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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十章 マツユキソウの溢れる小径
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流れ行く千切れ雲14 ザルデネン岩塩坑 中 -役職名-

ザルネデン岩塩坑に到着するまで、このように祐司とパーヴォットはカルイキト奉行所の若い同心オッシアンと雑談をしながら過ごした。


 その話の中でオッシアンがザルネデン岩塩坑に赴くのは、十日に一度行われる出荷量の確認と岩塩坑の視察が目的だということがわかった。


 ザルネデン岩塩坑にはヘルヘンキ伯爵家の常駐の役人がいて、採集量を毎日確認しているのだが、本来は治安のみにその責のあるカルイキト奉行所の者が別途集荷量を確認するということだった。


 これにより二系統の組織がダブルチェックをすることになるので、中世世界リファニアでは重要な戦略物資である岩塩取引の不正を防いでいた。

 また時に今日のような定期検査だけで無く抜き打ちの検査も行われるということであった。


 さらに岩塩はザルネデン岩塩坑か運び出されるとカルイキトの岩塩取引所で、ヘルヘンキ伯爵家が特許を与えた卸商人に販売されるということだった。


「お話を聞いていますと、ザルネデン岩塩坑はヘルヘンキ伯爵家の直営ということですか」


 パーヴォットがさらに質問すると、オッシアンはまた気前よく説明してくれた。


「正確には半直営ですね。岩塩坑で働く者は岩塩坑組合が雇っているのです。岩塩坑組合は組合の株を持った者が仕切っています。

 ヘルヘンキ伯爵家はこの岩塩坑組合に採掘を委託して、組合との交渉で委託料を支払っているのです。


 委託料は岩塩の相場によりますから、ヘルヘンキ伯爵家が直接鉱夫を抱えているより長い目で見ると負担は少なくなります。

 岩塩坑組合としては一人当たりの給金を高くしたので、出来るだけ人を増やさずに一人一人が頑張るようです。


 ヘルヘンキ伯爵家が直接鉱夫に給金を払えば今より働きは悪くなって、人を増やせと要求するでしょう。


 また岩塩坑組合は委託料が高い時は積み立てをしていて、怪我人などの補償にあてています。


 そして岩塩坑組合の株を持っている者は配当を受けることが出来ます。そして岩塩坑内の仕事では無く岩塩坑全体の仕切りや新しい鉱夫の採用を行ったりします。


 でも中には『オレは岩塩掘りしかできない』と言って岩塩坑の仕事を続ける者もかなりいます。


 この組合の株は岩塩坑で十五年以上働いた者でないと所有することは出来ません。そして六十五歳になると株を誰かに売り渡さなければなりません。


 ただ株が欲しい者はかなりいますから、それより前に少々割り高で株を売る者もいます」


「その株ってどれほどあるんですか」


 好奇心が旺盛なパーヴォットがさらにたずねた。


「十三株です。およそ岩塩坑で働く者は、株を得る権利のない炊事などの雑役を除いて二百人ほどです。

 その割合であれば真面目に金を貯めれば株持ちになって配当で多少はいい目を見れる可能性がかなりありますから、鉱夫はそのこともあってさらによく働きますよ。

 

 ただとんでもない者が株持ちにならないように鉱夫の半分が反対すれば株持ちになることは出来ません。


 こうした岩塩坑組合の取り決めは、岩塩坑組合自体の歴史の中で培われてきたモノでヘルヘンキ伯爵家が関与したモノではありません。

 ヘルヘンキ伯爵家としては、岩塩坑組合と折り合った値段で要求する岩塩が支障なく産出されていればいいのです」 


 祐司はオッシアンの話を聞きながら、ヘルヘンキ伯爵家の岩塩坑経営は中世世界にしては合理的に行われており、岩塩坑の運営はノルマだけを伝えられた労働者自身によって行われるので現代日本でも活用できそうなシステムだとも思った。



