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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
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逆巻く渦に抗して12 ドノバ防衛隊

 祐司が目を覚ました時には、すぐ横でガオレが焦点の定まらない目で前を見つめたまま上半身を起こしていた。


 ただ、ガオレの顔は、昨日までのどこか苦しそうな表情ではなく、何かを振り切ったような穏やかな表情だった。



「飯が出るぞ」


 食堂の入口辺りにいた者が大声を出した。


「食堂だから当たり前だろう」


 食堂の奥から誰かが言い返す。あちらこちらで失笑のような笑い声が起こる。


 祐司達が食堂に監禁されてから食堂に付属した台所のドアはずっと閉まったままだった。

 そのドアが開いて、見るからに料理人というエプロン姿の男達が数人で、リファニアの朝食や昼食の定番である黒パンをスライスしたものと、豚の屑肉や骨とジャガイモを煮込んだスープを大量に運んできた。


「おーい、ジャンケルじゃないか。何をしてるんだ」


 料理を食堂の隅に置いて配膳を始めた男の一人に誰かが声をかけた。


「料理屋の亭主だといったら炊事係に回された。戦の時もついていかされるから安心しな。ただし、旨い物を食いたかったらオレを守るんだぞ」


 ジャンケルと呼ばれた男はすぐに配膳台の前に並んだ男達に料理を配りながら答えていた。

 余程、広い範囲で非シスネロス市民の徴発を行ったようで、ジャンケルを始め料理番の男達はいずれも五十代と思える年格好だった。


 ただ、食堂で朝食の提供を受ける男達の、半数は二十代、中には祐司の目から見ても十代と思える者が混じっていた。残りの三分の二は三十代、その残りが四十代、そして、極少数の五十代以上と思える男がいた。


 リファニアでは、平民でも帯刀している。男性ばかりでなく女性でも、守り刀のような感覚で短剣を腰にぶら下げていても不審には思われない。

 街でも農村でも剣術や槍術などの武芸が盛んだった。江戸時代の町道場みたいなもある。また、キンガ師匠のように、個人的にレッスンを行う師匠もいた。


 戦乱の世という背景もあるが、娯楽の少ないリファニアでは武芸自体が若者の娯楽になっているのだろうと祐司は考えていた。


 ここに集まっている男達は、武芸に自信のある者、そう判断された者なのだろうと祐司は判断していた。



「皆さん、朝食を食べましたら練兵に出て貰います」


 ガークがあちらこちらのテーブルを回りながら告げた。この時の、ガークの丁寧な物言いは当分聞けなくなることを男達は想像できなかった。



 練兵場の一角には、かなり年季の入った胴鎧と籠手、ヘルメットが並べられていた。急いでそこら中から中古を集めてきたようで統一性はまったくなかった。中には百年以上は使っているような骨董品みたいなものもあった。


「自分に合った鎧やヘルメットを着用しろ。それから、ここに棒がある。長いヤツ、短いヤツ。色々だ。自分の好きな物を選べ」


 ガークのしゃべり方は鬼教官そのものになっていた。


 長い棒は先にキンガ師匠に教わっていた時に使っていた布が分厚く巻き付けてあった練習用の槍と同様の物だった。

 短い棒というのは細長い棒を数本束ねて布に入れて練習用の剣代わりにしたものだ。竹がないリファニアの竹刀である。


 祐司はかなり迷ったが、一度、実戦を経験した槍を選んだ。それもできるだけ短い自分の短槍に近い物を選んだ。


 祐司はひどく短い竹刀もどきを見つけた。真ん中あたりで折れた物の一方を修理したような感じだった。それも、少し考えてから、ベルトの背中側に通して持っていることにした。



