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作者: 小呂 花茂乃

別にそんなにかっこいい訳ではないけど、


と、彼女は前置きをして僕に言った。


「私はあなたが好きよ。どういうわけか。」


一言余計だとも思ったしやっぱり僕はそういうものなのかな、とも思った。

だから、こんな苦笑いな顔しかできない。



私はなんで、あの人を好きになったんだろう。

本当に、はっと人目を引くような顔でも、愛嬌のある顔でも、どこか人を引き付けるような顔をしているわけではない。けれど、正直にいうと、顔がきっかけだった。どういうわけか。これだけいうと、私が面食いのように聞こえてしまうのが不本意なのだが、私には他の説明の仕方が分からない。から、しょうがない。

いつだったかはもう覚えていない。そんなに遠くはないけど、もう結構な月日が流れた。

けど、その日のことは覚えている。忘れられない。

その日はテスト期間だった。

部活もなかったので、学校に残って勉強することにしていた。

一時間くらいして、やっぱり疲れてきた。所詮私の集中力なんてこんなもんだ、と心のなかで嘲笑う。

廊下でゲラゲラ笑う声や、女子の下らない恋の話とか、知りたくもないのに丸聞こえで正直うざりというか、いらいらしていた。もしかしたらストレスが溜まっていたのかもしれない。

あぁ、イライラして頭が痛い。

なんとなく空を見ようとしたら、私の席(後ろの列から二番目で左から3列目)の左斜め前に座る彼の顔が見えた。

あっぽん口開けて。

ずーっと遠くを見て。

ぼけっとした顔がなんとも言えなかったから。

私は心のなかで、指で作った額縁に、その姿をおさめた。



僕がそのとき何を見ていたのかというと、飛んでいる雀を見ていた。

ぴちちっと鳴いて、おいかけっこをするように飛んでいく何羽かの雀。

僕はそっと息を吐いた。

いつからこんなに僕はこんなになってしまったんだろうと思う。

理想の中の僕は、もっともっと素晴らしい顔立ちの素晴らしく頭がよく素晴らしく運動神経がよく素晴らしい人間なのになぁ。

勿論、それだけが大事だって訳ではないけど、そんなのわかってるけど。結局無い物ねだりだな。

あー、空を飛びたいなぁ。

みたいなことを考えていた気がする。

そんなこと考えながらぼんやりなんとなく勉強してたからテストはさんざんだったけど。


急に、視線を感じることが増えた。

僕の気のせいかな、と思って、後ろにある黒板が見たくて後ろを向いたら、彼女と目があった。彼女はぼーっと眠そうな目をして窓を見ていたみたいなんだけど、吸い寄せられるように僕の目を見た。

彼女はとっても面白い顔をして、目をそらした。

僕はその瞬間だけ、視線を感じることが増えたことなんてすっかり忘れていたけど。

あぁ、今思うと彼女だったんだな。



その瞬間もよく覚えている。

私はもう一度だけでもいいから、彼のあの顔が見たかったから、ずっと彼を見ていた。

そのときは私のあんまり得意ではない先生のあんまり得意ではない教科だったから、まあ聞かなくてもいいかと思ってぼんやり彼を見ていた。

彼は観察しがいのある人だった。黒板を見ていた、と思ったらばっと時計を見たり、ゆるーっと周りを見渡したり。はたからみると、少し変な人かもしれない。謎な雰囲気があった。

眠りそうでうとうとしているときが一番最高だった。

あの日もそんな顔をしているのを見ていた。そしたら私まで眠くなってきて、船をこぎ始めていた。

突然彼がむくっと顔をあげ、何を思ったのか後ろの黒板を見ようとした。気配はわかったのだが、私は本当に眠かったために目をそらせなかった。

だから。彼と目があった。

彼の目が後ろの黒板から私の目に吸い寄せられるように動いた。

彼は多分何も感じなかったと思うが。

視線がぶつかって、ぱちっと、何かがはぜた。

それは思い返してみるとほんの一瞬だったのかもしれないけど、そのときは永遠ににた時間が流れた。なんとなく、目をそらしてはいけないんだ、とは思ったものの、ずっと見ているのも恥ずかしくなって、すぐにか、しばらくして、なのか分からないけど、とにかく先に視線を外したのは私だ。