「馬車が遅くてまどろっこしいのは堪忍してください。わたしは馬車の揺れが苦手で御者にゆっくり動かして貰っているんです。

 本当なら今日みたいな天気の良い日は歩いて行けば気持ちがいいのですが、カルイキト奉行所の人間としては体面がありますから馬車に乗っていかねばならないのです」


 話の種が切れて時にオッシアンは申し訳なさそうに言った。


「わたしたちもこれくらいが丁度です」


 パーヴォットが一度祐司の顔を見てから微笑んでオッシアンに言った。


 リファニアの馬車は緩衝装置がまったくないか、あっても現代日本人の祐司の規準からすれば性能劣悪である。

 そのために石畳の道でない限りは歩く速度に毛が生えたほどの速度が祐司とパーヴォットにとっては適正な速度だった。


幸いに馬車の速度がやや遅めであるとともにヘルヘンキ伯爵家としては重要な産物である岩塩の運送路である道はかなり整備がされており、主要街道と比べても遜色がなかった。


 オッシアンの言ったように半刻(一時間)で祐司とパーヴォットはザルネデン岩塩坑に到着した。



挿絵(By みてみん)




 ザルネデン岩塩坑は小盆地ないしは大きな窪地といった場所にあり、到着する寸前まではその姿を見ることは出来なかった。


 到着する少し前にあるやや小高い場所から見たザルネデン岩塩坑は祐司とパーヴォットが一昨年に訪れた王家が管理するザザムリバ銀鉱山の規模とは比べものにならないが、鉱山街という風情を持っていた。


 この小高い場所には道の両側に簡易ながら柵と番所があって、馬車が近づいてくると老年の兵士が出てきたが、オッシアンの顔を見ると「お役目御苦労です」と言って馬車を止めること無く通過させた。


 どうもオッシアンは顔パスが利くようである。


 祐司とパーヴォットを乗せた馬車は鉱山町の中央にあるヘルヘンキ伯爵家のザルネデン岩塩坑管理所がんえんこうあずかりしょで止まった。


 管理棟の前では二人の郷士風の男が待っていった。


「お役目御苦労」


 年かさの男がオッシアンに声をかけた。


 祐司は管理所あずかりしょを見上げると、建物の屋根の上に小さな塔のようなものがあり、そこに明らかに人がいる様子が見て取れた。

 見張り塔からオッシアンの乗った馬車が接近したという報告を受けたので、出迎えの男達が出てきたようだった。



挿絵(By みてみん)




 先程の番所といい、戦乱から遠い場所ではあるが重要な資源産出地の最低限の警備をヘルヘンキ伯爵家は怠っていないようだった。


 オッシアンは馬車からそれこそ飛び降りると、出迎えの男達と話始めた。


「話はつきました。いつもなら岩塩の産出量と出荷する岩塩の量の確認を先にして岩塩坑を見回りますが、今日は貴方方と先に岩塩坑を見分します。それから貴方方が昼食を食べている間にわたしは岩塩の確認をします」


 オッシアンは馬車に戻ってくると祐司とパーヴォットに告げた。そして「案内の者が来るまで管理所の待機室で待っていましょう」と行って、そそくさと管理所の中に入っていった。


 祐司とパーヴォットは慌てて馬車を降りてあとを追おうとしたが、二人の男が立ちはだかった。


 祐司とパーヴォットは一瞬何事かと身構えたが、男達は「有名な武芸者のジャギール・ユウジ殿にお会いできて光栄です」と右手を出してきた。

 祐司が仕方なく握手をしていると、オッシアンが戻って来て「そんなことは、待機所にご案内してから許しを得てすることだろう」と叱責するように言った。


 今までオッシアンと話していて温厚な人柄のようだったので祐司は意外な感じがした。

 そして二人の男が「申し訳ありませんでした」と頭を下げたので、オッシアンはかなりの上位の役職者だと思えた。


 祐司は今まで同心と名乗っていてオッシアンはそれほどい高い身分ではないと思っていたがヘルヘンキ伯爵家では同心は上位の役職のようだった。

*話末注あり


 今度こそオッシアンに連れられて管理所の待機室に入ると、二人の男がいた。服装から二人のうち年かさの男は祐司は管理所の責任者ではないかと思った。

 

 年かさの男は「私はザルネデン岩塩坑の責任者で管理所長のキャナン・ドストレドです」と名乗り、もう一人は管理所の筆頭与力だった。

 祐司はこれは鬱陶しいことになったと思ったが、ハーブティーが運ばれてきて少しばかり談笑していると「ベセマ・オリドがまいりました」と下役が連絡にきた。


 下役に続いて入ってきたのは如何にも年季の入った鉱夫という感じの初老の男である。


 祐司は鉱夫だと判断したのは以前見学したザザムリバ銀鉱山で案内役であったゲルブレクト監督が着ていたような服装だったからだ。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖21 トロッコ押し 参照)


