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傀儡の箱庭  作者: 古井雅
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Mannequin-1

ちょっと前に投稿した『殺意の人形(カタチ)』と『殺意の未来(マツロ)』と少しつながりのあるものです。

これは完全不定期更新となりますので、気長にお待ちください(ヽ´ω`)

特に来年からはリアルが忙しくなるので、更新ペースは落ちてしまいますが、HDDの故障以外なら続行するので大丈夫だと思います(`・ω・´)ゞ

「私ね、日比谷くんのことが好きなの!」


今、目の前にいる人物は、同級生の女子生徒。誰がどう見ても告白の瞬間であるが、そんなことよりも告白された日比谷瑛祐は、自分が見えている光景を必死で取り繕うのに必死で、目の前の女性の言葉に上手く耳を向けれていなかった。


日比谷は数ヶ月前から、とある症状に悩まされていた。

その症状とは、人間を人間として識別できないものだった。具体的に言うと、人の形をした人形のように視認してしまい誰が誰なのかわからなくなる、という症状で言うなれば絵のデッサン人形のような形状に人を認識してしまうのだ。

当然誰が誰なのかを外見で識別することは不可能で、この数ヶ月の間そのデッサン人形の声や仕草などで話しかけている人物を特定してきた。

だが、その症状は日毎に強まっていき、最近では人間の識別だけではなく日常生活に支障をきたす手前まで症状が進行していた。


元々精神疾患などに詳しい日比谷ですら、こんな奇妙な幻覚に惑わされる原因が分からなかった。

自分の見ている光景が、事実と大きく歪んで見えてきて、何処から先が本当で、何処から先が偽物なのか分からなくなるほど混乱していた。

学校の授業や食べ物、本や新聞などの文字の類まで幻覚が現れることはなかったが、それ以外のものは自分が今まで見ていたものを疑う程の変貌を見せていた。


道路を行き交う車は皮をひん剥かれたような牛が高速で走っているように見えたり、酷い時には死肉に金属片が混じったようにも見える。人間以外の動物も似たようなもので、カラスや鳩などの鳥は肝臓のような色をした塊が飛行しているように見えたり、植物は電線が張り巡らされたように嫌な変色を見せている。

こんな奇妙で異常な幻覚が数ヶ月、正確な日にちを言えば二ヶ月と三週間続いている。自分の見ている光景にはようやく慣れてきたものの、症状はどんどん酷くなっていっているのが自分でもわかる。

最近では公園や山、歩道や建造物などの視界に入るものほとんどがこの幻覚の影響を受けていると言っても過言ではないほど症状が進行してしまった。


もしかして、なにか変なものでも食べてしまって、その影響でこんな奇妙な幻覚を見ているのではないだろうか。

そういえば最近、鼻づまりが酷くそれを解消するための処方箋を摂取しているから、それの副作用なのかもしれない。

普通ではありえないような仮説ですら、今の病んだ精神状態では本当に感じてしまう。こんな理解不能な世界に留まるのは嫌だ、ただひたすらにこの地獄から抜け出すために思考を巡らせていたため、目の前の告白に目を向けることが出来なかった。


「……今は受験に集中したいから、ちょっと応えられないかな……」


そもそも教育に厳格な家では、恋人など許されるはずが無いため、奇妙な幻覚がなくても断っていただろうが、その時に伝えた言葉は自分でもかなり冷たく感じた。

普段はこんな冷たい言い方をする方ではないのだが、素直に人を好きと言える単純さに少しだけイライラしたということもあるのだろう。

人を恋愛的な意味で好きになったことのない日比谷だからこそ抱いた感情かもしれない。

だがその冷たい日比谷の返しに、告白してきた女性、下沢絵美菜は素直に「そうですか」と言うほど弱い人間ではなかった。むしろ下沢は好きな人を簡単に諦めるような人間ではなく、

時に手段を選ばずにしつこく食い下がってくることで有名だった。

日比谷もそのことは知っていたが、そもそも下沢との会話がほとんどなかった日比谷にとって、そんな噂の真偽は知らなかったし、真偽をしろうとも思わなかった。


「じゃあ受験が終わったら付き合ってくれるの!?」

「いや、そうは言ってないよ。大体僕が受験するのは他県なんだよ? 下沢さんとも離れ離れになるし、僕は遠距離恋愛なんてする気になんてないよ」

「……それってつまり、私から逃げるってこと?」

「え...」


思わぬ彼女の解答に、思わず声を出してしまった日比谷は、すぐに口を手で塞ぎバツの悪そうな顔で彼女を睨んだ。

だがその睨みさえも、彼女は物ともせずに強い怒りを漏らした。当然彼女の怒りに満ちた表情はデッサン人形のように茶色く歪んでおり、その憤怒の色を識別することは出来なかった。


