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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十章 マツユキソウの溢れる小径
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流れ行く千切れ雲36 砂金取り 中

「引き返しますか。わたしが余計な事を言わなければ」


 パーヴォットがすまなそうに返した。   


 その時、農家のような建物から六十年配と思えるような男が出てきた。


「誰だい」


 その少し身構えた様子で男は祐司とパーヴォットに声をかけた。


「すみません。巡礼です。ここに煙が見えたので雨宿りが出来る集落があるのかと思って来ました」


 祐司は相手に不信感を持たせないように出来るだけ下手に言った。そして老人の発する巫術のエネルギーをよく見て感情の動きを察しようとした。

 祐司は不信感や警戒感という感情はあるが敵意まではないと見て取ってこのまま穏便に退散することにした。


「煙?街道から見えたのか」


 老人は不審そうに言う。


「連れの者は目が良いのです。すぐに去ります。ただこの森の中に集落があると訊いております。そこまではどのくらいの距離があるか教えていただけませんか」


 祐司はさらに腰を低くして訊いた。


「セブテ集落なら北に七リーグ(約13キロ)ばかり先だ」


「結構ありますね」


 老人の返事にパーヴォットが少々うんざりしたような口調で祐司に言った。


「そっちはお嬢さんかい」


パーヴォットを見やった老人の声が明らかに和んだ。


祐司はマルタンを出立してからパーヴォットに女性巡礼者の服装をさせている。体つきからパーヴォットを男と偽装させることが難しくなっていたからだ。

 男装させていると関所などでその理由を説明して納得してもらわなければならい煩わしさがある。


 しかし男性と偽ることの不自然さがある年頃になったので、パーヴォットが女性の服装をしていると相手が勝手に夫婦者と見なしてくれる。


「はい、わたしの被保護人です」


「嫁さんではないのか」


 祐司の言葉に老人は訝しんだ。


「いずれそうなるかも知れませんが、わたしは一願巡礼なので所帯を持って定住することが出来ない身なのです」


 祐司の言葉にパーヴォットが発する薄い巫術のエネルギーによる光がざわめいた。


「なんか複雑そうだな。雨が降っている。少し休んでいかないか」


 老人はぶっきらぼうな感じで言った。


「ご親切にありがとうございます。でも宿泊を予定しているセブテ集落まではまだかなりありますので」


 今度は祐司が老人を警戒する番だった。


「急ぐ旅かい」


 老人が祐司とパーヴォットを値踏みするように見ながら訊いた。


「いいえ」


 先を急ぎますといって、立ち去ってもよかったが、祐司は原則としてリファニアでは嘘は言わないことに決めている。


「なら泊まっていけ。駄賃は旅の話だ。ただし少しばかり手伝って欲しいことがある」


 老人はそう言うと出てきた家屋の方に向かって「オラネル、出てきてくれ」と大声を出した。


「ここにつたっていては雨に濡れる」


 家の方へ歩き出した老人の跡に祐司とパーヴォットはついていく。


 すると家の中から老人と同年配とおぼしき老女が出てきた。


「おや、お客さんかい」


 老女は気の良い声で言う。


「まあ、話は中に入ってからだ。雨具はここに置いておけばいい」


 老人が雨具を脱いでいる祐司とパーヴォットに戸口の横にあった手すりを指差して言った。


「あのー、馬とラバは?」


 雨具を脱いだ祐司が訊いた。


「裏に厩舎がある。後で連れて行けばいい」


 老人はそう言って祐司とパーヴォットを家の中に押し込めるように入れた。


 室内はきちんと片づけられていて机と椅子、そして二つの衣装箱だけが置かれおり部屋の端には手作り風ながら暖炉があって火が入っていた。


「わしはヌルボ・センマという。女房はダゼ・オラネルだ。何処から来て何処に行く?」


 椅子に座った老人が名乗った。


「マルタンからムムリトまで行きます。今年はマルタンで冬籠もりをしておりました」


 祐司はそう言ってからパーヴォットとともに自己紹介をした。


「今時、”北国街道”を使ってムリリトまで陸路を行くなんぞ物好きだな。ネシェルからの船には乗らなかったのかい」


 センマと名乗った老人は冷やかすような口調で言った。


 一般にマルタンからムリリトに向かう場合は、タラナスト高原を横断するマルタン・サルナ街道を通り、バセナス州イァルマルノデからバセナス街道を通じて沿岸部に出て、さらに北国街道を北上するのが最短距離である。


