逆巻く渦に抗して8 人狩りの夜
"逆巻く渦に抗して3 独立不羈の旗印 二 " から、この話に来られた方の為の、飛ばした部分の概略です。
ランブル市参事は、市民の署名を集めて、最も権限のある市民総会開催を要求する。これに対してシスネロス市参事会の主流派は、ドノバ候を中心にして、一旦、ランブル市参事に権限をあずけるという策に出た。
衆議は、モンデラーネ公との一戦ということに決まるが、実務に明るくないランブル市参事を誘導して、シスネロス市参事会主流派は、交渉が不発に終わればモンデラーネ公と野戦を行う事を決める。
この間に、モンデラーネ公との交渉を行っていたビルケンシュト市参事が暴発した市民に殺害されてしまう。これは、市参事会主流派、ランブル市参事にとって予想外の出来事で、交渉という目はなくなり、モンデラーネ公との決戦が現実のものとなる。
この時、ランブル市参事は、市民権を持っていない非シスネロス市民を強制的に徴兵する総動員令を出すように要求した。
ランブル市参事が市民総会の市民代表として、シスネロス統治の権限を委譲されたといっても、市長が辞任したわけでもなく市参事会が解散したわけでもない。
ランブル市参事が、それら全ての代表者になり、指導する権限を与えられたと言うことである。
近代社会に例えれば、国民(市民総会)から直接選ばれた大統領(ランブル市参事)が、議会代表(市参事会)から選ばれた首相(ハタレン市長)を指導して統治を行うというような形である。
現代の国家で言えばフランスの政治体制に近い。
さらに、形式的な君主としてのドノバ候が、統治を総攬するというような形で権力の所在が、かなりぼやけた形である。
ハタレン市長が一旦、市参事会の休会を宣言した後、ドノバ候は、三度ハタレン市長と懇意な市参事を再び市庁舎のドノバ候控え室に招いて善後策を協議した。
ただ、協議といってもドノバ候の軍師と噂されるチェレステ家宰の言葉で意見はすぐにまとまった。
「どうせ押し切られるのなら、その厄介な仕事はランブル市参事達の支持者に押し付けてはいかがでしょう。
人を集めれば、事務仕事が発生いたします。集めた人間も管理しなくてはいけない。ランブル市参事の支持者を、ランブル市民代表を長とする有給のシスネロス臨時市庁舎職員とすると言えば乗ってくるでしょう。ただ、我々は反対だったという事実は残しておかねばなりません」
結局、四半刻もしないうちにランブル市参事の提案した、非シスネロス市民までを強制動員する義勇軍動員令は、市参事の半数が反対、半数が棄権するが、ランブル市参事が臨時市民代表として予備執行を宣言した。そして、正式には市民総会の決議に因ることになった。
「ビルケンシュト市参事を襲ったのは誰だ」
市庁舎近くの寄合所にしている建物に戻るなりランブル市参事は側近に怒鳴った。ランブル市参事は、明らかに苛立っていた。
ランブル市参事の指示で様々な仕事をしている側近と呼ばれる者は三十名ほどいた。半分は小店舗の経営者で概ね三十代だった。彼らは家族に店を任せてランブル市参事の為に活動していた。
もう、半分はランブル市参事を支持している職人組合から出向のような形で、ランブル市参事の政治活動を手伝っている比較的若い男達だった。
その他に、仕事をしながら、手伝いにくる職人や小売人が百名ほどいた。シスネロスではこれらの男達をランブル組と呼んでいた。また、その男達の伝で、ランブル市参事が望めば動員できる男が数百名ほどいた。
「ビルケンシュト市参事を襲ったのは誰だと聞いているんだ」
誰もが敬遠してしゃべらないので、ランブル市参事はもう一度、そして、大声で聞いた。
口ではビルケンシュト市参事と対立しるようなことを言っても、最後はビルケンシュト市参事の交渉力で窮地を乗り切ろうとしていたのはランブル市参事自身であった。
「バッキスの一党のようです」
一番、年長でランブル市参事の幼なじみという男が答えた。
バッキスの一党とは、アハヌ神殿の裏手にある小さなバッキス通りに居を構えている石工たちの集まりだった。この石工達はランブルの熱心な支持者であった。