 ベセマ・オリドという男の服装は汚れが無く、管理所長キャナン・ドストレドに挨拶するする姿も堂々としており、ザルネデン岩塩坑では一目置かれるような人物だろうと祐司は感じた。


「では、バアブバ・オッシアン様、参りましょうか」


 ベセマ・オリドと呼ばれた男は、少しぶっきらぼうな感じがする口調でオッシアンに声をかけた。


「鉱夫頭のベセマ・オリドと言います。今日はバアブバ・オッシアン様と一緒にザルネデン岩塩坑の案内をさせて貰います。

 ただ岩塩坑はそう面白い場所ではないと思います。地面に掘った穴に過ぎませんからね。それもごく浅い場所です」


 管理所の建物を出るとベセマ・オリドという男があらためて祐司に挨拶をした。


「わたしには見慣れないもので見る価値があります。お手数ですが地下神殿に参拝したいと思っています」


 祐司は少し頭を下げて言った。


「わかりました。確かに地下神殿は参拝すれば御利益があると思います。一番先にザルネデン岩塩坑神殿、通称ムーリン神殿に行きます。岩塩坑に入る前は必ず参拝します」


 オリドはそう言うと管理所に隣接した神殿の方へそそくさと歩き出した。


 女神ムーリンは鉱山の守護女神であるので、鉱山がある場所には女神ムーリンを祭神とした神殿がある。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖20 ザザムリバ観光 -地の底へ- 参照)


 ザルネデン岩塩坑の神殿は中規模な神殿という風格であった。ただほとんど参拝者の姿はなかった。


「鉱夫の交代時間前は混雑しますが、今は閑散としています」


 オリドは神殿に入った場所にある参拝室でそう説明すると、奥に安置してある女神ムーリンの神像に祈りを捧げだした。


 ザルネデン岩塩坑神殿の女神ムーリンの神像は、よく磨かれた青銅製で高さが5ピス(約150センチ)ほどで神々が人間と同程度のサイズなら等身大の像だといえるものだった。



挿絵(By みてみん)




「それでは、岩塩坑に向かいます」


 祐司とパーヴォット、そして同心オッシアンの参拝が終わったことを確認したオリドはそう言うと神殿を出てどんどんと歩き始めた。


 祐司とパーヴォット、そしてオッシアンはその後をついていく。


「酒手とかいりますか」


 祐司は小声でオッシアンにオリドに心付けを出す必要があるか聞いた。


「いいえ。むしろ他領の者が金品を出すと罪科に問われる可能性があります。ここはヘルヘンキ伯爵家が直接管理する地です」


 オッシアンは毅然とした感じで返答した。


 祐司は王家が管理するザザムリバ銀鉱山を見学した時に、案内して貰った坑内を管理するゲルブレクト監督に心付けを出した。


 これは慣例となっているようで相場もあり、祐司が豆銀貨二枚(銅貨二十枚)を出すとゲルブレクト監督は「それは出し過ぎです。わたしは、住居と食費、季節ごとに支給される衣服を別にして、一日にすると銅貨四十五枚と、働きに応じて毎月銀貨数枚の賞与を頂いています。貴族と郷士、そして平民のお金持ち、普通の平民、それぞれ相場があります。わたしは相場以上のものはいただけません」といって豆銀貨一枚しか受け取らなかった。


 ゲルブレクト監督は広報担当ではなく坑内巡回のおりのついでの仕事とはいえ余計な仕事なので、上司確認の上で心付けを貰っていた。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖21 トロッコ押し 参照)


 それと比べるとザルネデン岩塩坑は堅苦しいが、どうも監査のオッシアンが同行していることも関係があるのだろうと祐司は感じた。


 ザルネデン岩塩坑管理所から坑口までは、祐司は昔の炭住街とはこのようなものだったのだろうと思える集落を突ききって四半リーグほどだった。



挿絵(By みてみん)




「ここが一番大きな坑口になります。坑口は他に三箇所あります。また立坑も四箇所あってそこは万が一の時の脱出口となりますが、今まで人が怪我をするほどの大規模な落盤が起きたことはありません」


 坑口の前でオリドが丁寧なようだがぶっきらぼうな感じで言う。


 抗口は幅が四間(約7.2メートル)、高さが三尋半(6.3メートル)ほどもある方形で祐司が想像していたものよりは大きかった。


 現代日本の感覚にすればやや高さのある二車線の道路トンネルという規模になる。



挿絵(By みてみん)




