閑話 その9 リファニアの武器と戦闘 上
この話を読み飛ばしても、本編の流れの理解には一切関係しません。解説のような部分は不用という方はスルーしてください。
リファニア世界の戦いの特徴は巫術の存在である。火器がないかわりに巫術が遠距離での戦いの主力となる。戦いに用いられる一般的な巫術は雷と呼ばれるエネルギーである。
リファニアでは電気の存在が知られていないために見た目の様子から雷と呼べれてはいるが純粋な電気エネルギーではなく、電気エネルギーに物理的なエネルギーが負荷されてものという代物である。
人間がこれに当たればなぎ倒されたり爆風に当てられたように数メートルほども吹き飛ばされる。
人体への直接の影響は体中に打撲を与えられたような障害を及ぼす。内蔵にも打撃があり、ノーガードでボクサーからボディーブローを食らったような感じである。運が悪ければ内臓破裂にいたることもある。
無防御で”雷”を浴びると、多くの人間は数時間は体を動かすこともままならない苦痛と恐ろしい倦怠感を感じる。
骨折や内臓の損傷がなければ半日から一日ほどでなんとか立てるくらいに回復するが、本来の戦闘力を取り戻すには数日の養生が必要である。
ただ、第一章でスヴェアが言っているように、巫術のエネルギーを直接ぶつけるような”雷”は個人により作用が異なってくる。
祐司のように、巫術をまったく無効にしてしまう現代日本からの異邦人は例外として、リファニアでは貴族階級に属する者の過半は、”雷”に対して耐性がある。
まったく影響を受けないわけではないが、通常の人間が心臓麻痺でも起こしそうな至近での直撃でも、数時間の行動不能で回復する程度の耐性がある。
この耐性は、個々でかなりの差があり、平民でも極希には並の貴族並みの耐性を持つ者もいる。
本文でも少しばかり触れているが、例えばドノバ候への輿入れが叶うのは、シスネロス商人の中でも貴族の血を引く家に限られる。
貴族は男女とも成人の儀では、弱い”雷”による衝撃を与えられてその耐性を証明する。両親とも巫術に耐性を持った貴族なら子はほぼ耐性を持っている。この儀式は不倫の子ではないという証明の儀式でもある。
一般に最も巫術の影響を受けるのは巫術師である。反対に言うと貴族の巫術師はいない。
社会の多くの場面で有用に巫術は使用されているので、あからさまに巫術師は賤民視されることはないが、巫術は祝福された術ではなく、どことなく禁断の術という感覚はリファニアには存在する。
話を戦場での巫術師にもどします。
軍に属する平均的な巫術師であれば半リーグを超える距離まで術を及ぼすことができる。兵術書ではメートル法で一.二キロ以上必要だとされている。ただ一リーグ以上の射程がある巫術師はほとんどいない。
効果の範囲は半径で十メートル以上にも及ぶ。近代的な武器でいえば爆風と衝撃波のみの砲撃を浴びたような感じである。
作用を及ぼす範囲はある程度、調整できるが集中せずに放った場合は、術の及ぶ範囲が数十メートルほどに拡散して、作用は丸太で殴られた程度からハリセンで叩かれたくらいに減退してしまう。
作用を半径十メートルほどに絞ることが難しいのである。これ以上、範囲を絞れる巫術師はほんの一握りである。
特級の巫術師であるスヴェアは至近距離であれば一メートルほどに術の範囲を絞れる。これによる雷は地面を押し固める作用により深さ数十センチの穴を開けることができるほど強力である。
命中精度はあってなきがごときとである。至近距離でも数メートルの誤差、最大射程では二百メートルほどの範囲に入れば上出来で、巫術師の腕が悪ければ狙った地点とは数百メートル以上も離れたところに雷が作用する。