「とんでもないことをしてくれたものだ。戦いになってもならなくともビルケンシュト市参事の交渉力と人脈は余人に代え難いものだった」
ランブル市参事は珍しく側近に本音を言った。誰も何も言わないのでランブル市参事が大声でたずねた。
「捕まったのか?」
「いいえ、下手人は逃走しました。新市街地から市外に逃げたようです。傭兵隊が追っているようですが、情報では船で下流に向かったようです」
慌てて、別の側近が答えた。
「ビルケンシュト市参事の屋敷を襲ったという連中は?」
ランブル市参事は側近を非難するような口調で言った。
「しばらく、市民をたきつけてから、奪った手紙や書類を持って近くの傭兵隊詰め所に出頭しました。聞いたところによると、ビルケンシュト市参事の裏切りを告発するとか言って義士気取りだそうです」
側近達は顔を見合わせてから、一番年長の者が報告するように言った。
「ビルケンシュト市参事の持っていた書類や手紙は全部奪われたのか?」
ランブル市参事は、手を組みながら聞いた。
「いいえ、すぐに傭兵隊がやってきましたから、応接室にあった書類や手紙を奪っただけのようです」
「ホンの一部と言うことだな。重要な書類が紛失したりしては大変だからな」
ランブル市参事は自分を納得させるように言った。
「まあ、そうですね」
ランブル市参事が言いたいことを、側近は図りかねていた。仕方なしに、愛想笑いをしながら返事をした。
「ところで、バッキスの一党はどういたしましょう」
別の側近が、いつもの威勢のいいランブル市参事の言葉を期待して聞いた。少なくとも、ランブル市参事は通りでバッキスの一党を釈放しろと演説をするのだろう考えていた。
「しばらく、牢で頭を冷やさせよう。こちらからは一切、この件で動くな」
ランブル市参事は、少し考えてから絞り出すような口調で言った。
「助けてやらなくてよいのですか」
一番若い側近が驚いた様に言った。
「オレは権力を把握しようとしている。権力は法が後ろ盾だ。ここは、オレが法に基づいて権力を行使することを知らしめなければならない。法を犯した者は処罰を受ける。
頭のかたい大商人はおいておくとして、少なくとも中堅商人の支持は必要だ。それに、神殿の暗黙の支持は絶対に必要だ。それには、法が守られていることを示す必要がある」
ランブル市参事は、ゆっくり諭すように言った。
「しかし、あの者たちは貴方の演説で」
若い側近の言葉の途中で、ランブル市参事は冷たい口調で言った。
「気になるなら、捕まった連中に家族にはできるだけのことはすると伝えろ。家族には反対に捕まった連中にはできるかぎりの便宜を図ると言っておけ。それだけでいい」
ランブル市参事にとって、市民の支持は権力を保障してくれる担保であるが、自分の思い通りにならない市民は切り捨てる覚悟も決めていた。
「それより義勇軍召集令を市民総会で議決する。オレは市民総会代表として事前に、命令を実行させる。馬鹿者どもにかまっているヒマはないんだ。
折角、筋書き通りに市民がシスネロスの政治を把握したんだ。モンデラーネに負けたら全て失うんだぞ」
シスネロスでモンデラーネ公を最も恐れていたのは、ランブル市参事かもしれなかった。負け戦になれば、モンデラーネ公の使者殺害の責任を取らされるだろうと思い悩んでいた。そのために、ランブル市参事は勝つためには全ての手段を行使するつもりだった。
「義勇軍招集令で確保できるのはどれくらいだ」
ランブル市参事の近くに、義勇軍のことを調べさせていた側近が通りかかったので、ランブル市参事は思いついたように聞いた。
「市民軍の基準では六百ほどでしょうか。年少者や老人を含めれば総人数では千二三百ほどかと」
「では、千三百人を目処に集めろ。義勇軍招集令で集める部隊は見せ金だ。数が多い方がいい。家族を含めた摘発は今から二刻後だ。それまでに摘発する傭兵を分散させろ。一気にやらないと逃げられる」
義勇軍担当を命じられていた側近は、法外な数に目を向いたが、ランブル市参事には特に文句を言わず、別の指示を求めた。
「一気にとなると傭兵隊では人数が足りません。どうしましょう」
