3章:森の怪
森の夜。
月は蒼く、木々の間から【4人】を照らしていた。
リッドは近くの川で釣った魚を焚き火で焼いていた。
それを楽しみに待つヤイナ。
そしてリリアと、新たに加わった妖精・イオ。
彼女はリリアが青で統一されていたように、髪も瞳も服もオレンジで統一されていた。
リリアと違っておとなしい性格だ。
「…リリア、イオ」
リッドが尋ねた。
「次の【種】はどこにあるんだ?」
「それがね」
リリアはリッドの頭の上に座った。
「この森の中なの」
「えっ?」
ヤイナはリリアを見た。
「そうなんですか?」
「結構近いよ」
「という事は…」
と、リッド。
「すぐ近くに強い魔物がいるってわけか」
「もしかしたら」
イオが口を開いた。
「焼き魚の匂いにつられて来るかもしれませんね♪」
「何で縁起でもない事を笑顔で言うかなあ」
リッドは溜め息をついた。
「大丈夫!リッドとヤイナがやっつけてくれるよね!」
リリアがリッドとヤイナの前を交互に飛び回った。
「まぁ、そうなりますよね」
ヤイナが笑った。
「ある程度の敵なら、私達コンビの足下にも及びませんから」
「お笑いコンビみたいに言うなよ…」
リッドは言って、すぐに黙った。
「何か来たぞ」
ヤイナ達も静かにすると、確かに近くで雑草の擦れる音が聞こえる。
音は次第に近付いてくる。
すると、声が聞こえてきた。
「兄者、もし魔物だったらどうするんだよ?」
「魔物が焚き火なんかするか。ありゃ人間さ」
―――この2人の声、リッドとヤイナには聞き覚えがあった。
「……あいつらか?」
リッドが小声でヤイナに言った。
「多分、あいつらだと思います」
ヤイナも言った。
そして、草むらから、【あいつら】が現れる。
「ああっ!」
額に【2】の刺青を入れた大男が叫んだ。
「どうした兄者………お前らは!」
後からやってきた額に【3】の刺青を入れた男もまた叫んだ。
シャルテオ、テノース兄弟に遭遇した。
リッド達は兄弟と焚き火を囲み、話した。
兄弟も妖精を連れていて、名は【ピシェラ】。
逆立った赤い髪と赤い瞳、赤い羽、赤い服の少年の姿をしている。
服、と言ったが、リリアやイオのワンピースではなく、上は袖なしのシャツ、下は長ズボンである。
「リリアにイオ、久しぶりだな」
ピシェラは言った。
「久しぶり〜♪」
リリアはピシェラに突進した。
「痛い!相変わらずだな、その性格…」
ピシェラはここで、ある事に気付いた。
「羽、どうしたんだ?」
彼が言ったのは、リリアの右の羽が、1度切れたような痕がある事だ。
少し前、魔物に切られたのを(2章参照)、ヤイナが回復魔法である程度治したのだ。
その事をピシェラに話した。
「オイオイ、大丈夫なのかよ…」
彼は半分呆れ顔で言った。
「お前は危険に首突っ込みすぎだろ。俺達は戦えないんだぜ?」
「いいじゃんかぁ…」
リリアは少しすねてみせた。
一方、こちらは人間4人の会話。
「バンじぃに会ったのか!?」
リッドは思わず立ち上がった。
「ああ」
シャルテオが頷いた。
「それで、この森に向かうように言ったんだ」
「バンじぃ……」
「それにしても、リッド、お前は羨ましい奴だな」
テノースが笑いながら言った。
「何でだ?」
リッドは尋ねた。
「だって、可愛い相棒と可愛い妖精2人を1人占めしてるんだからな」
「かわっ………!?」
ヤイナが顔を真っ赤にした。
「私は、可愛くありません……」
「あんまりからかうなよ」
リッドが笑った。
「ヤイナは免疫無いから、そういう話題には」
「そ、それより、バンじぃの話に戻りましょうよ!」
「バンじぃは…」
リッドは言った。
「俺達を合流させるために?」
「そうかもな」
シャルテオは上を見て言った。
「バンじぃ…?」
と、いきなりイオが会話に入ってきた。
「もしかして、【バンシェルラック様】の事ですか?」
「バンシェルラック?」
リッドは首を傾げた。
「誰だそれ?」「バンシェルラック様は、【花】を守る護花烈騎の1人です…」
イオは言った。
「待てよ」
リッドが遮った。
「【花】を守るんなら、どうして【花】を手に入れようとする俺達の案内をするんだ?」
「【花】を正当な目的で使うからでしょう」
と、イオ。
「正当な目的……って、俺達、知らないけどな」
リッドはあのマスターを頭に思い浮かべて言った。
