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傀儡の箱庭  作者: 古井雅
4/12

Preceptor-2

視点変更っていうのが少し苦手な模様。これからも練習必須ですね。趣味で書くにしても上手になりたいっていう願望が強くなっていく今日このごろ。

今年はこれで最後な予感。曜日感覚が徐々に薄れていって大晦日を丸一日間違えていました(´・ω・`)


-2



「……その反応は、図星か?」


磯崎が日比谷に問いかけた問に対して、一瞬磯崎の方に顔を向けて、すぐにまた視線を地平線へと向けた。後ろめたい事柄がある、それを十二分に証明するかのような彼の態度に、磯崎は日比谷に確信のようなものを抱いた。

浅井の事故以来、確かに日比谷は変わった。だがその変化は怒りというよりも憎悪に近く、犯人を見つけることに尽力しているように見えたからだ。磯崎が知っている日比谷は、手がかりもないままそんなことをするような人間ではない。それならば、日比谷が浅井を轢き殺した犯人についての情報を持っている可能性が高かった。

例えば、犯人の顔を見ている、とか。


「それを君に言って何になるの? 仮に僕が晴人を殺した人間を見ていたとして、何故僕はそれを警察に伝えないの?」

「簡単な事だ。自分での復讐をしたいと思っているから、じゃないのか?」


磯崎のその一言が、態度には見えずとも日比谷の心に深く突き刺さったことは、磯崎にも理解できた。憂うような瞳と宛もなく見つめている視線、それらの行動がすべて、磯崎の仮設を確信へと塗り替えていった。

一瞬苦痛と苛立ちに歪んだ顔は、自分の言った一言が真実と違わずとも、的を射ていることを物語っていた。

それに気がついた磯崎は、日比谷に対する心配事(ふあん)が更に強まった。もし、彼が人を殺すようなことがあれば、それこそ浅井に示しがつかない。何より一方的にでも、大切に思っている友達が犯罪に手を染めるということが許せなかった。


「日比谷、お前は本当に復讐を望んでいるのか?」

「……さぁ、分からない。でも、望むなら僕は、晴人にもう一回、逢いたい。それしかないかな」

「...そうだよな。ゴメンな、こんな話して」

「いや、大丈夫。僕ももう、昔のことなんだから立ち直らなきゃって思ってるんだけど、なかなか立ち直れなくて」

「ムリに立ち直る必要なんて無いさ。人の死なんて絶対に免れないし、越えられないものだ。そこにずっと留まり続ける免罪符みたいなものだろう」

「そうかなぁ。なんというか、僕はあの時から一歩も動けていない気がするんだ。晴人が死んだ時、そのほんの少しだけ後から」

「……そっか。だったら尚更辛いよな。下沢の件も忘れろとまでは言わないけど、あんまり気にしないほうがいいからな」


彼の言葉を信じて、浅井の件についてこれ以上の言及は控えたが、磯崎はどこかで日比谷に対する畏怖心という名の杞憂があったのかもしれない。磯崎は少しだけ日比谷に対する恐怖感を抱いていて、それが形になっていくのが怖かった。

彼には言っていないが、浅井は日比谷のことを親友とだけ見ていなかった気がする。恐怖感と愛情の丁度真ん中、そんなところ。きっと浅井も感じていた恐怖、だけどその裏にある彼の愛情を、浅井は知っていて好きでいたのだろう。そのことを十分に理解していた磯崎は、尚更その恐怖を押し殺して彼と接すことが出来たのかもしれない。

日比谷は自分たちと何かが違う、磯崎は常にそう感じていて、それが畏怖心(きゆう)に繋がっていると思い込みたかった。唐突に話を翻したのも、そこにある。自分で重々それを承知のうえでも、磯崎は自分の行動を止めることは出来なかった。


「……どうかな、やっぱり僕のせいだと思うよ」

「それはまたどうして?」

「これ、彼女が自殺する少し前に送ったものだと思う」


そう言いながら、日比谷は自分の携帯電話を開いて磯崎に渡した。それを渡す日比谷は殆ど表情を変えず、少しの憂いも見せなかった。まるですべてを察しているような彼の表情が少しだけ、不気味だった。


「……なんだ、これ?」

「さぁ、僕ってこんなに恨まれてたのかなぁ……」


彼は相変わらず表情を変えずに、皮肉っぽくそう言いながら嘲笑を浮かべた。

磯崎が受け取った携帯電話に映しだされていたものは、夥しい数の日比谷に向けられた罵詈雑言、憎悪の念のこもった文章だった。


"なんで私の事好きでいてくれないの? 本当に嫌だ。どうせ叶うはずのない恋なんて棄てて私と付き合えばよかったのに、お前も死んでしまえ! 私も死ぬ!!"