このため、密集した軍勢に使用するのが一般的であり、上手く着弾?すれば一度に百名近い敵兵を殺傷したり苦痛で戦闘不能状態にすることも可能である。
敵味方が混戦状態になっていなくとも、敵が数十メートルほどに近づけば味方を誤って攻撃してしまう恐れがある。味方の前進に従って巫術師の前進すれば攻撃精度は維持できるが、希少価値のある巫術師を危険にさらしてしまう。
このあたりの匙加減は指揮官にとって戦場では常に起こりえる悩ましい出来事の一つである。
巫術師の技量差が大きいが効果のある一撃を放つには十五秒から二十秒ほどの時間が必要である。ただ連続使用した場合はこのような間隔で術を作動できるのは最初の五分程度である。
巫術師も人間であるので、疲労と精神力の欠如から次第に術と術の間が開き、一時間ほども連続して術を続けると二分に一回程度まで頻度は落ちてしまう。
リファニアで火器が見られない理由は、”雷”が19世紀後半(南北戦争、クリミア戦争、戊辰戦争など)ぐらいの大砲と比べても威力や射程は同程度でありながら機動力抜群で補給も巫術師に与える普通の食事だけでよいことにある。
種々の欠点もあるが高額の雇用料を払ったとしても、前近代社会で大量の金属と技術力を結集して、数人から数十人で扱う火砲よりははるかに使い出がよく費用も安い巫術による雷の術を磨くことに傾注するのは自然のことだろう。
雷の対策として歩兵は密集したファランクスのような隊形ではなく、兵士の間が一メートル以上というやや離れた隊形をとる。
このことは左右の兵士がお互いを援護することを難しくしており兵士個人の技量がその軍勢の戦闘力に大きく作用する。
この雷以外によく使用されるのは”不可視防壁”、一般に”屋根”と呼ばれる術である。
”屋根”は防御用の巫術で雷のような巫術のエネルギーによる攻撃をそらしたり跳ね返すことができる。
並の巫術師でも数十メートル四方ほどの比較的広い範囲に”屋根”を施すことができる。一度術を発動すると一分から二分程度は術は持続する。
難点は誰にも見えないことである。(祐司であればさざめく空間として認識できる)
”屋根”の援護があれば雷の攻撃を避けることが出来るが、その援護の範囲を正確に知ることはできず、また実際に効果が持続しているかは、それをかけた巫術師自身も把握できない。
このため”屋根”の術を行う巫術師は安全策を取るために、その術に専念する必要がある。
実際の戦闘においては、まず”屋根”をかける巫術師を確保した上でようやく雷を行う巫術師を捻出できるということになる。
このため巫術師の数が二倍以上に広がらないような時は、巫術師がいないのと同じような戦いになる。
その他の巫術師が戦闘に関与する術としては”突風術”、”降雨巫術”や”霧巫術”などがあり戦術的な優位をもたらす。
地下水位を上昇させて泥濘や湿地をつくり出す”水召術”も防御戦術では大きな威力を発揮するがかなり上位の巫術師が幾人か集まらないとできない。
巫術を除いた戦術を見ると騎馬戦術のないリファニアでは基本的に歩兵同士の近接戦闘が主体である。
個々の兵士は胸から腹にかけて一枚物の胸甲を身体に被るように装備している。剣道の胴防具を金属製にしたようなもので、下腹部から腰にかけてはこれも剣道の垂のような形の金属板が数枚垂れ下がっている。
経済的に余力がないか、兵士が体格貧弱あるいは年配である場合は鎖帷子や皮の鎧で武装する場合も多い。領主軍の大半は種々の鎧を装備していることのほうが普通である。
体幹を守る鎧の他は、頭全体に被せるヘルメット、籠手、脛当てといった防具を装備して、三から五メートルほどの槍、半身を守れるほどの丸い盾、短剣を持っている。
一般兵士の防具自体に意匠はないが胴防具には、シスネロスの市章を描き込んだ布を貼り付けている。