 祐司達の準備が整って、練兵場に出るとガークは箱の上に立っていた。そして、手際よく指示して、二百人の男達を横に二十人、縦におおむね十人といった形で並べた。


「諸君、鍛錬を始める前に戦う意義を確認する」


 ガークの言葉に男達は意味がわからずに、お互いに顔を見合わせた。


「お前は何故戦う」


  ガークは最前列の男に聞いた。男は少し言葉に詰まりながらも答えた。


「そいつは、カカアや餓鬼どもが無事でいて欲しいからだ」


 あちらこちらで、「そうだ」「オレもだ」と言う声がした。


「自分の為に戦う理由としては、それでいい」


 ガークはそう言うと、少し間を開けて噛んで含めるように言った。


「ただ戦いに臨むに当たって、我々が心を一つにする大儀が必要だ。個人としてではなく、我々全体が生き残るためにだ。我々の隊の大儀と目的を確認したい」


 まだ、男達はガークの真意をわかりかねて不思議そうな顔をしていた。


「わたしは、今度のモンデラーネ公の侵攻は自分勝手な行いだと思う。諸君はどう思う」


 男達はガークの問いかけに「そうだ」「無茶言いやがる」「チンピラと同じだ」と思っていたことを口に出した。


「ガークさん、なんとなくわかりました」


 ガークから見て右の端に立っていた若い男が声を上げた。


「続けて」


 ガークが満足そうに頷きながら言った。若い男は黄ばんだ声で答えた。


「オレたちはシスネロスに無理矢理ここに集められた。だから、心底、シスネロスの為に戦えと言われても力が出ない。

 それではオレ達は弱いまままだ。結局、大勢の者が死んでしまうかもしれない。でも、オレ達が共通して何の為に戦うかって気持ちを持てば、集団として強くなれるってことですね。そうなれば、一人一人も死ななくてすむ」


「そうだ」


 ガークは大いに満足した口調で言った。


 すると、列の最後尾にいた男が提案じみた発言を投げた。


「じゃ、オレはドノバ州のために戦いたい。ここは豊かな土地だ。シスネロスが負けてしまえば、きっとモンデラーネの野郎はドノバの富を吸い上げる。オレたちはモンデラーネのために生きることになる。まっぴらだ」


「それならいい」「妥当だな」あちらこちらで賛同の声があがる。


「よし、おれたちはドノバとそこに住む人がモンデラーネに食い扶持を掠め取られないようにするために戦う」


 何人かが「オー」と声を上げた。すると、その声は次第に大きくなり大勢の男が発した。


「じゃ、隊の名前をドノバ軍にしよう」


 誰かが怒鳴った。


「ちょっと大仰だ」


 ガークは即座に否定した。


「ドノバ防衛隊はどうですか」


 祐司も少し気分が高揚してきて何となく、口から言葉がこぼれた


「悪くないな。よし、ドノバ防衛隊でどうだ」


 少し考えてからガークは男達に問うた。


「オー」


 男達が一斉に声を上げた。



「では、ドノバ防衛隊の隊士諸君、鍛錬を始める」


 ガークが隊士と言ったので、祐司は何となく自分が新撰組にでも入ったような感じを受けた。


「まず近くの者同士で三人一組になれ。そしたら、そのうち二人はお互いに棒を持って向かい合え。一人は審判だ。今から合図があったら三本勝負だ」


 ガークの指示で近くの男達と祐司は三人組をつくり、最初に勝負することになった。祐司の相手は同じ年格好の青年だった。


 勝負はあっけなく二度続けて一合で祐司が相手の棒をはじき飛ばして終わった。


「よし、次は審判をしていた者同士で試合だ。先程、勝った者は審判に回れ。負けた者と先程の審判で試合だ」 


 ガークは審判を交代させながら、勝者は勝者、敗者は敗者と試合を続けた。一刻ほどすると、祐司は上位の六人に入っていた。


「よし、試合はここまでだ。これからはわたしが相手をする」


 ガークはまず下位の四人を呼び出した。


「二人組になってオレにかかってこい」


 最初の二人は十秒ほどで、続けさまにガークに腹に見事な槍の突きを貰って苦悶のあまり転倒した。


 次の二人は最初からその様子を見て、へっぴり腰だった。防御に撤していたが二人ともガークに打ち込まれると同じように苦悶の表情で地面に転がった。


「よし、上位の者は一人づつかかってこい」


 上位の者も短い者で二十秒足らず、長いものでも一分ほどで先程の四人と同じように地面に転がった。


 最後は祐司だった。


 祐司は正面に槍を構えてガークと相対する。突然、ガークが間合いを詰めてきては、二度三度槍を突き出す。祐司はガークの槍の動き始めを見て槍が繰り出せる時にはかなり余裕を持って避けることができた。