 ワザマ周辺からムリリトを目指す場合は一旦南下してネシェルまで行き、そこから船でムリリトを目指す者が多い。


 ワザマからムリリトまでは陸路で五日ないし六日である。


 ワザマからネシェルまではネシェル街道という北国街道の脇道を通って二日行程である。ネシェルからムリリトまでは船で一日半である。

 このムリリトまでの船は数十年前から大型で安全性の高いものになっている。これは十九世紀のアメリカ合衆国から来たサラエリザベスの知識によって建造されたブリガンチン型帆船である。

(第十九章 マルタンの東雲 光の歩み21 ファンニの回想と決意(ファンニ視点) 二 参照)


 船賃はいるが船が圧倒的に早く、陸路の余分な宿賃を考えれば経済的にも引き合うことになる。


 ましてや現在はリファニア西岸の海が最も穏やかになる季節である。


「わたしは一願巡礼ですから街道沿いの神殿を参拝しております。流石に海の上に神殿はありません」


「まあ信心深くて結構なことだ」


 祐司の返事にセンマは苦笑しながら返した。 


「お二人だけでお住まいですか」


 パーヴォットが訊く。


「そうだ。昔は三十人ばかりの人間がおり、七軒の家があったのだがな。今はわしら夫婦だけだ。

 ただ六軒分の家の建材はこの家の保修で使わしてもらったから良い面もあったとは思っている」


 祐司はセンマの家を見た時になにかつぎはぎした感じを受けたが、センマの言葉で納得がいった。


「ハーブティーをお持ちしました」


 センマの妻オラネルが奥の部屋から盆にカップをのせて出てきた。どうも奥の部屋が台所のようである。


 センマは「お前も座れ」とオラネルを自分の横に座らせた。 


「表にある小さな家は程度がよかったので残している。たまに息子達が来るのでその時に使っている。今日はそこで寝ればいい。飯はここで用意する」


 ハーブティーを飲みながらセンマが決定事項のように言う。


「何か手伝って欲しいことがあるそうですが」


 祐司は何か対価があるほうが気が楽なので訊いた。


「雨がやんだら頼む」


といの取り替えですか。手伝って貰えば助かりますね」


 センマの言葉にオラネルがほっとしたように言う。


 祐司はといの取り替えと聞いて、センマの家には樋など見当たらなかったことから川から水を引く樋のことだろうかと思った。

 そしてセンマという男が何を糧にしているのか想像がつかなかった。森の中の一軒家であるので当然普通の農家ではない。


 常識的には木樵や炭焼き、あるいは猟師であるがそういった仕事の匂いがセンマの家にはなく、センマの服装はザルネデン塩鉱山で見た鉱夫に近い感じだった。


「ここでは何をなさっているんですか」


 パーヴォットがダイレクトな質問をした。


「砂金取りだよ」 


「フィシュ州の金は大方取り尽くされと聞いていました」


 センマの言ったことにパーヴォットがすぐに反応した。


「大方だよ。ここの川はフナ川という。わしらが金山きんざんと呼ぶ山から流れてくるんだが、今でも金山からの土砂には砂金が含まれている」


 センマは半分笑ったような顔付きで説明した。


 祐司はセンマが言った金山とは東に見えている山のことだろうと思った。リファニアには低山が数多くあるが独立峰でない場合は名前が無いことも多い。


「センマさんはここでずっと砂金取りを?」


 祐司が訊いた。


「そうだ。二十二の年からだ。わしはワザマの出で八百屋の次男なんだ。兄貴の手伝いで先行きの見通しもぱっとしないと思っていたら、わしの叔父が同じような境遇でこの辺りの川ではまだ砂金が取れるという噂を聞いてきた。


 叔父はわしを連れてこの川で砂金を漁ったらおもいの他に取れたんだ。そこで叔父は自分やわし同然というワザマで燻ってる仲間を募って金を集めた。その金でノルデラ男爵家から砂金採取の権利を買ったんだ。


 ここから川上川下の一リーグについては砂金取りの権利があるんだ。最初は幕舎で暮らして砂金を取っていたが、本格的に砂金採集となると居着かなくはならないと悟って徐々に家を建てた。