 祐司は抗口の横に小さな祠があるのを見つけた。祠の中には小さな石造りの女神ムーリンの神像があった。


 祐司は岩塩坑に入る前に神殿で参拝出来なかったような時に、拝むための祠だろうと思った。

 

 オリドが抗口横の検問所のような建物にいる男に中に入る者の名を告げていると坑道から小型の荷馬車に岩塩を責差した一頭立ての馬車が出てきた。


「岩塩を掘って馬車に乗せる。それだけの仕事です」


 オリドはそう言うと坑道の中に向かって歩き出した。


「灯りはいらないのですか」


 パーヴォットが慌てて訊いた。


「ご心配なく。必要な場所では使います」


オリドは振り返ると微笑んで答えた。


「美人は得ですね。オリドがわたしにあんな感じで口をきいたことなどありません」


 オッシアンが小声で祐司に言った。


 祐司はパーヴォットが美人と言われてうれしい反面、パーヴォットがリファニア世界では少女ではなく一端の大人として見られるような年齢になってきたことに寂しい気持ちがあった。




注:役職名

 現在のリファニアは社会の発展状態でいえば中世末期です。そして各貴族家に役職名は古来からの名称と合理的な近代的名称が混在しており、また同名の役職名でも家により軽重が異なります。


 また家臣団の中の身分はこの役職が基本になっています。高位の役職者を出し続けている家が身分の高い家柄で、そうでない家は身分の低い家柄という認識です。


 一般的な貴族家では家臣は下から(同心-与力-与力の中の組頭-筆頭与力-奉行-家老-当主)となり、家臣として人を本格的に管理差配するのは与力から上です。同心の下には家臣でない雇員である手代がいます。


 手代・同心・与力という言い方は古い名称で、王家ではすでに用いられていません。王家の文官組織では下から(かかり補-かかり-掛長補「役職名では~官、例:通達官」-掛長「役職名では~士、例:通達士」-組頭補「役職名では~士長、例:通達士長」-組頭「役職名では筆頭~士、例:筆頭通達士、複数いる場合は上席~士」-奉行(奉行候補のスタッフは幕僚)-家老-宰相(宰相がいない場合は筆頭家老)-リファニア王)となります。


 永代の王家直参でなくとも雇員身分は掛長、一代家臣は組頭補にまではなることが出来ます。


 現代日本の会社組織当てはめると掛補は試用期間中の新米社員、掛は平社員、掛長補は係長、掛長は課長、組頭補は部長補佐、組頭は部長、幕僚は平役員、奉行は取締役、家老は雇われ社長、リファニア王はオーナーで会長に相当します。


 またどんなに高位身分の家柄の者でも最初は掛補から始めます。


 その後の昇進は高位身分の者は警察のキャリア組・平均的な身分の者は準キャリア組・雇員や一代家臣はノンキャリア組と思えばいいでしょう。


 ただ警察のキャリア組は優秀な人間を採用して幹部候補生として育成していきますが、リファニアの場合は高位身分だというだけで優秀だとは限りませんので必ずしも年数が経てば昇進するとは限りません。


 三代も続けて掛長以上になれなければ周囲は高位身分の家柄(キャリア組)とは見なくなりますので、代替わりほどの時間がかかりますが身分に変動が起こります。


 王家や領主から見れば身分制度を残しつつも、高位家臣を安住させて働きがない者を無駄に厚遇することなく、常に全ての最低限の働きを要求して時に有能な者を取り立てることが容易になっています。


 事務処理や雑用の多い部署では掛補の下に、平民身分の臨時職員がいますがこれらの者は手代という古い名称で呼ばれます。

 手代の中の古手で有能な者は手代頭に任命されて、アルバイトリーダーのような立場となって新米の掛補や万年掛より権限があります。


 さてヘルヘンキ伯爵家は北西誓約者同盟のメンバーであり、北西軍にかなりの出費をしなければならないので領内の最低限の統治と治安維持の必要な家臣しか抱えていません。


 そこで家臣で構成するのは与力・同心は同規模の家の半分程度の人数で同心の下に一代家臣、及び家臣格の手代と書き役を置いています。

 ヘルヘンキ伯爵家は家臣雇員のうち与力・同心以上は全体の四分の一ほどですから同心となると上位の役職者になります。

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