 もちろん、祐司以外のリファニアの人間は、動作の出だし、特に槍を突くような時は、最初は巫術のエネルギーの作用でひどくゆっくりと動くために祐司に大きなアドバンテージがあるからこその芸当である。


 そのようなことが数回続く。


 ガークの槍は正道という言葉が似合う手合いだと祐司は思った。基本に忠実で、それでいて威圧感のある手合いだった。

 祐司が戦った相手で最強のバルタサルが変則ナックルの名投手だとしたら、ガークは直球一本の剛速球投手である。


 祐司はガークの攻撃が一旦落ついて、相手が少し下がったのを見て祐司も三度ばかりガークの槍を払いつつ、突きを入れた。

 周りから、歓声が起こる。複数回、ガークに続けて攻撃を仕掛けたのは祐司が初めてだったからだ。


 ガークにとっては祐司の槍の動きは電光石火のような見たことのない速い動きのはずだがガークは的確な槍の操作でしのいでいく。


 祐司はすぐにガークがキンガ師匠をしのぐ遣い手であることがわかった。


 祐司の突きがガークの胴に伸びていく。祐司は手応えを感じた。しかし、ゆっくりとだが最小の動きでガークは祐司の穂先をすれすれで交わした。

 祐司があわてて槍を戻そうとしたときに、ガークの槍が祐司の槍を押さえつけるように上から叩きつけられた。


 ガークは祐司の槍をおそろしい力で地面に押しつける。ガークは祐司の視界の隅で槍を反転させて攻撃態勢に入っていたのだ。


 祐司の槍が手から離れた。あわてて祐司は後ろに飛び退いた。ガークが大きく槍を引いてトドメの体勢に入った。その槍筋を祐司は見届けて左に避けた。


 ガークは素早く槍を引いて次の攻撃態勢に入る。


 祐司はとっさに、背中にあった短剣のような竹刀もどきをガークに投げた。


 ガークの槍が突き出される寸前に、短剣もどきはガークのヘルメットの顔面へ剣道の面のような格子に突き刺さった。


 ガークの動きが止まった。ガークはヘルメットを取った。祐司の放った短剣もどきはガークの顔面までには到達していなかった。


「オレは死んだ。これまでだ。武芸試合なら反則だが、戦場ではおおいに結構な技だ」


 ガークは祐司にそう言うと、固唾を飲んで見守っている男たちは大声をあげた。


「大体お前達の技量がわかった。鍛えて絶対に生き残らせてやるとは約束できない。しかし無駄死にはさせん」 


 ガークは一層声を張り上げた。


「今、見たように、戦場では生き残るために相手を倒す手段は何でもありだ。一番、確実なのが一人を二人、三人で攻めることだ。

 下位の者はオレが身を守る技術を教えてやる。決して足まといになるな。自分の命は自分で守るんだ。そうすれば、敵を引き留めて味方の役に立つ。

 上位の者は下位の者を援護しろ。技量が落ちるヤツが敵を命懸けで足止めしてくれてるんだ。一撃で敵を倒せ」


 男たちは黙ってガークを見ている。


「わかったら返事をしろ」


 オーという低いどよめきのような声が上がった。


「よし、昼休みにする。しっかり、食っておけ。午後はきついぞ」


 しばし、沈黙が続いた後、男たちは今度は「ウォー」とさらに低い歓声を上げた。


「お前達の食事は食堂で用意している。直ぐに来い」


 昨日、食堂で調理と給仕をしていたジャンケルという親父が、訓練のきつさから座り込んだり寝そべってしまった男達の中を巡りながら声をかけ出した。



 祐司が食堂に向かおうとするとガークが声をかけた。


「ユウジとか言ったな。貴公のような動きをする戦士とは初めて出会う。ワシは師匠に負けて以来、何度か引き分けたことはあるが今日のような負けは初めてだ。誰が師匠だ」


「槍はヘルトナのキンガ師匠に手ほどきをしていただきました」


「キンガ。名は聞いたことがある」