防具だけで重さは十四、五キロになるため、行軍中は袋にいれて他の荷物とともに背中に背負って運ぶ。それらの重量は四十キロ近くになるため行軍はかなりの体力が必要である。平地の行軍でも一日に二十キロ前後、無理をして三十キロ程度が標準的な行軍速度である。
ただ、輜重隊が充実していれば武具以外の荷物は運搬してくれる。裕福な軍勢が野戦を行う場合には兵士の疲労を軽減できる上に、一日に数キロは余計に行軍できる。
一般的な戦いは火器が皆無なために、以上のような武装をした重装歩兵が中世というよりも古代の軍隊のように長槍と盾を装備して戦列を組んで敵の戦列とぶつかる。
ただ前述のように、あまりに密集していると巫術による攻撃を受けた場合に、巫術による直接の被害以外に飛ばされたきた味方兵士による被害も重なるために兵士の間にある程度の間隔を取る。
つまり、隣の兵士の盾に守られて戦った古代ギリシャのような密集した重装歩兵のぶつかり合いではなく、やや散兵となって戦った帝政ローマにおける歩兵戦術のような戦い方になり、各兵士の技量が大きく戦いの帰趨にかかわってくることになる。
主力である歩兵の主力兵器は長槍と盾である。個人戦が主体のため長槍といっても史実世界で使用された密集隊形の重装歩兵の槍より短く最大でも五メートル、大体が四メートルまでの長さで個人が使いやすいようになっている。
史実世界ともっとも異なるのは、雷を受けたときに地面にその力を逃す、金属が槍の側面に彫られた溝に埋め込まれていることである。
特に手で持つことの多い重心部分と、座って槍を突き上げ時に持つ部分では、皮が巻き付けられて、滑り止めにするととも巫術のエネルギーが人体に伝わらないようなっている。
槍の他に武芸に自信のあるもは、槍の穂先の横に、小型の斧が、その反対側に突起が取り付けられているハルバード(槍斧)を使用する。この武器は突く、払う、引っかける、叩くといった多様な動作が出来て丈夫な鎧にでも十分な打撃が与えられる。
ハルバードは多用な攻撃ができるが、槍(突く)、戦斧(叩きつける)、戟(主に引っかける)といった専門の武器と比べると使いこなす為には修練がいるため、リファニアの武芸の師匠達は、かなり修練が進んだ者以外には使用を薦めない。
傭兵や郷士は投げ槍を装備することが多い。リファニアでは矢よりも巫術の影響を受けにくい投げ槍は好まれる武器である。
歩兵は自衛用に剣を持つが、鋳造により簡単に剣の形を作ってから巫術で強度をあげることが一般的で諸刃の剣が多い。
片刃は非力な者や女性用と考えられており戦場ではあまり見かけない。
剣術はいくつかの流派があり階位の認定もある。真に接近戦になった場合は剣の腕前で勝敗がつくこともある。
遠投兵器として弓、弩を扱う弓兵も兵科として独立している。しかし、遠距離で放物線を描いて敵を狙う場合は、よほど多数の弓兵を動員して飽和攻撃をかける必要がある。
矢が”屋根”に影響されて大きく軌道が狂わされてしまうために有効な兵器とはならないためである。遠距離で弓兵を有効にするのは多少の矢が軌道を狂っても数で相手を圧倒するしかない。
矢が”屋根”の下を飛ばせる距離では訓練された歩兵集団は盾である程度、矢を防ぐことができる。敵を壊滅さえる能力はないためリファニアでは、弓兵の存在価値はあまり高くない。
弓兵の有効な使用法としては狙撃がある。巫術で強化された鎧でも、巫術で同様に強化した鏃は鎧を貫通することができるからである。
弓兵はなくとも何とかなるが、歩兵同士の戦いを援護するためには有効であると認識されている。
史実世界では騎馬の登場で早くに廃れた戦車がリファニアではまだ花形兵器として命脈を保っている。
