Mannequin-2
年末って堕落するっていうジンクスがあるのかもしれません。年明けにはテストが控えているのですが、勉強しようっていう気持ちが湧かないです(´・ω・`)
だからそっとゲームの電源を入れるんでしょう。
「やっぱり来てくれたんだ、日比谷くん優しいんだね」
彼女が指定してきた公園は、街の郊外にあり普段人通りが全くなく二人で話すならば絶好の場所だった。この公園は大きな池が大半を占めていて、特に入り口とは逆側のベンチは通りからも視認することが出来ず、何をするにも十分すぎる立地条件だ。
恐らく、そのような立地条件があったからこそこの公園を指定して来たのだろう。何が起こっても、良いように。
日比谷には彼女の連絡を無視することが出来た。持っている携帯はガラケーだったし、既読などという便利な機能もなかったため、もしもの時も「知りませんでした」とか適当に言い訳すれば丸く収まったのかもしれない。
だが、それだけでは自分への疑いが全て消えたわけではなく、最悪の場合は自分が疑われることにもなりかねないと感じたから、日比谷はわざわざ郊外にある公園までやってきたのだ。
どうせ家に帰っても、勉強ばかり強要されて、酷い時には暴力を振るわれるだけ。それなら適当な言い訳を考えて、時間を潰す意味も含んで彼女を説得するのもいいだろう、そう考えたのだ。
「……どうしたの? こんなところに呼び出して」
「わかってるでしょう? 私は貴方のことが好きなの。付き合って欲しいっていうことを伝えたかっただけ」
「それだけ伝えたいわけじゃないだろう。大体僕は面と向かって断ったはずだ。あなたとは付き合えないって」
ありのまま自分の伝えたいことばかりぺらぺらと口にする下沢に対して、日比谷も自分の思っていることを誤魔化さずに伝えた。
正直言って今の一つの会話ですら苛立ちを覚える。こういうタイプは自分の思い通りにいかないと気がすまないタイプだということを十分に理解していたからこその苛立ちだった。
大体、あの時ちゃんと断ったはずなのに未だに理由を求めてくる下沢に対して理解に苦しむ。
どうせ要らなくなったらすぐに捨てるくせに、こういう時ばっかり求めてくる人間が嫌いな日比谷は、彼女への嫌悪感が表情に出ていることに気がついてはいたが、それを止めることは上手に出来なかった。
自分でも自分の精神状態がどのようになっているのか、よく分からなくなっていることの証拠でもあったが、今の日比谷にそれを理解する余裕はなかった。
今の日比谷は、目の前の人の形をしたデッサン人形の口をどう塞ごうか、それだけで頭がパンクしそうだった。
「そこが納得出来ないの! 受験校が他県だろうと関係ないわ。私は全然遠距離恋愛大丈夫だし、第一日比谷君ならどの大学でも余裕で入学できるでしょう? 一年の頃からずっと学年上位だし」
捲し立てるような彼女の言葉に、更に日比谷は苛立ちを感じた。そもそも遠距離恋愛がどうとかこちらが伝えたいのはそうじゃない。
特に理由もなく付き合うということが嫌なのに、何故わざわざそんなことも理解できないまま自分の言葉を並べ続けるのか、日比谷は疑問を感じずに入られなかった。
「いや、それは下沢さん個人の意見でしょう? 受験には集中したいから付き合えないっていうのはダメなの?」
「恋人がいてもいなくても関係ないじゃない! 私は日比谷くんの邪魔なんてしないし、ただ側にいれたらそれでいいと思ってるの」
「だからさ、それは貴方の個人的な意見でしかない。だから僕は付き合えない。僕は下沢さんのこと何も知らないし知ろうとも思わない。他に好きな人だっている、だから付き合えない」
「……好きな人? それってどういうこと? クラスメイトの中にいるの!?」
鬼気迫る勢いで言葉を並べた彼女は、日比谷の「好きな人だっている」という言葉に反応し、怒号に近いほどの声で憤怒の感情を日比谷にぶつけた。
恐ろしいほどの憤怒が表現された彼女の言葉は、磯崎の話ですっかり"異常な女"という印象のついた日比谷に強い恐怖感を与えた。勿論磯崎の話については半信半疑だったが、本当に下沢は警察沙汰になるような事件を起こすかもしれない、そんな不安を抱くほど彼女の怒号は凄まじかったのだ。