「顔を見知っている地区の市民軍に任せてはどうだ。各地区の連絡係を招集すればいいだろう。ただし、宿泊している者はどのような者かわからんから傭兵隊に任せる方がいいかもしれない」
そこで、ランブル市参事は少し考え込んだ。勢いもあって、義勇軍招集例と言い出したが、戦争を最も望んでいないのは、シスネロスではランブル市参事だったかも知れない。
市民を相手には戦争を辞せずというようなことを言ってはいたが、それは、シスネロス市参事会での権力把握のための手段であった。
本気では、ランブル市参事は戦争準備について考えたことはなかったのだ。まして、禁断の手段とも言える義勇軍召集令を、どう運用するかなどという計画は頭の片隅にもなかった。
「取りあえず非シスネロス人は、選別するより全員捕まえた方が楽かもしれないな。それに、戦わすためには家族をこちらで拘束しておく方がいいかもな」
ランブル市参事は、思いつきのように言った。誰も意義を挟まなかったので、この ランブル市参事のあいまいな表現が指令となった。
「義勇軍の編成にはかなり膨大な事務処理がいりますが、市民軍の編成と兵站に市庁舎の職員は手を取られてほとんど応援は見込めません。
市庁舎は大店などから臨時職員を動員する予定ですが、その仕事自体に手を取られているようです」
以前、市庁舎で働いていたという触れ込みで、今は陶器の小売りしてる側近が困ったように言った。
「招集時に一時的にでも市庁舎の職員を回すように市長に指示する。都合のいいことにわたしの権限で臨時職員を任命していいことになった。
日当も出るぞ。どこからでも字の読み書きできる奴をかき集めろ。忙しくなるから細かなことは、わたしに指示を求めるな」
孤立無援と感じながら、一日、はったりで市参事会を通したランブル市参事は、かなり疲れていた。絶え間なく命令や指示を求める側近達にはうんざりしていた。
「最後ですが、市門はすぐに閉鎖しますか。規定外の市門の閉鎖は市長の判断ですが、今は貴方の判断で行います。これは些末なことではないと思います」
陶器売りの側近が、ランブル市参事に粘り着くように言った。ランブル市参事は気を取り直して聞いた。
「今日、出発予定の隊商はあるか」
「はい、先程、市門に使いを出しましたところ、ヘルトナへもどる隊商が九刻(午後八時)に出る予定です」
側近の一人がしゃしゃり出るように、ランブル市参事の前にやってきた言った。
「夕刻にか?」
ランブル市参事は、あからさまに不審というような顔をした。
「はい、今日の騒ぎで出立が遅れたようです。宿も引き払った後なので出立したいそうです。まあ、暗殺騒ぎまでありましたから、略奪の危険性も考えているのでしょう。
ヘルトナが雇った傭兵が護衛に着いてきていましたから、この事態を北クルトへ一刻も早く知らせたいってこともあるのでしょう」
ランブル市参事は、側近の説明に一応納得した。そして、市門を閉鎖してしまおうとも思ったが、ヘルトナと厄介なことになる恐れと、義勇軍招集の為の段取りを考えた末に別の結論を出した。
「それは黙って行かせろ。準備が間に合わないからな。検査も通常の通りでいい。怪しまれることは避けないと余計な人間まで逃す。市門は隊商が出発した直後に閉鎖だ」
このランブル市参事の命令は口頭で伝えられたために、市門の警備兵には「ヘルトナのキャラバンは黙って行かせろ。余計なことはするな」というように理解された。
このため報告の人数とラバの数が合わなかったのにも関わらず、呼び止められることなくパーヴォットはヘルトナのキャラバンと出立できた。
「おい、若旦那、義勇軍の会計は任せる」
ランブル市参事はふと目に入った、若者に声をかけた。若旦那というのは、かなりの商家の次男で半分遊んでいるような若者だった。
それが、何故か、ランブル市参事の演説に魅入られてしまい、いつも寄り合い所に入り浸っては会計や雑用をしては、ランブル組の幹部だと人に言いふらしては悦にいっていた。
「ランブルさん、ホントですか。そんな大事な仕事を任せてくれるなんて。張り切りますよ」
若旦那はびっくりしたように、そして、大層嬉しそうに答えた。