この理由は、まず、リファニアでは巫術のエネルギーによって人間の運動神経が劣ることにある。馬もその作用を受けているが人間ほどではなく、乗馬することは、一部の人間が行える一種の見せ物に近い行為である。
さらに乗馬が一般的でないため乗馬に適した馬種が生み出されていないこと。また、乗馬が裸馬に乗ることによる見せ物の範疇にとどまっていあるため、鐙やハミといった乗馬に必要な道具も知られていない。
蛇足であるが現代の馬に用いられる用具としては蹄鉄がある。リファニアでも蹄鉄の技術は知られているが用いられるのは戦車用の馬か、特に蹄が弱いと判断された馬だけである。
これはリファニアの馬はポニー程度のものが大半で、駄馬や輓馬として用いられてる関係からか日本馬のように蹄が固く特に必要性が認められなかったことによるようである。
ともかく戦場でリファニアで馬を利用する場合は戦車での利用ということになる。
騎馬なき世界で機動力第一は戦車である。戦車隊はある程度散開して高速で突進するために”雷”を始め作動に時間のかかる巫術では捕捉しがたい。
また、巫術師とはいかないほどの巫術を使える人間が展開するほんの数メートルほどの直径の”屋根”を展開するだけで容易に敵陣に接近できる。
これらのことがリファニアで戦車がいまだに利用されている理由である。
リファニアの戦車は緩やかな丘陵が見られる開豁地と狭い山道が走る森林地帯がモザイクのようになった地形が多いため二頭を並列に繋いだ四頭立てが主力である。
長い間、戦車が使用されてきたために史実世界よりも機能的には充実した工夫が戦車本体にされている。
車体、二輪の車輪とも木製だが車輪には金属製タイヤが巻き付けられている。戦場ではこの金属タイヤをスパイクが施してあるものに換装して敵兵を轢いたときに無残な光景を現出する。
車軸は直径が数センチほどの頑丈な金属パイプで、その端に金属の車軸が固定され車輪を取り付けてある。そのため左右の車輪は別々の速度で動くことが出来る。
流石に作動歯車には劣るが、この工夫で一本の車軸に車輪を取り付けた場合とは比べものにならないほど方向転換が容易である。
また、高価な戦車はパイプ状の車軸を重ね板バネで車体に取り付けているので、乗り心地も改善されており戦力が発揮しやすい。
この戦車に御者、弓か弩を装備した護衛兵、長槍を持った戦車長の三名が乗るのが標準である。
戦列兵に対して数十乗の戦車が突進して来る場合に、平静に持ち場に留まるのは戦列兵にとって難しい。
このような突進が間近に迫れば本能的に戦列兵は左右に避ける。戦車はそのまま敵の指揮官に殺到するか、反転して戦列の背後を襲う。
そして、乱れた敵の戦列に味方の戦列兵が突入して戦果を拡大するという展開が戦車を利用した戦いの基本である。
戦車の欠点は、左右別々に動く車輪と緩衝装置の工夫で少しばかり荒れた地面でも対応出来るが、基本的には平坦な開けた土地でしか威力は発揮できないこと。攻城戦では無用の長物であること。
野戦でも敵が濠を戦列の前に掘ったり、頑丈な柵を設けると突入出来なくなる。ただし、敵は戦車を恐れてその地点から攻勢に出られなくなり戦車が存在するというだけで戦術的な意味合いは大きい。
戦車の最も大きな欠点はその維持費も含めて費用が高額につくことである。
馬という手間のかかる大食らいの生物の世話に加えて、リファニアでは精巧な機械である戦車の威力を保持するためには車軸と車軸棒の間に絶えず油を注ぎ、損傷しやすい金属部品を頻繁に取り替えなければならない。
戦車一乗について数名の技術に優れた従者が必要とされる。このような人材を多数戦車の維持だけのために集めるのは容易ではない。
最も得難い人材は戦車の御者である。直接、戦車を制御する御者も適性を持った者が数年以上鍛錬して初めて戦場で戦車を操れるとされる。