「もういいわ!! 私から逃げられるなんて思わないで!」

「ちょっと……」


下沢は日比谷の言葉を待たず、大きな音を立てて屋上から出て行った。

叩きつけるように閉められた扉は、幻覚のせいなのか酷く屈折していて気味が悪く鏡像が歪んでいる。

黄色く染まっているであろうアスファルトはビニールシートのようなもので覆われていて、足元には嫌な感覚が常にまとわりついている。


「はぁ……なんだよ、気持ち悪いなぁ」


深くついたため息と一緒に、現状自分が見えている光景に対しての率直な感想を吐き出すように告げた日比谷は、行く宛もなく屋上の淵から水平線の彼方を見つめた。

そこに広がっているのは、今の自分の状態で見ることのできる数少ないまともなもの、太陽の神々しい輝きだった。


これが当たり前の光景、そう思う程自分の現在の状況に戸惑って悲しんだ。なんでこんなことになったのだろう、残っているのはただただそれだけだった。

家に帰っても勉強を強いられて、息苦しいだろう。かと言って此処に留まる意味もない。複雑で虚しい心境に思い巡らせながら、自分の目前に広がった異形の世界に目線を落とした。

まるでホラー映画でも見ているかのような生理的嫌悪感を抱くほど薄気味悪い自分の見ている光景は、現実に接している異形たち、そう表現することが最も適切に思えた。


まるで肉壁のような木、無数の眼球が壁に埋め込まれたような建造物、ぬいぐるみが溶けたような風貌の犬やネコ、デッサン人形のように歪んだ人間たち、全てが現実なのに、現実離れしている不気味に広がっていく異形たち。

これは、自分の非常に不安定な精神状態がもたらした幻覚なのだろうか。そういえば此処数年、安らいだ記憶が無い。大切にしていた親友が交通事故で死んでから、そこからどんどん自分の精神状態が崩れていった。

厳格な父親と教育に異常に厳しい母親の二人に囲まれて、息の詰まる日々を送っていた中、僕の唯一の支えは幼稚園の頃から一緒にいてくれた、浅井晴人だった。だけど、中学を前にして彼は、ひき逃げにあった。強く頭を打ったことが原因で起きた脳挫傷、今でも頭の中にこびりついている嫌な三文字だった。犯人は未だ捕まっていない。Nシステムにかかった車は盗難車で、晴人がひき逃げに遭った直後に事故現場すぐ近くの脇道に乗り捨てられていた。

車内から発見された毛髪や皮膚片からのDNA採取は出来ず、犯人につながる手がかりは完全に途絶え、そのまま事件は迷宮入りとなった。犯人は晴人を撥ね飛ばした直前、とあるショッピングモールの宝石店を襲撃し、数十万近い価値のある宝石を強奪していた。それなのにもかかわらず、逆に言えばそこまで判明したにもかかわらず、晴人を殺した犯人を見つけることが出来なかった警察に対する怒りが強く、それがこの光景に反映されたのかもしれない。


「……人、殺すってどんな感覚なのかな」


不意に異形の光景と、あの時の感覚がだぶって見える。引きずり込まれそうな黄昏の空に潜ませた感情を見るたびに、泣きそうになった。

あの時の空も、こんなふうに泣いていたような気がする。どこかで聞こえたような慟哭が響いて、日比谷は屋上から立ち去った。



***



「なぁ日比谷、お前昨日下沢から告白されたって聞いたんだけど、大丈夫なのか?」


相変わらず人が識別できない幻覚は続いているため、不意にかけられた声が誰のものか分からず、一瞬間を開けて声をかけてきた人物がクラスメイトの磯崎だということに気がついた。

クラスのムードメーカー的な彼は、クラス全体の情報を豊富に持っている人間で、勿論下沢がどのような人物なのかを十分に理解していた。

元々あまり日比谷と親密な関係ではなかったのだが、時折会話を交える程度の中ではあるため、忠告という意味も含んでの声がけだったのだろう。そう瞬時に理解した日比谷は、少しバツの悪い顔をして磯崎の認識できていない顔に視線を向けた。


「あぁ……でもちゃんと断ったよ? ほら、僕好きな人いるし、今は受験に集中したいし」

「お前、そんなんで下沢が諦めると思ってるのか? アイツはなかなかのヤンデレだからなぁ、気をつけろよ」

「というと?」

「下沢、前回の彼氏と別れるときに刃物振り回して警察沙汰になったんだ。あぁいうやつはそういうの繰り返すからな」

「……そんなに酷かったの?」


声色から相手の感情を察することができるようになってきた日比谷だったが、やはり表情での認識がすることが出来ないため、事実確認の意味を込めて下沢の起こした事件について詳しく彼に問いかけた。