「このユウジって人は不思議なんだが、ワシの巫術の力をシアツとやらで蘇らせてくれた」


 いつの間にか横に来ていたガオレが言った。


「ユウジ、シアツというのは巫術の術か?」


 ガークが興味深そうに祐司に聞いた。


「わたしは巫術はできません」


 祐司はそう言うと黙り込んだ。


「一願巡礼だから、それ以上は言えないってことか」


 ガークは祐司の顔をちょっと睨むと快活な口調で言った。そして、祐司の肩を右手で軽く叩きながら更に機嫌のよさそうな口調で言った。


「ユウジ、お前は巫術師の護衛だ。オレ達の唯一の切り札だから頼むぞ」


「護衛ってどうすれば」


 祐司はガオレに巫術のエネルギーを供給するために、何とか理由を考えて、実戦ではガオレの近くに配置してもらおうと考えていたが、そのままズバリの護衛という命令に祐司は戸惑った。


「出陣の時に差配する。それまで、鍛錬に励んでくれと言いたいが、昼からは教官役になってもらうぞ」


 ガークは、まだ何か聞きたそうな祐司に構わず次の指示を出すと食堂の方へ大股で去って行った。祐司とガオレがあわてて追いかける。


 

 質素だが量だけはたっぷりある昼食が終わると午前中の教練が遊戯に思えてくるほどの猛烈な訓練が始まった。


「教官役を相手に二人一組で戦え。教官役がいない組は互いに二人と二人で戦え。負けたら、三人組になって戦え。負けても罰したりしない。ただし、手を抜いている場合は容赦はしない」


ガークは全員を整列さえると指示を出した。そして、傍らに立っていたガオレに言った。


「ガオレ頼む」


 ガオレが巫術を発動させた。雷が男達の真ん中に落ちた。かなり、制御した雷であったが、数名の男がうずくまる。


「今、食らったものは暫く休んでよし。手を抜いていると周りを巻き込んで雷を食らうぞ」


 ガークの声に男達の間に緊張が走った。


「それでは休憩の合図である太鼓が鳴るままで教練を続けろ。よし、始め」


 たちまち、練兵場は棒で激しく打ち合う喧噪に満たされた。


 祐司はガークの指示で並程度の技量を持った者を相手に剣術の稽古をした。祐司は二人一組で相手にする。

 二人を同時に相手にしても、太刀筋ははっきりと見極められる。

 相手をあしらいながら、スキを見つけると相手の剣や槍に見立てた棒を勢いよくはね飛ばした。


 すると、別の組が現れる。四組ばかりあしらうと今度は三人組が現れた。さすがに、三人になると、どうしても、三人目まで注意が行き届かない。そのため、防御に手間取ってなかなか攻撃に出れない。


 時間がかかったが、ようやく三人の棒を跳ね上げると、息をつく間もなく別の三人組が現れた。そして、かなりの時間をかけてしのぐと、さらに、新たな三人組が現れた。これも祐司は危ういところを何度かしのいで退けた。


 とうとう四人組が現れた。四人組となると二人組での勝者が含まれている。祐司はなんとか始末できたが肩で息をするような状態になった。その時、練兵場のどこかに”雷”が落ちた。ガークに容赦はないようだった。


 すると、目が血走ったような五人組が現れた。


「これはきついかも」


 祐司が思わず言ったはしから、五人が一斉に攻撃してきた。流石に祐司は防戦一方になった。次から次へ繰り出せる棒を受け止め、ひたすら避けるだけだった。


「相手を減らさないとやられるぞ。誰から倒すか見極めろ」


 後ろで声をかけてきたのはガークだった。


 祐司は攻撃をしのぎながらも、五人組の一人が時々指示めいたことを口走っているのに気がついた。指示を出している男は、五十代と思える痩身短軀の男だった。


 百五十センチにも足りないと思える男は威厳があった。顔が厳しい。指示が的確であり、そう言った指示を出し慣れているようだった。祐司は痩身短軀の男は剣術の師匠なのだろうと思った。