そして、御者は軽武装で身をさらしていることが多いために三人の搭乗者の中でもは一番狙われやすく実際に死傷率も高い。
一撃で敵戦列を突破できる戦車であるが、このようなことから意味のある数を揃えることは容易いことではない。リファニアでは戦車一乗は威力費用とも傭兵五十人に匹敵すると言われている。
購入維持に高額の費用がかかる戦車であるが、花形兵器であるため、少し余裕のある郷士なら一乗は所用したいと考える。
一乗では戦力になりがたいので、四輪で数名が搭乗できる指揮用の戦車が好まれて用いられている。
リファニアの戦場では貴族、上位の郷士がこのような指揮用の戦車に搭乗しているのが普通である。
以上のようにリファニアの兵科は、主力の歩兵、砲兵に相当する巫術師、機動兵科である戦車の三軍に弓兵を補助兵科として構成されている。
このような構成を持つリファニアの軍勢で最強の集団は職業軍人であり、日々、武芸の研鑽を怠らない傭兵が最強の戦闘集団と目されている。
各領主は高価な雇用代金を捻出して、武芸に優れた平民、時には指揮官として郷士階級出身者を集める。感覚的には戦国時代の牢人が仕官するような感覚である。
流石に世襲ではないが、戦傷で兵士としての価値が減じても追い出されることはない。僅かでも年金や住居・食糧が現物で支給されるのが一般的である。平民の若者や貧窮した郷士の次男以下には魅力的な仕事である。
傭兵を束ねるのは、主に貴族出身の傭兵隊長が仕切る傭兵団である。数百年の歴史を誇り、数千という団員を抱える名門から、そのような団から、のれん分けでできた百人程度の新興の団まで傭兵団はリファニアには大小数十ほど存在する。
また、領主や都市が金を負担して独自に傭兵団を組織することも多い。リファニアでは近年は各領主とも、お気に入りの傭兵団を丸抱えした常備軍化が進行してきており、一定期間の契約による傭兵団は減少気味である。
傭兵は史実世界の昨日の食い詰め者が今日は傭兵というイメージはない。傭兵団に入隊するには、体格や基礎体力を検査され身元を証明する信者証明、村長や地方神殿クラスの神官以上の推薦書などが必要である。犯罪者や浮浪者が入団できるような団体ではない。
傭兵に採用されること自体がステータスであるため、傭兵の兵士としての資質と忠誠は史実世界とはまったく異なる。
史実地球で言えば、向背常ならない中世の傭兵と言うより、フランスの外人部隊に近く雇用されている間は雇用主に忠誠を尽くそうとする。
ただ、領主は経済的に困窮している場合が多く、自身の家臣団との関係も匙加減が必要である。領主が雇う傭兵隊の規模は、領主自身を守らせる少数の警備隊程度ほどの規模であることが大半である。
シスネロスのような都市は傭兵を集める場合は終身ではなく数年単位の契約で雇用するのが一般的である。
そして、退役時にはまとまった金額を支給されることが保障されたり、万が一、負傷して退役を余儀なくされても恩賞が出たり、僅かでも年金が出るのは領主の集める傭兵と同じような待遇であるが、退役兵に市民権を与えることで恩恵を与えることができる。
都市に雇用された傭兵は十五年程度の傭兵生活で、そこそこ節制をすれば、農村部では一家を養う程度の農地や家畜を購入できる。都市では使用人を必要としない小さな店を持てるくらいの金を貯めることができる。
このような見返りが傭兵の忠誠心を支えており、戦闘では傭兵はかなり強靱な精神力を発揮する。
ただ、傭兵は武芸に秀でた者で構成され高価な存在であるのでシスネロスのように裕福な都市などでないと数を揃えることはできない。
そのシスネロスでも維持費用を有効に生かすために平時は警察治安任務に傭兵を使用している。