「まぁ、良いじゃねぇか。邪魔されるよりはマシだろう」
シャルテオがガハハと笑った。
「そういえば、イオ」
ヤイナが口を開いた。
「妖精が3人揃えば、【花】の在りかがわかるはずですが……?」
「あ、そうでした」
イオは後ろを振り向いて、
「リリア、ピシェラ、来て下さい」
その声で、じゃれ合っていたリリアとピシェラがやってきた。
3人の妖精は、手を重ね合わせた。
すると、辺りに光の玉がいくつか浮かんだ。
その色は次々変化し、幻想的な空間を作り上げた。
「綺麗……」
ヤイナが溜め息をついた。
それ以降、しばらく沈黙が続いた。
そして、この沈黙を破ったのは妖精達でも、4人の戦士達でもなかった。
「うわぁっ!?」
突如悲鳴を上げた妖精達。
既に彼らには黒い何かの触手が巻き付いていた。
「何だこいつは!?」
剣を抜いたリッドは触手を斬ろうとした。
だが、触手は物凄いスピードで森の奥へ引っ込んでいった。
3人の妖精を捕まえたまま。
「迂濶だった!」
リッドは拳を地に叩き付けた。
「全く気配を感じなかった…」
「私も……」
「俺達も、だ」
ヤイナ、兄弟が言った。
「並の魔物じゃないぞ、あいつは」
リッドは触手の消えた方をじっと見ていた。
「助けるぞ!」
「わかってらぁ!」
兄弟も拳を握り締め、立ち上がった。
4人は森の暗黒に向かって歩いていった。
森の奥深く。
そこは小虫すら近寄らぬ異質の空間だった。
漆黒の中に、2つの光があった。
何かの眼のようである。
「ほら、お前達を助けにやってくる…」
妙に高い男の(ような)声だ。
「聞こえるぞ、4つの足音が……。選ばれし戦士達の足音が」
不気味な高笑いが響いた。
「私の夜ご飯がやってくる!幾多の死線を乗り越えた戦士達の、美味な肉を早く食いたいものだ!」
笑い声はおさまり、静かな口調になった。
「ダレノイには感謝しなくてはね…」
一方、リッド達は森の奥へと進んでいた。
ヤイナが飛ばしている【星蛍】が広範囲を照らしてくれていた。
もちろん、彼女が魔法で作った虫である。
「さっきは気付かなかったが」
リッドは言った。
「今はハッキリわかるぜ、触手野郎!」
彼の挑発的な言葉の直後に、木の陰から巨大なカマキリが現れた。
「うぉっ、でかい!」
リッドは一瞬たじろいだ。
その隙を突いて、カマキリは鋭い鎌をリッドの首に振り下ろした。
「きゃあ、リッドさん!!!」
ヤイナは両手で目を覆ったが、それは無意味だった。
リッドは素早く剣を抜き、その鎌を切り落としていたのだ。
右の鎌を失ったカマキリは怒り狂い、標的を変え、ヤイナに飛びかかった。
「来ないでっ!」
彼女が掌から放った冷気の弾がカマキリに直撃し、カマキリは氷の彫像と化した。
「火事になるといけないので、氷使いました」
彼女は言った。
氷の彫像を残して、4人はさらに奥へ行った。
どれくらい経っただろうか、4人は森の奥の空間に出た。
【触手野郎】の気配はここからしている。
「さあ、出てこい!」
リッドはとりあえず上に向かって叫んだ。
「ひねり潰してやる!」
しかし、魔物からの返事はしない。
「逃げやがったのか?」
シャルテオが3人を置いて前に進み出た。
―――その時。
星蛍に照らされていない暗闇から伸びてきた4本の触手にシャルテオの体が捕えられた。
「ぐおっ!?」
少しうろたえたが、シャルテオはすぐに強い腕っ節で触手をほどこうとした。
だが、触手の締め付けが強まり、抵抗どころではなくなった。
「シャルテオ、今助けるぞ!」
リッドは暗闇にシャルテオを引きずり込もうとする触手を、今度は取り逃がす事無く全て切り落とした。
シャルテオの体に巻き付いていた触手はすぐに力を失い、ほどけた。
「すまねぇな」
シャルテオは言った。
「いいさ」
そう言うリッドだが、その意識はほぼ完全に暗闇に向けられていた。
「ヤイナ」
彼はヤイナの方を振り返らずに言った。
「あそこに氷、飛ばしてくれないか」
リッドの示す方向は、暗闇のある一点。
ヤイナは頷き、呪文を唱えて、その場所に大きな氷柱を飛ばした。
―――反応があった。
ガサガサと向こうの茂みから何かが近付く音がする。
「ヤイナ、もっとだ!」
リッドのこの言葉に従い、ヤイナは次々氷柱を作っては飛ばした。