狂気にも似た彼女の言葉は、少なからず日比谷に強い印象を抱かせることになった。
「君には関係ないだろう。大体なんで君が僕の恋愛観を決めるの? そこからして意味がわからない」
「……私はただ、貴方が好きなだけなの! 他の誰かに渡すなんて考えられないし考えたくない!」
そのあまりに理不尽かつ自分勝手な彼女の主張を聞いて、日比谷も彼女と同じように本心で答えた。
勿論恐怖感はあったが、それ以上に、自分のことを勝手に決めつけられた感じがして腹がたったということが強いのだろう。そのこともあり、日比谷の言葉遣いもどんどん荒くなっていった。
「煩いな……あんたのそういうところが嫌なんだ」
「は!? 私はただ...」
「人の事なんでも決めつけて自分の思い通りになるって本当に思ってるの? もしそうなら真性のバカだね」
「ちょっと、何言って...」
「そんなに自分の思い通りに運ぶ駒が欲しいなら従順なペットでも買えば? そうなれば自分の思い通りに出来るよ。あんたがご主人様なんだもん」
「意味わかんない。なに唐突に」
「僕は何度も嫌だって言った。それなのに何度も何度も鬱陶しいんだよ。はっきりいってあんたみたいなヤツ大っ嫌いだ」
自分でも驚くほど淡々と並べた言葉と共に、日比谷は視線を少しだけズラして池の水面に映し出された自分と下沢に目を向けてみる。
池の水は幻覚のせいで酷く濁り、膿と水が混じったような色に変色していて、その薄気味悪い水面には下沢と思しきデッサン人形と自分自身の姿。自分と歪んで見えるのは、自分の視界故なのだろうか。
だがそこまでボロクソに言われて、下沢も黙っているような人間ではなかった。
「……痛っ」
手のひらが頬を叩く乾いた音が公園の周りにそっと響き渡った。そのほんの少し後、頬が熱を持つように痛んだ。その痛みを覆うように頬に自分の手のひらを這わせる。少しだけ敏感な頬の赤みは、擽ったさすら覚えて顔を綻ばせそうになる。
痛みとともに確信に近い感覚が頭をよぎって、少しだけ冷静になって考えてみる。
「...最っ低!! あんただってどうせ叶わない恋心しか抱いたことないんでしょ!!?」
「……は...」
「そんなくだらない恋ばっかり抱えてるからいつまでたっても彼女なんて出来ないのよ!!」
「叶わない恋心しか抱いたことないんでしょ」、その彼女の一言が、強い強い咎となって自分の海馬に突き刺さった。ばらばらになったパズルが一瞬にして組み合わさるような感覚と共に、自分の知らない何者かに向けられた強い感情が浮き彫りになるようなものを感じた。
そしてそれと時同じくして、目の前の光景も一瞬崩れたようにバラけた。下沢絵美菜という存在のデッサン人形のような視界が一度塵となり、それはカタチを変えて再び下沢絵美菜へと変貌した。
だがそれは、今まで見ていた幻覚ではなく、本物の下沢絵美菜だった。それは久々の人間という存在で、今まで見ていた幻覚が普遍的になり始めてきた自分の感覚に変化を及ぼすようなものだった。
でも、幻覚が途絶えたことよりも、その時日比谷は下沢に対する強い怒り、殺意でそんなことを考えているような余裕はなかった。目の前が真っ暗になるほど強い激情、今の日比谷はそれに支配されていた。だから上手い返しを考えること無く、日比谷はその場から立ち去ろうとした。
「……付き合ってられない。僕は帰る」
「待って、ここまで言っておいてとっとと帰るの!?」
「僕はそんな話をするためにここに来たわけじゃないし、付き合うつもりもない」
自分の腕をしっかりと掴んで離さない彼女の腕を強引に振り解き、煮え切らない殺意と怒りを抱えながら日比谷は下沢に背を向け歩き出した。
池の脇道を歩きながら、自分の怒りを抑えこもうとして必死な日比谷には、すぐ後ろから駆け寄ってくる下沢の気配には気が付かなかった。相変わらず下沢以外は気持ちの悪い光景が目まぐるしく蠢いていて、平常心を装うことすら日比谷には難しかったのだ。