傭兵に匹敵するのが郷士や郷士格で構成された集団で領主の中核戦力である。ただ、すべての郷士や郷士格の者が傭兵のように武芸に優れている訳ではないこと。
小規模な領主では意味のある数を整えられないこと。上位領主が領主軍を指揮しても、領主単位で部隊を編成するため傭兵隊のように合理的な編成ができないという欠点がある。
少し戦力として見劣りするのがシスネロスのような都市の市民軍、農村の共同体と表裏一体の自警隊である。
常の訓練は年に数回程度であり、戦力的には傭兵隊や領主軍と比ぶべくもないが防衛戦では侮れない力を出す。
また、シスネロスのような自治意識の高い都市や地域では、野戦においても数を頼めば傭兵や郷士を主力とした領主軍中核部隊にも負けない程度には対抗できる。
最も戦力として期待されていないのは、領主軍のなかの徴用農民兵である。リファニアの村落は武装農村であり自衛の戦力を持っている。領主といえどもそれを簡単に動員することは出来ない。
ただ、年貢の軽減、村で何人までというような個々の取り決めで農民を徴用することは広く行われている。多くの農民を動員しようとすれば、経済的な破綻が待っている。
この徴用農民兵は外征では当然、戦意は当てにできない。直接の指揮官で地主でもある郷士へは多少忠誠心を発揮するが、その上位にある領主に尊敬の念や畏敬心を持っていても忠誠心を持っているわけではない。
このため農民の徴用兵は、輜重兵や雑役を担当するのが一般的である。
戦いが個人の武芸や、巫術で強化された高価な防具や武器を使用する傭兵や裕福な郷士の数が物をいう世界であるが、野戦における戦術および軍の組織は意外にも発達している。
傭兵や高価な武器を揃えられない貧者も自己の防衛や、威嚇のためにハード面で叶わないならばと、戦術、軍組織といったソフト面が発達したからである。
分進合撃といった戦力の移動の迅速化と戦力集中を行う基本から、伏兵を利用した釣り野伏(注)、敵を知らず知らずのうちに包囲する八の字戦法、精鋭軍を片翼に集め、敵の戦列を突破して中央を包囲する斜行戦術といった古今東西の著名な戦術はリファニアでも見られる。
野戦における隊形も研究されて、訓練法までもが編み出されており戦列の前衛と後衛の交代といった基本の他に、重装歩兵による楔形のような突撃隊形、敵の攻撃を受け止める戦列の意図的な後退など史実世界では見られなかったような隊形も存在する。
軍組織は百名ほどの小隊が基本で、これは、さらに半隊と呼ばれる二つの部隊で構成される。小規模な領主では小隊一個編成だけということも多い。
二個から五個の小隊で中隊が結成される。中隊は臨時編成される場合もあり、重要な単位は千人程度の規模の大隊である。中隊の規模が様々なために二個から五個の中隊で構成される。
大隊は千人長と呼ばれる大隊長とその副官意外に数名の補給や隊内の士気維持を担当する「大隊幕僚」という補佐役がおり大隊長は作戦面に集中できる。
また、大隊は補助として輜重軍を伴っており最小の戦略単位として使用できる。
傭兵団などの練度の高い軍ほど、中隊の数は多くなり大隊の戦術的な選択肢は増える。
最後にリファニアの一般的な軍の階級を示す。
(第三章、輝くモサメデスの川面 閑話休題 その7 リファニアの軍隊階級と準軍事組織の一部を再掲)
兵士補:見習い兵や輜重兵
兵士
一般兵、平民出身者は大概この階級のまま軍で過ごすが、古参兵は兵士長という名誉称号で呼ばれる。また、所属する部隊によって暗黙の上下関係がある。
リファニア王近衛隊>リファニア王一般部隊>ドノバ候などのような一州を統治する領主近衛隊>中小領主近衛隊=ドノバ候などのような一州を統治する領主一般隊>中小領主一般隊>農民などによる臨時編成部隊。