家族を呼び寄せて集落みたいになった。オラネルは叔父の友達の娘でわしとはここで知り合って一緒になったのさ。


 家はワザマにあるんだ。家と言っても長屋だけどな。春分の頃に川の氷が融け始めるとここに来て、雪が積もり始める頃まで砂金取りって生活だ」


 センマは過去を辿るように話した。


「今は他の方は?」


 パーヴォットの質問にセンマは静かに続きを話すように語り出した。


「引退したり死んだりだ。砂金取りの権利は個人に対してなので子供達には継がせることは出来なかった。それで家族は自然とここを離れていった。


 わしが死ねば新たに権利を買えば良いのだがここを出て行った子供は誰も権利を新たに買って砂金取りをしようという者はいない。

 何しろ不便な所だ。一番近いセブテ集落までは七リーグ(約13キロ)。まともな買い物をしたければオレアンド村まで行かなくてはならないが十二リーグ(約22キロ)先だ。


 ちょっとした買い物で泊まりがけになる。砂金を取る以外に何の楽しみもないとところだ。街の暮らしをした子供らは我慢出来ないだろう。

 それに少しばかり野菜を栽培したり、川で魚は獲るが穀物はじめ色々を買いそろえなくてはならにから金がかかる。


 わしも三人子供がいるが皆ワザマでそれぞれの生業を得て暮らしている。わしが一番若かったので最後まで残ったということだ」


「子供らは早くここを引き上げて面倒を見るからずっとワザマで暮らせっていってくれるんです」


 オラネルがセンマの顔を見て言った。


「わしも最後の一人になって潮時かと思っている。今年で止めようと思うと存外砂金が取れたりするんでずるずると居続けてしまった。

 女神アシュルに魅入られたか、はたまたギュリムロにでも魅入られたか謀られているのやら」  


 センマはまたその話かというような口調で言った。


 女神アシュルは”黄泉の国”の神であるハレガセル神の妻で暁の女神である。そして金に光を与えた女神と言われている。金に関した仕事をする者にとって女神アシェルは守護神である。


 ギュリムロは悪心ゾドンの眷属で日本の疫病神と貧乏神を併せたような神で、人に尽きない物欲を与えて遂には困窮をもたらし飢えや病で人を苦しめるとされる。



挿絵(By みてみん)




「儲かりましたか」


 パーヴォットは祐司が心の中で「訊くなよ」と思っていたことを口にした。


 センマは「正直に聞いて貰って話がやり易いな」と言ってから語り出した。


「まあ普通の仕事をしても同じ稼ぎだろうということだ。年によって差があるが一番いい年で四十五オンス(約1350グラム)だった。それを六家族で分けるんだ。


 今はオドネルが手伝ってくれるが二人でようよう若い男一人ほどの働きだからその数分の一も取れない。

 

 世間からは砂金取りは一攫千金のように言われるが、わしからしたら地味な稼業だな。ふと思うことがあるよ。職人になって何かを作れば死んでもこの世に残った。


 でもわしが見つけた金はわしの手元から離れるともうわしが見つけた金だとは誰にもわからなくなる。そんなモノの為に四十年近くもここに居続けてしまった」


 最後にセンマは嘆息した。


 リファニアの金の価値は金一オンス(約30グラム)で金貨四枚半である。金貨には一ピールと十分の一ピール(約3.3グラム)の金が含有されている。貨幣を発行する王家は金を金貨に変えることで価値を二倍にしていることになる。


 金四十五オンスは金貨で約二百枚である。これを六家族で分けると一家族で三十三枚となる。


 都市部の平均的な職人の年収は金貨十二枚程度であるから、金貨三十三枚はかなりの稼ぎのようだが、砂金採集の為に費やす資金と不便な暮らしを考えれば到底一攫千金とは呼べない。


 そして四十年に渡って砂金採取をしているセンマが一番取れた年の量が四十五オンスと言っているので平均値はそれより下ということになる。

 ただ平均的な職人の稼ぎより多少でも良い稼ぎであればずるずると砂金採集を続けてしまうことを祐司は理解出来た。


 祐司が今している仕事は大巫術師スヴェアに命じられてスヴェアの代理人としてリファニア世界を見聞して環境に悪影響のある巫術のエネルギーを排除することである。

 これにリファニア王オラヴィから気候を操るような巫術師の排除を命じられた仕事が加わった。

(第一章 旅路の始まり ”小さき花園”の女10 いわゆる聖女 下 参照)

(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ22 リファニア絵馬とプチ産業革命 参照)


 ただその仕事にはノルマというものがなく、しようがしまいが誰からも文句は言われない。

 そして何処に行くかは自分で決めることが出来る。祐司は学校や職場にいた時とは比べものにならないストレスのない世界にいると感じている。


 センマも砂金取りを誰かの為にしているのではない。またノルマも競争相手もいない。全て自己責任で仕事の段取りが出来る仕事としては理想的な状況である。


 

「どうか今年で見切りをつけるようにこの人に意見して下さいよ。子供に病気の時にでも顔を出して貰えば十分なんですよ。子供に頼らなくてすむ位の金は貯めましたから」


 オドネルの言ったことにセンマは慌てた様子で祐司とパーヴォットに両手を振りながら言った。


「あ、その金はここにはないぞ」

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