 五人となると勝手に攻撃をしたのでは同志打ちが出る可能性がある。祐司は少し相手の攻撃が甘くなった機会を捉えて少々無理な攻撃に出た。狙うのは指示を出していると思われる剣術の師匠らしい男だ。


「何でもありか?」


 祐司は大声で言った。


「そうだ」


 ガークの声を背中で聞いた祐司は、棒の端を持つと大きく振りまわした。男達が祐司から少し離れた。

 それを見計らって祐司は腰のベルトにつきさしていた短い棒を指示を出している男に投げつけた。棒は男の膝をしたたかに打ち付けた。


 祐司は男が怯んだ隙に左右にいる男達から繰り出される槍のような棒をかいくぐって膝の痛みで防御が疎かになっている男の胴を思いっきり突いた。次の瞬間には男の棒ははね飛ばされた。


 それから、数分で祐司は攻撃がバラバラになった残りの男達の棒もはね飛ばした。


「よし、休憩だ」


 ようやく、ガークがかたわらのガオレに合図の太鼓を打ち鳴らせながら言った。


 祐司も含めてほとんどの男達が大の字になって地面に寝転んだ。


「お主、師匠はいるのか」


 いつの間にか、先程、戦った痩身短軀の老人とも見える男が祐司の頭の所に立っていた。男は息一つ乱れていなかった。


 祐司はあわてて立ち上がった。


「ヘルトナのキンガ師匠に槍を習いました」


「何年習った」


 男は乾いた口調で聞いた。


「ホンの二十日ばかりです」


「そうか、もし、何年もお主を教えて、その構えなら大馬鹿者の師匠だが、二十日で今の技量にしたのなら優れた師匠だ。

 お主は天性の素早さで戦う野獣のようなものだ。その中に、武芸の基本が一本通っておる。それを与えてくれた師匠に感謝せよ」


 男は祐司に短い言葉ながら諭すように言った。


「あのお名前は?わたしはジャギール・ユウジ・ハル・マコト・トオミ・ディ・ワ。一願巡礼です」


「わしの名を知らぬのはおかしいと思ったが旅の者か。ドノバ州、ましてやリファニア全土とは言わぬが、シスネロスでは、テシュート・ヴェトスラルと言う名で少しは知られておる剣術師範だ。テシュート・ヴェトスラル・ハル・バンガット・マルキ・ディ・ドノバと申す」


 そう言うと、テシュート・ヴェトスラルは踵をかえして、後ろから見ても一分のスキもないような歩き方で去って行った。


 そして、祐司は亡くなったキンガ師匠と、同じ卑称を持つヴェトスラルという剣術師範に出会ったことに漠然とした不思議さを感じた。



 祐司が練兵場の端にある井戸で、祐司と同じように疲労困憊した男達に混じって水をようやく一口飲んだところで号令がかかった。


「ようやく身体が動くようになったな。これから集団訓練を行う。集合だ」


 再び太鼓が打ち鳴らされる。


 ガークは訓練の合間に形式上の隊長であるネースレンに掛け合って他のグループの訓練の様子を見た。そして新たに数十名をドノバ防衛隊に編入させた。


 最終的にドノバ防衛隊は、二百六十二名になった。


「本当は全員入れてやりたいが、オレの指揮官としての力量じゃ、この数が精一杯だ。ただ、隊に入れた以上は無駄死にさせない」


 ガークはことあるごとにそう言ったが、いくら武芸の心得があると言っても、僅か四日ほどで烏合の衆を相手に一応の隊列訓練まで行ったのは、指揮官として天賦の才能がある証拠だった。



 五日後にシスネロス軍出動の知らせが宿営に届いたときは、不安と緊張よりも猛訓練から逃れられる安堵のため息が聞こえた。




挿絵(By みてみん)



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