そして、ほんの少し、後悔した。

見すぎ。



月日は少し流れて、ある月のある日。

僕は予約していたCDが店に届いたと電話がきたので、少し都会の大型書店へやって来た。

大きな本屋さんは僕にとっては、いわば宝が眠っているといわれている宝島のような。例えが分かりにくいけど、まぁ心踊る場所なのだ。

僕は絵本が好きだ。子供っぽいとバカにする人は一度真剣に読んでほしい。それこそ、宝石のようにきらきらしたものだ。誰だって小さい頃に好きだった絵本の一冊や二冊、あるはずだ。

それを子供っぽいと一蹴するのは幼かった僕らに失礼だ。それに絵本が僕らに与える影響は大きいのだから感謝こそすれ、バカにするなんて言語道断である。

話がそれた。

あとは適当に、まぁ絵本のコーナーもふらふら見ただけなのだが、児童文学やらライトノベルやら小説やら漫画やら見て時間を潰していた。

僕が好きな写真家がそういえば先月辺りに新しく写真集を出したんだよなあと思いだし、そちらへ向かい、買うべきか悩んでいると、

「あっ。」

後ろから突然声がかかった。

びっくりして持っていた写真集を落としそうになった。

誰? と思ったらなんてことない、お察しの通り彼女である


「その人の、好きなの。」

「うん。」

「奇遇ね。私もこれを買いに来たのよ。」


彼女のふっと緩んだ顔、僕は忘れられない。

今までの彼女はどこか近寄りがたい雰囲気があったから、こんな顔をするなんて意外だなあと思ったのだ。



本当にその日はその用件でその書店に向かったのだ。偶然だったから、思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。

この写真家の写真はいい。何がいいって言われても分からないけど。直感的に、あっ、いいな、って思ってしまったのだ。そう思わせるってすごいことだと思う。

彼と交わした会話は先ほどの通りだ。

あれだけだった。お茶にでも誘えばよかったかもしれないと店を出てから少し後悔したけれど、話すことがなくて気まずい沈黙が降りるのであれば、やっぱりいかなくてよかったかもしれない、と最近思うようになった。

最近はそのプチ都会に遊びに行ってなかったので、しばらく散策した後、早く写真が見たかったので、家路についた。

彼もこの写真、写真家が好きって言った。

それだけでなぜだか印象が変わるような気がした。

ここまで来るとストーカーって思われそうだなあと思うことは何度も何度もあったけど、今日は本当に偶然だったから、仕方がなかった。

でも、私は本当にあなたが好きよ。

ねぇ。

もう、決意はしていた。覚悟も決めていた。勝率、1割…いや、1%にも満たないな、今までの私を振り返ると。気持ち悪いよ、私。

只、いつ言えばいいのだろう。そこが問題であった。



当時の自分は彼女のことをどう思っていたのだろう。もう思い出せない。

悪くは思っていなかったことは確かだ。

その日は結局その写真集を買った。

彼女もこの人が好きなんだなあ。

僕がこの人を好きな理由は、最初に見た写真がインパクトの大きい作品だったから。

普通はこんなの撮らないでしょう、というようなものばかり。

でも妙に優しい温もりを宿した写真たちに次第に引かれていくようになった。

今、彼女もこれを読んでいるのかな、と思った。

そう思うと、何だかこの写真たちが少しふわっときらめきを増したように見えたのだ。

なんでそんなことを思ったのだろう。

僕は、惹かれていたのか。分からない。



そして、今に至る。

もっと色々あったような気がしないでもないが、私が強く彼に思いを寄せたのはこれらの思いでだけだったと思う。少ないとも思わなくもないが、それはそれで構わないと思う。

彼は苦笑いを浮かべている。


「そんなことを僕に言うなんて。意外だなあ。」

「どこが、なんで?」

「いや、今更って。」

「やっぱりばればれだった?」


今度は私が苦笑いを浮かべる番だ。



なんで君はそういう顔をするんだよ。

ずるいなあ。


「ばればれ。」


一緒になって苦笑い。


「じゃあ、用件はそれだけだから、ごめんなさい、邪魔して。」


今は期末テストの期間で放課後教室で勉強していたところだ。

あぁ、本当に。


「待ってよ、自分勝手だなあ、僕の話も聞いてよ。」


彼女は少し怖がる顔をした。


「ばればれな上に僕をどれだけ待たせたら気が済むのさ。ねえ。本当に僕の邪魔ばっかり。」

「……ごめんなさい。」

「でも僕だって君の邪魔くらいする権利はあると思うけど。」


うつむいていた彼女が不思議そうな顔をあげる。


君は特別に可愛いわけでもないけど、と前置きをして言った。


「僕だって君のことが好き。」

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