傭兵は所属する傭兵隊の格による。一般的には中小領主近衛隊程度の扱いである。
戦士
勲功を上げた平民の兵士、あるいは郷士やその子息で構成された部隊の一般兵の名称である。郷士の戦士は士族戦士と呼ばれ、一般兵からは戦士長並みに敬われる。
ただし、指揮系統上は戦士である。平民の場合は伍長という名称で数名の兵士の長を勤める。近代軍では兵士は一等兵、二等兵に相当しており、戦士は上等兵、兵長に相当する。傭兵隊には存在しない。
戦士長補
平民部隊を率いる郷士の次男以下が最初に就く階級で、平民出身者もかなりいる。小隊の郷士階級の者は副官役、平民階級のものは古参の軍曹役となる。
弱小な郷士の長子は、この階級から始める。近代軍では伍長、軍曹といった下士官に相当する。傭兵隊では組長補佐と呼称される。新米や下級の巫術師はこの階級待遇である。
戦士長
郷士の長男が最初に就く階級。小隊長に相当する。平民出身者の望み得る最高の階級で郷士階級と同格になるため、郷士格を叙位される。
近代軍では特務曹長から准尉といった下士官と将校の中間役に相当する。傭兵隊では組長と呼称される。一般的な巫術師は、加配を受けた上でこの階級階級である。
半隊長
郷士の長子は十年程度軍務を勤めると領地経営を継ぐような年齢になり軍を離れるために、ポストを求める人間が減り、数年、戦士長を軍務を難なく勤めていれば昇任する。リファニアでの戦闘単位は小隊(百人規模)で、その半数を指揮する。
ヘルトナでキンガが勤めていた階級。近代軍では少尉から中尉に相当する。上級の巫術師は加配を受けた上でこの階級待遇である。
百人長
リファニアの基本的な編成単位である小隊の長。一般人からは隊長と呼ばれる。百人長は、幅が大きく資金不足で半隊一隊のみを指揮下に置く百人長から、半隊を数個配下に置いた拡大小隊を指揮する百人長もいる。
大規模な部隊には巫術師が常駐する。指揮する部隊によって上下の関係が存在する。大きな編成の百人長は都市の独立守備隊と言った部隊に多い。ヘルトナ守備隊のジャベンジャ隊長はその例である。都市の守備隊では行政権の一部も受け持つために、押しの効く貴族の次男以下が任命される。郷士の次男以下が目指す最高の階級である。
近代軍に当てはめると、幅があり小規模な百人隊の長は中尉から大尉、大規模な百人隊隊の長は大尉から少佐、独立守備隊の長は中佐から大佐に相当する。
傭兵部隊でも基本的な編成である。大規模な巫術師部隊を編成できる領主の筆頭巫術師は加配を受けた上でこの階級待遇である。
千人長
数個の小隊で編成される千人隊の長である。リファニアの軍では、千人隊は補給部隊も包括しており戦略単位になる。大きな領主でないと編成できない。長は貴族の次男以下が多い。
郷士の長子が望み得る最高の階級である。また、貴族の長子などが名誉隊長を勤める場合もある。近代軍では准将から少将に相当する。
上記以上の階級は、戦国時代の武将に相当する。部隊の編成によって様々な名称で呼ばれる。家柄格式を基本に武勇のすぐれた貴族階級が任命される。傭兵隊では大規模な傭兵団長や雇用主から複数の傭兵団の指揮を任された団長が相当する。
注;釣り野伏せ
島津氏が得意とした戦法で全軍を三隊に分け、二隊を左右に伏せさせておき、中央に誘引した敵を三方から包囲殲滅する戦法である。
「釣り野伏せ」の「釣り」とは中央の部隊が敵に当たり敗走を装いながら後退することである。敵が追撃してくると、左右両側から伏兵に襲わせる。これが「野伏せ」である。機を見て敗走を装っていた中央の部隊が反転し逆襲に転じることで三面包囲を行う。
難度の高い戦法で中央の軍が戦い慣れた士気の高い軍でないと敗走と見せかけた統制ある撤退をすることはできないため、精鋭軍のみが実行できる。