ランブル市参事は、若旦那に義勇軍招集に当たって、会計上の差配を任せるという書き付けを作り、自分の著名と印を押した。
「それから、臨時市庁舎職員として人出を出す。手伝ってくれたヤツに、日当に足して酒手ぐらいはでるように工夫しろ」
ランブル市参事は書き付けを渡しながら何気なく言った。この何気ない指示が後日、祐司に影響を与えることになる。
義勇部隊についても、ランブル市参事が最終的な決済を放棄したために、会計上のこと以外にも、あいまいな指示が一人歩きしていた。
急遽、動員された臨時市庁舎職員の間では、お互いが相手が担当しているのだろう思い込みが横行した。また、有能な行政官でもある市参事や、事務にたけた市庁舎職員は意識的に関わることはなかったからだ。
それでも、非シスネロス市民の拘束は、傭兵隊と市民軍の一部も動員されて、十刻も半ば近く回る時刻(午後十一時)に開始された。
高緯度の夏になりかけているリファニアでは、まだ、明るい時間である。しかし、多くの住民は自宅で、寝ているか寝る準備をしているような時間帯だった。
二刻半ほど前に、最初の市民軍が招集されて、慌ただしく捕縛隊が編成された。
まず、最初に数十戸単位で組織された地区自治会の主要な人間が密かに集められた。非シスネロス市民を判別するためである。
彼らは目的を聞かされないまま、捕縛隊が持参した住居届けと、照合しながら非シスネロス市民の住居を問われた。
各通りには、逃げ出す非シスネロス市民を捕らえるために市民軍が待機した。準備が終わると、住民の顔を見知った市民軍の一部と、実際に拘束を行う傭兵隊が一斉に非シスネロス市民の家に押し入った。
傭兵達はその家に住む人間の数だけを教えられおり、人数通りに拘束すると通りの一角に集めた。
識字率が低いリファニアでは、傭兵が名簿を持って一軒ずつ捕縛する人間を確かめるということができなかったために、取りあえず家族も含めて全員を拘束した。
通りに集められた非シスネロス市民たちは市民軍に周囲を囲まれて名前を確認され十代後半から四十代後半の男達が次々に荷馬車に乗せらる。
泣き出す子供、激しく捕縛隊の抗議をする者などの声があちらこちらで聞かれて、この夜はシスネロスは騒然とした雰囲気になった。
あらかた男達が、運ばれると残った女性、年寄り、子供が戻ってきた荷馬車に詰め込まれたり、徒歩でせき立てられるように連行された。
新たな指示が、出されたのだ。非シスネロス市民は全員が拘束されることになった。誰からの指示という問に確信を持って答えられる者はいなかった。
ランブル市参事の「取りあえず全員を拘束する方がかえって楽だろう」と「拘束した連中を使いこなす手段がいる」という言葉が一人歩きしていた。
多くのシスネロス市民も、表に飛び出して事態の推移を見つめていた。
拘束されていく非シスネロス市民へ、「間諜」と罵る者、「シスネロスに住みたかったら、りっぱに義務を果たせ」と怒鳴る者達でさらに騒ぎは大きくなった。
少し騒ぎが収まると、市庁舎から来た役人が地区自治会に対して、総動員令のために出頭する人間の名簿を回しだした。総動員令はシスネロス市庁舎本来の業務であるからだ。
あちらこちで、招集されて気勢を上げる男達が酒を飲み出した。酔った男達の喧噪で街はいつまでも眠らなかった。
その中で明日からは、突然、人ごとだと思っていた戦争が、総動員令をかけられて自分が当事者になったことに困惑する者や、戦時体制となるシスネロスのことを考えると憂鬱に顔を左右に振る者達も少なからずいた。
ただし、それらの者は口をつぐんでいた。
この騒ぎの間中、祐司は、リューディナの自慢する祭でも静かに過ごせる、半地下式の部屋で甘美な時を過ごした後の惰眠をむさぼっていた。
祐司がまだシスネロスにいると知っていれば、力になってくれたであろうヌーイはドノバ候の屋敷に呼び出されて情報収集を命じらた。そして、祐司のことは頭の片隅にさえ思い浮かべる時間も無くなっていた。
パーヴォットは祐司との距離がしだいに離れていくことに、泣きそうになりながら夜を徹してモサメデス川の渡河点であるタイタニアに向かう途中である。




