「あの子はいい友だちが多かったよ。君といい、日比谷くんといいね。少し話さないか?」
「……はい」
***
公園のベンチに腰を下ろした磯崎と浅井は、二人して大通りの方に目を向けながら黄昏に染まった公園内を淋しげに見つめていた。
浅井は警察で捜査一課で警部を務めている人間であった。当然彼の息子が亡くなったひき逃げ事件について関与することはなく、そのまま事件が解かれることはなかったことに強く後悔している人物の一人だった。
今でも残っている罪悪感が磯崎にも伝わってきて、浅井の苦衷を察することは事件を知る者にとって容易なことであった。その心境を吐露するように、浅井は重く口を開いた。
「未だにここに来るたびに思い出すよ。病院であの子の死体に縋り付いた時のこと。あの時は日比谷くんにも本当のことが言えなくて、ただただ人生が虚しく感じられたんだ」
「……心中お察しします」
「あはは、君からそんなこと言われるなんて、僕もまだまだだねぇ。あの子は一足先に旅立っていっただけさ。君が病むことはない」
「だけど...」
「君も、辛く思っていてくれるだけで僕もあの子も十分さ。日比谷くんにも近いうち逢いたいと思っているしね」
その言葉を聞いて、ほっとする気持ちと心の何処かでもどかしく思う気持ちの二つがこみ上げた。二律背反的なもどかしさは拭えなくて、悲しい気持ちで胸が締め付けられる。浅井はそれ以上の激情を抱えていることも十分に理解していたが、磯崎にも絶え間ない痛みがあり続けることももまた事実だった。
だが、その気持ちとは裏腹に日比谷がみた可能性が高い犯人についても興味を抱いた。未だに定かではない犯人のことを日比谷がもし知っているとするならば、それは復讐という悪意に繋がっているかもしれない。その強い不安が、磯崎の言葉となって浅井に問いかけの言葉が刺さる。
「あの……聞きづらいことですが、犯人の特定はなされているのですか?」
「僕は直接あの事件について係ることはなかったんだけど、結局事件の犯人が特定されることはなかったよ。わかった事実は直後に起きたショッピングモールの強盗と同一犯であることだけかな」
「顔とかをみた人はいなかったんですか?」
「目撃情報はなかったなぁ、それこそ日比谷くんも見てないって言ってたしねぇ」
「……日比谷も見ていないんですか?」
「あの子はそう言っていたよ。性格的にも嘘じゃないと思うよ。というかその辺は君の方が分かるんじゃないかい?」
「そうですね……」
自分の不安が、着実に形になってきている。そのことが更に磯崎の不安を煽った。あの反応から、日比谷が犯人を見ていることはほぼ確定と見ても良い。それなのにも関わらず、彼は犯人の顔を見ていないと言っている。それはつまり、他に目的があるからか、犯人の顔を他人に知られれば不都合なことが起きてくるということだ。
もしかしたら、自分の最も望まない展開が未来に待っているのではないだろうか、その不安感が常に磯崎に残っていた。
「それに、あの状況で日比谷くんが犯人の顔を見ることは不可能じゃないかな?」
「というと?」
「犯人は逃走時も目出し帽を被っていたらしいし、その目出し帽が発見されていない。つまり逃走に至るまで終始目出し帽を被っていた可能性のほうが高いんだよ」
「……そうなんですか?」
「うん。だから日比谷くんが犯人を見ていないっていうのは本当だと思うよ」
「……そうですか、それを聞いて少しだけ安心しました」
浅井の話を聞いて、少し納得する気持ちを感じて安堵した。だが、それならあの時の日比谷の表情がどうしても納得できず、頭が酷く困惑した。
だが、困惑している磯崎に対して浅井が聞こうとしていたことは全く違うものだった。
「……少し安心してるところ悪いんだけど、僕が今回聞きたかったことってそれじゃないんだ」
「え?」
「下沢絵美菜、それだけ言えば理解できるかな?」