はっきり言って自分の想像の遥か上を行くほどの人物ならば、すぐに誰かに相談しようと思ったし、場合によってはこちらが危険なことになりかねない。

無意識のうちに嫌な危機感を感じた日比谷を察したのか、磯崎はその時の情報を出来る限り細かく日比谷に説明した。


「一年くらい前なんだけど、突然下沢の彼氏が他校の男子生徒と恋人関係だったらしくて、それを黙って下沢と付き合ってたことに激怒したらしいんだよ」

「……随分複雑な事情なんだね」

「まぁその彼氏の方にもだいぶ非はあるんだけど、それでも下沢のやったことは異常だった。その彼氏と一緒に心中しようって包丁をショッピングモールで振り回したんだぜ?」

「そんな人だったんだ……でもそんなニュースなかったよね? いくら未成年とはいえそんなことしたらニュースに取り上げられてもおかしくないんじゃない?」

「幸い大きな問題にはならなかったらしいが、その真偽は分からないで終了だけどな。下沢っていう女はそういうヤツだ。何かあったらすぐに担任でも俺でもいいから話せよ?」


いきなり聞かされたあまりにも非現実的な内容が事実であることは、表情など認識できなくてもすぐに理解することが出来た。

それと同時に強い恐怖感と危機感、今自分を悩ませている幻覚とともに嫌な恐怖感がじっとりと汗となって躰に張りついてきた。その時はクラスメイトの手前平然を装ったが、内心自分もそのような事件を起こされて、最悪殺されるかも知れないと考えると不安で仕方がなかった。

手に触れた冷たい机が唐突に嫌な感覚にすり替わったようで、苛立つように裾の中に手を隠した。


「ありがとう、磯崎くん。何かあったら相談させてね」


安定しない目線を彼の顔面に落として、必死に彼の顔を視認しているふりをする。こういうことも最近になって慣れてきて、今では十分に人と話すことができるまでに回復した。

それどころかこの幻覚を見る前に比べて、人との交流が増えたような気がする。きっと、自分が見ている幻覚を人に知られないように気を使っていることに起因しているのだろうが、自分を最も苦しめているであろうこの幻覚が、自分が最も欲しかったものを与えてくれているなんて皮肉だ、日比谷はそう感じながら磯崎に別れを告げ帰路についた。



普通学校からの帰り道なんて、徐々に見慣れていくものなのだが、日比谷は自分の見ている光景にいつも慣れず、常に自分の知らない道を歩いているような感覚に囚われていた。

朽ち果てた電線のような街頭の植物たち、肉塊が擦れたような音を常に発し続けている異形の車たち、ぎこちない歩みを続けているデッサン人形のような人の群れ。異質な状況下では一番まともである自分が真の異形であるように感じてしまうのはただの錯覚なのだろうか、日比谷は言い知れぬ感覚に襲われる日々に徐々に精神が蝕まれていた。

元から精神的に安定していたわけではない日比谷にとって、こんな異常事態は更に自分の精神を傷つけることになった。


本当に恐ろしいことは、日比谷本人がそのことを自覚していないことだ。既に感覚の麻痺していた日比谷は、自分の精神が限界寸前であることを理解できていなかった。だからこそ日比谷は、自分の見ている幻覚を他者に開示しようとせずにひた隠しにしているのだ。

このままこの状態が続けば、確実に崩壊する時が来る、そのことさえも日比谷は理解できずに日常を彷徨っていた。


「(あれ、なんだろう。メール?)」


制服のポケットに入れて放置していた携帯電話のバイブレーションの振動が小刻みに伝わり、胸の小さな隙間に手を伸ばした。

すぐに途絶えたバイブ音で、携帯が伝えようとしていたことはメールの受信であることを瞬時に理解した日比谷は、小さな疑問とともに携帯電話のディスプレイを開いた。

普段他人と関わりのない日比谷にとって、携帯など意味をなさないもので、もはや固定電話のような使い方をしているレベルだ。そんな日比谷の携帯電話にメールが入るなんて滅多にないことだった。

本人もそれを十分に自覚していたため、不審に思いながらもディスプレイに表示された不吉な名前を確認した。


「(……"下沢絵美菜"。そういえば、メルアドの交換しちゃってたっけ)」


だいぶ前に友達を通して連絡先を交換していたことを思い出した日比谷は、露骨に嫌そうな顔で携帯の文字盤に指を這わせながらメールを開いた。

当然無視することも出来たが、無視したら無視したで面倒そうだったため、日比谷はすぐにそのメールを開いた。


「("日の出ふれあい公園の池の近くにいるから、来て欲しい。来ないと死ぬから")」


ここまでの御覧くださいましてありがとうございます。

今回はほんわかしてましたが、次以降からはなかなかえぐい内容になっていくと思います……。ほんわか目指しているのにどうしてこうなった。

出来る限り早めに仕上げます。次回もどうぞよろしくお願いします。

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