"ふざけるな、一生お前を恨んで恨んで追い詰めてやる。絶対にゆるさない。お前みたいな人間地獄に落ちればいい"

"どうせ私のことを体目的のビッチだと思ってたんでしょう? 本当に嫌だ嫌だ。真面目ぶってるくせに私に対しては本当に残酷だ。死ね死ね死ね"

"お前が他の人間と付き合ってる映像なんて見たくない。そんなことがあれば私が絶対に許さない。だから死んでやる。死んで永遠にお前を束縛してやる"


あまりに自分勝手で幼稚な言葉の束、そんな印象を強く受けるほど自分勝手な下沢からのメール。だがそれは紛れも無く死者からのメッセージであったことから、磯崎の全身には逆立つように鳥肌が立ち、非常に強い悪寒が全身がねっちょりと這った。

不気味さと狂気さがにじみ出た文章、携帯のディスプレイ越しにすら感じる書き手の激情が磯崎の手元を震わせた。

だが、磯崎が強い恐怖感を感じているのとは裏腹に、日比谷は何も感じていないのか遠く彼方の空を虚ろげに見つめている。磯崎にしてはそれが何より狂気的だった。


「こんな、気持ち悪い文章、削除しないのか?」

「削除したら疑われそうなんだもん。どうせ近々警察とか来ると思うから、尚更消せないよ」

「……よく、持っていられるな...」

「まぁ、自分がこんなに恨まれてるっていうのがにじみ出てて嫌な文だよね。でもなんか、どうでもいいんだ。僕にはきっと、感情っていうのが無いんだと思うなぁ」

「そんなことないだろう。大体感情がないなら浅井と逢いたいとも思わないだろうしさ。ちょっと疲れてるんだって」

「……そうかな。そうだったら少し嬉しいなぁ」


相変わらず虚ろげに空の彼方を見つめていたが、少しだけ今の一言だけ感情がこもっていたように感じる。心なしか表情も少しだけ明るい。

何かを理解した、そんな表情とも取れる日比谷の心の中を見ることは磯崎には出来なかったが、それでも彼の支えになれていると信じて、日比谷の頭をそっと撫でた。その仕草は、浅井が日比谷によくやっていた仕草だった。


「どうしたの? 急に頭なんか撫でて」

「ちょっとやってみたくなっただけ。あんまり悄気げた顔してると伝染するから、出来る限り笑って過ごそうぜ」

「……そうだね。できるだけ、笑って過ごしたい」

「願望かよ、日比谷らしいなそういうところ」

「だって事実でしょう。そんなすぐには笑えないしね」

「そうだけど……それでも笑って生きてこうよ。そのほうが、浅井も喜ぶって」

「晴人が喜ぶなら、少しでも笑ってみる」

「そうそ、浅井の為に生きてくってのもいいんじゃない?」


磯崎のその言葉に、日比谷は手のひらで顎を覆いながら一考した後、何かを理解したように笑みを零した。その笑みが、何故か強い畏怖心を磯崎に抱かせた理由について、磯崎が知るすべはなかった。

どこまでも猟奇的、そして狂気的な歪んだ笑みは、磯崎を含む様々な人間とは異なる場所(ほうこう)を眺めているような気がする。地平線の彼方というか、その先の見えない月を見ているという感覚。


「……そっか。晴人の為に、そう生きていけばいい、そうすればいいんだ」

「...ま、まぁ、そのほうが浅井も喜ぶんじゃないかなって思っただけさ。日比谷の生きたいように生きることもできるからな?」

「うん。大丈夫、なんか生きる道が決まったような気がする」

「そっか。悩みあるならすぐに言うんだぞ?」

「ありがとう。なんか、磯崎くんって晴人と少し似ている気がする。話しやすいところとか、何処か察しがいいところとか」

「確かに似てるかもな。それで日比谷ともっと仲良くなれるんだったら万々歳だな」

「なれるよ、少なくとも僕は、磯崎くんの事好きだと思う。クラスメイトの中では比較的話しやすいし、話す機会あんまりないけど磯崎くんから話してくれるし、そういうのは嬉しい。」

「それなら俺も嬉しいよ。もう三年だし、来年になったら離れ離れになるから尚更今想い出作っておきたいからな。今度遊ぼうぜ」

「うん。今度遊ぼう。でも今日はもう帰るよ。もうそろそろ門限だしね」

「あ……そっか。気をつけて帰れよ」

「そっちもね。ばいばい」


その言葉を皮切りに、彼は早足で校舎を出てそのまま帰路についた。急に態度を翻したような気がする日比谷のことを、磯崎はただ憂うことしか出来なかった。

浅井と似ているという理由でも好いてくれていることは嬉しい事なのだが、それでも彼のあの態度の翻し方は気になった。だけど、それを彼に問いただすことは出来なかったし、問いただす気にもなれなかった。


「(日比谷、大丈夫かな……)」


相変わらず一抹の不安を抱えながら、無意識に小さくなっていく日比谷の影を目で追いながら、自分も帰る準備を始めた。



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