だから、日比谷が下沢の気配を認知したのは、彼女が持っていたロープが日比谷の首にかけられた瞬間だった。
「付き合えないなら、一緒に死にましょう?」
一瞬視界がぐらりとゆらぎ、何が起きたのか分からず絞め上げられた苦しみだけが伝わってくる。日比谷が、下沢が自分を殺そうとしているということをやっと理解できたのは無意識な防衛本能に従って、首を絞めている彼女の無防備なみぞおちに肘打ちをしたすぐ後だった。
肘に何か柔らかいモノが当たった感覚と共に、日比谷は大きく咳き込みながら下沢に対するとある感情が明確化した。その非現実的な感情は、殺意だった。それを把握するとともに、日比谷は下沢絵美菜という人物について理解する事もできた。
恐らくこの女、最初から一緒に死ぬ気なんてさらさらない。そればかりか自分を殺す気すらない。多分、殺す寸前のところで紐をゆるめて、「付き合ってくれないなら本当に殺すから」など言って自分のしたいことを通そうとするタイプだ。
それなら磯崎の言っていた下沢絵美菜という人物像に当てはまるし、不明確な下沢の自分への殺意も頷けた。あまりにも中途半端な下沢の自分に向けられた殺意、それが実に強く明確化されて、日比谷は彼女の握っていたロープを奪い取った。
「え……?」
日比谷が聞いた下沢絵美菜の最期の声がそれだった。
彼はためらうこと無く、下沢の首に奪い取ったロープをかけて一気に彼女の首を締め上げたのだ。その表情には躊躇などは伺えず、ただ目の前の人間を殺すことのみに集中しきった表情だった。
まるで何かに取り憑かれたかのように首を絞め上げる日比谷の表情は、本当に無表情で、シリアルキラーと呼ぶに相応しい顔つきに変化していた。当然その変化を当人が知るすべはなく、下沢の首を強く、強く絞め上げた。
彼女のポケットの中に入っていたハンカチを素早く取り出し、日比谷は躊躇わずに彼女の口元に押し込んだ。同時に少しだけくぐもった声が響いたが、嘆きにもにたその声が日比谷に届くことはなかった。
場所が場所だけに、下沢が首を絞められている光景を通行人が見つけることが出来ず、日比谷は彼女の首を絞めながら少しずつ移動し、公園の中からも見えづらくなる木陰まで自らと共に移動させて、一気に縄を握る力を強めた。
下沢が意識を失った状況にも関わらず、日比谷は首を絞める力を緩めず、更に強めた。5分程度首を絞め続け、日比谷はそっと自分の手の力を抜いていき、口からだらだらと体液を流して倒れている下沢を尻目に彼女の脈を確認した。
首元に指先を這わせ、彼女の脈を感じ取ろうとするが、既に死亡した彼女から脈を確認することが出来なかった。
「……はぁ、はぁ、」
荒く呼吸する日比谷は、彼女に脈が無いことを確認したあとやっと正気に戻った。目の前に転がっている下沢絵美菜、と思しき物体は再びデッサン人形へとカタチを変えていて、日比谷の心を現実の元へと回帰させた。
手のひらに未だに残っている擦れるような痛み、鬱陶しいほどに響いている鼓動、すべて目の前の死体が物語っていた。今自分が、何をしたのかを。
それを理解して、日比谷は後悔した。一体なんてことをしてしまったんだ、自分はなんでこんなことを……。だが、そう考えたのも一瞬だった。徐々に冷静になってくると、そんな後悔すら考えることがなくなり、一体なんで彼女を殺害したかすらもよく分からなくなった。
つまり、日比谷は人を殺したことさえもどうでもよくなったのだ。そのあまりに中途半端な気持ちが、自分の心に語りかけるように問いただす。だが、その意味すらも理解できないまま、日比谷は、「なんで後悔していないのだろう」という疑問しか湧かなかった。
人を殺す、その重みについて理解することが出来なくなっている、今の日比谷の状態を明確に表すのならばそんなところだった。
ここまでのご覧下さり有り難うございます。これにて序章的な何かが終わりです。私は小説の中でも人を殺すものはすきじゃないんですが、これに関しては割りとバンバン人が死にます。こういう話になるのはジンクスなのかはわかりませんが、こんな拙いものでも見ていただければ幸いです。次回も是非ご覧くださいませ。