リッドの指差す方向に、忠実に飛ばしていたら、やがて鈍い音が聞こえた。
「ぐわぁっ!」
と、甲高い悲鳴が上がり、同時に茂みから何本もの触手が現れ、4人に襲いかかった。
「無駄だ」
リッドが剣をひと振りしたら、その触手は全て切り落とされてしまった。
「何だと!?」
暗闇の声には驚きがこもっていた。
「…死ぬ前に俺達に姿を見せようとは思わないのか?」
リッドが挑発的に尋ねた。
「ふん、貴様らに私の姿を見せるとしても、それは貴様らの死を予告するだけだ」
声は返した。
「じゃあ、さっさと出てきな」
と、リッド。
「身の程知らずめ。では見せてやろうではないか」
冷たい笑い声が響いた。
その直後、茂みから1人の男の姿が現れた。
服装は上下とも黒いボロボロなものを着ていた。
顔は青白く、痩せこけ、深緑の目がギラギラしていた。
見た目は若い男だが、黒いバサバサの髪には白髪が混じっている。
ただ1つ人と違う所は、肩や背中から触手が生えている事だ。
「…お前か」
リッドが相手を睨んだ。
「我が名は【クラジュールド】」
男は言った。
「あの妖精どもを捕えたら、美味い戦士達を食えると聞いたのでな」
「聞いた?…誰から?」
ヤイナが尋ねた。
「教える気は無い」
クラジュールドは背中の触手を伸ばした。
伸縮自在らしい。
「まず死んでもらおうか」
「上等だ」
リッドが言った。
「少しはできそうだな」
「痛いな…」
クラジュールドは右肩を押さえた。
そこには先程ヤイナの氷柱が刺さってできた傷があったのだ。
「そこの小娘、許さないよ」
「勝手に言ってて下さい。あなたは逃げられません」
ヤイナはリッドも見た事が無いような殺気のこもった目で相手を睨んでいた。
「ふん、我が力、触手を振り回すだけだと思うなよ」
クラジュールドは怪しく口元を歪めた。
「喋る時間が長すぎたんじゃねぇか?」
不意にリッドが剣を振り上げた。
「溜ったぜ」
リッドの剣が異様な光を放ちながら、地に振り下ろされた。
剣が地に刺さった時、大地から物凄いエネルギーが放出されたように、その場にいた者は感じた。
だが、そのエネルギーも静まり、また辺りには沈黙が立ち込めた。
「何も起きないではないか…」
クラジュールドの嘲笑が響き渡った。
「こけ脅しの見世物など、求めてはいないぞ!」
魔物は背中の全ての触手を伸ばして、4人を縛り付けようとした。
―――その時だった。
全ての触手が一斉に切断され、地に落ちたのだ。
「!?―――何だ?」
クラジュールドは次の瞬間、ギョッとした。
大地から、巨大な【剣】が突き出ていたのだ。
それも、1本2本の話ではない。
それらの剣が触手を切り落としたに違いなかった。
「これは一体…?」
クラジュールドの顔に、初めて焦りが見えた。「【大地の剣】…」
リッドが静かに言った。
「俺の操る属性は【地】。自らの剣と大地の融合を実現させた技だ。この技を得るのに3年かかった」
「剣と大地の融合だと……」
クラジュールドの頬を一筋の汗が伝う。
「馬鹿な、こんな青二才に私が負けるはずが無い!こんな所で…散ってたまるか!」
すると、クラジュールドの体が形を変えていく。
変身し終えたクラジュールドの体は、1本の巨木になっていた。
黒い葉を持ち、幹に付いている赤い1つの目が4人を睨む。
クラジュールドはその黒い葉をマシンガンのように4人に飛ばした。
リッドが【大地の剣】で葉を防ぐ。
金属音と共に葉が舞い散る。
「あの葉っぱ、鉄か!」
シャルテオは叫んだ。
「厄介な魔物だ…」
「そうでもないぜ」
リッドが言った。
「大体、弱点は想像ついてる!」
直後、【大地の剣】が巨木の目を貫いた。
「ぐわぁぁあぁああぁあ!!!!」
悲痛な叫びの後、クラジュールドの目が白く光り、爆発した。
目を失った巨木はだんだん黒ずんで、枯れていった。
その様子を見て、リッドが口を開いた。
「まぁ、肥料にはなるだろう」
3人の妖精はクラジュールドが潜んでいた茂みの奥で、蔦で木に縛り付けられていた。
リッドが剣で蔦を切って解放した。
「はぁ、危なかった」
リリアが言った。
「ありがとね」
「さて、早速だが」
と、リッド。
「今度は邪魔は入らないから、【花】の場所を教えてくれ」
「……うん!」
そして3人の妖精は手を重ねた………。
【3章:森の怪】
―――《Fin》